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隠し通路

夜の森の中に現れた隠し通路。アーベルを先頭に石材で作られた階段を下りていく。地下へと伸びていく通路に光源はない。しかし、ここはゲーム化した世界の地下通路。明かりがなくても周りを見ることはできる。


ただ、やはり暗い地下であることには変わりない。遠く先まで見通せるかというと、そうではなく、見える範囲はせいぜい10メートル先くらいまで。


真達は1列になって、狭い階段を下りていく。深さは現実世界の地下鉄くらいだろうか。思いの他長い下り階段だ。


階段を下りた先も狭い通路になっていて、床や壁、天井はしっかりと舗装されている。こういうところでも、ヴァリア帝国の建築技術の高さを見ることができた。


「この先は迷路になっています。僕からはぐれないようにしてください」


先頭のアーベルの声が地下通路に反響した。


「脱出するための通路なのに、迷路になってるんですか?」


疑問に思った翼の声が後ろの方から響く。


「万が一にでも、侵入してきた敵に通路を発見されてしまった場合の仕掛けですね。追っ手から逃げるためにも、複雑な迷路にしてあるんです。道を知らなければ、迷って出ることができなくなるというわけです」


振り向かずにアーベルが答えた。


「アーベルはその道順を知ってるってことなんだよな?」


続いて真が質問をする。アーベルは貴族出身だが、ロズウェルほどの地位があるわけではない。ましてや皇族でもないのに、隠し通路の順路を知っている。疑いだしたらキリがないことは分かっているのだが、聞かずにはいられなかった。


「ええ、ロズウェル様から教示をいただいております。順路は完璧に頭の中に入れてきました。それに、罠の場所も教えていただいております」


アーベルの声は少し弱かった。何でもそつなくこなすイメージのアーベルだが、流石にこの隠し通路は手強いのだろう。


「えっ!? 罠があるの!?」


驚いた声を上げたのは華凛だ。華凛は単純に地下通路を進んでいけば、それで皇城に辿り着けると思っていた。だが、アーベルは罠があると言った。


「ああ、脅かしてしまってすみません。そんな危険な罠ではありませんよ。単純に侵入者を迷わせる術式です。逃げる皇族が危険な罠にかかってしまっては元も子もありませんからね。ですから、基本的な魔道の知識を持っていれば、簡単に解除できる程度の物なんですよ」


「要するに追っ手から逃げるための時間稼ぎをするってことか」


真がアーベルの説明に付け加えた。


「そうですね。隠し通路から外に出たからと言って安全が確保されたわけではありませんから。できるだけ、追っ手との距離を開けたいという狙いがあります」


アーベルの口調は軽いが、魔道の知識がなければ、迷い続けるということになる。侵入してきのたが、ただの傭兵やしがない一般兵士だとしたら、魔道の知識まで持ち合わせていない可能性は高いだろう。そう考えると、アーベルが言うような簡単な術式も凶悪な罠へと変貌する。


それから、しばらく無言のまま歩き続けた。左右に分かれた道や通路の途中にある扉を開けた先。さらに階段を下りて行ったり、逆に上ったり。くねくねと曲がりながらも地下通路を進んで行く。


「止まってください」


急にアーベルが腕を横に出して、止まるように指示を出した。止まった場所は十字路の手前。


「どうした?」


突然のことに真が警戒を高める。一見するとただの十字路にしか見えないが、ここには何かあるのだろう。


「さっき、お話しした罠です。解除しますので少し待っていてください」


アーベルはそう言うと一人だけ、数歩前に出た。


「さっき、言ってた罠って……道を迷わすってやつのことだよね?」


美月が真に声をかけた。皇族が安全に逃げることができるためにも、命に関わるような危険な罠は仕掛けらえていないという話だ。


「ああ、そうだろうな。簡単な術式みたいだから、すぐに解除できるだろう」


真が答える。アーベルはヴァリア帝国魔道軍の若きエリートだ、魔道による罠くらい安全に解除することができるはずだ。


「ねえ、真。『術式』って何なの?」


さも当たり前のように『術式』という言葉を使う真に対して、翼が質問をした。翼は『術式』と言われても何のことかさっぱり分からないのだが、真はちゃんと理解しているようだ。


「あ、それは私も思ってた。『術式』ってさ、医学用語だと外科手術の方法のことだよね? でも、アーベルさんは魔道のことを言ってたし、外科手術とは関係ないよね?」


美月も真に質問する。なぜ、真が魔道のことに精通しているのかは美月にも分からないが、兎に角、真は魔道に関する術式というものを理解しているようだ。


「えっと……その……。まぁ、俺も詳しいことは分からないけど……。要するにだな、魔道におけるプロセスっていうか、公式っていうか……。こうすれば、こういう結果になるっていう、因果律を結ぶっていうか……、そういう物を魔道に置き換えると、術式っていう物になるんだよ……」


真の中の術式に関する知識はゲームと漫画とラノベとアニメだ。作品によって、術式の捉え方は異なるのだが、共通しているのは、超常現象的なものを引き起こすために使われる手法の一つということ。魔法や魔術という物をより科学的に捉えて、人間が操るための理論を形成したものが術式である。というのが真の見解。


