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人の戦い

ブラドが真に向かって蒼炎の剣を振り下ろす。高熱を伴うその斬撃は、執拗なまでに真を狙って、何度も何度も振り下ろされてきた。


「…………」


真は冷静にその蒼炎の斬撃を見極めて対処している。体の軸をずらして避けることもあれば、横に飛び退くこともある。時には大剣を盾にして受け止める。一旦後ろの後退することがあっても、すぐさま元の位置に戻って、真は一定の間合いを保ち続けていた。


しかし、ブラドの持つ蒼炎の剣から繰り出される斬撃は、高温の熱波をまき散らす。それは、真の体を焼き尽さんとばかりに襲い掛かって来る。


「サッキマデノ勢イハドウシタ? ソレデハ勝目ハナイゾ!」


ブラドが面白そうに言った。自身の攻撃は真に当たっていないが、高熱の余波は真の体を蝕んでいく。どこかで綻びが出るだろう。それまで甚振ってやってもいいし、揺さぶりをかけてもいい。


「…………」


真は何も答えなかった。ブラドが煽ってきたところで、反応はしない。


(美月は……美月は無事なのか……?)


真はブラドの攻撃に注意しつつも、目線を少しだけ美月が運ばれた行った方へと向ける。


真の視界の端には、ふらふらになりながらも、何とか立ち上がっている少女の姿が見えた。


(よかった……。美月……、無事でよかった……)


ブラドの攻撃をまともに喰らって、意識をなくしていた美月だが、命に別状はないようだ。ゲーム化した世界の特徴として、生きてさえいれば、後遺症が残ることもない。


何やら翼が怒っているようだが、今は任せておけばいいだろう。これで、懸念材料はなくなった。


「イツマデ澄マシタ顔ヲ シテイラレルカ見モノダナ!」


真の様子が変わったことにブラドが声を上げた。強大な力を前にして、まるで安心しているかのような真の顔が気に入らなかった。


それなら、もう容赦はしない。ブラドは無造作に剣を振った後、空間に穴を開けて飛び込んだ。空間転移の能力を持つ、シャンティの能力だ。


空間に開いた穴に入ったブラドは、その姿を完全に消し去った。どこかに瞬間移動したのだ。後ろか、横か、どこから出て来るかは全く予測できない攻撃だ。


「獲ッタ!」


ブラドが現れたのは、真の後ろ上空から。一目振り向いただけでは、視界にも入らない位置。ブラドは、巨大な体ごと、真に向けて蒼炎の剣を振り下ろした。


<スラッシュ>


タイミングを見計らって真が踏み込んだ。


真はブラドの攻撃を掻い潜ると同時に斬りつける。それは、完璧なカウンターだった。


「ヌゥッ!」


ブラドに一瞬焦りが見えた。ブラドの攻撃は、真の後方上空からの奇襲だ。それは完全に死角からの攻撃だった。なのに、まるで見ていたかのように攻撃を合わされた。


<シャープストライク>


真はそのまま素早い二連撃を放つ。ブラドはこの攻撃に対して、まるで対応ができていない。


<ルインブレード>


ブラドの前に魔法陣が出現すると、真はその魔法陣ごと叩ききるようにして、大剣を振り下ろした。


ここで、ようやくブラドが反撃の一手を打ってきた。


ブラドが剣を持っていない左手を下から掬うようにして振り上げると、真の足元から青白い火柱が激しく噴出した。


まるでジェットエンジンが火を噴いたかのような音が、真の耳を劈く。


それでも、真は顔色一つ変えずに、火柱を回避。


<スラッシュ>


真は再度踏み込んで斬撃を放った。ブラドはこの攻撃も対処することができなかった。


反撃に転じたブラドの攻撃を、真はいとも簡単に避けただけでなく、追加の攻撃まで仕掛けている。いかに剣聖に鍛えられた皇帝の武術と言えども、本物の戦いともなると、技術の差が明確に出てくる。


