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皇城 Ⅱ

       1



「グルシュシューッ!」


デーモンへと姿を変えた衛兵の口からは獣のような声が漏れてきた。身長は3メートル弱といったところ。元の衛兵も高身長だったが、人間のサイズではなくなっている。


デーモンは自分の体を確かめるように、手を開いたり握ったりを数度繰り返した後、ミルアを睥睨した。ついさっき、自分の首を掻っ切った憎い相手だ。


「ガアァッ!!」


デーモンは唸り声を上げると、ほとんど予備動作なしにミルアに突っ込んでいった。その巨体からは想像できないようなスピードだ。


「――ッ!」


デーモンの鋭い爪がミルアに襲い掛かる。ミルアはそれをギリギリの所で回避、同時に懐に潜り込むと、脇腹に短剣を一撃食らわせて、そのまま背後へと回り込む。


突然のデーモンの攻撃に対しても、ミルアはしっかりと反応することができていた。ロータギア随一の強さを持っているというのは伊達ではない。


デーモンはミルアを追って、背後へと振り向いた。そこに――


<スラッシュ>


真が袈裟斬りの一撃をお見舞いする。ミルアの強さは相当なものなのだろうが、レベル100で最強装備をしたベルセルクの一撃には遠く及ばない。


デーモンは、この一撃で標的を真に変えた。これは、MMORPGで採用されているヘイトというシステムによるものだ。


ヘイト、即ち敵対心。敵モンスターが標的にするのは、自身にとって一番脅威となる者だ。だから、威力の高い攻撃を喰らわせると、敵にとっての脅威度=ヘイトが上がり、標的とされるのである。


<ヘブンズクロス>


美月も負けじと攻撃スキルを発動させた。断罪の聖光が悪魔の体を焼き付ける。


ヘブンズクロスはビショップが使える攻撃スキルの中でも強力なものだ。しかも、アンデット特攻が付いている。デーモンはアンデットではないが、聖属性のヘブンズクロスは有効なスキルだ。


<ダイヤモンドダスト>


アーベルも攻撃に参加する。無数の氷の粒が一瞬の内にデーモンを取り囲んで渦巻く。


だが、デーモンはまだ倒れない。動きを止めることなく、真へと向けて鋭い爪を突き立ててきた。


<フラッシュブレード>


真はデーモンの攻撃を掻い潜ると同時、瞬くような一閃を放つ。


「ギァガァ……」


腹を横一文字に薙ぎ払われたデーモンは、そのまま倒れ込んだ。そして、体が炭化するように黒くなっていくと、あっという間に風化して、消えていった。


「アーベル! なんなんだよこいつは! ヴァリアはデーモンを衛兵にしてるのか!?」


戦闘を終えた真がすぐさま、アーベルに問いただした。


「い、いえ……。いくらブラド皇帝でもデーモンを使役しようとは考えていませんでした……。ブラド皇帝は非常に現実的な人です。デーモンを使役すれば、どんな代償を支払うのか計算できる人です。ですから、こんなこと……あり得ないはずなんです」


苦い表情でアーベルが答える。今でこそ反旗を翻しているアーベルだが、決してブラド皇帝が憎かったわけではない。実力主義で合理主義。現実的で潔癖な圧政者がブラドだ。アーベルの実力を正当に評価してくれたからこそ、この若さでロズウェルの右腕になれた。


「これもイルミナの仕業ってわけか?」


「おそらくは……」


アーベルが肯定を示す。イルミナという術者の実力は計り知れないものがある。衛兵をデーモンに変えることくらいやってのけるだろう。


「ねえ、この先もさ、衛兵がいるんだよね? だったらさ、全員がデーモンっていう可能性もあるのよね?」


神妙な面持ちで翼が言った。人気のない場所で遭遇した衛兵ですらデーモンになったのだ。城の中枢に行けば行くほど、守りも強化されているはず。


「そうですね……。ここから先、出くわす衛兵は全てデーモンと考えていいでしょう……」


アーベルの声は苦し気だった。元身内をこの手にかける覚悟はできてはいたのだが、まさか、人ならざるモノに変えられているとは思ってもいなかった。


「デーモンであろうとなかろうと関係ない。邪魔になるなら殺す。それだけだ」


短剣を腰の鞘に仕舞ながらミルアが言った。ミルアにとっては、衛兵かデーモンかなど、些末な差でしかない。元より、搾取されてきた側の人間。今までされてきた仕打ちを考えると、ヴァリア帝国の人間を人とは思えなかった。


