皇城 Ⅳ
「なんで、まだ出てくんのよ!? レジスタンスの対応に行ってるんじゃなかったの?」
叫ぶ翼の声には焦りが混じっていた。倒したそばから敵が出現している状況。加えて囲まれている状況であるため、逃げ場はない。
「こいつらデーモンなんだから、レジスタンスとか関係ないよ!」
返事をする華凛の声にも焦りの色が見えた。倒せる相手ではあるが、如何せん数が多い。
「いえ、華凛さん。デーモンも元は帝国の衛兵ですから、母数は変わらないはずです……。デーモンを別のところから召喚してるわけではないんですから……」
彩音が華凛の間違いを訂正する。姿こそデーモンと化しているが、元々はヴァリア帝国の衛兵であり、ここにいるのは、その残存戦力だ。
「だったら、いつかは打ち止めになるってこと?」
矢を射りながら翼が聞いた。どれだけの戦力を城の中に残しているかは分からないが、その残存戦力を何らかの方法でこの場所に集結させているということなのだろう。それなら、いつかは終わりが来る。
「う、うん……。そのはず……だけど……」
彩音が自信なさげに答えた。理屈から考えれば、城に残っている兵士の数以上に敵が出て来ることはない。だが、どれだけ倒しても、新たな増援が衰える気配がない。そこに一抹の不安を覚える。
「いや、彩音。それは違うかもしれないぞ」
丁度、一体のデーモンを斬り伏せたところで真が言ってきた。
「えっ? 違うって……? 衛兵がデーモンになるんじゃないんですか?」
真が言っている「違う」の意味が分からず、彩音は困惑したように聞き返した。
「衛兵がデーモンになるのは間違ってない。だけど、これは、ゲームだ。リアルに残っている衛兵の数だけが襲ってくるとは限らない。言ってしまえば、こいつらはただのモブだ。いくらでも出て来る可能性――」
不意に真の言葉が止まった。何か気になることでもあるのか、攻撃の手すらも止まっている。それどころか、襲ってくるデーモンからも目を離している状態だ。
「真、危ない! よそ見しないで!」
襲ってくるデーモンに目もくれない真に対して、美月が慌てて声を荒げた。
<スラッシュ>
それに対して、真は冷静に踏み込みこんでデーモンを袈裟斬りにすると、フラッシュブレードへと繋ぎ、ヘルブレイバーで止めを刺す。
「戦ってる最中に、いきなり考え事なんてしないで!」
何か他の事に集中している様子の真。当たり前のようにデーモンを切り倒しているのだが、見ている美月からしてみれば冷や冷やする光景だ。
「もしかして……」
<ソニックブレード>
美月の注意がまるで聞こえていない様子の真は、徐に剣を振った。そこから発生したのは、真空のカマイタチ。見えない音速の刃が甲高い音を立てて飛んでいく。
その狙いは、デーモン――ではなく、黒い靄。群がるデーモンの間を縫うようにして、一直線に不可視の刃は黒い靄へと飛んでいった。
「やっぱり!」
真の考えはビンゴだった。ソニックブレードの直撃を受けた黒い靄は、形状を維持することができなくなり、すぐに霧散して消えていった。
「黒い靄だ! あれを壊さない限り、デーモンは無限に沸いて出て来る!」
真が大声を張り上げた。
「えっ!? あの靄を壊すの!?」
華凛が若干困惑しながら言う。靄のような不定形の物を壊すというのがピンとこない。
「あの黒い靄に対してはスキルが発動する! 壊せるっていうことなんだよ! これはゲームなんだ。無限に敵が出て来る場所では、城に残ってる兵士の数なんて関係ない!」
真がもう一度声を張り上げた。
「了解! あの靄を攻撃すればいいのね!」
翼が勢いよく返事をすると、黒い靄に向けて矢を放った。すぐさま行動を切り替えることができるのは翼の強みといったところだろう。
「分かりました! 靄を壊すのに集中します!」
彩音も真も意図を理解して行動に移す。翼が攻撃した靄に向けて、強力な攻撃魔法スキルを放つと、靄はいとも簡単に霧散し、消滅した。
