反論 Ⅰ
「蒼井、お前の考えを言ってみろ」
ほとんど答えは分かっているが、総志はあえて真に話しをさせた。
「イルミナがディルフォールの軍勢と一緒にいた理由だ。イルミナがディルフォールを復活させたんだ! あいつの目的はやっぱり世界の浄化なんだよ! ディルフォールを使って、世界を浄化しようとしてる!」
真の頭の中で、ぼやけていたものが明確な形となって紡がれていった。イルミナがディルフォールと行動を共にしている理由は分からなかったが、イルミナがディルフォールを復活させたというのであれば、納得がいく。
「なるほど。確かにイルミナ・ワーロックという名前は、アルター教の聖人の名前。その名を名乗って、世界の浄化を果たそうとしているということであれば、辻褄が合います」
真の意見を聞いたロズウェルは合点がいったような顔をしていた。ただ、ロズウェルは現イルミナが、過去の浄罪の聖人その人だということを知らない。センシアル王国のアドルフ前宰相がイルミナを復活させたことが原因で、今の危機を迎えているため、そのことは極秘にされていた。
「ロズウェル、お前の考えも聞かせてくれ」
何か分かったような雰囲気のロズウェルに対して、総志が訊いた。当然、センシアル王国とイルミナの関係については触れない。
「イルミナがセンシアル王国とヴァリアとの戦争を引き越した理由です」
「戦争の理由?」
「はい。アオイマコト様が言うように、イルミナの目的がディルフォールを使って世界を浄化しようというのであれば、まずは、どうやってディルフォールを復活させたのかという疑問が生じます」
「確かに、ヴァリアを落とせるだけの化け物だ。簡単には復活させられないだろう」
ロズウェルの話に総志が考え込む。ヴァリアを陥落させたのは、ディルフォールの部下達だ。となると、親玉であるディルフォールは、それ以上の化け物ということになる。そんなものをどうやって復活させたのか。
「私も魔道を学ぶ者の端くれ。化け物を復活させるための術式についても、多少の心得はあります。ただ、あれほどの化け物を復活させるとなると、大規模な術式と数多の生贄が必要になります」
ロズウェルがここまで言えば、大体の者は察しがついた。
「その生贄となったのが、戦争で命を落とした兵士達といことか……」
総志が答えを言った。二度に渡るセンシアル王国とヴァリア帝国の戦争。その犠牲となった兵士の数は万単位だ。
「ええ、そういうことです……。イルミナがブラドを操って、戦争を引き越したのは、全て深淵の龍帝ディルフォールを復活させるためのものだった。そう考えると辻褄が合います」
「だが、それだけではヴァリアが狙われた理由が不明だ。センシアルを操って、ヴァリアに戦争を仕掛けてもいいはずだ」
ロズウェルの話は確かに通っているが、疑問を完全に払拭できたわけではない。センシアル王国で復活したイルミナが、なぜヴァリア帝国に行ったのか。それが分からない。
「イルミナがヴァリアを狙った理由、考えられるのは二つあります。一つはゴーゼスの魔書です」
「ゴーゼスの魔書?」
聞きなれない単語に総志が聞き返した。
「はい。ゴーゼスとはヴァリアの歴史の初期に現れたサマナーです。召喚した悪魔と契約を結び、自らも悪魔となったサマナー。そのゴーゼスが使っていた魔書が、ヴァリアの国宝として保管されていました」
「それが、ディルフォールの復活とどう関係している?」
「ヴァリアの国宝になるほどの魔書です。現存する魔書の中でも特に強力な一冊です。ディルフォールを復活させるのに必要だったのでしょう」
ヴァリア帝国の国宝がイルミナの手に渡ったという情報は、ゼールから聞いていたことだ。ロズウェルも喉から手が出るほど欲しいと思っていた魔書を、タードカハルという辺境の国の女に奪われたのだ。その話を聞いた時は、流石のロズウェルも涼しい顔ではいられなかった。
(そうか、イルミナの魔書は、異界の扉を開いた時に失われてる。だから、新しい強力な魔書が必要だったんだ。ゴーゼスはヴァリアの歴史の初期のサマナーってことなら、イルミナが生まれた時代より前だろうな。イルミナがゴーゼスの魔書のことを知っていてもおかしくない)
真が頭の中を整理する。ロズウェルから聞いたヴァリア帝国建国の話は、神話として語らえるくらい前のことだ。対してイルミナ・ワーロックは数百年前には存在しており、そのミイラも現存していた。神話は言い過ぎにしても、ゴーゼスの方がイルミナより前の時代にいたことは間違いないだろう。
