反論 Ⅱ
「反対とはどういうことだ、真田?」
大声を張り上げた美月に対して、総志が睨みつけるようにして言った。
「言葉の通りです! 真がディルフォールとイルミナを一人で抑えるなんて、『フォーチュンキャット』のサブマスターとして承認できません!」
対する美月も総志を睨みつけて返す。そこには、総志に対する苦手意識や、怖いといった感情はなかった。
「これは、『フォーチュンキャット』のマスターの意見だ。決定権者でいえば、お前より上の者の意見だぞ」
当然のことながら、総志は正論で返してくる。
「『フォーチュンキャット』の意思決定に上下関係はありません! 私も『フォーチュンキャット』の代表として参加している以上、真と同じ権限で発言しています!」
負けじと美月も正論で返すが、半ば屁理屈でもあった。実際のところ、『フォーチュンキャット』の意思決定について、取り決めなどない。
「なら、聞くが、蒼井の意見に反対する理由はなんだ?」
総志がさらに低い声で言う。大きな声を出されるよりも、より威圧的な感じがする。
「作戦の危険度が、真だけ高いのは認められません!」
「それ相応の力を持ってるからこその采配だ。蒼井なら、ディルフォールとイルミナを同時に相手にできる」
「できるかどうかを言ってるのではありません! 真にだけ負担を押しつけないでください!」
「いや、美月、俺は――」
「真は黙ってて!」
真がなんとか美月を宥めようとしたが、即座に押さえつけられた。今の状況では、本気で怒っている美月を、真がどうにかすることはできない。
「蒼井は自らその負担を受けようとしているが?」
総志の声色が変わった。力で押し付けようとするのではなく、あくまで理屈で進めようとする構えだ。
「私は了承してません!」
だが、美月は理屈では返してこない。感情で話をしている。
「『フォーチュンキャット』のサブマスターの了承か……。では、お前はどういう条件なら、蒼井の意見を飲むと言うのだ?」
総志は努めて冷静に話をした。ここで、『お前の了承など必要ない』と言い放ってしまってもよかったのだが、その後の真との関係を考えると得策とは言い難い。
「条件なんてありません。真の意見は断固として拒否します!」
迷いなく美月が言い切った。この発言で、会議場内が若干ざわめきだした。この少女は何を言っているのか? そんな空気が流れだす。
「そこまで言うのであれば、代替案はあるんだろうな? 分かっているだろうが、蒼井以外にディルフォールとイルミナの双方を抑えられる人材はいないぞ」
総志は、ざわつきだした周りを視線で制しながら、なおも理屈で美月に迫っていく。
「一人でディルフォールとイルミナを抑えるというのが、そもそも賛成できません! それに、真が一人でディルフォールとイルミナを抑えるというのは、150人という人数制限を元にしています。この150人という人数制限は、元になったゲームでの仕様です。今回は別物と考えるのであれば、その人数制限だってないかもしれません! それなら、もっと大人数で挑めばいいことです!」
感情を剥き出しにしている割に、美月の代替案は理屈は通っていた。今回の戦いもゲームと同じ様に150人という制限があるかどうか分からない。人数制限がなければ、より多い人数で挑む方が安全だ。
「蒼井、人数制限について、お前はどう思う?」
総志が真に意見を求めた。150人という人数制限の話は真から出て来た情報だ。それなら、情報源となった真はどう考えているのか。
「……人数制限については分からない。変更されてるかもしれないし、同じ制限を付けてくるかもしれない……。こればかりは行ってみないことには何とも……」
真の声は腰が引けていた。美月の態度から、マスターである真への視線が痛かったからだ。サブマスターの言動に対し、マスターが何も制御することができていないのだから、仕方のないことではある。
「人数制限については、これからの調査で明らかにするしかないな……」
総志の表情が若干曇った。美月の意見に対して、明確な反論をするだけの材料がないため、一旦保留とするしかない。
「それしかないと思う……」
真も総志と同意見。前作のゲームあった仕様が、次回作のゲームでは変更されているなんてことはよくあることだ。
