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神話

「これは、アオイマコト様ではありませんか! 丁度良かった、あなた様にもお話をしたいと思っていたところです」


ロズウェルは真を見つけると早足で近づいてきた。以前見たような余裕のある表情ではなく、切羽詰まった感じがする。


「俺にも話? まあ、それはいいけど――二人とも無事だったんだな。皇城が陥落したから、どうなったのかと思ってたけど……」


ロズウェルとアーベルを見ながら真が言う。あれだけの数のドラゴンに襲われたにしては、二人とも無傷だし、身なりもきちんとしている。ゲームだからといえばそれで理由も通るが、実際のところどうなのか。


「心配をおかけして申し訳ありません。実は、僕とロズウェル様は、イーリスベルクが襲われた時、センシアル王国に来ていたんです。今後のヴァリアの方針を決めるための会議に参加していたおかげで、事なきを得ました」


これにはアーベルが答えた。以前なら、ここで真の手を握ってくるのだが、流石に場をわきまえている。


「そうか。まあ、二人とも無事でよかったな」


真がホッと胸をなでおろす。戦後事後処理で色々と忙しいとは思っていたが、二人ともセンシアルに来ていたとは思ってもいなかった。


「ええ、ほんとに……。皆、アーベルさんとロズウェルさんのこと心配してたんです。二人とも無事だっていうことは皆にも知らせますね」


真に続いて美月も安堵の声を漏らした。会議中はずっと黙ったままだったが、知人の無事を確認できて、一安心したようだ。


「そうですね。できれば僕が直接挨拶に行きたいところですが……。申し訳ありません、事が事だけにそういう訳にもいきませんので……」


アーベルが険しい表情で返事をする。そう、今は自分たちの無事を知らせに行けるほどの暇ではない。


「二人ともヴァリアがどうなったのかは知っているんだな? だったら、深淵の龍帝ディルフォールについて話をしに来た。ということでいいな?」


総志が話に割り込んできた。アーベルは、『イーリスベルクが襲わた時』と言っていた。そして、このタイミングでの登場だ。他の話を持ってくるはずがない。


「はい。シドウソウシ様の仰る通りです――ふふ、流石ですね。ヴァリアを襲ったドラゴンが、深淵の龍帝ディルフォールの仕業であるということに、すでに辿り着いているとは、恐れ入ります」


ロズウェルが向き直って驚嘆の声を上げた。


「こっちにも情報網があるからな――そのことはいい。立たせたままですまないが、そっちの話を聞かせてくれ」


総志もロズウェルから視線を外さずに応えた。NPCであるロズウェルやアーベルには関与できないことだが、現実世界の人達にはゲーム側からメッセージが届いている。ディルフォールに辿り着くもなにも、強制的に教えられたことだ。


「それでは、まず、深淵の龍帝ディルフォールとはどのような存在であるか。これはご存知ですか?」


総志に促されて、ロズウェルが話を始めた。まずは、大前提として、深淵の龍帝ディルフォールが何であるか知ってるかという質問。


「地の底の暗闇にいて、世界が誕生した時からそこにいたドラゴン。二匹の竜王を従えているというところまでは知っている」


これには総志が回答した。真から聞いたことをそのまま言っているだけだが。


「なるほど……。失礼な言い方をして申し訳ありませんが、詳しいことはご存知ないようですね」


「ああ、そうだ。こちらとしても、ディルフォールが何者なのか知りたいところだ」


「それでは、私が知っていることをお話しいたします」


ロズウェルは全員の注目を集めながらも、落ち着いた口調で話しを始めた。


「深淵の龍帝ディルフォール。これは太古の昔より存在していたドラゴン。シドウソウシ様が仰ったように、地の底の暗闇の世界にいたというのはあながち間違いではありませんが、正確に言うと、死の大地シン・ラースの奥地。人どころか、一切の生命が生存できない場所。そこに住まうのが深淵の龍帝ディルフォールです」


(そんな設定だったか……? シン・ラースに、ディルフォールへ繋がるゲートがあったはずだけど……)


真はロズウェルの話を聞きながら、自分の記憶と少しズレているような感覚を覚えた。とはいえ、ゲームではディルフォールを倒すことしか考えてなかったため、詳しい設定はよく覚えていない。


「そして、深淵の龍帝ディルフォールが従える二匹の龍王。もとい、ディルフォールが最初に産んだ双子のドラゴン。それが火竜王アグニスと魔竜王フィアハーテです」


「――ッ!?」


ここで、話を聞いていた全員が反応した。総志が真の方を見るが、真も驚いて目を丸くしている。


「おい、蒼井! さっき聞いた話と違うぞ! 二匹の竜王は戦って、負けたから、ディルフォールの配下に入ったんじゃないのか?」


姫子がまくし立てるようにして声を上げた。


「お、俺が知ってるのは、そういう話だ! アグニスとフィアハーテが双子なんて聞いたことがない! それに、ディルフォールは一切の同胞を持たないのは確かだ! 子供を産んだなんて話は絶対にない!」