「デーモンは俺とミルアがやる! 翼と彩音と華凛とアーベルは靄を壊すのに集中してくれ! 美月は回復に専念!」
<ブレードストーム>
真は大声で指示を出しながらも範囲攻撃スキルを放った。ブレードストームは威力が低い代わりに、効果範囲が広いという特徴を持っている。そのため、真のブレードストームには多くのデーモンを巻き込むことができる。そして、攻撃を受けたデーモン達は、真を脅威とみなして襲い掛かって来る。
しかし、止めどなく湧いて出てくるデーモン達全てを巻き込むことはできない。どうしても、漏れてしまうデーモンがいる。それらのデーモンは、一番近くにいる者を標的とするため、美月は攻撃ではなく、回復に専念しなければならない。
それでも、着実に黒い靄を潰していく。一つ、また一つと靄を潰すにつれて、デーモンが増える速度も落ちていく。
そうなれば、形勢は真達に有利な方向へと傾いていく。今や、真の殲滅速度は、完全にデーモンが増える速度を上回っている。
「これで最後!」
翼が一つだけ残った黒い靄に向けて矢は射ると、靄は霧散して跡形もなく消え去った。
「こっちも終わりだ!」
真も丁度、最後の一体となったデーモンに止めを刺したところだった。
「どうなることかと思ったけど、真君、あの靄が壊せるなんて、よく分かったわね?」
ひとまずデーモンが片付いたことで、華凛は落ち着きを取り戻していた。
「よく分かったっていうか、どちらかと言えば、なんで気づくのがこんなに遅かったんだって感じなんだけどな」
真は苦い顔で答えた。
「そうなの?」
「これがゲームだっていう前提が分かっていればすぐに気が付いたはずなんだ。こういう仕掛けって、ゲームだとたまにあるんだよ。敵っていっても、ゲームの存在だから、いくらでも出て来るしな」
「まぁ、確かに言われてみれば、そうかもしれないけど」
ゲームのことはあまり知らない華凛が曖昧な返事をする。真が言うのであれば、そういう物なのだろうと理解しているに過ぎない。
「真が言うように、ゲーム側の世界だからっていう理屈も分かるけど、やってることは現実と区別がつかないよね……」
美月が考え込みながら言う。やっていることはゲームの世界でのことなのだが、戦争に参加し、敵の国に潜入し、諸悪の根源であるイルミナを倒すためにここまで来ている。
ゲームだとは分かっているが、モニターの前でコントローラーを片手にやっているのとはわけが違う。実際に自分の足で歩き、目で見て、手で触れて、痛みを感じて、仲間と共に危険を越えてきた。
「ああ、この仕掛けに気付くのが遅れたのはそのせいだ。やっていることは、本当にリアルに感じるから、ゲームだっていうことが頭から抜けてしまうことがある。でも、やっぱり、どこまで行っても、これは現実世界に浸食してきたゲームでしかないんだ」
「あの、真さん。ゲームとしての仕掛けは分かりましたが、あの黒い靄……。あれが、何の根拠もなしに出てきたっていうわけじゃないですよね? ゲームだからっていうことで、全て片付けることはできないと思うんですよ……」
今度は彩音が真に質問をした。衛兵がデーモンになったのは、イルミナが原因であると推測している。だったら、同じように、黒い靄も何かの原因があるはず。ゲームだから原因も根拠もなしに出てきたでは、暴論過ぎるところだ。
「それには俺も同意見だ。ゲームだけど、辻褄を合わせることはしてくるはずだ。多分だけど、あの黒い靄は、魔人の力だと思う」
「魔人……ですか。確か、イルミナが召喚した上級魔人は残り二人。その内のどちらかが、あの黒い靄を発生させたと」
イルミナが異界の扉から召喚した上級魔人は5人。その内3人は倒している。
「それってさ、あのドレスと鉄仮面の魔人じゃないの? イルミナが逃げる時に、似たような靄? だったかな? なんか、そんな感じの出してたし」