要は、真もちゃんと理解をしていないということ。ゲームや漫画で見た知識を自分なりに解釈しているに過ぎない。そのため、回答が曖昧なものになってしまっている。


「う~ん……。ねえ、美月、今ので分かった?」


今一つ理解していない翼が美月に尋ねる。


「まぁ……何となくだけどさ……。子供の頃に読んだ絵本に出てきた魔女が、魔法の呪文を唱えているみたいなものかなって……」


美月も自信なく答えた。真が言わんとしていることは、分からないでもないが、じゃあ、具体的にどんなことなのかと聞かれても説明はできない。


「アオイマコト様の仰ったことで概ね正解ですよ。もっと分かりやすく言えば、超自然の力を行使するための技術及び学問といったところです」


術式の解除を終えたアーベルが会話に入ってきた。


「ああ、そう言われると何となく分かります。でも、その『超自然の力』っていうのがよく分からないんですけど……」


翼もある程度理解したようだが、根本的なところで理解ができていない。


「超自然っていうものを説明するにはかなり時間がかかりますが、もっとも基本的なものは、世界中にあるマナですね。例えば、薪に火を付ける時には火打石を使いますが、魔道ではマナを使います。そのマナをどうやって火という現象にまで繋げるのかが、術式というものですね」


アーベルが得意げに説明をする。ソーサラーであるアーベルの専門分野の話なので、こういう講釈をするのは好きなのだろう。


「えっと、そのマナっていうのも分からないんですけど……」


だが、マナを使うと言われても翼には理解できない。


「マナというのは、一言で言うと『エネルギー』です。この世界に存在する、ありとあらゆるものは力を持っています。僕達人間には人間の力が、鳥には鳥の力があります。同じように、風にも水にも石にも、それぞれの力を持っているんですよ。それがマナです」


「ふーん、なるほどねえ……。勉強になったわ。っていうことは、彩音も術式を考えながら魔法を使ってるっていうこと?」


一応の納得をした翼が、彩音にも聞いてみた。アーベルと同じソーサラーである彩音も、マナや術式を意識しながら戦っているのだろうか。


「いや、翼ちゃん、私は現実世界の人間だよ。術式とかいう概念はないよ。ゲームのスキルとして、必要な手順を踏めば自動的に発動するだけなんだしさ」


彩音もアーベルの話には興味があった。元々、ラノベやアニメが好きな方だから、この手の知識は持っている。とはいっても、その知識レベルは真と同程度。アーベルのように学問として勉強をしたことがないし、ゲームのスキルとして発動する魔法は、術式の理解を必要としていない。レベルが上がれば勝手に覚える。


「術式に興味がありましたら、また説明させてもらいますよ。それより、先に行きましょう。術式は解除しましたが、時間が経過すると、再度術式が発動します」


アーベルは真達を急かすように言ってきた。彩音が言った、ゲームのスキルについては一切触れることはない。本物の人間と区別がつかないアーベルだが、やはりNPCなのだ。ゲームに関することは認識できないし、反応することもできない。


「ああ、分かった」


真もそういうNPCの特性は理解している。あくまで、ゲーム世界の一部として、この世界観を演出している装置にすぎないのだ。


再び真達はアーベルを先頭にして歩き出した。コツコツと靴の音が、狭い通路の中で響いている。


「なあ、アーベル。罠はまだ一杯あるのか?」


歩きながら真が訊いた。術式の解除に要した時間はそれほど長くはなかったが、数が多くなると、かなりの時間を浪費することになってしまう。


「全部で11カ所です。ですから、残り10カ所ですね」


「そうか……まぁ、それくらいならいいか――ところで、その罠って、どんな罠だったんだ?」


残りの罠が10カ所と聞いて、真が隠し通路全体の長さを目算する。等間隔に罠が仕掛けられていたとして、あとどれくらいで皇城に着くのか。ざっとだが、大体の目途は付いた。


「罠の術式が仕掛けられていたのは、十字路だったのを覚えていますか?」


「うん? ああ、確か十字路だったな。それがどうかしたのか?」


「あの十字路の差し掛かると、自分がどっちから来たのか分からなくなる術式が仕掛けられているんですよ。目が回ってしまい、フラフラとしている間に方向が分からなくなってしまうという罠です」


歩きながらアーベルが説明をする。目を回してしまうだけなら、それほど高度な術式ではない、というのは真も理解できる。


「確かに逃げることを考えると有効な罠だな……」


もし、ここでアーベルが裏切ったら。真はそんなことを考えた。道を知っているのはアーベルだけ。罠を解除できるのもアーベルだけ。隠し通路の真ん中で裏切られたら、進むことも戻ることもできなくなる。


(いや……、それだと、ゲームとして成り立たない。ゲームなんだから、クリアできるようになっているはずだ……。そう考えると、ここでアーベルが裏切る可能性はないだろうな……。それに、アーベルが裏切り者だと決まったわけでもないし……)


今回のミッションで裏切り者がいるという確証はどこにもない。ただ、ナジに裏切られたという経験があるため、真は疑心暗鬼になっていた。


アーベルが裏切り者になるのか、それとも、単なる協力者として終わるのか。何も確証がないまま、真はアーベルの後をついて歩くしかなかった。



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