真が焦りながらも反論する。知っている設定とまるで違う情報に、あたふたとしてしまう。


「お前、さっきは自信なさげに言ってただろ! 知らないのに出しゃばってきてるだけじゃねえだろうな?」


姫子がさらに声を荒げた。真の説明は曖昧なものだった。本当に合っているのかどうかも疑わしい。


「俺が詳しいのは、ディルフォールとの戦い方だ! アグニスとフィアハーテの対処方法も知ってる! 設定とか物語とかは細かいことまでは知らないけど、ゲームで一回見てるし、ある程度覚えてる。その中で、ディルフォールに子供がいるなんて話は絶対になかった!」


真は退くことなく言い返した。ゲーム攻略当時のネットでのディルフォールのあだ名は、『ぼっち龍帝』だ。その強さとは裏腹に、設定である暗闇の世界にずっと独りでいた、ということから付いたあだ名だ。


「でも、全然違う話をしてるじゃねえか――」


「姫、とりあえず、話の続きを聞いてみましょう」


まだまくし立ててくる姫子を悟が止めた。ふと周りを見てみると、視線が集まっていることに気が付いた。悟が止めていなかったら、総志が入ってきていただろう。


「……チッ。話を続けてくれ……」


悟に制されたことが気に入らない姫子は、舌打ちしながらもロズウェルに続きを促す。


「これはヴァリアに伝わる神話なのですが――」


ロズウェルは何事もなかったかのように話し始めた。真と姫子が口論している最中は、人形のように動かなかったのは、NPCだからだろう。元となったゲームと設定が違うという話に、ゲームの登場人物が介入できないのだ。


「ディルフォールは、アグニスとフィアハーテを産んだ後も、次々とドラゴンを産み出していきました。全てのドラゴンの母。それが深淵の龍帝ディルフォールです。そして、ディルフォールは、幾万のドラゴンの軍勢を揃えると、死の大地から飛び立ちます」


真はロズウェルの話を真剣に聞いていた。元となったゲームの設定とはまるで違う話だ。ロズウェルの話はなおも続く。


「死の大地から飛び立ったドラゴン達は、人々の世界に襲いかかります。突然現れた、無数のドラゴンの群れに、人々はなす術もなく逃げまどいました。世界はドラゴンに蹂躙されてしまう、そう思われた時、一人の若者が勇気を振り絞り、ドラゴンの軍勢に立ち向かいます。その勇気に人々は心を打たれ、次々と若者に続いてドラゴンと戦い始めました」


(よくある神話だな……)


真が心の中で呟いた。元になったゲームとは違う話だが、内容自体はどこにでもあるようなものだった。


「人々とドラゴンの戦いは熾烈を極めます。しかし、相手は圧倒的な力を持つドラゴン。火を吐き、空を飛ぶ怪物を相手に、人間側が押され始めます。ドラゴンの追撃が激しさを増す中、人々のリーダーである若者の前に神が現れました。神は若者に力を与えると、形勢は逆転。ついにはディルフォールを死の大地へと追いやり、討ち果たしました。そして、ディルフォールを倒した若者は英雄となり、人々の支持を得て、ヴァリアを建国したと言われております」


「そういうオチか……。ひねくれた見方をすれば、ヴァリアに都合の良いように脚色されてる神話だな」


ロズウェルの話しを聞き終えた総志が端的に感想を述べる。悪しきドラゴンから人々を守るために戦った英雄が、初代ヴァリア帝国皇帝ということなのだろう。何とも都合の良い話か。


「この手の神話はどこの国にもあるものですから。ただ、どこまで事実かは不明ですが、ディルフォールの存在は事実です。現にヴァリアが襲われましたので、疑いようもないことですが」


「付け加えるなら、過去にディルフォールが倒されているのも事実だろうな。こちらの情報筋では、ディルフォールは“復活”したらしいからな」


総志が補足を入れる。ディルフォールが復活したというのは、バージョンアップでの情報だ。バージョンアップの通知は情報が少ないが、嘘は書かれていない。


「なるほど。そうなると、ディルフォールが復活した原因を究明する必要がありますね……。自力で復活したのか、自然と復活したのか、はたまた人為的に復活させられたのか――」


「イルミナ……」


ロズウェルが言い終わる直前、真の口から声が漏れていた。


無意識に漏れた真の声だが、会議に場にいた者は真の発したことばに注目した。





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