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少女の覚悟 Ⅱ

        1



美月と真の体が宙に舞う。まるで蹴飛ばされて人形のように、抗うことなく吹き飛ばされる。


美月に痛みはなかった。ただ、真をあの悪魔から遠ざけたいという一心で、真の体にしがみ付いていた。


どれだけ真を引き離せただろうか。もう戦わなくてもいいのだろうか。真は正気に戻ってくれたのだろうか。美月の中には真のことだけしかなかった。


けれども、それを確認することはできなかった。美月の意識は既になかった。痛みがなかったのではない。痛みを感じる間もなく意識を失ってしまっていた。急激に遠のく意識の中で、真のことだけを思っていたのだ。


ドサッ……。真が美月を抱えたまま、背中から落ちる。


「――ッ!?」


真が胸の上にいる美月を見る。うつ伏せで顔は見えない。


「――美月ーーーッ!!!」


真が喉が張り裂けんばかりの声を上げた。それでも、美月はピクリとも動かない。


真の記憶は鮮明に残っている。


戦いの中で、異常なまでの高揚状態になっていたことも覚えている。仲間のことが目に入らず、目の前の敵だけを見ていたことも覚えている。思いのままに力を振るおうとしていたことも覚えている。そして、それを止めに入った美月も、ブラドの青白い炎の剣が美月ごと真を薙ぎ払ったことも覚えている。


全て、覚えている。


「美月ーッ! 返事をしろーッ! 美月ーッ!!!」


レベル100で最強装備だからこそ、ベルセルクでもあの攻撃に耐えることができた。だが、美月は違う。真よりもレベルは低いし、装備も弱い。職業も防御力が低いビショップだ。あんな攻撃を受けて無事でいられるかどうか分からない。


「マコト! お前は離れろ! 狙われているのはお前だ! ミツキは私が預かる!」


一番近くにいたミルアが駆け寄ってきた。業火の化身となったブラドに攻めあぐねていたことが幸いして、すぐに救助に来れていた。


「……わ、分かった。美月を頼む……」


真に選択肢はない。ミルアの言う通り、ブラドの狙いが真であるため、美月の傍にいたら、攻撃に巻き込まれてしまう。


「任せておけ」


ミルアは静かに返事をすると、すぐに美月を担いで、その場から離れていった。


真は横目でミルアと美月を確認した後、意識を正面に切り替えた。


「マダ 立ッテイラレルカ 憎タラシイ 虫ケラメ!」


ブラドは悠々と真の方に歩いてきている。その漲る力を誇示するかのように堂々と。


「…………」


真は何も答えなかった。顔からは一切の笑みが消えている。そして、静かに弧を描くようにして移動する。ブラドの狙いが真であるため、離れていったミルアと美月に攻撃の余波がいかないように位置を取る。


「ダガ ココマデダ 貴様ノ命モ 余ノ手ノ中ダトイウコトヲ知レ!」


ブラドは大きく腕を振り上げると、翼を広げて勢いよく真に突進してきた。


今までよりも格段に速い攻撃だ。真との間に開いた距離など、ものともせずに青白い炎の剣を振り下ろした。


床に叩きつけられた蒼炎の剣は、轟音を轟かせて玉座の間を震わせる。その瞬間、暴れるかのような熱波が吹き荒れた。


真はそれを大きく横に飛んで回避していた。冷静に攻撃の範囲を見極め、安全圏にまで退避している。だが、問題があった。


(くそっ……、気持ちが昂ってる……。抑えろ……。ここで狂戦士化するわけにはいかない……!)


