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皇城 Ⅰ

暗い地下の隠し通路を歩くこと数時間。アーベルを先頭にして、罠を解除しながら進んでいくと、ようやく出口が見えた。


「この上が皇城になります」


アーベルが静かに告げる。目前にあるのは上り階段。石材が積まれただけのシンプルな階段だ。その先は蓋がされており、出口は閉まっていた。


「隠し通路を出てすぐに見張りがいるとかはないよな?」


階段の先を見ながら真が訊いた。出口の蓋を開けた途端に見張りが常駐しているというようなことはないのか。まあ、見張りがいたとしても、モブレベルの敵だろうから問題はないのだが。


「それは大丈夫です。見張りがいては隠し通路があると教えているようなものですからね」


アーベルが微笑みで返す。どこにあるのか分からないから、隠し通路なのである。見張りがいては、ここに何かあるということになってしまう。


「確かに、そうだな」


「ええ、では行きましょう」


アーベルに続いて、真達も階段を上っていく。先頭のアーベルが出口にまでくると、足を踏ん張って、蓋を押し上げた。


ズズズと石材が擦れる音がする。結構重いのだろう。アーベルが力いっぱい蓋を押し上げて、少しずつ開けていく。細身のアーベルだが、意外と力はあるようだ。


(そういえば、子供の頃は駆けっこで負けたことがないって言ってたな)


アーベルの昔話を思い出しながら、真は手伝いもせずに蓋が開くのを待った。


「ふぅ……」


重い蓋を開けたアーベルが一息ついた。手をパンパンと払い、隠し通路から出る。


その後を真が続き、他のメンバーも隠し通路から出ていく。


「……ここも、まだ地下……だよね?」


隠し通路から出てきた美月が呟いた。地下を通って出てきた場所は、石の壁で囲まれた空間。何やら木箱がいくつも置いてある。広さはあるが、窓がなく、閉鎖的な場所だ。燭台にも明かりは灯されていない。ゲーム化した世界でなければ、完全に闇に包まれて、一寸先も見えないだろう。


「ここは皇城の地下倉庫ですね。とは言っても、普段は倉庫として使われていません。木箱があるのは倉庫のように見せているだけです。メイドや執事達にも、広すぎる皇城の中にある、使われていない一室くらいにしか思われていないのですよ」


美月の呟きにアーベルが答えた。アーベルの口振りからするに、この城の中には、他に使われていない場所がいくつもあるのだろう。


「なるほど。確かに、この蓋を閉めてしまえば、床と見分けがつかなくなりますね」


美月が床を見ながら言った。今は開いているから隠し通路であると分かるが、蓋を閉めてしまえば、床にあるタイルの一枚でしかない。色も形も同じだから、全く見分けがつかなくなる。


「こんなところに見張りを付けてたら、何かあるって思われますよね」


翼も地下倉庫を見渡しながら言った。確かに、先ほどアーベルが言った通り、使われていない倉庫に見張りなんか立っていたら、重要な物があるとすぐに分かってしまう。


「そうですね――それでは、先を急ぎましょう」


アーベルはそう言って、地下倉庫の扉を開けて外に出る。真達もその後を続く。


一応警戒をしながら、皇城の地下を進んで行く。城の地下を歩いているだけなのだが、かなり広い。隠し通路があった倉庫以外にも、いくつも倉庫が並んでいる。そのほとんどが使われていない様子。


「全然人気がないですね……。レジスタンスの陽動が上手く行っているみたいですね。執事やメイドも避難できてるってことでしょうか」


彩音がアーベルに話かけた。使われていない倉庫が並ぶ地下なのだから、人気がないのは当然だろうが、それにしても人の気配がなさすぎる。


「常駐している帝国軍の兵士はセンシアル王国との決戦に駆り出されていますし、残りの予備軍もヤガミアヤネ様が言う通り、レジスタンスへの対応に追われていると思います。ただ、前にも話をしましたが、皇城を無防備にするわけにはいきませんので、最低限度の衛兵はいます」


「そういえば、ウォルバートさんの家で話をしていましたね……」


彩音が記憶を思い起こす。執事のバーナムから作戦が動き出したことを知らされた時に、皇城には衛兵が残っているという話を聞かされていた。


「城の衛兵など問題にならない。見つけ次第始末すればいいだけのことだ」


黙って付いて来ていたミルアが言った。その声には棘があるようにも聞こえる。無感情に見える彼女だが、相手が帝国の兵士となれば、復讐心を駆り立てるのだろう。


「僕達の標的はイルミナです。無駄な戦闘は避けてください」


アーベルが冷たく言い放つ。ミルアの方は一切見ていない。アーベルからしてみれば、衛兵は元身内だ。無駄な殺生は避けたいと思うのは当然のこと。


「邪魔なら殺す。それだけだ」


ミルアが突き刺すような殺気をアーベルの背中に向ける。ミルアにとってみれば、アーベルも復讐の対象なのだ。それを目的のためにずっと我慢してきた。


「邪魔をしてくるようなら容赦はいりませんよ。期待通りの仕事さえしてくれれば結構です」


アーベルが含みのある言い方で返した。『期待通りの仕事』、つまり、私情を挟まずに最も合理的な行動を取れということ。間違っても余計なことはするなと言っているのだ。


「分かっている……」


その言葉を最後に、全員が黙ったまま地下を進んで行く。窓のない石造りの地下を進む。アーベルとミルアの会話で空気が重くなっていることが、殊更に圧迫感があるように感じる。


