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襲撃後 Ⅱ

        1



「『美しい女性』? ディルフォールはドラゴンなのだろ?」


ロズウェルの話を聞いても総志は今一つピンと来ていなかった。世界がゲームによる浸食を受けて以来、色々なモンスターを目にしてきた。その中には二足歩行をして、人の形に似ている種類もあったが、ドラゴンに関しては別だ。


先刻襲ってきたドラゴンの群れは、どう見ても羽の生えた爬虫類。人の形とは全然違う。


「ええ、ドラゴンです。研究者の話では、ディルフォールはドラゴンの中でも特異体だったのではないかとのことです」


再びロズウェルが総志の疑問に答えた。


「特異体か……。つまりは、ディルフォールはドラゴンの中でも異質ということだな?」


「ええ、そういうことになりますね」


ロズウェルが静かに頷いた。ロズウェルも魔道を志す者として、モンスターについては詳しい方だ。だが、人型のドラゴンというのはディルフォールを置いて他には存在しない。まさに異質の存在だった。


「僕からも一つ――伝説ではディルフォールは人語を解しています。つまり、他のドラゴンと比べても、格別に知能が高いということです。最近の研究では、ディルフォールが人の形をしているのは、その知能の高さから来ているのではないかという説もあります」


次いでアーベルが補足説明をしてきた。こちらもロズウェルに負けず劣らず勉強家だ。魔道の研究と共にモンスターについても研鑽を積んでいる。


「人語を理解するドラゴンか……。人の形をしているのであれば、それも可能ということか……」


人の言葉を理解できるモンスター。総志が思い浮かんだのは吸血鬼だった。人の姿をしているし、人間の言葉も話す。だが、人とは決定的に違う化け物。そう考えるとディルフォールが人の形をしたドラゴンであるというこも捉えやすくなる。


「あれか? 人は二足歩行できるから他の動物よりも頭が良くなっっていう、何とか論とかいうやつか?」


よく分からないままに姫子が話に入ってきた。とはいえ、当たらずも遠からずといったところ。


「人間が知能を獲得したのは、直立二足歩行ができるからっていうのは有力な説だったと思う。胴体の上に頭を乗せられる分、大きな脳を獲得できたし、両手も自由に使えるしな。人間の指は対向性があるから器用なこともできる。ただ、ゲーム化の舞台になってる時代設定からしたら、人間の進化についてはそこまで明確になってないだろ。アーベルの話方も、人の姿になったから知能が高くなったっていうのじゃなくて、知能が高いから人の姿をしてるっていう内容だし」


姫子が言いたかったであろうことを真が丁寧に説明をした。


「ごちゃごちゃと難しいこと言ってんじゃねえよ! なんか悟みたいでムカつくな!」


真の説明をちゃんと理解しきれない姫子が苛立ち交じりに言った。何となく思ったことを口にしただけなのだが、それについてあれこれと言ってくるのは、『王龍』の副官である悟と同じだった。理不尽だと分かっていても腹が立つのは仕方がない。


「えぇぇ……」


親切で説明したにも関わらず、何故か怒られた。真は納得いかないところもあるが、確かに悟なら姫子の曖昧な解釈を事細かく説明しそうだ。そして、姫子の神経を逆なでて喜んでいるのだろう。


「ディルフォールが人間サイズであることは分かった。それなら、蒼井に任せる方針で変更はないが、こっちが気を付けないといけないことはあるか?」


姫子の苛立ちは無視して、総志が話を続けた。


「お互いの距離を最大限離すってことくらいだな。ディルフォールも広範囲の攻撃をしてくる。しっかりと距離を取ってないと、巻き添えを喰らう恐れがある。距離さえ十分に取ってくれてたら、他のことは俺に任せてもらって構わない」


真はディルフォールとの戦いを想像しながら話した。その話をしながら感情が沸き立っていくのが分かった。真の中のベルセルクがディルフォールとの戦いを欲しているのである。


火竜王アグニスよりも強く、魔竜王フィアハーテよりも厄介な存在。全てのドラゴンの頂点。深淵の龍帝ディルフォールとの戦い。


だけど、抑えないといけない。でないと、美月が何をしでかすか。真が発狂したと知れば、身の危険を顧みず止めに入って来るに違いない。


そうならないようにするためには、内なる凶暴性を抑えなければならない。激しい衝動を律しなくてはいけない。燃えるように沸き立つ血を沈めなければならない。


(できるか……?)


