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終戦

        1



真達がセンシアル王国領へと戻るルートは、ヴァリア帝国に侵入した時と同じ、密入国のルート。ヴァリア帝国の辺境にある、ウォルバートの別荘を経由して、国境の山脈を越える。


センシアル王国とヴァリア帝国の間の山脈を越えることが、密入国ルートにおける最大の難所。人が歩くような場所を通らないルートであり、しかも、大きく迂回して進むため、正規のルートと比べると3倍ほどの時間がかかってしまう。


そのせいもあって、センシアル王国騎士団とロズウェル将軍の連合軍が、ノーウング平原でヴァリア帝国軍を撃破したという知らせは、この山脈越えの最中に知ることとなる。


アーベルは使い魔で随時ロズウェルに報告を入れている。ロズウェルの方も最新の情報をアーベルに知らせているため、状況を把握することができていた。詳細な情報までは分からないにしても、大まかな流れは掴むことができる。


また、ロズウェルからの知らせには、レジスタンスが帝都イーリスベルクを陥落させたことも記されていた。


元々、ヴァリア帝国側は不利な状況に置かれていた。ノーウング平原で何とか耐えていたのは、帝都を死守するという強い意志があったからこそ。


だが、レジスタンスが帝都に攻め入ったという情報が流れると、ヴァリア帝国軍内で一気に不安が蔓延した。それは意図的に流された情報なのだが、事実であることはすぐに判明する。


さらには、ブラドが死亡したという情報まで入って来たことが決定打になった。ブラド皇帝による恐怖政治は、ある一面では、絶対的な力の象徴でもあった。ブラドさえいればヴァリア帝国が負けることはない。そう思わせるだけの強さがブラドにはあったのだ。


そこからは、センシアル・ロズウェル連合の独壇場だった。ブラドという後ろ盾を失くし、帝都がどうなったのかも分からない状況では、兵士の士気は地の底まで落ちてしまう。最早戦う意味すらなくしたヴァリア帝国軍は次々に瓦解していった。


こうして、センシアル王国とヴァリア帝国の総力戦は、センシアル王国側の圧勝という形で幕を閉じることとなる。


この戦果に、センシアル王国中が湧きあがった。凱旋したセンシアル王国騎士団は、国民からの溢れんばかりの賛辞が降り注ぎ、ロズウェル将軍率いる魔道軍も、熱烈な歓迎を受けたのである。


真達が王都グランエンドに戻ってきた頃にも、お祭りムードは続いており、どこもかしこも、王国騎士団を称える歌が響き渡り、王都中を上げて勝利の美酒に酔いしれていた。


そんな王都のお祭り騒ぎを横目に、真達はリヒター宰相に会うためにセンシアル王城へと向かった。


「ここもかよ……」


真が王城へ着くなり愚痴を溢した。


王城内も湧き上がっていた。若いメイド達は戦場で活躍した騎士団を取り囲んで、やいのやいのと囃し立てる。持て囃されている騎士団の方もいい気分なのだろう。ふんぞり返って武勇伝を語っている。


普段の王城内ならまずこんな緩んだ空気にはならない。厳しい騎士団の規則によって、厳格に行動するのが、センシアル王国騎士団だ。


真としては、別に自分を称賛してほしいわけではないが、こっちの苦労も知らずに、美味しいところだけを持っていかれたというのが釈然としないところだった。


それでも、今は疲れている。兎に角リヒターとロズウェルに会って、ミッションを終わらせたい。


「流石にあと2~3日で終わるとは思いますよ」


真の心情を察してか、アーベルが苦笑いを浮かべながらも、リヒター宰相に会うために足を進めていく。


「別に気にしてない……」


真が素っ気なく答え、そのまま足を進める。向かった先は、リヒター宰相に会うため、総志達と一緒に連れて来られた部屋。


扉を開けた先に待っていたのは、前回と同じ顔触れ。リヒターとロズウェル、ダルクの3人だ。前回と違うところがあるとすれば、総志も姫子も千尋もいないということくらい。


「おお、戻られたか! 流石はロズウェル将軍の懐刀。見事に役割を果たしてくれました! 心より感謝します!」


最初に声を上げたのはリヒターだった。立ち上がって声を上げる。実にわざとらしい演出だ。


「皆様、本当にありがとうございます。これで、ようやく自由になれます。怯えることもない……。飢えることもない……。ようやく、この時が来ました……。ありがとうございます――ミルアもよくやってくれた」


次にロータギアの代表ダルクが立ち上がり、深々と頭を下げた。ミルアはダルクを見つめて静かに頷いている。


「ご苦労様でした。先の戦いでの英雄は聞きしに勝る実力と言ったところでしょうか。イルミナの件は気になるところですが、目的は達成できました」


ロズウェルも真達を称える言葉を贈った。イルミナが逃げたという情報は、アーベルの使い魔を通して知った情報だ。そのことだけが懸念されるが、それでも、ヴァリア帝国を陥落させるという大目標は達成された。


「左様でございますな! アーベル様の実力は、聞いていた以上のもの。我らがセンシアル王国騎士団の実力も負けてはおりませんが、やはり、ロズウェル将軍とアーベル様のおかげで、この戦いに終止符を打つことができたと言っても過言ではないでしょう」