それから、十数分歩くと、ようやく地上へと向かう階段に行き当たった。


「この先から衛兵が哨戒していると思われます――ミルアさん、お願いできますか?」


アーベルがチラリとミルアの方を見た。


「……」


ミルアは返事もせずに前に出て来る。アーベルの指示には従うが、慣れ合うつもりはないのだろう。思えば、アーベルとミルアが会話している光景はほとんど見たことがない。


そのまま、ミルアは階段を上り、段差に隠れながら辺りを警戒した。


「巡回の衛兵が一人だ。まだ気づかれてない」


ミルアが静かに報告してきた。手は腰のナイフに当てている。合図があれば、すぐにでも仕事を始めるつもりだ。


「ミルアさんのタイミングでやってください」


アーベルが冷酷に告げた。元身内だから、できるだけ殺したくはないのだろうが、邪魔になるようなら容赦はしない。


「…………」


ミルアは返事もせずにじっと体を低くした。階段に体を沈みこませるようにして息を殺している。少しずつ衛兵が近づく音に聴力を集中させる。


敵は目視しない。自分から見えるということは、敵からも見えてしまう恐れがあるからだ。獣人特有の聴力を使い、正確に敵の位置を把握する。


「――ッ!」


じっと動かずに耳を澄ませていたミルアが突然、弾けたように飛び出した。


「!?」


衛兵は足元を何かが猛スピードで通りすぎたようにしか見えなかった。それが何なのか認識できるような時間は与えられない。


一瞬の内に衛兵の背後に周り込んだミルアは、衛兵の口を手で塞ぎ、もう片方の手に持った短剣で、その喉を斬り裂いた。


「――ッ!!??」


喉と頸動脈を斬られた衛兵は声を出すこともできない。暴れ藻掻くが、背後の暗殺者は再び短剣を喉に突き刺してくる。この一撃が最後となった。


ドサッと倒れる衛兵を確認すると、ミルアは真達に声をかけた。


「終わったぞ」


その声を聞いて最初に姿を現したのはアーベルだった。その次に真が地下から出てくる。その後に美月達だ。


アーベルは衛兵の死体を前にしても、平然としているのだが、真や美月達は苦しい表情を浮かべていた。


先の戦場で嫌というほNPCの死体を見てきたのだが、こうして、一人のNPCが殺害される現場は、戦場とは違う生々しさがあった。


「ここの見張りが一人で助かりましたが、この先の見張りはもっと厳しいものになるはずです。迅速に行動しつつも、慎重に行きましょう」


衛兵の死体には目もくれず、アーベルが言った。優しい顔をしているが、やはり軍人だ。やるべきことと私情は切り離している。


「ああ、悠長にしてられる時間もないだろうし――」


真がそう返事をした時だった。死んだはずの衛兵の体がピクリと動いた。


それにはすぐさまミルアも反応を示した。警戒の色を一気に強めて両手に短剣を持つ。同時に真も大剣を構える。


「ど、どうしたの……?」


突然、緊張が走ったことに美月から動揺した声が漏れた。


「こいつ、まだ動いてる……。また、ゾンビなのか……?」


真は大剣を構えたまま倒れている衛兵を睨んだ。最初は一瞬動いただけなのだが、その動きは次第に大きくなり、激しく痙攣し始めた。


(クオールは倒したのにどうしてゾンビが残ってる?)


既にあり得ないほどの痙攣をしている衛兵。最早これは痙攣というより振動と言った方がいいだろうか。そんな動きをするのだから、当然人間ではない。ミルアが殺しても、動くということはゾンビなのだろうか。


問題は、どうしてゾンビがいるのかということ。先の戦場で、死んだ帝国兵をゾンビに変えるクオールという魔人がいた。だが、クオールは真が倒した。クオールが倒されたことで、術者を失ったゾンビも倒れていった。しかし、今、目の前にいる衛兵は死んでもまた復活しようとしている。


(誰が術者だ? イルミナか? クソっ! まだ攻撃できないのかよ!?)


ゲーム化した世界では、敵が変身する最中に攻撃を加えるという無粋なことはできない仕組みになっている。だから、どれだけ攻撃のチャンスであろうとも、敵が変身しきるまでは攻撃スキルを発動させることができない。


「グアァァァーーー!!」


ミルアに倒された衛兵が立ち上がって奇声を発した。その奇怪な声に真達の表情は歪む。


そこから衛兵の体がどんどん変化していった。体の肉は盛り上がり、鎧を内側から破いていく。皮膚の色は丼鼠色に染まり、爪は伸び、牙が生え、角が出てくる。最後には、蝙蝠のような羽が背中から突き出してきた。


「デ、デーモンッ!?」


真が思わず声を上げた。倒れた衛兵はゾンビではなく、角と羽の生えたデーモンへとその姿を変えた。




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