襲撃後 Ⅰ
ホテル『シャリオン』の会議室に戻ってきたのは、真と総志、姫子。そして、NPCのロズウェルとアーベルだ。
ドラゴン達の襲撃によって、ホテル『シャリオン』の中でも、蜂の巣を突いたような慌ただしさであったが、そこはゲームの世界。会議室を使うことができている。
本音を言えば、全員揃った状態で『ライオンハーライオンハート』の同盟会議を再開させたいところなのだが、NPC達よりも、現実世界の人間の方が混乱が大きい。
そのため、『ライオンハート』と『王龍』の副官以下の幹部と、他の同盟ギルドに事後処理を担ってもらう必要があった。
「激しい戦闘の直後で悪いが、会議の続きを行う。まずは、蒼井。アグニスともう一匹の竜王との戦闘について知っていることを話してくれ」
会議室の上座。いつもの席に座った総志は、一息つく間もなく本題へと切り出した。
「ああ、分かった――ゲームではディルフォール、アグニス、フィアハーテ、それぞれを担当するパーティーに分かれて戦うっていうのはもう話をしたと思うけど、ここで重要なのは距離なんだ……」
「ドラゴンの攻撃に巻き込まれないようにするためだな?」
真の言葉に総志の表情が険しくなる。アグニスが放った、超熱量の攻撃、フレアブラスターに『ライオンハーライオンハート』の何人かは蒸発させられている。
「そうだ……。俺は十分に距離を取ったつもりだったんだけど……。すまない、離す距離が足りなかった……」
真は目を伏して答えた。真はアグニスの攻撃を誘導しているつもりだったのだが、実際には、アグニスの索敵範囲から他の人達を外すことができていなかった。
ゲームとゲーム化した現実との差。モニターで見るのと実際に見るのとでは感覚に差があることが原因だ。
「過ぎたことはいい。そもそもお前がいなければもっと犠牲が出てたんだ。そのことをいつまでも悔やんでも仕方ねえだろ! 何度も言わせんな!」
再度姫子が真に非はないと言う。正確な数字は悟からの報告を待たないといけないが、犠牲者の数では『王龍』が一番多いだろう。
そうだとしても、一人で火竜の王と対峙してくれた真に対して、『王龍』の犠牲の数を出すのは筋が違う。
「……ああ、うん……。それは……」
それは真も分かっている。ただ、頭で理解していることと、気持ちが整理できることは別。心配性なくらいに距離を取っておけばと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
「蒼井、続きを話せ」
まだ気に病んでいる様子の真には、特に何も言わず、総志は説明の続きを促した。総志としても、最初から真に対して責任を追及するつもりはないし、このことで何時までもうじうじとしている方がマイナスになることをよく理解しているからだ。
「あ、ああ……そうだな……。アグニスは見た通り火力型のドラゴンだ。攻撃方法は単純だけど、当たれば致命傷になる。特にフレアブラスターは、パラディンやダークナイトでも即死する火力を持ってる」
「裏を返せば、回避することは容易ということだな?」
「まあ、そうだけど……。フレアブラスター以外にも、色々な攻撃をしてくるから、立て続けにくる攻撃に対して、対処方法を全て知ってるっていうことが前提になるけどな……」
若干苦い顔をしながら真が答えた。確かにアグニスの攻撃は単純なものが多いが、回避するには、その攻撃範囲を知っておく必要がある。例えば、フレイムウィングという攻撃。これは、前方180度の範囲攻撃であり、後ろに回れば簡単に回避可能な攻撃なのだが、知らないと避けることは難しい。
「対処方法に関しては、時間を作って訓練をする。次にフィアハーテについて話をしてくれ」
「どちらかというと、フィアハーテの方が厄介だな……。アグニスと違って、搦め手を使ってくる。毒や石化の他にもフィアハーテ特有の状態異常がある」