「もう一つの理由はなんだ?」
総志がロズウェルに続きを促す。
「生贄としてブラドを使ったということです」
「兵士だけでは足りないのか?」
総志の表情が険しくなった。二度の戦争によって大勢の犠牲を出しているにも関わらず、まだ生贄を必要としていることに憤りを感じていた。
「兵士達はディルフォールを復活させるために必要な糧となった者達です。対して、ブラドは現世とディルフォールを繋ぐための媒介。深淵の龍帝ディルフォールとは、この世で最も穢れた存在。負のエネルギーの結晶といっていいでしょう。それだけの存在を現世と繋げるためには、媒介となる者が必要になります。それがブラドです。他国を侵略し、植民地には重税を課し、自国民にも圧政を敷く。あらゆる負の感情がブラドに集まっていました。現存する負の結晶と言っていいでしょう。ディルフォールを現世に繋ぐのに、これほどの適役は他にいません」
「報告によると、ブラドは素体として非常に稀な存在だったと聞いているが、ディルフォールを復活させるにも一役買っていたということか」
総志自身はブラドと直接対峙していないので、あくまで報告で聞いたことから頭を整理する。同時に、アーベルの方へと目を向けた。
「その通りです。僕が直接ブラドと戦った時に、その場にいたイルミナの部下の一人が、ブラドの素質の高さを称賛していました。デーモンの中でも最上級のアークデーモンへとその姿を変えるほどの素質は、ディルフォール復活のための媒介としては申し分ないかと」
アーベルがロズウェルの意見に賛同する。実際にアークデーモンと化したブラドと戦ているため、ブラドという人間の素質の高さは嫌というほど思い知らされている。
「一つ質問していいですか?」
一通り話が終わったところで悟が手を上げた。
「はい、どうぞ」
ロズウェルが快く質問を受ける。
「兵士が生贄で皇帝が媒介ということですが、どうやってディルフォールに捧げられたんですか? 彼らは戦場で散っていったわけですし、生贄ということであれば、祭壇なんかに捧げられる方法が取られると思うんですが?」
「仰るっとおり、生贄を捧げる祭壇は必要です――この術式の場合、戦場そのものが生贄の祭壇ということになります。つまり、戦場という生贄の祭壇の上で殺し合いをさせてることによって、術式を成立させたということになります」
「戦場そのものを生贄の祭壇にするなんてことが可能なんですか? ヴァリア帝国領内だけではなく、センシアル王国領内も戦場になってますが?」
ロズウェルの回答に対して、悟がさらに質問を続けた。
「普通に考えれば不可能です。ですが、イルミナの部下の協力があれば可能ではないかと。空間転移能力を持つ者や、死霊魔術の使い手。それにデーモンを召喚する術者。残りの1人も得体の知れない能力を持っていました。これだけの大規模術式を展開するのに、必要な術者は揃っていたと思います……。にわかに信じられない話ではありますが……」
ロズウェル自身も超一流の術者であるが、そのロズウェルからしても、イルミナとその部下がやったことは信じがたい。しかし、現にディルフォールが復活している以上、やってのけたということだ。
「そういうことか……。イルミナが魔人を召喚した本当の目的は、ディルフォールを復活させる術を完成させるためのものだったと……」
時也が眼鏡の位置を直しながら言った。イルミナは手駒になるための魔人を召喚したということまでは分かっていたが、何のための駒だったのかは今まで分からなかった。
「クオールとザーザスがセンシアルの侵攻に同行してたのは、単に生贄を増やすだけじゃなく、戦場に術式を展開するっていう目的もあったんだな……」
真が訝し気な顔で呟いた。イルミナが召喚した4人魔人の内の2人、クオールとザーザス。単に戦場をかき乱すために来ていたと思っていたが、裏では戦場に術式を仕込んでいたのだ。
「イルミナの目的は、凡そ予測が付いた。ほぼ間違いないと見ていいだろう」
話が一段落したところで、総志が口を開いた。その意見に対して皆も同意見の様子だ。周りを見渡しながら、総志は続ける。
「それでは、ディルフォールの討伐についての話に進める。一番問題となるのは、ディルフォールとイルミナの両者を相手に戦わないといけないことだろう……。蒼井、ディルフォールとの戦い方なら詳しいと言ったな? お前の意見を聞かせろ」
