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レジスタンス

        1



ノーウング平原で、センシアル王国・ロズウェル魔道軍の連合がヴァリア帝国と激突した、その日の夜。ヴァリア帝国の帝都イーリスベルクは戒厳令が敷かれていた。


帝都に住む国民は夜間、一歩も外に出ることを許されず、じっと家の中で待機することを命じられていた。帝都内は常に兵士が警邏しており、少しでも外に出ようとしようものなら、問答無用で捕縛、尋問される。


皇帝ブラドが行ってきた恐怖政治を、帝都に住む者なら誰でも理解している。ましてや、今は非常時。夜間に外に出るというだけで、反逆罪を適用され、処刑されることだって十分にあり得る。たとえ、赤ん坊が急に高熱を出して、すぐに医者に診せないと命に関わるとしても、現時点で外出をすれば厳罰が待っている。


だから、ノーウング平原での戦闘が開始した、この日の夜は、誰一人として帝都の街中を歩く者はいなかった。毎夜のごとく騒がしい飲み屋街も、今は水底に沈んだ石のように、暗く、静かにしている。


帝都全体を重苦しい静けさが覆っている。まるで分厚い鉄の箱の中に閉じ込められたように、帝都は沈黙していた。


そんな息さえ詰まりそうな静寂を破ったのは一人の兵士の声と警鐘の音だった。


「敵襲ーー!!! 敵襲ーー!!!」


カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! 


帝都イーリスベルクの正面玄関、その外壁にある見張り台の兵士が大声で叫んだ。夜に紛れてはいるが、武器を手にした何万という人間が帝都の入り口に向かって走ってきている。


「敵襲だーー!!!」


カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! 


すぐさま、隣の見張り台の兵士も警鐘を鳴らして叫んだ。帝都に向かっている人だかりは、すでに見張り台の眼下にまで迫っていた。


「ロ、ロータギアの獣人か!?」


見張り台の兵士はあることに気が付いた。帝都に迫りくる何万という人間の目が薄っすらと光っている。これは、夜行性の肉食獣の特性を受け継いだ獣人種族特有のもの。この夜、帝都イーリスベルクを襲撃に来たのは、ロータギアのレジスタンスだった。


「ロータギアの獣人どもだ! 奴ら武器を持ってるぞー!」


さらに別の兵士が声を張り上げる。この時点で、もう兵士達は動き出していた。伝令兵はすぐさま軍本部へと報告に走り、警邏中の兵士も続々と帝都の入り口に集まって来る。


だが、ヴァリア帝国の主力はノーウング平原に出兵中。そちらの戦いは、まだ決着がついていない。そのため、帝都イーリスベルクに残されてた兵力は最低限度の防衛戦力しかいなかった。


対するロータギアのレジスタンスは万単位の数。しかも、夜の闇に紛れているため、ヴァリア帝国兵からは正確なレジスタンスの数が計りきれない。


「突っ込め―!!!」


ロータギアのレジスタンスから雄叫びのような声が上がった。


「「「うおおおおおおーーーー!」」」


その号令に呼応するように出てきたのは巨大な丸太だった。大きな荷車に丸太をくっつけたシンプルな攻城兵器だ。何十人もの獣人の男達が、荷車を押して帝都イーリスベルクの鋼鉄門に突撃した。


樹齢1000年は超えているであろう、巨大な丸太の突進。それは、帝都の外壁ごと揺らすような衝撃と轟音を響かせた。


それでも、帝都イーリスベルクの守備は強固な物だ。固く閉ざされた鋼鉄の扉に、帝都を囲む高い外壁。これは、たとえ万単位の兵力が終結したところで、おいそれと破れるものではない。


「ロータギアの自由のためにー!」

「潰せー! 悪しき帝国を潰せー!」

「俺たちの尊厳を取り戻せー!」


無論、ロータギアの獣人たちも、そんなことは百も承知。だが、この機会を逃すわけにはいかない。帝都イーリスベルクを陥落させることができる機会は、もう二度と訪れることはないだろう。


それゆえ、己の命に代えても、帝都を落とすと覚悟を決めた。子供たちの未来のために。その言葉を胸に、叫びをあげ、武器を振りかざす。



        2



帝都イーリスベルクの外にある森の中。繊月が浮かぶ夜の森。ホーホーと鳴くミミズクの声がしている。それ以外は眠っているかのように静かな夜だ。


ノーウング平原でセンシアル・ロズウェル連合とヴァリア帝国が衝突した日、真達は夜明け前からずっと、この森の中で待機している。


隠密行動中であるため、誰にも見つかるわけにはいかない。それが、ただの猟師であってもだ。


アーベルが結界を張っているので、簡単に見つかるようなことはないのだが、その結界の範囲がお世辞にも広いとは言えないことと、待機すること以外にやることがなく、会話も必要最小限にするようアーベルから要請されているため、非常に辛い時間を過ごしていた。