真は難しい顔をしながら説明をした。ゲームではアグニスの方が対処が楽とされている。真自身もフィアハーテの担当PTに入ったことはあるが、一人のミスが原因で壊滅したことは何度もあった。
「フィアハーテ特有の状態異常とはなんだ?」
気になる単語が出てきて総志が質問をした。
「例えば『人間爆弾』って呼ばれるものなんだけどな」
「人間爆弾!?」
唐突に出て来た物騒な単語に、思わず声を上げたのは姫子だ。
「正確には『闇の刻印』っていう技なんだけど。ランダムに選ばれた複数人が時限爆弾になるんだよ。で、時間が来たら爆発して、巻き込まれた人は即死級のダメージを喰らう。巻き込まれても死なないのは、防御を固めたパラディンとダークナイトくらいだな」
「お、おい!? それじゃあ、爆弾になった人はどうなる? 選ばれた時点でほとんど死ぬじゃねえか!?」
真の説明を聞いて、姫子に戦慄が走った。
「爆弾になった人自体にはダメージは少ないんだよ。それに、俺たちが人間爆弾って言ってただけで、本当の爆弾になるわけじゃない。あくまで爆発に巻き込まれた人が危険ってだけだ」
「対象方法は?」
今度は総志が質問をした。
「『闇の刻印』で選ばれた人が遠くへ行く……んだけど、ゲームだと時間の猶予が短くて、巻き込まれる人が続出していた攻撃だ……」
大人数で討伐することのデメリットがここにあった。少人数であれば、人がいない場所を探すことは簡単だが、人数が多くなるにつれて、誰もいない隙間というのがなくなっていく。特に遠距離攻撃をするスナイパーやソーサラー、サマナーは広く散らばっていることが多いし、回復役であるビショップもフィアハーテから離れた位置にいることが常だ。
この状態で近接戦闘職の誰かが『闇の刻印』に選ばれると、時限爆弾が爆発するまでの間に安全地帯まで逃げることができなくなることが多かった。
「誰一人として、その『人間爆弾』に巻き込まれることなく対処することはできないのか?」
「いや、できる。俺たちがやってた方法はT字に陣形を取ることなんだけど、この陣形を取っていれば、四隅は必ず空白ができるからな。刻印が付いた人は時計回りに四隅へ移動するっていうやり方をやってた」
「なるほどな。来ることが分かっている攻撃なら、対処方法はあるか。フィアハーテには他にも厄介な状態異常があるんだろ?」
真の説明で一応の納得はした総志だが、あくまでフィアハーテが使う搦め手の一つに過ぎない。真の言い方からすると、まだ手札は持っているはずだ。
「あるな……。『歪な翼』っていう技なんだけど、混乱+狂化の状態異常が付く。これもかなり厄介なものだ……」
難しい顔をしながら真が答えた。この技も最初の頃は対処に困っていた。
「混乱は分かるけど、狂化ってなんだ? 混乱と違うのか?」
あまりピンときていない姫子が真に訊く。狂化と言われても分からない。
「狂化っていのは、攻撃力が桁違いに跳ね上がることだよ。強化を文字って狂化にしたらしい」
「強くなるなら良いことじゃねえか?」
「いやいや、混乱した奴が強くなるんだ! 味方が攻撃対象になるから、普通に死人がでるよ」
真が即座に否定した。味方が強くなることは歓迎したいが、混乱して周りにいる味方を攻撃するのだから、強化されても嬉しくない。しかも、強化される数値が桁違いに高いため、攻撃を受けた人は大体死ぬ。
「これに対してはどうしていた? 混乱した奴から逃げるしかないのか?」
次に総志が真に尋ねた。混乱した人から距離を取ればいいというのであれば、『闇の刻印』の時の対処方法を応用すればいいだけのこと。だが、実際にはフィアハーテと戦いながらということになる。そうなると、単に逃げるだけというのは難しいのではないか。
