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ヴァリア帝国領 Ⅲ

        1



次の日も朝から山の中を歩き続ける。時折方角と現在地を確認しながら進んで行く。センシアル王国からの不法入国であるため、通常の山道を使うことはできない。


只管、獣道をかき分けて行くしかない。獣人であるミルアは平然として獣道を進んで行く。意外だったのは、アーベルも案外平気そうな顔で険しい獣道を進んでいることだ。


アーベルはどちらかというと、運動より勉強が得意なタイプに見える。とはいえ、NPCだから、疲れることなく歩き続けることができると考えることも可能ではある。


「アーベルさんって、こういう山道も平気なんですね。なんて言うか、研究者みたいな感じだったので、意外でした」


アウトドア派の翼がアーベルに話しかけた。ローブ姿のアーベルはどちらかと言えば、室内で研究をしてそうな恰好。ただ、美月や彩音、華凛もローブ姿なので、人のことは言えない。


「僕は昔から、外に出ることは好きでしたよ。運動も得意ですしね。子供の頃は駆けっこで負けたことがないのが自慢なんですよ」


アーベルが爽やかな笑顔で返した。


「それでも、選んだのはソーサラーなんですよね? 運動が得意なら他の道もあったんじゃないですか?」


ふと疑問に思ったことを翼が聞いた。外に出ることが好きで、駆けっこも得意だった子供時代。それが、ソーサラーになった理由は何か。特に興味があるわけではない、ただの疑問だ。


「まあ、勉強の方が得意でしたからね。大きくなるにつれて、足の速さで追い付て来る人が出てきたんですよ。でも、勉強の方は誰にも負ける気がしなかったので、魔道の道を進みました」


サラっとアーベルが言う。このイケメンは昔から運動が得意で勉強もできて、顔も良くて、性格も良くて、家柄も良い。まるで非の打ち所がない。


会話が聞こえていた華凛は嫌な顔をしながら視線を逸らした。こういう自信家が華凛に近づいてきたことは、世界がゲーム化する前からよくあった。


最初から、俺に惚れてるんだろ? という態度で来る男は何人も見てきている。そんな男に一切興味がない華凛なのだが、相手の方から寄ってくるため、取り巻きの女どもが華凛に対して嫌がらせを始める。何度も何度も繰り返してきた現実だ。


「そうなんですか。凄いことを何気なく言いますよね、アーベルさんって。それだけ凄い人なら、モテ方も半端ないんじゃないですか?」


謙遜することなく言うアーベルが少し面白くて、翼がさらに突っ込んだことを聞いた。


「う~ん。モテるかどうかっていうのはよく分からないんですけど。ただ、四六時中、何人もの女性に付きまとわれたりとかはしてましたね。あれは、ちょっと困るんですけど……」


木漏れ日が、苦笑いのアーベルの頬を照らす。こういうちょっとしたことでも絵になる美男子だ。


「アーベルさんって、もしかして女性が苦手ですか?」


そんな美形男子に翼は興味がない。見た目なら、身近にもっと凄いのがいるし、そもそも、翼は見た目で人を好きにはならない。


「ええっと……。なんて言いますか……。苦手と言うか、女性同士の争いの渦中にいることが常でしたので……。どうしても、近寄りにくくなるんですよね……。でも、人と話すことは好きなので、男性の方にばかり寄っていくようになったんですよ。ですから、アオイマコト様が男性だと分かって、凄く嬉しかったんです。こんな綺麗な人が男性だったなんて、是非ともお近づきになりたいって思いますね」


アーベルがにこやかに言う。特に隠すことなく、素直な気持ちを言っている。


「女性より男性の方が好きってことですか?」


翼がチラリと彩音の方を見ながら言った。


「い、いえいえ! そ、そんなことはありませんよ! 素敵な女性がいれば、僕もお付き合いしたいと思ってますけども……。なかなか、そういう人とは巡り会えなくて……」


アーベルに若干動揺が見られた。少し頬が赤いような気もするが、木漏れ日に照らされて分かりにくい。


「まぁ、ずっと争奪戦の中にいたら、女性不信にもなっても仕方ないですよね……。うちの華凛も似たようなもんですし」


翼は華凛の名前を出しつつも、見ているのは彩音の方だった。


「っちょっと! なんでそこで私が出て来るのよ!」


突然降って湧いてきた話題に、華凛が不満気に声を上げる。


「華凛も色々な男に言い寄られてたんでしょ? 前にそんなこと言ってたじゃない」


翼が記憶を思い起こす。たしか、華凛と出会ってそれほど時間が経っていない頃だったか。下心のある男どもが何人も言い寄って来て、虫唾が走るみたいなことを言っていた。


「そ、そうだけどさ……。こんなところでする話じゃないでしょ!」


華凛としては良くない思い出だ。それでも、こうして不満交じりに話をできるようになったのは、もういないかつての仲間と、そして、新たに出会えた真達のおかげだ。


「いや、単に、華凛だって真以外の男性に近づかないじゃない。アーベルさんが、私たちにあまり近寄らなくて、真にばかり近寄っていくのは、華凛と同じようなことかなって」


翼はそう言いながらも彩音の方に視線を向ける。彩音は無言のまま歩いているだけ。


「た、ただ僕はアオイマコト様と仲良くなることができればいいなと思っているだけで、そ、そこまで深くは考えてないですよ」


アーベルが慌てているように釈明する。


「そうなんですか……」


(彩音が何も反応してないわね……。彩音って、こういう、男同士の親密な関係に興味があるんじゃなかったのかな? こういう話になると凄く喜ぶのに……。どうしたんだろ?)