リヒターがあからさまにロズウェルとアーベルを褒める。今後、ヴァリア帝国の傀儡政権を担当する、この両名との繋がりを持ちたいという下心が見え見えだった。


「お褒めにあずかり光栄ですが、僕なんかよりも、アオイマコト様やその仲間の方々の活躍が、この勝利を導いたと確信しております」


アーベルの方は、リヒターの言葉を躱すようにして頭を垂れた。


「いやあ、ロズウェル様、アーベル様は若いのに謙虚でいらっしゃる。実に素晴らしい青年でございますな」


それでも、リヒターは真達のことには触れない。徹底してアーベルの手柄にしたいようだ。


「ええ、アーベルは私の自慢の部下です。物事もよく理解していますよ。ですが、流石に疲れている様子。ここは、報告を受けて、早々に彼らを休ませてあげた方がよいかと」


ロズウェルが微笑みながら言った。この言葉を要約すると、『リヒターの茶番に付き合う必要はない。さっさと報告して帰れ』ということだ。


「ははは、そうですな。アーベル様は大儀を果たされたのですから、さぞかしお疲れのことでしょう」


ロズウェルの言葉の意図を理解していないのか。それとも開き直っているのか。リヒターはスタンスを変えることはなかった。


「こいつ、一度本気で斬ってやろうか?」


真がリヒターを睨みながら言う。


「で、では、早速で申し訳ないですが、アーベル様、今回の報告をお願いいます」


リヒターは完全に真の言葉を無視して話を進めた。だが、その顔からは血の気が引いている。真と目を合わそうともしない。


権力がある者と無い者に対する態度が180度違うリヒターに、真は赤黒い髪をかき上げ嘆息した。



        2



センシアル王国から遠く離れ、海を越えた場所。その先には、誰も足を踏み入れない最果ての地がある。


割れた大地からはマグマが噴出し、常に沸き立つ黒煙は空を覆いつくして、雷が止むこともない。吹き荒れる風と噴出する硫黄のガス。水はあるが、強酸性で、不自然なまでに透明な池。不気味な鉛色の雲は分厚く、陽の光が大地に届くこともない。


この大地には生命と呼べるものは一切存在しない。草も花も虫も魔物であっても、生命活動を維持するどころか、生まれてくることすら不可能な死の大地。


そんな場所に、一人の女がいた。


褐色の肌とメリハリのある肉体。長く美しい銀髪と金色の瞳を持つ女が一人。


その女は美しかった。人を魅了するだけの容姿を兼ね備えている。だが、それは触れてはいけない美しさだった。触れたが最後、奈落の底まで堕とされる。破滅を呼ぶ妖艶さ。それが、この女、イルミナ・ワーロックの持つ美しさだった。


「ふふふ、これで準備は整ったわ」


イルミナは高鳴る胸を抑えながら、死の大地を見渡していた。何もない大地。生きるものがいない死の大地。そこには拒絶しかない。


「さあ、始めるわよ」


誰もいない大地でイルミナが言う。誰にも届かない声が響くと、懐から一本のナイフを取り出した。


そのナイフを左の手首に当てると、迷いもなくスッと引く。


溢れるイルミナの鮮血が死の大地に染み込んでいった。それは、まるで初めて口にする甘い果実のように、死の大地はイルミナの血を吸い込んでいった。


「汝、我が呼び声に応えよ」


流れる血はそのままにイルミナが呪文の詠唱を始めた。


「汝は降りかかる災いの化身なり、汝は死を飲み込む顎なり、汝は天を斬り裂く爪痕なり、汝は踏みつぶす戦慄の王なり――」


イルミナの詠唱が続いていくと、死の大地に巨大な魔法陣が浮かび上がった。それは、見渡す限りの巨大さだ。青白い光を放ち、激しく放電を始める。


「捧げるは、幾万の戦奴の魂と傲慢なる王者の魂。愚かで、醜く、穢れた魂――」


魔法陣が激しく光りだすと、空中に浮き始めた。放電はさらに激しさを増し、暴風がイルミナの体を打ち付ける。


それでも、イルミナは目を見開いて詠唱を続けていた。


「全てを喰らい、ここにその姿を現せ。我が名はイルミナ・ワーロック! 汝を現世に繋ぎとめる者なり!」


イルミナが最後の詠唱をすると、空中に浮いた魔法陣が弾けるように形を変えた。


死の大地に浮かぶのは球形の立体魔法陣。イルミナの詠唱によって出現した、超高度な魔法陣だ。このレベルの魔術を操れる人間はもういない。


伝説のサマナーと呼ばれるイルミナにしかできない、消滅したはずの術式だ。


球形の立体魔法陣は、ゆっくりと回転しながらも安定していた。もう、放電現象も暴風も消えている。立体魔法陣の周りだけ、時間が止まったかのように静かだった。


「いいわよ、出てらっしゃい」


イルミナが微笑みながら立体魔法陣に呼びかけた。


「……貴様か、我を呼んだのは?」


立体魔法陣の中から女性の声が聞こえてきた。だが、人間の声とは違う。


「ええ、そうよ」


イルミナは立体魔法陣を見ながら微笑んでいる。楽しそうに微笑んでいる。


「ほう、ただの人間ではないようだな」


声の主はそう言いながら立体魔法陣の中から出て来た。


紫色の肌と薄手の赤いローブ。癖のある長い金髪と深紅の瞳。黒い二本の角と背中から生える竜の翼。長身で豊満な肉体と長くスラっとした尻尾。


立体魔法陣から出てきたのは、妖しくも美しいドラゴニュートの女だった。





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