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皇帝ブラド Ⅳ

「吠えるな、矮小なる者よ! 余はヴァリア帝国皇帝ブラドぞ!」


搾取されるだけの存在であるロータギアの小娘が、よりによってヴァリア帝国の皇帝に啖呵を切ったことに、ブラドが怒号をまき散らした。


「吠えてるのはお前だブラド! 人のままでは戦うこともできないお前など、負け犬と同じだ!」


ミルアの啖呵は止まらない。力で全てをねじ伏せてきたブラドに対して、『負け犬』と言い放つ。


「ほざけ! 鼠がーッ! このブラドを愚弄して、楽に死ねると思うなッ!」


ブラドは怒りを爆発させるように叫ぶと、一直線にミルアの方へと向かって突進した。


「その巨体でよく動ける方だが……雑だな!」


猛スピードで向かってくるブラドの攻撃に対して、ミルアは軽々と身を翻す。ブラドの爪も、拳も、ミルアの体に触れることすら叶わない。


この状況に対して、真は訝し気な顔を浮かべた。


(どうして、ブラドのターゲットがミルアに向いてるんだ……? ヘイトリセットがあったのか……?)


このゲーム化した世界は『world in birth online』というMMORPGを元にして構築されている。そのため、戦闘においても、元となったゲームのシステムを採用している。それは、敵から狙われるのは、敵にとって最も脅威となる者。すなわち『敵対心ヘイト』と呼ばれるものが一番高い者だ。


この場で、ブラドのヘイトが一番高いのは、最大級の火力を持つ真だ。ミルアもブラドに対して攻撃をしたが、真が与えたダメージに比べると微々たるもの。敵からの脅威度ヘイトは真の足元にも及ばない。


それにも関わらず、ブラドがターゲットにしているのはミルアだ。ということは、どこかの時点で、ブラドの脅威度が初期化、つまりはヘイトリセットされたということになる。


(考えられるのは、ミルアが切った啖呵か……。あれをゲーム内イベントと考えると、問答無用でヘイトリセットが発生してもおかしくはないな……)


真はミルアとブラドの後を追いながら推察する。ヘイトがリセットされたのであれば、再度真が攻撃をして、ブラドから狙われるようにすればいい。


<スラッシュ>


真は一気にブラドへと駆け寄ると、踏み込みからの一撃を入れた。ミルアが狙われているおかげで、背後からの強襲となる。


「くそっ……まだか……」


だが、ブラドの狙いはミルアに向いたまま。真の一撃でも、ブラドは標的を変えなかった。


<パワースラスト>


続けて真が大剣を突き出した。


<ライオットバースト>


ブラドに突き刺したままの大剣が激しく光りを放つと、暴力的な衝撃がブラドの体内で暴れ回った。


ベルセルクの連続攻撃スキルの3段目、ライオットバーストは、攻撃を加えた後にも継続してダメージを与え続けることができる強力なスキルだ。


「なんでだよッ!?」


しかし、これでもブラドはミルアに対して攻撃を仕掛けている。ヘイトがリセットされたとしても、全員のヘイト値が0に戻るだけ。真の攻撃力なら、簡単にミルアのヘイトを上回れるはず――なのに、真は標的にされない。


(まずいな……)


真が内心歯噛みする。何よりも問題なのは、ミルアにとって、アークデーモンと化したブラドの攻撃は、その一撃一撃が致命傷になることだ。


だが、ミルアは果敢にもブラドの懐に潜りこんでは一撃を入れ、即離脱するという戦法を取っている。上手くブラドの攻撃を掻い潜ってはいるものの、早くブラドの標的を真に変えないと、一つのミスでミルアの命に関わる。


「ミルアさん、いいから逃げて!」


ブラドの懐に潜り込もうとするミルアに対して、美月が悲痛の叫びを上げた。真だけでなく、美月も状況の悪さを理解している。真だからブラドの攻撃を耐えることができたのだ。ミルアがあの攻撃に耐えられるとは到底思えない。


「…………」


だが、ミルアは返事をしない。愚直なまでにブラドを見据えているだけ。


「言っても聞こえてない! 私たちでブラドの注意を引き剥がすわよ!」


<スラッシュアロー>


言っても無駄だと判断した翼が即断する。それが吉と出るか凶と出るか。それは翼にも分からないが、兎に角、翼は迷わない。こうすべきだと思ったら、次の瞬間にはスキルを放っている。


「逃げ回るだけの鼠が鬱陶しい!」


攻撃を避け続けるミルアに、ブラドが苛立ちを隠せず怒鳴り散らすと、大きく両腕を広げた。そして、体から湧き出る黒いオーラが一気に開放されると、ブラドを中心に激しい爆発が起こった。