「真君がいるんだし……、デーモンなんか問題じゃないわよ」


華凛がチラリと真の方を見ながら言う。華凛は真に対して絶対的な信頼を置いている。デーモンが問題ではないというのは、決して過大評価などではない。


「華凛……。毎度毎度、ハードルを上げてくるなよ……」


さっき倒したデーモンくらいなら、全く問題ないのは正解なのだが、こうも大っぴらにされると、流石に気恥ずかしい。


「ハードルなんて上げてないわよ……。真君なら余裕でしょ?」


華凛は少し照れながら言った。ポロリと出てしまった本音ではなく、華凛が意図して言った言葉。


華凛は義勇軍としてヴァリア帝国との戦争に参加した時に、真の胸の中で大泣きして以来、真との距離が近づいた気がしていた。だから、真を揶揄うようなことも言えるようになった。とは言え、まだぎこちなさはある。


「いや、まぁ……倒せるのは倒せるけどさ……」


真は褒められているというのは分かるが、やはり人前で持ち上げられるのは苦手だった。


「おい、マコト。それだけの強さを持っていての謙遜は、逆に嫌味だぞ。はっきり言って、お前の強さは異常だ」


ミルアが真を見つめながら言う。


「別に俺は嫌味で言ってるわけじゃ……」


「そんなことは分かっている。ただ、お前はもっと前に出ていい人間だ。私も強いことを自負しているが、あのデーモンを斬った時の手ごたえはほとんどなかった。長期戦を覚悟していたほどだ。なのに、お前はあっさりと倒してしまったんだ。それほどの力があれば、もっと上に立てるぞ」


力がある者が上に立つ。野生に近い獣人種族のミルアにとっては自然な考えなのだろう。


「柄じゃねえよ、そんなのは」


真は即座に否定した。総志や姫子のように人々の旗印になれるような器でないことは重々承知している。自分には自分の役割というのものがあるのだ。それは、表立って人の上に立つようなものではない。


「そうか、惜しいな。まあいい、私はお前の子供を作れればそれでいいのだからな」


相変わらずミルアはそんなことを平然と言ってくる。強い遺伝子が欲しいというのは、野生の本能として当然のこと。


「「っちょ――ッ!?」」


ミルアの発言に美月と華凛が同時に反応した。


「美月さん、華凛さん、ここは流してください! 早く進まないと!」


すぐさま彩音が止めに入った。少しくらいの雑談は許容範囲だが、これ以上は脱線が過ぎる。


「あ、うん……ごめん。ミッション中なんだしね。先を急ぎましょう」


美月は言いたいことはあるのだが、それをグッと堪える。今はやるべきことに集中しないといけない。


「分かったわよ……」


華凛もこの話を流すことにした。だが、ミルアの方を睨み敵対心を露にしている。


「では、少し休憩もできたことですし、先に進みましょう――ただ、先ほども言いましたが、この先にいる衛兵は全員デーモンだと思った方がいいです。アオイマコト様がいるとはいえ、デーモンの動きも耐久力も本来の衛兵とは比べ物になりません。気を抜かないようにお願いします」


緩みかけた空気を締め直すようにアーベルが低い声で言った。


「ああ、分かってるよ」


真も低い声色で返事をした。真はタードカハルでのシークレットミッションを思い出していた。アルター真教の狂信者が使った秘術。人とモンスターが融合して、強大な力を得るというものだ。


それは、諸刃の剣というより、最早自爆行為だった。一度、アルター真教の秘術を使うと、二度と人間には戻れない。それどころか、代償として体が術に耐え切れずに死に至る。一時の力を得るために、自分の命さえ使う外道の術だった。


