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火竜 Ⅰ

姫子は火竜王アグニスを引き連れて、全力で走る。相手が巨体であるため、歩幅の差からすぐに追いつかれてしまうが、足を止めるわけにはいかない。


「姫ッ! 大きく右に避けてください!」


並走する悟が叫び声を上げた。


巨大なアグニスの手が、姫子を叩き潰さんと振り下ろされてくるが、悟の指示に従い、姫子は何とか回避した。そして、そのまま懸命に走る続ける。


狙われているのは姫子ただ一人。他のメンバーはまだアグニスに手を出してはいない。まだ移動中であるため、ここで姫子以外のメンバーが狙われてしまうと、誘導が上手くできない恐れがある。


だから、姫子に対して援護することも回復スキルを使用することもできない。下手なことをして、アグニスの標的が変わってしまっては、大きな損害が出てしまうからだ。


「姫ー! このまま真直ぐ行けば、マジックマウンテンです! そこで戦いましょう!」


悟が大声で姫子に呼びかけた。悟は何度もアロニーファンタジアに来ているため、各エリアについても詳しい。


「マジックマウンテン? ああ、あそこか!」


振り返らずに姫子が返事をする。もう目線の先には件のエリアが見えていた。


赤茶けた岩山が聳え立つエリア。全体的に荒野をイメージしたエリアで、舗装された地面もゴツゴツとした岩場がペイントされている。アロニーファンタジアの中でも人気のジェットコースターがあるのが、マジックマウンテンだ。


マジックマウンテンは、魔法使いマーフィーシリーズの外伝的な作品で、マーフィーが魔法使い見習いの時の話。師匠である魔法使いと一緒に悪いドラゴンを倒しに来たという物語だ。


この話のラストでは、マーフィーの師匠が魔法によって、岩山を緑豊かな山に変え、そのままここで暮らすことになった。


この山で魔法の勉強をしたマーフィーが、一人前の魔法使いになるべく、師匠の元から旅だつというのが、魔法使いマーフィーの冒険、第1作目の冒頭というわけだ。


マジックマウンテンのエリア内に入った姫子は、開けた場所まで走っていき、そこで振り返った。


目前には腕を振り上げているアグニスの姿。


「――ッぐ!?」


咄嗟に盾を構えてアグニスの爪を受け流す。まるで大型のクレーンが振り回されたような衝撃が、姫子の体に襲い掛かって来る。


「盾で受け流してもこれか……。きっついな……」


防御力の高いパラディンが盾で防いでもこのダメージだ。これを他の職がまともに喰らったらひとたまりもないだろう。


「あいつは、これと向き合ってたのかよ……。無茶苦茶だな」


センシアル王国がディルフォールの軍勢に襲撃された時、真は一人でアグニスを引き受けていた。しかも、退けてしまったのだ。本当に理解の範疇を越えている。


「姫ー! 陣形整いました!」


そんなことを考えている姫子の耳に悟の声が入ってきた。


「おし! 訓練通りにやるぞ! 倒すことよりも避けることに集中しろ! 一発でも喰らえば即死だからな!」


姫子が大声で指示を飛ばした。対アグニスを想定して訓練を積んできた。だが、訓練に本物のアグニスを使うことはできない。


訓練の成果がどれだけでるかは、本番で試さないといけない。だから、指示は『避けることに集中しろ』ということになる。


「「「はいッ!」」」


気合の入った声が聞こえてきた。緊張はしているが、怯んではいない。


「行くぞオラァーーッ!!!」


<ガーディアンソウル>


雄叫びと共に姫子がスキルを発動させた。ガーディアンソウルはパラディンとダークナイトが使えるスキルで、防御力を増加させるとともに、自身の攻撃スキルの敵対心ヘイトを増幅させる効果がある。