予定では近々、レジスタンスが帝都イーリスベルクを襲撃する。その動きに合わせて、真達が隠し通路を使って、皇城に潜入する。その合図はバーナムが使い魔を飛ばして、アーベルに知らせるという段取り。


もうすっかり夜が更けてしまったのだが、バーナムからの連絡はまだない。


「はぁ……」


今日だけで何度聞いただろうか。誰のものかは分からないが、溜息が聞こえてきた。おそらく、溜息をついた本人も気が付いていないかもしれない。


かれこれ十数時間、何もせずに森の中で待機している状態だ。そんな中、一羽の鳥がアーベルの所まで飛んで来た。ぼんやりと光を放つ、青白い鳥だ。よく見ると半透明の体をしている。


「皆様、お待たせしました。バーナム様の使い魔です」


アーベルが緊張した声を出す。ようやくバーナムからの連絡がきた。


「ようやくか……」


真が疲れた声で返事をした。


「はい。つい先刻、レジスタンスが帝都の襲撃を開始した模様です」


長かった待機もこれで解除なのだが、これから皇城に潜入するという重要な任務が待っている。本番はこれからだ。


「はい……」


美月も緊張した様子で返事をした。翼や彩音、華凛も同様に緊張した様子で立ち上がっている。その反面、ミルアは何事もないかのように無表情だ。


「それでは、少しだけ移動します。僕に付いて来てください」


アーベルは、そう言うと結界を解いて森の中を歩きだした。


真達はその後を無言で着いて行く。


そこから、数分も歩かない距離でアーベルが立ち止まった。


「ここです……」


アーベルに連れて来られた場所は何もないただの森の中。他の場所と同じように、木々が並んでいるだけ。


「ここ……?」


真が不思議そうに当たりを見たわす。真が想像していたのは、大きな岩があって、そこに何らかの仕掛けがあり、それを解除すると岩が動いて通路が出てくるというものだった。


だが、連れて来られた場所はただの森の中。他の場所と見分けがつかないくらいに同じような場所。単に木々が生えているだけ。


「ええ、ここです……。すぐに術式を解除しますので、少々お待ちください」


アーベルはそう言って、一枚の羊皮紙を取り出した。何やらルーン文字や魔法陣が描かれている。その羊皮紙を中空に掲げると、何やら呪文のようなものを唱えだした。


すると、アーベルが手にした羊皮紙が、ボッと火を出して燃えだした。その炎は一瞬で羊皮紙を焼き尽す。


そして、またアーベルが別の羊皮紙を取り出すと、同じ手順で羊皮紙に火を付ける。


この手順を数回繰り返した時だった。ゴゴゴゴゴゴゴッっと地鳴りが聞こえてきた。


「地震!?」


翼が慌てて声を上げる。まるで大地が唸り声を上げているような音から、翼は地震が来たのだと判断したが、地面は全然揺れていない。


真や美月も地震を警戒してあたりを見渡したが、木々は全く揺れていない。枝さえも揺れていない無風状態だ。


「こちらです……」


アーベルが真達に声をかけた。その先にあったのは、穴の開いた地面。正確に言うと、地面に開けられた正方形の入り口だ。その先には階段が見えている。


「ここが、皇城の隠し通路か……。これは、見つからないわな……」


目の前に現れた地下への入り口を見て、真から感嘆の声が漏れた。どう見ても、普通の森の中だった。怪しい箇所も目印になるような物も何もない。そんな場所で、アーベルがやったように、一定の手順を踏まないと隠し通路の入り口が姿を見せない。


当然、魔道の知識が必要になるし、アーベルが持ってきた羊皮紙も特別な物なのだろう。バーナムが場所を教えてもらっても、どこに隠し通路があるか見つけることができなかったという話にも、これで納得がいく。


「有事の際に、皇族を外に逃がすための物ですからね。簡単に見つかるような仕掛けではありませんよ。僕も、ロズウェル様に教えてもらわなければ、絶対に解除することはできなかったと思います」


「だろうな。こんなの誰も分からねえよ」


「そうですね。ですから、この隠し通路から侵入するという作戦、奇襲としてはかなり有効だと思います」


「まぁな……」


真は曖昧な返事をした。通常であれば、これだけ秘密性の高い隠し通路からの侵入であれば、絶対に気付かれることはないだろう。奇襲作戦としても、非常に有効なものだ。だが、ここはゲーム化した世界。現実的な考えが通用しないことは多々あることだ。


「では、参りましょう。ブラド皇帝とイルミナはこの先に通じている皇城にいるはずです。必ず、任務を果たして帰りましょう!」


アーベルは強い視線を向けてきた。


「……ああ」


それに対して、真の返事はか細いものだった。アーベルを信用していいかどうか。ダードカハルでのナジの一件が脳裏に浮かぶ。


一抹の不安を抱えつつも、真達はアーベルの後について、地下へと続く階段を下りて行った。






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