翼はアーベルの釈明も話半分にしか聞いていなかった。それよりも、彩音の様子がおかしいことが気になっていた。アーベルが男性について話をするように誘導したにも関わらず、彩音は何も反応していない。


(それに、真も地面を見たまま歩いてるし……。美月とも全然話をしてないし……。3人とも昨日までは普通だったのに……)


様子がおかしいのは彩音だけではない。真と美月も変だ。この3人は朝から一切口を利いていない。昨日、寝る前は普通だったのが、朝起きたらギクシャクしていたのが、不可解だった。



        2



その後も、翼は適当な会話をアーベルやミルアとしながら、山の獣道を進んで行く。真と美月、彩音は黙ってついてくるだけ。


それは、休憩時も同じだった。無言のまま食事を摂り、会話には入ってこない。翼が話を振れば返事はするものの、返しはぎこちないものばかり。


この状況は、次の日も続いた。流石に必要最低限の会話はするようになったが、逆に言えば、必要な会話以外はしない。冗談を言うようなこともない。


その次の日も状況はあまり変わらない。特に真と美月が会話をしない。彩音は多少、美月と話をするようにはなったが、どこか変な感じがする。


華凛もこの異変に気が付くが、どうしていいか分からない。翼も華凛に対しては放っておくようにとしか言わない。


ミルアは何も気にしていない様子だが、アーベルもこの状況には少し困った顔をしている。だが、できることはない。当事者同士の問題は当事者で解決するしかない。


そんな状況が続いても、足は前に進めている。センシアル王国とヴァリア帝国の間を縦断する山脈を進み、完全にヴァリア帝国領内の山中にまで来ていた。すでにセンシアル王国との国境は遥か向こう側の場所だ。


少しひんやりとした空気が流れてきた。さらに歩いていくと湖があった。澄んだ水の綺麗な湖だ。山の木々に囲まれた湖面は静かに凪いでおり、沈む前の陽光をキラキラと反射している。


「皆さん、あそこです。ロズウェル様の叔父であるウォルバート様の別荘が見えました!」


アーベルが明るい声を上げた。そこにあったのは、湖畔に佇む一軒の別荘。黄土色のレンガ造りの建物だ。周りには白樺が自生しており、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「あ、凄い……」


これには美月も思わず声を上げた。別荘は大きく、立派な建物なのだが、周りの自然と見事に調和している。あたかも初めからそこにあったかのように、景色と一体化した別荘だった。


「これは、確かに凄いですね。貴族の別荘っていうことで、立派な物は想像してましたけど、気品があるっていうか、お洒落ですよね」


彩音も感嘆の声を上げた。貴族の別荘はもっと権威を象徴するような、ゴツゴツとした物を想像していたのだが、実際に目にした別荘は、周囲のこともよく考えて造られている。


「そう言っていただけると、ウォルバート様も喜ぶと思いますよ」


アーベルはそう言いながら、別荘の入口へと歩いていく。


翼や華凛も別荘に感動したような声を上げているが、真は無言のまま付いて行くのみ。


「浮かれるのもそれくらいにしておけ! 私たちは、ヴァリア帝国に潜入するために来たんだ。遊びに来たわけではないぞ!」


ミルアは別荘に対して無感動だった。それよりも、浮足立っている美月達を窘める口調は、どこか苛立っているようだった。


「あっ、ごめね……。そうだよね、今は重要な任務があるんだよね。凄く良い別荘だから、ついつい、はしゃいじゃった」


注意されて、美月が反省の弁を述べる。ずっと、山の中を歩いてきたので、これくらいいいのではとも思うが、ミルアは常識がズレている。素直に謝っておいた方が疲れなくて済む。


「良い別荘に決まってるだろ! 私達がどれだけ毟り取られてきたと思ってるんだ! 食べる物がなくて、湧いた蛆を口にしたこともあるんだぞ!」


あまり感情を出さないミルアが、剥き出しの怒りを露にした。これでもミルアは抑えている方だった。歯を食いしばって、何とか悔しさを我慢している。


「あ、あの……、ごめんなさい……」


美月は心から己を恥じた。相手にするのが面倒だったから、適当に謝った。そんな自分が汚れた物に見えた。ミルアの立場をまるで考えていなかったことに気が付いた。


「……私も悪かった。ミツキには関係のない話なのに、感情を出してしまった。だから、ミツキが気にすることはない。ヴァリアを滅ぼせば、蛆を食べることもなくなる」


ミルアが悲しく微笑んだ。普段は見せない感情。目的を果たすために、戦士として不要な感情を捨ててきたのだろう。だが、ミルアに感情がないわけではない。怒りと共に、捨てたはずの感情が顔を出したのだ。


「うん……」


美月は申し訳ない気持ちで俯く。それは、別荘を見てはしゃいでしまった、他のメンバーも同じだった。


ロータギアの代表、ダルクが話していたことを思い出す。ヴァリア帝国から重税を課せられ、税を払えない者は、広場に吊るされて、滅多打ちにされるのが日常であると。その結果が、この綺麗な別荘だと思うと、見え方も変わってくる。


「行きましょう。目的のために私怨は捨ててください」


アーベルが振り返らずに言う。アーベルも搾取する側の人間だ。ミルアからしてみれば、一緒にいることも嫌な相手のはず。本音でいえば、今すぐにでも首をはねてやりたいくらいだろう。


それでも、ロータギアの開放のために、アーベルと同行している。ダルクがロズウェルと協力関係を築いたように、私情を捨てて、ここまでやって来た。


「分かっている……」


ミルアが一言返事をすると、重い足を無理矢理前に進めていった。


真達も無言のまま、アーベルについて行った。





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