帝都潜入 Ⅲ
「詳しい状況を教えてください」
センシアル王国が動きだしたという情報に、アーベルの表情が変わった。ついさっきまでの無邪気な笑顔はどこにも見えない。
「はい。現在、センシアル王国騎士団はノーウング平原を目指して進行中とのこと。到着までには後3日ほどはかかると見込まれております。ヴァリア帝国軍も挙兵しノーウング平原を目指す予定でございます」
バーナムが落ち着いて状況を説明する。ノーウング平原はヴァリア帝国に広がる広大な平原だ。通常のルートであれば、センシアル王国との国境を越えて、ヴァリア帝国に入る時、最初に目にするのがこのノーウング平原だ。真達が通ってきた密入国ルートでは見ることのない広大な土地。
「センシアル王国は堂々と正面からやってきたというわけですね」
「そういうことです」
「センシアル王国騎士団は陽動も兼ねていますから、目立つ作戦を取ってきたのも理にかなってますね……。ヴァリア帝国軍は、センシアル王国騎士団の陽動には気づいていますか?」
ふむふむと頷きながらもアーベルはさらに質問を重ねた。
「陽動に関しては、警戒をしているようですが、確証は持っていないかと思います。それに、センシアル王国騎士団は、ロズウェル将軍率いる元帝国魔道軍と共に進軍してきておりますので、別動隊に気を向ける余裕はない状態というのが実情かと」
「っていうことは、センシアルとヴァリアの総力戦がノーウング平原っていうところで始めるっていう見方でいいのか?」
ここで、真が質問を投げた。リヒターの説明では、センシアル王国騎士団は、本気でヴァリア帝国を討つために進軍すると言っていた。その結果として陽動にもなるというだけ。
「総力戦と言っていいでしょう。この戦いは、ヴァリア帝国の滅亡がかかった戦いになります。つまり、ヴァリア帝国の戦力のほとんどがノーウング平原へと向かいます。帝都に残るのは最小限の防衛兵力のみでしょうな」
バーナムの回答を聞く限りでは、ヴァリア帝国側はかなり苦境に立たされている様子。
「その隙をついて、ロータギアのレジスタンスが帝都に攻め込むわけか。ここで、陽動だと気づいたとしても、帝都に兵を戻すこともできないな」
「そうですね。アオイマコト様の言う通りです。たとえ、今の段階で陽動だと気が付いたとしても、センシアル王国騎士団とロズウェル将軍の連合を最優先にしないといけないのは変わりません」
これにはアーベルが返事をした。すでにセンシアル王国騎士団とロズウェル将軍の魔道軍の連合が迫っている段階だ。この後、どの時点で陽動も兼ねていると発覚しても、ヴァリア帝国側に選択肢はない。
「ごめん、真、どういうこと?」
一応話を聞いていた翼だが、実のところよく分かっていなかった。真やアーベル、バーナムは理解して会話しているし、美月や彩音も真剣に話を聞いている。どうやら話に付いてきている様子。華凛は……何が分からないのかも分かっていない様子。
「ああ、要するにだな。センシアル王国とロズウェルの魔道軍を合わせると凄い戦力になるわけだ。それは分かるな?」
「それくら分かるわよ」
何か馬鹿にされているような気がして、翼が膨れる。
「そんなすごい戦力のセンシアル・ロズウェル連合が正面から攻めてきているわけだ。ヴァリア側からしたら、ただ事じゃないわな」
「うん、まあ、そうよね」
「だから、この正面から来るセンシアル・ロズウェル連合が陽動だと分かっても、こいつらを無視するわけにはいかない。事実、本気でヴァリアに侵攻してきてるわけだからな」
「ああ、確か、リヒター宰相がそんなこと言ってたわね」
「そうなると、ヴァリア側が取れる選択肢は一つしかない。センシアル・ロズウェル連合をノーウング平原っていうところで迎え撃つ。レジスタンスに対しては、門を閉めて、防衛戦力だけで籠城作戦で時間を稼ぐ。これしかない」
「ああ、そういうことか。なるほどね」
真の説明で翼は合点がいったようだ。どう考えても、センシアル・ロズウェル連合が一番の脅威であり、最優先に対処しないといけないため、真が言うように、選択肢は非常に限られてくる。
「で、バーナムさん。実際のところどうなんだ? レジスタンスは帝都の防衛を突破できるのか?」
ここで、真が再度バーナムに質問を向けた。
「おそらく、帝都の防衛機能を考えれば、この状況でレジスタンスが攻めてきても、決定打を与えるには相当な時間を要すと思われます……が、逆に言えば、時間さえかければ、レジスタンスが帝都内に侵入することも可能です」
「俺たちは、その間にイルミナを倒せばいいんだな?」