<パワースラスト>


真は一歩下がったブラドを追いかけるようにして、大剣を突き出した。


<ライオットバースト>


ブラドの体に突き刺さった真の大剣は、勢いよく光を放ち、炸裂すると、ブラドの体内でエネルギーが暴れ回った。


「グッ……、舐メルナヨ、虫ケラガー!」


ブラドは苦し紛れに蒼炎の剣を振るった。勢いこそあるが、我武者羅に振られた剣が真に当たるわけがない。


「ブラド……。ゼールはお前みたいに弱くはなかったぞ」


真は手を止めてブラドに話しかけた。


「黙レ……」


「お前は弱いよ……。臆病と言った方がいいか……」


「黙レ……」


「いや、黙らない。お前の強さは単なる虚勢だ。怖いんだろ? 何もかもが全部。本当は怖いんだろ?」


「黙レト 言ッテイルダローッ!!!」


ブラドが怒りを露にして蒼炎の剣を振り回した。それは最早、剣技と言えるものではなかった。一番的確なのは、子供が駄々をこねて暴れているといったところか。


「終わりだな……」


<ソードディストラクション>


真は地団太を踏むように暴れるブラドの間隙を突いてスキルを放った。


真から繰り出されるのは、具現化した破壊の衝動。圧倒的な力を手にしたブラドを、さらに上の力で叩き潰す。


「グアァッハ……ッ!?」


その一撃でブラドは仰向けに弾き飛ばされた。


ズドンッと鈍い音を響かせて、ブラドの巨体が玉座の間に沈む。


もうブラドは立つこともできない。みるみる内に炎は消えていき、元の悪魔の体だけが横たわっている。


真は静かにブラドの横に立った。


「はぁ……はぁ……、貴様……ごとき……に、余が……敗れるなど……」


ブラドは虫の息だった。それでも、ブラドは真を睨んでいる。


「人の戦いを教えてやるって言っただろ……」


真がポツリと答えた。


「人の……戦いか……。なるほど……一つだけ……貴様の言っていたことを……認めてやる……」


「…………」


息も絶え絶えになっているブラドの言葉を真は待った。


「余を臆病者……呼ばわり……したな……。ああ、そうだ……。余は……怖かった……。人が……怖かった……。貴様は、恐怖を乗り越える……方法を知っているか……?」


「……そんなの、知ってるわけないだろ……」


「はははっ……。そうか……、そうだろうな……。だが、それも……一つの答えだ……。余は……力だと信じていた……。強さこそが……唯一、恐怖を乗り越える……と信じていた……」


「……間違ってるとは言わねえよ」


「……ああ、間違っては……いなかったとも……。余は……恐怖を潰した……。どんな些細なことでも……恐怖は潰していった……。力で……潰した……。それが、強さだと信じていた……」


「……そんなのが強さとは――」


「これも強さなのだよ……。貴様には……綺麗ごとに染まった……輩には……理解できないがな……。強さは一つではない……。だが……この方法では……弱さを克服できなかった……。力で……恐怖を潰し……、その力で……余は強くなった……。だが、弱さが残った……」


「…………」


ブラドの言葉に真は何も言えなかった。ただ、聞いていた。聞きたかった。絶大な権力という力を手にいれた男が、最後に言う弱さを。


「余は……何を恐れていたのか……。それすらも……分からなくなった……。貴様の言う通り……全てが怖かった……のだろうな……」


「…………」


「かつて……ゼールが言っておった……。『自分は臆病者である』と……。ふふふっ……。ヴァリア帝国最強の黒騎士……剣聖ゼールがだぞ……。余は耳を疑った……。だが……、今なら分かる……。ゼールが強かった理由がな……」


ブラドの言葉はここで終わった。そして、体が崩壊を始めた。肉が灰となって、ボロボロと落ちていく。


「……そうだな。ゼールさんは弱さを知ってたんだろうな……。俺も生きているゼールさんと戦いたかったよ……」


真の言葉にブラドは何も答えない。ただ、音もなく肉体が崩れて落ちていくだけ――


「ハハハーッ! お見事でございます! これほどの力を前に勇猛果敢に戦う姿は、実に美しいものでしたぞ!」


唐突に空気を読まない声が響いた。それは、崩壊するブラドの左肩のデスマスクからだった。


「てめえ、まだッ……!?」


真は慌てて大剣を握りしめた。ブラドに同化した魔人も息絶えたものだと思っていたのだが、それが、嬉々として語っている。


「あらぁ、お嬢さん、そんなに怖い顔をしないでおくんなまし。心配しなくても、あちきらはもう終わりでありんすよ」


今度は右肩の鉄仮面がしゃべった。もう終わりと言いながらも、その声はどこか楽し気だ。


「終わりって……。騙されねえよ!」


真は魔人シャンティの言葉を信じることはなかった。どう聞いても、終わろうとしている声ではない。


「シャンティ嬢の言っていることは本当ですよ、綺麗な顔のお嬢さん。ブラドに同化した時点で、我々は運命共同体! この体が完全に崩壊すれば、私もシャンティ嬢も滅びます。ですが、それだけのこと。取るに足りない些細なこと」


魔人ゴルドーは満足したような声で言った。


「お前らは、一体何のためにイルミナに呼び出されたんだよ……?」


真には釈然としない思いがあった。魔人がどれだけ脅威になるのかは、よく理解している。だけど、これではただの使い捨てだ。


「イルミナ様のため。ただそれだけですよ」


「ふふふ、無粋なことを訊くでありんせん」


ゴルドーとシャンティは、真の質問が可笑しかったようだ。イルミナのために呼ばれたのだから、イルミナの思うように死ぬ。それだけのこと。


「……お前ら」


真はこれ以上言葉が出てこなかった。魔人の考えることなど全く理解できない。魔人にもそれぞれ個性があるのだが、イルミナに呼び出された魔人に共通していることは、全てがイルミナのためであるということ。


真には到底理解できない理屈がそこにはあった。


だから、見ていることしかできなかった。笑いながら崩壊していく二人の魔人と、何も語らなくなった帝国の皇帝を。真はただ見ていることしかできなかった。





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