話をしているだけでも昂ぶりを抑えるので必死の状態だ。それが、実戦となれば、別次元の高揚感が溢れてくる。


しかし、他に方法がない。今回の作戦に真が参加しないという選択肢はない。


「分かった。できる限り離れた場所で戦うようにしよう。お前は何も気にすることなく全力で戦ってくれ」


総志が真の目を見ながら言った。真の目は瞳孔が開き、今にも飛びかかってきそうな獰猛さが伺える。さながら、獲物を前にした獣といったところか。


そして、それを必死に抑えようとしているのも総志には分かった。同じベルセルクだから分かるこの感覚。戦いたいという欲求をなんとか理性が抑え込んでいる。


総志からしてみれば、それは特段問題ではない。本番で思う存分に戦ってくれれば、結果として勝利をもたらしてくれる。


「それで、これからの予定はどうする?」


一通り話をしたところで、再度姫子が口を開いた。


「ディルフォールを倒さない限り、何度でもドラゴンの襲撃があるだろう。王都以外にも被害が出る可能性もある。早急にディルフォールを叩きたいところだが、二匹の竜王の対策訓練が先だ。日程については、『ライオンハート』と『王龍』双方の副官が戻ってき次第組み立てる。それと、シン・ラースの場所なんだが、お前は知っているか?」


総志はロズウェルの方へと視線を向けた。ゲーム世界の地理に関してはゲーム世界の住人に訊くのが一番手っ取り早い。


「シン・ラースの場所でしたら把握しています。ただ、何分、死の大地と呼ばれる場所……。行った者はおりますが、帰ってきた者はおりません……。となれば、センシアル王国騎士団の協力の下、船で渡ることになると思います。その辺りは、私が騎士団長に直談判してみます」


笑顔でロズウェルが返事をした。何気なく言っているが、すでにリヒター宰相を通じなくても、センシアル王国騎士団の団長に直談判をできるまでになっている。そこは、流石抜け目がないといったところか。


「ああ、助かる。こちらも調査部隊を編成して派遣する」


いずれロズウェルはセンシアル王国の中枢にまで入り込むだろう。総志はそんなことを思いながら、ロズウェルの返事を受けた。



        2



混乱の続く王都の街中を一人の少女がとぼとぼと歩ていた。ドラゴンの群れはとっくに姿を消しているが、戦いに傷ついた人と達はまだ落ち着きを取り戻すには程遠い。


倒れたまま動かない人も見える。命を落としたのだろうか。仲間が必死になって呼びかけるも、全く反応がない。


ゲーム化した世界でのことなので、手足が千切れることもなければ、夥しい流血があるわけでもない。ただ、生命力が0になると、ゲーム上の死という判定を受ける。それは、現実の死と直結している。


外傷は一切なく、全ての活動を停止して動かなくなる。そして、死体は一週間から10日ほどで消滅する。


この世に存在した証を一切残すことなく、骨も残らずに消えてなくなる。


それが、ゲームでの死だ。


今まで何度もゲーム上の死を見てきた。かつて一緒に過ごした仲間の死を目の当たりにしたこともある。ミッションで共に戦った者の死を目の当たりにしたこともある。


何もできなかったこともある。必死で助けようとしたが、届かなかったこともある。自分の無力さを痛感する。強くなればなるほど、自分には力がないと実感してしまう。


結局、力を持った一人の人間に全てを押し付けてしまう。弱い自分は手を汚すこともなく、辛いことは全て力のある者に背負わせてきた。なんて卑しいのだろう。なんて醜いのだろう。それが、堪らなく嫌だった。


