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帝都潜入 Ⅱ

        1



ヴァリア帝国の皇城。黒い大理石と白い絨毯が敷かれた玉座の間には、幾本もの太い柱が高い天井まで伸びている。その奥に鎮座しているのは、皇帝ブラドだ。


ブラドはここ数カ月間、この玉座の間からほとんど出ることがなくなった。


以前であれば、忙しい合間を縫って、ブラドが直々に行政機構や商業施設等の視察に回っていた。それも、抜き打ちで。事前の連絡なしに、突然、皇帝がやってくるため、最初の頃は騒然となった。


ブラドは基本的に他人を信用しない。家臣からの報告も基本的には信用していない。だから、自分の目で見に行く。自分の目で見たものが絶対であるという自信があるからだ。


ブラドという男は間違えない。常に利益になる方向へと向かっていく。それが、人々にとって、良いことか、悪いことかなどブラドには関係ない。ヴァリア帝国の発展。それだけが、ブラドの唯一の指針だ。


そのブラドが玉座の間から出ることがなくなって、数カ月。ブラドは玉座の間から出ないが、やって来る者はいる。


「ブラド皇帝陛下。緊急のご報告がございます」


この日やって来たのは50代の男だった。がっしりとした体つきに、鋭い目。短く切られた金髪と口ひげが特徴的だ。機敏に動く動作には無駄がない。身に着けているのはヴァリア帝国陸軍の鎧。それも、最高位である将軍が纏う白銀の鎧だ。


「……誰だ?」


ブラドは関心がないような目で男を見た。


「ヴァリア帝国陸軍、将軍を務めさせていただいております、シルトウス・ヴァン・エーゼンバッハにございます」


シルトウスと名乗った男は恭しく片膝をついた。


「……シルトウス……。報告か……話せ」


虚ろな目をしたブラドはそう言うだけ。


「はっ。お伝えいたします。センシアル王国に動きがありました。現在、センシアル王国騎士団はヴァリア帝国領、ノーウング平原に向けて進行中とのこと。その数10万前後。その中には、ヴァリア帝国魔道軍の姿も確認されたとのこと……」


「……我が帝国の魔道軍……だと?」


ブラドの表情が少しだけ動いた。


「はっ……。全滅したとの情報がありました、ロズウェル将軍率いるヴァリア帝国魔道軍が、センシアル王国に寝返っていたとの報告です……」


シルトウスは冷や汗交じりに報告した。自国の将軍が敵に寝返って攻めてきたなどという報告だ。ブラドの逆鱗に触れるに決まっている。


「……そうか。ロズウェルが寝返ったか……。シルトウス」


「はっ」


「ヴァリア帝国の威信にかけて、センシアルと裏切り者を討て……」


「承知致しました。我が命にかけましても、必ずや裏切り者のロズウェルともどもセンシアルを討ち倒してみせます!」


「…………」


ブラドはそれ以上何も言わなかった。


「それでは、直ちに迎撃の準備をいたします」


シルトウスは、そう言うと、踵を返して玉座の間から出ていった。


シルトウスも分かっていた。今のブラドは抜け殻だということを。イルミナという女に魂までも抜かれた、ただの殻だということを。


だが、ヴァリア帝国を守る武人として、主君を裏切るようなことはできない。ロズウェルのように、打算で動ける人間ではない。たとえ、抜け殻であっても、シルトウスは主君の命令を全うする。滅ぶと分かっている国であっても、将軍としての責務を果たすだけだ。


「なんとまあ、暑苦しい男でありんしたね」


玉座の間にある柱の陰からドレス姿に鉄仮面の女が出てきた。つば広の帽子をかぶった背の高い女の魔人、シャンティだ。


「ふふふ、そう言わないのシャンティ。ああいう馬鹿がいるから、ちゃんとセンシアルと戦ってくれるのよ。なんて良い駒なのかしら」


別の柱の陰からは褐色肌に長い銀髪。金色の目と豊満な体を持った女、イルミナ・ワーロックが出てきた。


「イルミナ様、ブラドの精神支配の方も良い調整になってきたのではないでしょうか。シルトウスという男も、イルミナ様の仕業だと分かっている様子でしたが、ブラドが直々に言っているので、聞かざるを得ないといったところでしょう」


さらに別の柱の陰から出てきたのは、もう一人の魔人、ゴルドー。祭服姿の長身で、顔には白いデスマスクを付けている。


「そうね。もう少し、術を緩めてもいいけど。この男の精神力はかなり厄介なのよね……。まぁ、完全に精神を壊して、人形にしてもいいんだけど。それだと、ちょっと面白味がないのよね」


イルミナの口調は、まるで今日着ていく服を何にしようかと迷っているような感じだった。


「あちきは、ブラドを完全に人形にしても良いと思いんすが? その方が、はっきりとしゃべれるでありんすし」


シャンティがふと疑問に思った。なぜ、イルミナは、ブラドの精神を完全に破壊してしまわないのか。ブラドの精神を破壊して、口だけ動かせば、腹話術の人形のようにしてしまうこともできる。そうなれば、もっとはっきりとブラドの意思として、命令を出すことも可能だ。


「それをしてしまうとね、ブラドに怯えた子たちが、反乱を起こさないでしょ? もう、ブラドはダメだって思ってもらわないと、今なら反乱を起こせるっていう考えにならないのよ」