このデーモンも同じなのだろう。人ならざるモノの力を得るために、人間であることを失う。アルター真教の元となったイルミナ・ワーロックが考えそうなことだ。



       2



それから、慎重に皇城内を歩いていく。アーベルが城の中を熟知しているおかげで、迷うことはないのだが、衛兵の存在を警戒しながら進むため、時間はかかっていた。


中庭に出たところで、巡回中の衛兵を発見するが、気づかれることなく、どこかへと行ってしまったため、無事にやり過ごす。


その後も、イルミナのいる本殿を目指して広い皇城の中を進んで行く。夜に行動していることもあって、衛兵に見つかることなく進むことができた。


そうして、衛兵の目をかいくぐりながら、ようやく本殿へと繋がる渡り廊下へとやってきた。


「なあ、イルミナがどこにいるのか分かってるのか?」


本殿に入る前に、真がアーベルに聞いた。


「おそらく玉座の間でブラド皇帝と一緒にいるはずです」


「その保証はあるのか?」


アーベルの回答に真が疑問を呈した。玉座の間にいないという可能性も十分考えられるのではないか。


「確実とまではいきませんが、この非常事態です。ブラド皇帝を操りながら指示を出さないといけない。そのブラド皇帝は玉座の間にいなくてはいけませんので、イルミナも一緒にいないといけないのです」


ブラド皇帝がどこにいるのか分からないでは、兵士達は指示を仰げない。だから、ブラドは必ず玉座の間に待機していなければならない。そこにイルミナも一緒にいるはず。


「なるほどな。分かった、それなら玉座の間を目指すっていことでいいんだな?」


「はい、そうです。ただ……」


「どうかしたのか?」


「実は、少し問題がありまして……」


「問題?」


「ええ、その問題なのがですね……。玉座の間へ行くためには本殿の中央のロビーを通らないといけません。そこから、中央にある大階段を上っていくのですが……隠れる場所がないんです……」


アーベルが困った表情で答えた。


「玉座の間に行くところで、絶対に衛兵に見つかってしまうってことか」


「そうですね……」


真の言葉にアーベルは苦く返事するしかない。


「覚悟を決めて、突っ込むしかないんじゃないの? さっき、華凛が言ってたことじゃないけどさ、真がいるんだからいけるでしょ?」


翼が会話に入ってきた。翼らしいシンプルな意見だ。


「それしかないな……。翼の脳筋案だが、今回ばかりは正しいと思う」


真も翼の提案に頷く。隠れる場所がないのなら、正面突破以外にない。外壁を上っていくわけにもいかないので、他に取れる方法もない。


「なんか、馬鹿にされたような気がするんだけど……。あんたも、似たような思考のくせにさ」


真の言い方に釈然としない翼だが、ここで問答している場合でもない。


「まあまあ、アオイマコト様は褒めてるんだと思いますよ――では、戦闘覚悟で行くとしても、できるだけ静かに且つ迅速にお願いします」


翼を宥めつつ、アーベルが指示を出す。その指示に対して真達は首を縦に振って応える。


「私が様子を見て来る。合図を出したらすぐに走ってくれ」


ミルアがそう言うと、すぐさま本殿へと繋がる入り口にまで行き、身を潜めた。慎重に中の様子を伺う。視覚から、聴覚から情報を集めていく。


その様子を真達が見守る。


数分してから、ミルアが大きく手を振り上げた。これが突入の合図だ。真達も素早く反応して、渡り廊下を駆けだす。


真達が一斉にロビーに入っていく。センシアル王城にも引けを取らないくらいに広いロビーだ。灰褐色の大理石に赤い絨毯。天井には大きなシャンデリアがあり、中央から奥に向けて大階段がある。


「誰もいない今がチャンスです! 一気に玉座の間に行きましょう!」


アーベルが声を出した。あまり大きな声を出すことはできないが、誰もいないロビーでは、その声量で十分だった。


真達は走る速度を上げて、一気に階段へと近づいていく。


その時だった。階段の中腹にある踊り場に真っ黒な靄が現れた。大きさは4~5メートルほどの楕円形の靄。


「止まれッ!」


突然現れた靄に、真が声を張り上げた。この靄の正体は何なのかは全く分からないが、危険なものであるということは一目瞭然だった。




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