「真田。もし、ディルフォールとの戦いに人数制限がなければ、お前の意見も検討しよう。だが、150人という制限若しくはそれ以上に厳しい制限が課せられる場合、蒼井の作戦を決行する。それでいいな?」
総志は不本意ながらも妥協案を提示した。美月の言う通り、人数制限に関しては不明確なところがある。確定していない情報である以上は、それを元に作戦を立案することはできないのは確かだ。
「いいえ、反対です!」
だが、美月は頑なに拒んだ。総志の意見では、まだ真が一人でディルフォールとイルミナを相手にする可能性がある。それに、人数制限がない場合は、美月の意見を検討するだけで、真に大きな負担がかからないとは言い切れない。
「お前は一体どうしたいんだ!」
抑えていた総志もさすがに怒気を露にした。こちらが譲歩をして建設的な話をしようと務めているにも関わらず、美月はまるで譲る気がない。
「私の意見は変わりません!」
キレかけている総志に対して、美月は怯むことなく言い返した。だが、そこに正当な理屈は見当たらない。
「いいか、これはお前だけの問題ではないのだぞ! 蒼井に負担をかけたくないのなら、代わりの案を出せ! それができないならこの場から去れ!」
「私が代わりに戦います!」
「お前が代わりに戦うだと? ふざけるのも大概にしろ! お前の力など蒼井の足元にも及ばない! それはお前自身がよく分かってるだろ! これ以上会議の邪魔をするなら、今すぐ帰れ!」
とうとう総志がキレて大声を出した。相手は16歳の少女なのだが、年齢など関係ない。同盟の中で切り札となる人材を有するギルドのサブマスターだ。その立場から配慮していたが、これ以上無駄な議論をするなら、力で排除する。
「私はずっと真の横で戦ってきました! 私にだって戦うことはできます!」
「もういい、お前の意見など聞くに値しない! 今すぐこの場を去れ!」
「私を退場させるなら、真も連れて行きます!」
美月はキッと総志を睨みながら言った。何が何でも自分の意見を通す。そのための手段は選ばない。
「おい、美月……!?」
この意見には真もギョッとして、美月の方を見る。
「なんだと? そんなことが通用するとでも――」
「これ以上、真を戦わせないでッ!!!」
喉が張り裂けんばかりの美月の声に、総志の言葉が掻き消される。
あまりのも悲痛な少女の叫びに、会議場内が静まり返ってしまった。
「美月……」
茫然としながらも、真が少女の名前を呟いた。真は美月がどうしたいのか理解できた。いや、最初から分かっていたことだ。
美月は真が戦いによって発狂することを恐れている。それも、アークデーモンと化したブラドに突撃するような真似をするくらいだ。自分の命を危険に晒してでも、真が発狂することがないようにと考えている。
それが分かっていたはずなのに、真は自分から苛烈な戦いに挑む提案をした。無意識下のベルセルクが戦いを求めている結果だ。本来分かっていた美月の考えも、強大な敵と戦えるという高揚から、完全に見失ってしまっていた。
ただ、この場にいる者の中で、美月の真意を知る者は、真と美月本人しかいない。真が発狂するという情報は開示されていないし、美月もこの場でそれを公表するつもりはない。真は発狂すれば、さらに強くなるからだ。意図的に真が発狂する状況を作り出す作戦を取られては堪ったものではない。
「「「…………」」」
総志さえ黙らせてしまう、美月の叫びに誰しもが言葉を出せずにいる。
数秒の沈黙が流れた時だった。静寂を破ったのは、バンッと勢いよく会議室の扉を開く音だった。
「大変です、シドウソウシ様ッ!」
慌ただしく扉を開いたのは、センシアル王国の衛兵だ。近くには、他の衛兵と総志お抱えの執事の姿も見える。
「――どうした?」
ただでさえ大事な話がもつれているのに、空気を読まずに入ってきた衛兵。総志は眉間に皺を寄せながらも、やって来た衛兵に聞き返した。
「ド、ドラゴンの群れが! ドラゴンの群れが王都に向かって来ています!」
「なにッ!?」
衛兵が持ってきた情報に、総志の言葉が詰まった。それだけではない、この会議場内にいる全員が、驚愕の表情を見せて絶句していた。