これは一度見た攻撃だ。ミルアは咄嗟に後ろに飛ぶことでこれを回避。


そこに、ミルアと入れ替わるようにして、翼の矢がブラドに刺さった。


<クイックショット>


翼は手を止めずに連速攻撃スキルを放つ。現実ではあり得ない速さで矢を番えて、解き放つ。


<ラプターア――


「――ッ!?」


翼が連続攻撃スキルの3段目を放とうとした時だった。急にブラドが翼目掛けて飛びかかってきた。


「貴様もかー! 貴様も余の邪魔をするというのかッ!」


ブラドは怒りを露にして翼に襲い掛かった。鋭い爪を突き立てて、叩き潰すようにして翼の頭上から両手を振り下ろした。


「キャッーー!?」


突然のことに翼の反応は遅れたものの、間一髪でブラドの攻撃を回避。転げるようにしてその場から逃れる。


「逃がさんぞ、虫けらがぁーッ!!」


ブラドの攻撃はまだ終わってはいない。体勢を崩している翼に向かって、ブラドは再度飛びかかってきた。


「翼ァーッ!」


駆け寄ってきてきた真が咄嗟に翼を突き飛ばした。


「ま、真ッ!?」


突き飛ばされた翼の目に入ってきたのは、巨大なデーモンの爪が真に直撃するところだった。それは、まさしく悪魔が少女の肉を引き裂く凄惨な映像。


「くっ……」


<グリムリーパー>


攻撃を受けながらも、真はすかさず反撃をする。下段から掬い上げるようにして斬り上げた剣の軌跡は、まるで死神の大鎌のような形を作る。


ほとんど相打ちの形で真がブラドを斬り上げた。グリムリーパーは連続攻撃スキルには入らないが、単発のスキルとしては威力が高い。


しかも、レベル100で最強装備のベルセルクの攻撃だ。いくら翼が強くなったといっても、攻撃力の次元が違う。当然のことながら、敵からのヘイトも格段に大きい……はずなのだが――


「逃がさんと言っただろ、弓使いッ!!!」


再び、ブラドは翼に襲い掛かかった。大きな腕を振り上げ、その肉を抉り取らんばかりに振り下ろしてくる。


「逃げろ! 翼ーッ!」


真が叫んだ。確かにブラドは真の攻撃を受けた。しかし、それでもブラドは標的を変えなかった。まるで、真など眼中にないと言わんばかりに翼に狙いを絞っている。


「な、なんで私ばかり狙うのよッツ!?」


翼は後ろに後退しながらも、弓を撃つ手は止めない。


「翼ちゃん! 攻撃はいいから、逃げることに集中して!」


<ケラヴノスハンマー>


彩音も必死で声を上げながら、攻撃スキルを発動させた。ブラドの頭上に雷が集まりだすと、大きな塊となる。次の瞬間、雷光の塊は、まるで大金槌のようにブラドを激しく叩きつけた。


ケラヴノスハンマーは風属性の魔法攻撃スキル。詠唱にかかる時間は長いが、その分威力が大きく、しかも、一時的に敵の防御力まで下げる効果を持ったスキルだ。


しかし、ブラドは執拗なまでに翼に攻撃を仕掛ける。巨大なアークデーモンからの攻撃をまともに受ければ、ただでは済まない。以前、翼は巨大なミノタウロスの斧を直撃したことがある。彩音はあの時感じた悪寒を今でも覚えている。


「どうして……、どうして、ブラドからヘイトを奪えない……?」


真に焦りが出始めた。ブラドが翼を狙う理由が分からない。攻撃力の差を考えても、翼より真の方が圧倒的に脅威になる存在だ。ヘイトのシステムを採用している以上、敵から見て、一番脅威となる者が狙われる――はずなのだが、真に攻撃が向かない。


「もう! こいつ、しつこいッ!」


翼は攻撃をしながら逃げ回っている。何とか攻撃は回避しているが、どこでミスをするか分からない。


「翼! 逃げることだけを考えて!」


<ヘブンズクロス>


未だに攻撃を続ける翼に対して、美月が声を荒げて叫んだ。同時に攻撃スキルも発動させると、聖なる光が十字架となり、悪しきデーモンの体を焼き付ける。


「素早いだけの鼠が調子に乗るなよッ!」


またもやブラドは両腕を広げると、全身から湧き出る黒いオーラを一気に噴出させて爆発を起こした。


「ぐッ――!?」


近い距離での爆破から逃げるため、翼は力いっぱい床を蹴った。おかげで何とか難を逃れたものの、後先考えずに全力で飛んだため、完全に体勢を崩してしまった。


「翼から離れてッ!」


<オーラレイ>


翼が危ない。そう感じた華凛はすぐさま攻撃スキルを発動させた。エネルギーが収束し、レーザーとなってブラドの体を貫く。


「余に刃向かう者は何人たりとも許しはせん! 貴様の息の根も止めてやるわ!」


そこで突然、ブラドが狙いを変えた。今度の標的は華凛。今まで翼以外にはまるで反応しなかったブラドが、急に華凛に向かって行った。


「ェッ……!?」


全く予期していなかった事態に、華凛が固まってしまう。4メートルはあろうかという巨体が、眼前に迫りくる。


「華凛、伏せろッ!」


「――ッ!?」


真の声に反応した華凛が、咄嗟の判断で身を屈めた。


ガキンッ!


金属が何か固いものにぶつかる嫌な音がしたのは、数瞬の間を置いてからのことだった。


華凛はすぐにその音の正体に気が付いた。目の前には真が大剣を構えて立っている。ブラドの鋭い爪を真が受け止めてくれた音だ。


「あ、ありが――」


「いいから逃げろ! 今、こいつが狙っているのは華凛だ!」


華凛の声を掻き消すように真が大声を出した。ブラドの狙いは完全に華凛に移っている。


華凛は無言で頷くと、ブラドから離れるために走り出した。


逃げる華凛をブラドが追いかける。目の前の真など、いないのと同じように無視して押しのけていく。


(最初はミルアだった……。その次は翼。今は華凛に狙いを定めている……。いつ、どのタイミングでターゲットが変わった……?)


真が今の状況を思い起こす。どうして、真が狙われなくなったのか。パラディンやダークナイトが、無理矢理にブラドのヘイトを上げるスキルを使ったのならともかく、今いるメンバーの中に、問答無用に敵のヘイトを高めるスキルは持っている者はいない。


(ミルアが啖呵を切った時にヘイトリセットが起こったはずなんだ……。でも、その後に翼が狙われたのは……? 華凛に狙いが変わったのは……? 翼の時と華凛の時の共通点――ぁッ!?)


ここで、真はハッとなった。ブラドの狙いが変わった時と華凛に狙いが変わった時の共通点ならある。さらに言えば、ミルアの時にも同じ共通点があることに気が付いた。






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