今の一撃が真の中のベルセルクを刺激した。美月がどうなったのか分からない状況で、真がまた戦いに狂ってしまったら、どうなるか。美月からブラドを遠ざけることなんて考えずに戦ってしまうだろう。


もし、美月が目を覚ました時に、真が発狂していたらどうなるか。美月は再度、身を挺して真を止めようとするだろう。


だから、真は内にある狂戦士ベルセルクを抑え込まなければならなかった。


頭ではそれが分かっている。分かっているのだが、心が――いや、魂が叫んでいる。


目の前の敵は強大な力を持った悪魔だ。目の前の敵は恐怖の化身だ。目の前の敵は全てを焼き払う業火だ。傲慢で、残虐で、非道で、巨大な敵……。戦いたい……。


戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。たたかいたい。たたかいたい。たたかいたいたたかいたいタタカイタイタタカイタイタタカイタイタタカ――


「お前は黙ってろーッ!!!」


真が絶叫にも似た声を張り上げた。


その声は、全てを弾き飛ばした。


一瞬の内に、場の空気が変わる。


肩で息をしながら、真はブラドを見据えて、大剣を構えた。


「……来い! 人の戦い方を教えてやる!」


真は化け物を睨みつけた。二人の魔人が同化した化け物。炎の化身となった化け物。人であった面影は欠片もない。


「人ノ戦イ方ダト? 貴様ガソレヲ言ウカ!」


ブラドは真を睨み返した。目の前の少女は人に戻っている。さっきまでの異様さはどこにもない。


「ああ、そうだ。美月が俺を人に戻してくれた……。お前に人の強さを見せてやるよ!」


美月は命がけで真を引き戻してくれた。あのまま戦っていたら、間違いなくブラッディメスクリーチャーが発動していた。


そうなっていたら、今頃決着は付いていただろう。真がブラドを無残なまでに蹂躙して終わりだ。


だけど、それは間違っている。化け物に対して、より歪な化け物をぶつけただけだ。


だから、真は人として化け物を倒す。人としてこの戦いを終わらせる。


「面白イコトヲ言ウ。ナラ見セテミロ! 貴様ノ言ウ人ノ強サトヤラヲナ!」



        2



「美月ーッ!」


「美月さんッ!」


「美月、なんでッ!?」


翼、彩音、華凛が一目散でミルアが担ぐ美月の元に駆け寄ってきた。アーベルも心配そうな顔で美月を見ている。


あれは、どう見ても直撃だった。真ですら軽々と吹き飛ばされるほどの攻撃を、美月もまともに喰らった。


その瞬間、翼も彩音も華凛も何も考えられなくなった。息をすることすら忘れてしまっていた。


今、こうして、ミルアがブラドから美月を引き離してくれてはいるが、美月は何も反応をしていない。


「美月! お願い! 返事をして!」


翼が必死で美月に呼びかけるが、反応はない。


「美月さん! 美月さん! 返事をしてください!」


彩音も涙目を堪えながら呼びかける。だが、返事はない。


「美月、ねえってば! 何か言ってよ! 美月ってば!」


華凛が半狂乱になりながらも美月に呼びかける。それでも、美月は何も言わない。


「カリン、ウンディーネの回復魔法だ!」


ミルアが華凛を見ながら言った。


「えっ……?」


パニック状態の華凛は、何を言われているのか理解できていない。


「回復魔法だ! お前はサマナーだろ! ウンディーネは回復もできるはずだ! ビショップやエンハンサーほどではないにしろ、今、ここでミツキを回復させられるのはお前だけだ、カリン!」