不敵な笑みを溢しながらイルミナが答えた。ブラドは恐怖によって帝国を支配してきた。反乱分子は小さなものでも潰されてきた。そのため、ブラドが正常であると思われると、反乱が起きない。それは、イルミナにとって都合が悪い。


「そうでありんした。流石はイルミナ様」


「だから、今は順調に事が運んでいるの――ああ、楽しみだわ。これから、もっと、もっと人が死んでいくのよ。考えただけでも興奮してくるわよね」


イルミナは昂ぶりを抑えきれずにいた。これからのことを思うと体が火照ってくる。センシアル王国とヴァリア帝国の全面戦争。前回のヴァリア帝国からの侵攻よりも、大きな規模でぶつかる。多くの兵士達が死んでいくだろう。それを考えただけで、イルミナの体は熱くなっていった。



        2



真達が帝都イーリスベルクにあるウォルバートの屋敷に潜伏してから10日ほどが経過していた。真は仕事をしたことはないが、やることは基本的に掃除だ。。それくらいならできると思いきや、バーナムの教育はやたらと細かかった。


花瓶の水を変えるだけでも、姿勢から、水の入れ方、花瓶の持ち方に角度も、細かく細かく指導される。


アーベルはそれを何食わぬ顔でやり遂げるが、真はそこまで器用ではない。同じことを何度も何度も注意されながら、仕事をこなしていく。


ただし、バーナムは女子たちには優しかった。それは、執事とメイドは違うというバーナムの理論によるものだ。バーナム曰、メイドは家事をする者。執事は主の顔を立てる者。というのがバーナムの考え。だから、単に掃除ができるだけでは執事は務まらない。執事に気品と優雅さがなければ、主の顔に泥を塗ることになるからだ。


真がそのことに文句を言ったことがある。それに対してバーナムが返した答えは、『いつでもメイド服に袖を通してもらってかまいませんよ』というもの。これを言われると真は引き下がるしかない。メイド服なんて男が着るものではないし、着たとしたら似合ってしまうのが嫌だった。


バーナムの指導に差があるため、女子たちは何とかやっていた。ミルアは黙ってテキパキと仕事をするし、美月や翼は他のメイドとも上手くやっている。彩音も特定のメイドとは仲良くなっている。唯一の問題は華凛くらいか。他のメイドとは口を利かないので、仲の良いメイドはいない。それでも、一応仕事はしている。


そんな、執事・メイド生活も10日を過ぎた。少しずつ仕事にも慣れてきた頃だ。真達は1日の仕事を終えて、待機部屋に集まっていた。


「疲れた……」


真は自分のベッドの上にドサッと腰を下ろした。バーナムの細かすぎる執事教育はこの日も続いていた。


「あはは、アオイマコト様は戦うことが本職ですからね。慣れないことで、さぞ大変でしょう。何でしたら僕がマッサージして差し上げますよ」


疲れた様子のないアーベルが真のベッドの上に来ると、後ろに回り肩に手をやった。流れるような自然な動きで、真の背後を取っている。


「いや、いらねえよ! なんで、お前は俺のベッドに来るんだよ!?」


「ははは、そう仰らずに」


振り払おうとする真に対して、アーベルはしつこく食い下がってくる。この光景も毎日のように見る。アーベルは部屋の中だけでなく、仕事中も真に対してこういう接し方をするため、一部のメイド達(彩音と仲の良いメイド)の間では噂になっていた。


「だから、いらねえって!」


疲れているところに、アーベルのボディータッチ。真は余計に疲れてくる。


「真もそんなにアーベルさんのこと邪険にしないでさ、男同士なんだから、気兼ねなくマッサージでもしてもらえば?」


あまり疲れた様子のない美月が、無責任なことを言ってきた。


「いや、美月、お前、そんな簡単に言うなよ!」


真がここまで嫌がっているのは貞操の危機を感じているから。だが、美月はそんなことまでは考えていない。ふと彩音の方を見てみると、目を輝かせているが、これは無視しておく。


ウォルバートの別荘を出発してから、真と美月の関係は修復されていた。主に美月の方から真に話かけるようになったことがきっかけだ。彩音も一時期は二人のことを心配していたが、最近はもう心配するようなこともなくなった。


「だってさ、真。アーベルさんって、メイドの中じゃ、凄い人気あるよ。そんな人にマッサージしてもらえるんだから、得した気分じゃない?」


真の貞操の危機などまるで知らない美月が純粋な心で話をする。彩音もウンウンと頷く。


実際の所、アーベルはメイド達の憧れの的であった。ただ、アーベルだけが憧れの的ではなく、真もかなり人気があった。だが、問題は二人とも近寄りがたいということ。真には常にバーナムが付いているし、そもそも、女性として見ても綺麗な真には近寄りにくい。その真にべったりなアーベルにも近寄ることが難しいという具合。


「そうですよ、サナダミツキ様の言う通――」


コンコンコンコン


いつもの夜のじゃれ合いにノックの音が割り込んできた。


「どうぞ」


美月がノックに返事をする。


「失礼いたします」


入って来たのはバーナムだった。普段は柔和な顔をしているが、今は険しい表情をしている。何かを覚悟したかのような顔つきだ。


「お疲れのところ申し訳ございません。急ぎ、報告がございます」


「分かった……。続けてくれ……」


ただならぬ雰囲気に、返事をする真の声も緊張が混じっていた。


「センシアル王国に動きがありました。近々、ヴァリア帝国との戦争が始まります」


この日の夜。バーナムの口から、平和なお屋敷仕事の日々に終わりが告げられた。







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