美月が記憶を探りながら言う。実際には魔人シャンティが出したのは、空間転移のために空けた穴。靄とは違うのだが、数カ月前に一度見ただけの記憶では区別がつきにくい。
「俺もそう思う。あの時はあいつらがワープするために、空間になんか開いてたけど、それの応用で、黒い靄から衛兵をワープさせてきたんだと思う」
真も異界の扉事件でのことは覚えていた。センシアル王城の玉座の間でイルミナを追い詰めた時のことだ。結局、イルミナには簡単に逃げられてしまったが、その原因となった、空間転移を操る魔人のことはよく覚えている。
「でもさ、これって、衛兵は打ち止めってことにはなるよね? あの黒い靄から無限に衛兵が出て来るとしてもさ、逆に言えば、それを壊したんだから、出てくる元がなくなったってことだよね?」
翼なりに理屈を立てて意見した。こういう難しい話は真や彩音、美月に任せているのだが、ふと、そうじゃないかと思ったことを言ってみた。
「まあ、それはあり得るかもな。無限に敵が出て来る大元を断ったんだ。そもそも、城にいる衛兵の数は多くないっていう前提があるわけだしな。ゲーム側も辻褄を合わせるために、打ち止めにしてくるっていうのは考えられる」
真は翼の意見も一理あると思っていた。無限に敵が出てくる罠だったしても、今回の場合は前提条件がある。それは、センシアル王国との戦争で、ヴァリア帝国の兵力の大半はノーウング平原に行っていることと、夜襲をかけてきたレジスタンスの対応にも兵力が割かれているという前提だ。
「ねえ、それって矛盾してない? ヴァリア帝国の兵士が多く駆り出されてるから、城にいる衛兵も少ないっていう前提なんでしょ? でも、衛兵は靄から無限に出て来たよね? 城にいる衛兵は少ないっていう前提で、無限に出てくるってどういうこと? この時点で辻褄なんて合ってないと思うんだけど」
美月が矛盾点を突いた。城にいる衛兵がもういないということは歓迎したいところだが、真の言っていることは矛盾でしかない。
「そんなに深く考える必要はないよ。言っただろ、これはゲームだって。黒い靄を壊さないと無限に敵が出て来るっていう罠だったけど、それは、ヴァリアが最後の力を振り絞って抵抗してきたっていう演出にもなる。だから、それを突破したらもう衛兵は出てこないっていう理屈だ。実際の数がどれだけいたかなんて、考えなくてもいい」
「うん……、まぁ、真の言ってることは分かるけどさ……。センシアル王国騎士団とレジスタンスは、私たちがこの城に潜入するための陽動にもなってくれてるよね……。私たちもそれに合わせて、ずっと行動してきたしさ……。でも、結局、衛兵が無限に出て来る罠があるって……。なんだろ、凄い茶番をやらされてる感じがするんだよね……」
美月は納得いかない顔で言った。真が言っていることが正しいのだろうが、どうしても無駄なことをやらされている感覚は拭えない。
「美月が言いたいことは分かるけどな……。この城を手薄にするために、騎士団もレジスタンスも動いてくれてるのに、蓋を開けてみれば、敵が無限に出て来るわけだからな……。でも、それは考えても仕方ないよ……。今はミッションをやり遂げることに専念しよう」
ゲームを現実に持ってきたことによる不自然さ。普通に考えてあり得ないことでも、ゲームなら演出としてあり得る。これが茶番の原因だ。単にゲームをやっている時には気にもならないことだが、実際にやらされると、凄く違和感がある。それは、今までにも散々経験してきたことだ。
ただ、経験してきたからといって、慣れたとは言えない。矛盾しているものは矛盾している。とはいえ、それを突き詰めたところで意味がないことも分かっている。
「そうだね……。今はミッションだよね」
美月は気持ちを切り替えることにした。今は、納得がいくかどうかよりもミッションを遂行する方が優先だ。茶番かどうかなど気にしても仕方がない。そもそも、このゲームは最初から全て茶番なのだから。