ミルアは早口にまくし立てた。こんな時だからこそ、冷静にならなくてはならない。


「あッ――うん!」


<ヒールウォーター>


ミルアの意図を理解した華凛がウンディーネの回復スキルを発動させた。


ヒールウォーターはサマナーが使える唯一の回復スキルだ。回復スキルは他にも、パラディンが使うことができるのだが、回復量はビショップやエンハンサーには劣る。


「お願い、美月、目を開けて!」


<ヒールウォーター>


癒しの水が美月の体に染みわたる。しかし、美月は意識を取り戻さない。


「美月……。お願いだから、目を開けて……」


<ヒールウォーター>


涙声になりながらも華凛は必死になって回復スキルを使う。


「美月……。美月だって、真君のことが好きなんでしょ……。だったら、こんな所で……。こんな……ところで……、何時までも寝てないで!」


<ヒールウォーター>


華凛が声を上げて回復スキルを使う。本職の回復スキルには劣ると言っても、緊急時は使えるスキルだ。何度も何度もスキルをかけていれば、それは大きな効果になる。


「ヵハッ……」


美月が苦しそうに咳き込んだ。


「美月ッ!」「美月さんッ!」


翼と彩音が同時に声を張り上げる。


「ヵハッ……ヵハッ……」


何度も咳き込みながら美月が目を開いた。


「美月の馬鹿ッ! なにやってんのよッ!」


泣きながら怒鳴ったのは華凛だった。美月の両肩をがっしりと掴んで、大声で叫んだ。


「う、ううっ……痛ッ……。」


意識を取り戻した美月に襲い掛かってきたのは、激痛だった。ブラドの攻撃をまともに受けたことによるダメージ。美月は、その激痛と共に自分のやったことを思い出していた。


「あッ……ご、ごめん……」


華凛は強く掴み過ぎたと思い、パッと手を放す。


「ち、違うの……。華凛じゃなくて……、謝らないといけないのは……私だから……」


今更ながらに襲ってきた強烈な痛みに耐えながらも美月は言う。自分がやった無茶は理解している。だから、華凛は何も悪くない。


真の戦いの中に割り込むなど、正気の沙汰ではない。無茶を通り越して、自殺しに行ったようなものだ。


それは、分かっているのだが、真が戻ってこれなくなるかもしれないと思った瞬間、体が勝手に動いていた。


もう、二度と真のあんな姿は見たくはない。戦いに狂った得体のしれない何かにはなってほしくない。真が人であり続けるためなら、美月はなんだってするだろう。そう、真が――


「――ッ!? ま、真は……? 真は? 真はどうしたの?」


真の姿が見えない。激痛に顔を歪ませつつ、美月が聞いた。声を出すだけでもかなりの痛みが走る。それでも、聞かずにはいられなかった。


「アオイマコト様でしたら、今も戦っています」


答えたのはアーベルだった。美月の無茶な行動に困った顔をしているが、それを責めるつもりはない。ただ、無事だったことに安堵している顔だ。


「ェッ……!?」


美月の頭が再び真っ白になった。真はまだ戦っている。まだ戦いは終わってはいない。真が一人で戦っている。あの巨大な悪魔と一人で戦っている。


美月は立ち上がって、真の姿を探した。それは、すぐに見つけることができた。玉座の間に響く激しい戦いの音が、真の位置を教えてくれたからだ。


美月は、目を見開いて真の姿を――


「美月ッ! あんた何考えてんのよッ!」


翼が美月に怒声を浴びせた。これでもかというくらいに、大きな声で叱りつける。


「ぁっ……」


「どれだけ心配をかけたか分かってんのッ!」


翼は叩きつけるようにして怒鳴った。間違いなく、美月は真の方へ行こうとしていた。


「ご……ごめん……なさい……」


「謝るくらいなら無茶なことするなッ! 美月が……美月が死んじゃったら……私は……私たちは……」


ボロボロと涙を流しながら、翼が怒る。翼がここまで怒ったのはこれが初めてだろう。


「ごめんなさい……」


美月は謝ることしかできなかった。しかし、それは真の姿を確認できたからこそ、冷静に反省することができているのだろう。真が人として戦ている姿を見ることができたから。


意識を取り戻した直後は落ち着いていたのに、真がまだ戦っていると聞いてパニックになった。


もし、真が発狂していたら、美月はどうしていたのか。翼が制止するのも聞かずに真の戦いの中に飛び込んでいたかもしれない。


それを思うと、自分の身勝手な行動で、どれだけ迷惑をかけたのか。どれだけ心配をかけたのか。申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。



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