だから、これ以上大切な人を汚したくはなかった。なのに、それも叶わないかもしれない。


美月は彷徨うように歩き続けると、一軒の宿屋の前に辿り着いた。いつも利用している王都の中心地に近い宿屋だ。


「美月ッ!?」


美月の背中から唐突に声がかけられた。


「……翼……。彩音も華凛も……良かった、無事だったんだね」


仲間の姿を見て、美月が泣きそうに呟いた。


「ええなんとか無事でした……。そっちは真さんがいるので大丈夫だろうとは思ってましたけど……、こうして美月さんの無事な姿を見れて良かったです」


彩音も美月の無事に、涙が出そうになっていた。


「真君が付いてるんだから、無事で当然よ! ……っで、真君は?」


美月の無事を喜びつつも、華凛は真の姿がないことに疑問を抱いた。


「紫藤さんに呼ばれて会議の続きをしてる……」


美月が伏し目がちに答えた。本当はその会議に参加して、真が単独で戦うことを阻止したかったのだが、それはもうできそうにない。


「エッ!? この状況で会議してるの!? 他にやることあるじゃない!」


翼は驚いて声を上げた。まだまだ混乱の渦中にある王都グランエンド。現実世界の人達を牽引する役割を持っている『ライオンハート』と『王龍』が会議中とはどういうことか。


「会議に参加してるのは、真と紫藤さんと赤嶺さんだけ……。あ、アーベルさんとロズウェルさんもかな……。他の人は全員、応援に来てるよ……」


「アーベルさんとロズウェルさんも会議に参加してるの!? あの2人は無事だったんだね!」


美月の話の中に登場した2人の名前を聞いて、翼が声を上げた。ヴァリアが襲われてから、安否が確認できてなかったのが、思わぬところで朗報が聞けた。


「うん……。私もびっくりした……。戦後処理のためにセンシアルに来てたんだって……」


「そうなんですか。あの2人が無事で良かったです――会議の方は分かりました。街のことは、葉霧さんや刈谷さんなら、任せておいても大丈夫ですね。『フレンドシップ』の人達も見かけましたし」


どことなく美月に覇気がないことが気になりつつも、彩音が返事をした。


「それでも、まだ大変な状態なんだよね。特にヒールできる人が足りてないんだよ。ねえ、美月、帰って来たばかりで悪いんだけど、回復の手伝いに来てくれない?」


美月の様子は翼も気になるところだったが、今はそれどころではない。ドラゴンとの戦いでダメージを負った人達の回復がまるで足りていない。


「ごめん……。ドラゴンの本隊と戦ってたから、もう余力はないんだ……。少しだけでいいから休ませて……」


翼の目を見ることなく美月が言った。


「えっ……、ああ……うん。分かった……。私の方もごめんね。無茶なこと言ってさ……」


普段なら、疲れていても美月は進んで回復役を買って出ただろう。だが、今は無気力にただ疲れている様子。翼はその姿に何も言えなくなってしまった。


「私の方こそ、役に立てなくてごめんね……。少し休んだら手伝いに行くから……」


美月はそう言うと、フラフラとした足取りで宿の中へと入っていった。


「……どうしたんでしょうか?」


美月の姿が見えなくなってから、彩音がポツリと呟いた。


「何かあったっていうのは分かるんだけどさ……。あそこまで憔悴してるのは珍しいわよね……。今は休ませてあげましょ――というわけで、華凛。あんたのウンディーネの出番よ!」


翼は切り替えて、華凛の肩をポンッと叩いた。


「ええッ!? さっきまで私が回復してたじゃない! 私だってもうくたくたなんだから、宿に戻って来たんでしょ? 休ませてくれるんじゃなかったの?」


華凛が不平の声を上げた。サマナーの使役する水の精霊ウンディーネは回復能力を持っている。本職のヒーラーであるビショップやエンハンサーには及ばないが、それでも回復能力は回復能力だ。


回復役が不足している現状では、サマナーのウンディーネだけでなく、パラディンの回復スキルまで駆り出されている。


「今少し休んだじゃない! 美月が動けないんだから、華凛しかいないのよ! ほら、時間も惜しいから行くよ!」


「嘘でしょ……」


聞く耳を持たない翼に無理矢理引っ張られて、華凛は再び傷ついた人達の回復に向かった。道中で彩音がフォローをするも、回復スキルを持たないソーサラーでは、華凛の負担を軽減することなく、陽が沈むまで、華凛は回復スキルを使い続けることになった。


ただ、結局、事態が収束するまで、美月が宿から出て来ることはなかった。





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