ここで総志が真に話を振った。今までの話は前座に過ぎない。ここからが一番大事なことだ。その情報を持っているのは真しかいない。
「ああ、ゲームでは何度も戦ってるからな……。ええっと、まず考えないといけないのは、二匹の竜王をどうするかなんだ」
ようやく真の知識の出番となった。とはいえ、相手は元となったゲームでも難関とされた敵だ。簡単にはいかない。
「ゲームではどうしていた?」
総志が質問を投げる。
「ゲームでは最大150人で戦うレイドボスっていう位置づけだった。ああ、レイドボスっていうのは、大規模人数で戦うボスのことな――で、作戦としては、60人を火竜王アグニスに、60人を魔竜王フィアハーテに、残り30人はディルフォールを相手にしてた」
「親玉であるディルフォールに割く人数が一番少ないのか?」
真の回答に総志が疑問を抱いた。ボス格であるディルフォールよりも配下である二匹の竜王の方に多くの人数を割いている理由が分からない。
「二匹の竜王をさっさと始末してしまうっていう作戦だ。あいつらがいたら、まともにディルフォールと戦うことなんてできない。最初のディルフォール担当は只管攻撃に耐える役割なんだ」
「今回も同じ人数割りでいくというのも手だな」
総志は真の話を聞きながら考える。どのような割り振りをするのが一番安全であるか。相手は今までで一番強大な相手だ。それをどうやって凌ぐか。
「いや、今回はイルミナもいる。こいつがどういう動きをするかは未知数なんだ。人数割りも変わってくる」
「となると、二匹の竜王を相手にする部隊から人数を割く必要があるか……」
「それも、どうだろうな。アグニスとフィアハーテはなるべく早く処理したい。さっきも言ったが、この二匹に自由に動かれたら、まず勝ち目はない」
「ならどうする? イルミナも捨て置ける存在ではないぞ?」
「ここからは俺の推測なんだけど……。今回現れたディルフォールは、元となったゲームのディルフォールとは別物だ。ヴァリアを襲ったドラゴンもゲームのものより弱かった。俺の話とロズウェルさんの話が違うのも、別物だったら説明がつく」
「ヴァリアを襲ったドラゴンが弱かったということは、つまり、元となったゲームのディルフォールほどの強さは持っていないということか?」
「そういうことだ。元になったゲームのディルフォールは最高レベルに到達している人を対象に強さのバランスを取っている。ゲームだと簡単にレベルが上がるし、ある程度の性能の装備なら簡単に手に入れられるようになってる。だけど、この世界はゲームとは違う。個々人の強さの差が大きすぎるんだ。本物の命がかかっているから、戦って強くなるっていうことに消極的になってしまう人も多い。その状態でもディルフォールに勝てないとゲームとして成り立たない」
「要するに俺や蒼井の強さを基準にして、ディルフォールを設計していないということだな? もっと言えば、全体の平均値を基準にしている可能性が高いと」
「まあ、平たく言えばそういうことだ」
「それなら、なおさら二匹の竜王から人数を割けるのではないのか? お前の言う通り、ディルフォールが元のゲームより弱いとしても、イルミナは未知数だろ?」
総志は、真が意図しているところを理解しかねていた。早く二匹の竜王を倒した方が良いのは分かるが、イルミナをどうするつもりなのかが全く分からない。
「それなんだけどな、俺がディルフォールとイルミナを抑える! その間にとっととアグニスとフィアハーテを倒してくれ!」
「「「――ッ!?」」」
真の発言に会議場内にいた一同が目を丸くした。ヴァリアを襲ったドラゴンの親玉と、一国を潰した元凶を一人で相手にすると言っているのだ。あまりも無茶な作戦に、言葉すら出てこない。が――
「ハハハハハハッ! なるほど、そういうことか! 確かにそれが一番勝機を見出せる! さらに言えば一番安全な作戦だ!」
総志が大笑いしながら言った。普段は仏頂面の総志が、臆面もなく笑っている。ここまで笑った総志の顔を見たのは、皆初めてだろう。
「いいだろう! その作戦に乗っ――」
「反対ですッ!」
怒りに震える少女の声が、総志に言葉を遮った。
その声の主に注目が集まる。
そこには、強く手を握り締めて立っている美月の姿があった。