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出航

        1



昼下がりの王都。少し傾きだした日差しはきつい気もするが、街の中は多くのNPC達が活発に活動をしていた。これから夕方になるまでの間、最後の頑張り時だ。


普段なら現実世界の人達もこの時間帯なら多くの人が出歩いている。狩りの準備や、モンスターを倒して手に入れたアイテムの換金。はたまた、休日と決めて買い物をする者や、カフェで午後のひと時を楽しむ者。様々な目的で王都を往来してる――はずなのだが、ここ最近では街中に出て来る者は少ない。


それは、バージョンアップの影響でドラゴンの襲撃を受けたことが原因だ。


本来であれば、モンスターは街の中に入ってこれない。街の外でモンスターに遭遇して、追われたとしても、街に近づくとモンスターは去っていく。それはゲームとしての仕様だ。


街や村がセーフティゾーンに指定されているため、モンスターが入ってこないようになっている。


それなのに、今回のバージョンアップで、深淵の龍帝ディルフォールの配下にあるドラゴン達は、街の中にまで襲撃に来た。


今度はいつ何時、ドラゴンが襲来するかは分からない。そのため、現実世界の人達はできるだけ屋内にいることが多くなったのである。


真がいつも宿泊してる宿に帰って来たのは、そんな不穏の中にある午後だった。


「お帰り。同盟会議お疲れ様。意外と早かったね」


まず声をかけてきたのは美月だった。黄色がかった太陽の光が、美月の髪をキラキラと照らしている。


「まあな。今日の会議は、ディルフォール討伐メンバーの発表だけだったし。概ね予想通りの人選だったからな。誰も文句を言わなかったよ」


真は返事をしながら、部屋の中で日陰となっている場所に移動する。


今日は昼前からライオンハートの同盟会議に参加するために、ホテル『シャリオン』まで出かけていた。通常の同盟会議であるため、5人しかいない『フォーチュンキャット』は、マスターの真だけの参加となっていた。


「それで、私達の中からは誰が選ばれたの?」


翼が前のめりで真に訊いた。翼も魔竜王フィアハーテ討伐のための訓練を連日受けていた。実力もあると自負している。


「全員だ」


真が端的に答えた。真としては、『フォーチュンキャット』のメンバー全員が討伐メンバーに選ばれたことには不満があるが、それを言っても覆らないことも重々承知している。なにより、美月達本人が参加を拒否しない。


「そっかあ、全員かー。よし、今まで以上に気合を入れないとね!」


妙に明るいテンションで翼が声を上げた。


「想定通りの人選ですね。大丈夫です。任せてください」


彩音が真に返事しつつも、横目で翼の方を見た。後ろ手にして見えないようにしているのは、手が震えていることを隠しているからに違いない。本当は怖いのだが、それを誤魔化そうとしているのはバレバレだった。


「真君がさっさとディルフォールとイルミナを倒して、こっちの手伝いに来てくれればいいのよ」


逆に妙に落ち着いているのが華凛だった。実力では一歩劣っていた華凛だが、ここ最近ではミッションの経験を通して、他のメンバーと遜色ない力を発揮している。


何より、真がいるということが、華凛にとっては心強い。たとえ相手が巨大なドラゴンであっても、真がいるだけで華凛は戦えた。


「だから、ハードルを上げるなよ華凛……。ディルフォールだけでも、かなり強いんだぞ……」


近頃、真のことをやたらと持ち上げてくる華凛に、真が困ったような顔をした。


「そうなの? でも、真君ならできるでしょ?」


華凛が悪戯な笑みを浮かべて返した。


「そりゃあ、本気では戦うけどさ……」


真はチラリと美月の顔を見た。


「無茶なことはしないでね。危ないと思ったら退いてもいいんだよ」


美月の表情は落ち着いたいた。怒ることもなく、不安気な顔でもない。少しだけ心配しているような感じはするが、真が戦うことを受け入れているようだ。


「無茶なことはしないよ。いつも通り戦うだけだ」


美月の表情を見て、真は少し安心した。あの夜に話をしたことが良かったのだろう。美月が戦いを止めに入ることもないと確信できる。


「あんたのいつも通りが、私達から見たら無茶なのよ! 分かってないでしょ?」


呆れた表情で翼が言った。巨大モンスターに対して懐に飛び込んで戦うわ、敵の攻撃を前に出ることで回避するわ、常に攻撃を加えることを念頭に戦っている真の戦いは、見ていて冷や冷やする。


「別に無茶なことはしてないんだけどな……。まぁ、それはいいとして、シン・ラースに行く日程も決まった」


旗色が悪いと見るや真は話題を変えた。ただ、この話題も説明しないといけないので、逃げの口実だけというわけでもない。


「えっと、確か、シン・ラースに入れるのが150人なんだっけ?」


華凛が思い出しながら言った。訓練の最終日に、シン・ラースに入れる人数が150人という制限が設けられていることが知らされた。


以前に聞いた話では、シン・ラースの更に奥に行けるのが150人までという話だったが、調査の結果、どうやらその情報は間違っていたらしい。


「そうだな。俺が知ってる元ゲームの情報とは違う結果だった。これは、元のゲームを参考にしているだけで、この世界の独自設定でシン・ラースが造られているからだと思う」


真も理屈としては分かるのだが、想定外の結果だったことは否めない。そもそもの懸念は、ディルフォールと戦うことができる人数に制限がかかっているかどうか、というところだった。