「混乱した奴は攻撃の対象になるんだよ。だから、動きを止める状態異常で、そいつの混乱が解けるまで時間を稼ぐ。スタンする攻撃で動きを止めてもいいけど、適任なのはサマナーだな。ショックフェザーで麻痺させたり、スリープリーフで眠らせたりすれば大丈夫だ。その間に混乱は解ける」
スタン攻撃で混乱者を止めることも可能ではあるが、ダメージが入ってしまう。そのため、ダメージのない状態異常攻撃の出番ということになる。サマナーが使役するシルフィードは搦め手が得意な精霊で、ショックフェザーもスリープリーフも麻痺や睡眠の状態異常を引き起こすだけで、ダメージは一切ない。
「ということは、『歪な翼』対策にフィアハーテにはサマナーを多く配置する必要があるということだなな」
「ああ、ゲームでも、サマナーは全員フィアハーテを担当してたくらいだしな」
『歪な翼』の厄介なところは、対象者が複数名であることと、ランダムに選ばれるということ。そのため、サマナー自身も混乱してしまうことが多々あるため、予備のサマナーを配置する必要があった。
「他の攻撃もあるだろうが、これも後日訓練の時間を取る。その時に詳しい説明をしてくれ」
「ああ……そうだな」
ふと真は気が付いたことがあった。さも当たり前のように総志は訓練の話をしているが、その訓練をするのは誰なのか。どう考えても真がやらないといけない。真は人前に立って、あれこれ教示することは非常に苦手なのだが、この流れを変えることは不可能だ。
「残るはディルフォールだが……。これは蒼井に任せるとして……。アグニスでさえ、あの巨体だ。お前一人で押さえつけることが本当にできるのか?」
真の一抹の不安など、総志は知る由もなく、別の心配をしていた。
「ん? 巨体? アグニスは確かに大きいけど、ディルフォールは関係ないだろ?」
総志が何を心配しているのか真には分からず聞き返した。
「ディルフォールの大きさは関係あるだろ。アグニスを産だのがディルフォールということは、あれよりも大きい個体なんだろ? お前はイルミナも同時に相手をする必要がある。アグニスは押さえられたとしても、あれ以上の巨体が相手になるなら、かなりやり辛いだろ?」
戦いにおいて、体が大きいことは有利なものだ。あまりにも巨大な相手に対しては、懐に入り込んでしまうという手段もあるが、それができる人間はほとんどいない。
真はそれができる数少ない人間なのだが、ディルフォールの懐に入りこむことで得られる優位性も、イルミナには関係ない。ゲームの特性上、イルミナが踏みつぶされることもないからだ。
「え? ディルフォールは人型で、人間サイズだけど?」
ここで真は、総志が勘違いをしていることに気が付いた。ただ、アグニスを目の当たりにしたのだから、その親玉であるディルフォールがそれを上回る巨体であると思うのは無理のないことかもしれない。
「人型? 人間サイズだと? 深淵の龍帝なのだろ? 違うのか?」
真の回答に合点がいかない総志が質問を重ねる。ドラゴンなのか人なのかどっちなのか。
「えっと、ドラゴニュートって分かるか? ベースは人間なんだけど、羽とか角とか尻尾とか、そういうドラゴンの特徴を持ってるんだよ」
「ディルフォールは純粋なドラゴンではないということか?」
「いや、ディルフォールは正真正銘ドラゴンだ。ただ、人の形をしてるってだけで」
この辺りの情報は真もあまり詳しくはない。ただ、公式の設定では、ドラゴンであることは明記されていた。とはいえ、人型であることの説明はなかった。
「ヴァリアに伝わる伝説では、ディルフォールの姿は美しい女性とされています。アオイマコト様が仰った通り、いくつかドラゴンの特徴も有しております」
ここで話しに入ってきたのはロズウェルだった。
元となったゲームのディルフォールとこの世界に浸食してきたゲームのディルフォールとでは差異があるにしても、姿形はどうやら同じようだった。