「左様でございます。レジスタンスが帝都を占拠できたとしても、イルミナの脅威は残っています。あの女、ロズウェル様の腹心も、いとも簡単に消してしまうほどの力を持っていると聞いております……。さらに、情報によると、ヴァリア帝国がセンシアル王国に侵攻をした際に、参戦したイルミナの部下でさえ、戦況を変えるだけの力を持っていたとか……。下手をすれば、イルミナ一人にレジスタンスが壊滅する恐れもあります……」
神妙な面持ちでバーナムが言う。かなり眉唾物の話ではあるが、確かな情報筋から手に入れた情報だ。これが事実であるということはバーナムも分かっていた。
「分かってる……。それで、俺たちは、レジスタンスが帝都に攻め込んできてから、動けばいいのか?」
真はイルミナの部下である上級魔人達と直接戦ったことがある。その恐ろしさも嫌というほど知っている。だが、勝てない相手ではない。問題はイルミナの方。どれだけの力を持っているのかは、正直未知数だ。
「レジスタンスが攻め込む頃には、すでに戒厳令が敷かれています。その状態で表に出ていると目立ちます。ですから、ヴァリア帝国とセンシアル王国が衝突する直前から動いていただくことになります」
「今から3日後にノーウング平原でぶつかるんだっけ?」
「その予定です。皆様には、それに合わせて、2日後の日没から明け方にかけて移動。帝都の外にある、皇城の隠し通路の出口付近で待機していただくことになります」
「確か、有事の際に皇城から外に逃げられるように、城の中には隠し通路があるんだったな?」
「そうです。皇城の隠し通路に関しては僕が案内します。普通に探したら、絶対に見つからないようになってますからね。これを知っているのもごく一部の人間だけです」
隠し通路の話になって、アーベルが会話に入ってきた。元々、アーベルは皇城へと続く隠し通路を知っているからだ。
「バーナムさんも知らないのか?」
ごく一部の人間しか隠し通路のことを知らないというアーベルの説明を受けて、真がバーナムにも聞いてみた。
「今回の件で、場所だけは教えていただきました。ただ、場所が分かったところで、私には隠し通路がどこなのか見つけることはできませんでした」
バーナムが少し残念そうに答えた。どうやら、バーナムは隠し通路の下見に行っているようだ。だが、どこに隠し通路があるのか見つけることはできなかったという。
「あそこには特殊な術式が施されています。術式の解き方を知らなければ、絶対に見つけることはできませんよ」
当然のことながら、何かの拍子に隠し通路が露見してしまう可能性もある。だから、アーベルが言うように、特殊な術式を施して隠蔽されているのだ。
「隠し通路のことは分かった。あと教えてほしいんだけど。隠し通路の中に入るタイミングはどうやって計ればいい? 帝都の外なら、レジスタンスが来たかどうか、状況を掴めないと思うんだけど」
真は疑問に思ったことを訊いた。隠し通路の出口で待機するのは構わないのだが、どのタイミングで突入するのかが分からない。
「それに関しては心配に及びません。私も多少、魔術を勉強しております。その時が来れば、アーベル様に使い魔を飛ばす手筈になっております」
バーナムが心配いらないという顔で答える。ただの執事ではないと思っていたが、この執事は魔術も使えるという。もしかしたら、戦闘能力もすごく高いかもしれない。
「了解。それなら、突入のタイミングは問題なさそうだな」
バーナムが戦えるのかどうか、真はそれも聞いてみようと思ったが、止めておいた。本当に戦えそうだし、しかも強そうだ。下手に自分の中のベルセルクを刺激しない方がいい。
「ええ、ですが、ほとんどの兵力が外に出ているからといっても、皇城の中には衛兵が残っております。イルミナと戦う前にも、多少の戦闘は覚悟しておいていただきたい」
「衛兵か……。分かった、気を付けるよ……」
真の表情が少し曇る。衛兵は敵としての強さでいえば、何も問題はない。問題は人の姿をしているということ。先の戦いでもそうだったが、人の姿をした敵を倒すことにはやはり抵抗がある。NPCなのだから本物の人間ではない。ゲームの存在だということは分かっている。もっといえば、いくらでも替えのある、モブでしかない。それでも、人の姿をしているというのは厄介なものだ。
「…………」
美月達も同じような表情だった。今回は特殊部隊として、皇城に潜入する作戦。ノーウング平原で、総力戦に参加しないと言っても、戦争に加担しているわけだから、敵であるヴァリア帝国の兵士と戦うことは避けられない。
「他に質問はございますか?」
バーナムが真達の顔を見渡した。だが、これ以上質問が出て来るようなことはなく、この日は、全員就寝することとなった。