まさか、死の大地 シン・ラースに入るところで人数制限があるとは思ってもいなかった。


「150人って多いようで少ない人数ですよね……。シン・ラースを移動しないといけないわけですし……」


彩音が神妙な面持ちで言う。その辺にいるモンスターと戦うなら150人という人数は多すぎる。固有の名前を持つNMネームドモンスターと戦うのでさえ多い人数だ。


だが、今回の相手は巨大なドラゴンとその親玉。それに加えて、黒幕であるイルミナもいる。しかも、戦いの舞台となるのは、死の大地と呼ばれる場所で、未探索の場所。どんな危険があるのか全く分かっていない。そう考えると、150人という人数は少ないと言わざるを得ない。


「長丁場は覚悟しておいた方がいいだろう。出発は1週間後の明朝。港からセンシアルの騎士団が船を出してくれる。少なくとも一か月分の食料は用意しておけって言われたよ」


真が説明を続ける。これから出発までの一週間で食料だけでなく、薬品やその他のアイテムも補充しておかないといけない。


「食料とか薬って『ライオンハート』が用意してくれるんじゃないの?」


ふと疑問に思った翼が口を開いた。


「一応、『ライオンハート』からの援助物資はあるけど、今回のミッションは見通しが立てられないところがあるんだ。だから、自分たちでも余分に物資を用意しておけってことだ」


「なるほど、そういうことか……」


一応、翼は納得がいったようだった。


「それじゃあ、明日から買い出しにいかないとね」


美月が皆に声をかけると、全員が同意し、今回のミッションの準備を進めることとなった。



        2



選抜メンバーの発表があってから1週間。昨日の夜から降り続いている雨は、明朝になっても止むことはなかった。雨足は弱くなっているとはいえ、重苦しい鉛色の空から青さが覗く気配はない。


(長雨になりそうだな……)


断続的に降っている雨を見上げながら、真はポツリと心の中で呟いた。横にいる美月も、天気が悪いことで、先行きが不安になっている様子が感じられる。


現在、真達『フォーチュンキャット』は王都グランエンドの端にある港に来ていた。王都の正面入り口とは正反対の位置にある、もう一つの玄関だ。


真達が港に到着した頃には既に『ライオンハート』と『王龍』のメンバーは全員集合済み。深夜の時点で、移動を開始してないとこの時間に全員集合することはできない。


『ライオンハート』と『王龍』は、そういうところはしっかりと訓練されている。特に『ライオンハート』のマスターは現実世界で自衛隊員だった人物だ。相当厳しく叩きこれまたのだろう。


さらにはセンシアル王国騎士団も集合しているし、大きな船も3隻着岸している。


「紫藤さん、点呼終わりました。全員揃ってます」


『ライオンハート』第一部隊所属の和泉椿姫が総志に報告した。今回のディルフォール討伐に参加しているのは『ライオンハート』から70人。『王龍』からは75人。そして、『フォーチュンキャット』から5人。合計150人。


総志は報告に頷くと、真直ぐ全体を見渡すように顔を上げた。整列しているのは、幾多の困難を乗り越えてきた腕利き達。その後ろには、見送りに駆け付けた同盟のギルド員が見守っている。


「諸君、これより深淵の龍帝ディルフォール及びイルミナ・ワーロックの討伐のため、死の大地 シン・ラースへと向かう! 事前に説明があったと思うが、シン・ラースは未開の地だ。危険な場所であることは十分承知していると思うが、その意識をもう一段階上げてほしい。今作戦での最低成功ラインは敵の討滅ではない。ここにいる全員が帰ってくることが唯一の成功だ! 決して命を無駄にするな! 以上だ」


「「「おおおおおおおおーーーッ!!!」」」


総志の言葉を聞いて、『ライオンハート』だけでなく、『王龍』からも歓声が上がった。


「よし、お前ら全員乗り込め! ぐずぐずするなよ!」


総志の言葉で勢いづいた姫子も大声を上げた。別に慌てて乗り込まなくてもいいのだが、次々と船に乗り込んでいく。


「アオイマコト様、とうとう行かれるのですね……」


真に声をかけてきたのは、見送りに来ていたアーベルだった。今にも泣きそうな顔は、今生の別れでもするかのよう。


「……俺としては別に慣れてることだけどな」


何故か顔を近づけて来るアーベルに仰け反りながら、真は返事をした。


「僕もお供できたら良かったのですが……。申し訳ありません、ヴァリアの復興のために人員が不足しておりまして、センシアル王国に居られるのも今日が限界なんです……」


アーベルはそう言いながら真の手を握ってきた。真は思わず手を振り払おうとするが、思いのほか握力が強くて逃げられない。


「分かった……。分かったから、離れろ……」


グイグイと顔を近づけて来るアーベルから逃げようにも、手は掴まれている状態。思わず顔を逸らした目線の先では、彩音と椿姫が変なテンションになっていた。


「アーベル、そろそろアオイマコト様を離してあげないと。ほら、もう皆さん船に乗り込んでますよ」


そこに入って来たのはアーベルの上司であるロズウェル。文字通り助け舟を出してくれた。


「はい……。すみません……。アオイマコト様、どうかご無事で……」


アーベルは渋々真から手を離すと、静かに言った。


「ああ、大丈夫だ。絶対に戻ってこれる」


真はそう返事をすると、しっかりとした足取りで船へと乗り込んでいった。








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