<ファストブレード>


勇み踏み込んだ姫子がアグニスに斬りかかった。素早く鋭い剣が振られる。


<クロスソード>


更に姫子は十字に剣を振る。ファストブレードから派生する連続攻撃で、このスキル自体にも敵対心ヘイトを増幅させる効果が付与されている。


「おらああああーーー!!」


<ソードゲイル>


さらに姫子は剣を振り続ける。クロスソードから派生した連続攻撃スキルで、疾風のごとき連撃を喰らわせた。


だが、アグニスは姫子の攻撃に対して、一切気に留めた様子は見られず、腕を大きく振り上げている。


そのまま、見下ろした先にいる人間に対して勢いよく腕を振り下ろしてきた。


「――っと。へへ、来ると分かってれば何とかなるな」


姫子は後ろに飛んでアグニスの攻撃を回避。相手が巨大であるため、挙動も大きい。


ただ、決して遅いというわけではない。アグニスの爪が空を斬る音は凄まじく、実際に盾で受けた姫子にはその威力がどれだけのものかは理解できている。


「姫に続け―! 攻撃開始ー!」


悟が大声で号令をかけた。


「「「おおおおおーーー!!!」」」


掛け声とともに一斉攻撃が開始された。アグニスの担当は『王龍』のメンバー。その中から選りすぐりの75人が参加している。


巨大なドラゴン相手に75人という人数はかなり少ないのだが、シン・ラースに入れるのが150人までという制限があるため、致し方ない。


まずはスナイパーによる弓矢の攻撃。スナイパーの攻撃は遠距離からでも即発動するスキルであるため、第一波はまずスナイパーによる攻撃となる。


続いてアサシンやベルセルクといった近接戦闘職による攻撃だ。相手が巨大であるため、近接攻撃が届くのは主に後ろ足ということになるのだが、そこはゲーム。


足ばかりを攻撃したとしても、本体にもしっかりとダメージが蓄積されていく。


最後にソーサラーとサマナーが魔法の詠唱を終えてアグニスを攻撃する。地水火風による魔法攻撃と精霊による攻撃が、次々とアグニスの体に突き刺さっていく。


それでも、アグニスは何事もないように姫子に向けて爪を振り下ろしている。まるで、姫子しか敵がいないかのような印象さえ受けるほど。


「大丈夫だ! ちゃんと攻撃は効いている! ゲームの仕様に惑わされるな!」


『王龍』所属のアサシンの男が声を上げた。一見すると、攻撃が通用していないように見えるが、それは相手がゲームの存在だから。どれだけ瀕死のダメージを与えたとしても、生きている限り、万全の状態と同じように動けてしまう。


それは、現実世界の人も同じ。たとえ頭に斧が振り下ろされたとしても、死ななければ何の支障もなく立ち回ることができる。それがゲームの世界だ。


「焦る必要ない! 着実にダメージを重ねていけ!」


姫子も檄を飛ばした。真の話では、元となったゲームだと、アグニスとフィアハーテをさっさと倒してしまう作戦が取られていたということだが、それは、何度も戦って慣れている人達が取る戦法だ。


初めて戦う『王龍』や『ライオンハート』だと、どうしても慎重にならざるを得ない。もし、『王龍』か『ライオンハート』のどちらかが壊滅してしまったら、竜王の一体を自由にしてしまうことになる。


そうなってしまっては、勝機は失われてしまうだろう。


だから、ビショップとエンハンサーは攻撃させずに温存する作戦にした。いざという時の回復と立て直しには絶対に必要な職だからだ。


「グォルルゥー」


アグニスが唸り声と共に頭を引いた。口の中には火が溜まり始めている。


「火球が飛んでくるぞー!」


攻撃の種類にすぐ気が付いた姫子が大きな声で叫ぶ。これは訓練で何度もやったことだ。アグニスが王都グランエンドを襲撃した際には、遠目でしか見ることができなかったが、頭の中で描いた光景と同じ動きをアグニスがしている。


姫子の声に合わせて全員が一斉に動き出した。この火球攻撃にはある法則がある。その法則を利用して回避するためだ。


アグニスは頭の向きを変えると、悟に向けて火球を吐き出した。


「避けろー!」


再び姫子が叫び声を上げた。予備動作があり、着弾までに時間があるのだが、それでも数秒の猶予しかない。火球が吐き出されたら、すぐに動かないと爆発に巻き込まれてしまう。


ここで訓練の成果が発揮された。狙われた悟は脱兎のごとく走り出す。


アグニスの攻撃は真が言っていた通りだった。この火球攻撃は、アグニスから一番近い人が狙われるというもの。だから、火球攻撃の予備動作を確認したところで、悟以外が全員離れるという動きをした。


訓練で染みついた動きを実行する。悟はアグニスが頭を上げた瞬間から、既に所定の位置へと移動。火球が放たれると同時に走り出した。


アグニスの火球は一発では終わらない。二発目、三発目と火球が吐き出されていく。一度狙われたら火球の攻撃が終わるまで狙われ続ける。だから、悟が誰もいない方へと火球を誘導していけば、被害を出すことなく処理できる。


合計5発の火球が吐き出されると、アグニスは再び爪による攻撃で姫子に襲い掛かっていった。


「大丈夫だ! 対応できる! この調子で避けることを優先して戦っていけ!」


姫子は全員を鼓舞するように声を張り上げた。強大な敵に対して必要なことは、何よりも気持ちだ。怖気づいてしまっては、折角の訓練の成果も十分に発揮できなくなってしまう。


今は気持ちの面では負けていないと言えるだろう。火球攻撃を訓練通りに回避することができて、士気も上がっている。この状態をできる限り維持していきたい。


「「「うおおおおーーーー!!!」」」


勢いづいた『王龍』の選抜メンバーは、そこから一気に攻撃の手を加速させていった。


全身に紅蓮の鎧を纏ったような巨竜アグニスだが、確実にダメージは入っている。


アグニスは相変わらず姫子を狙って攻撃を続けているが、ここで、アグニスが両足で立ち上がり、翼を大きく広げた。


「姫! フレイムウィングです!」


悟が慌てたような声を出してきた。


「分かってる!」


姫子はそう返事をすると、アグニスの巨体の脇を駆け抜けていった。


その直後、アグニスが両翼を一気に羽ばたかせると、前方に炎の嵐が巻き起こった。


アグニスの特殊攻撃の一つ、フレイムウィング。前方180°の広範囲に放たれる炎属性の攻撃だ。まともに喰らえば、当然大ダメージを受ける。


だが、後ろに回ってしまえば、回避可能。姫子が一人でアグニスの攻撃を受けていたのは、フレイムウィング対策のためだ。


回避しないといけない人数が増えるほど、不測の事態が起こりやすくなってしまう。無駄にリスクを背負う必要もないため、アグニスの前に立つのは一人だけということになる。


(蒼井は、ゲームだと盾役が一人で受けるのは当たり前とか抜かしてやがったが、実際にやってみろってんだ。こんな化け物相手に、一人だけ前に立つんだぞ! ……ってか、あいつは一人で戦ってたか……。くそっ……なんなんだよ、あいつは……)


姫子は、心の中で不満を漏らすが、真はもっと無茶なことを一人でやっている。そのことを考えると、負けてはいられないと、自分を奮い立たせた。





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