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新たなミッション Ⅱ

        1



キスクの街は異様な空気に包まれていた。バージョンアップの案内が個々に届き、それを見た人々が騒めいている。時折怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。おそらくミッションをやることについて揉めているのだろうが、周りの人がそれに構っている余裕はない。何の前触れもなく新しいミッションが追加されたということと、エル・アーシアという場所に行けるようになったということが漠然と通知されて、どう対応していいかの誰も分からないでいた。


落ち着かない空気の中、真と美月は街はずれにある廃屋に来ていた。雑草に覆われて入口らしきものはすでに朽ち果てて口を開けているだけの状態だ。今の街の雑音の中ではこんな所くらいしか落ち着いて話をする場所はない。現実世界の街に行けばもっと落ち着いて話ができる場所があるのだが、そこに行くまでの距離がある。


真と美月は廃屋の床に腰を下ろしていた。廃屋の中に家具がないので仕方なく床に座っている。まったく掃除がされていないため、土の上に座っているのとほとんど変わらないが、ゲーム化の影響で汚れが付く心配はない。


採光のための窓は作った人が悪いのだろうが、上手く光を入れることができておらず、屋根に開いた穴の方がよっぽど上手く陽の光を入れることができていた。


「真は、どう考えてるの……?」


隣に座る美月が質問をしてきたが、あまり真の方を見ようとはしていない。


「さっきも言ったけど、とりあえず、エル・アーシアっていう場所がどこなのか分からないと話にならない。それに、ミッションの内容も分からないんじゃ、考えようがないからな」


「ミッションの内容……」


美月が床を見つめて考え込む。考えたところで、答えが分かるわけではないが、想像はできた。危険なことであることに間違いはないだろう。


「今は、ミッションの内容のことをあれこれ考えるのはよさないか? 色々と考えても余計に不安になるだけだ」


真も不安がないわけではない。レベル100のベルセルクで装備は最強だが、前回のバージョンアップのように人をゾンビに変えるようなスキルを持った奴に攻撃をされて無事である保証はない。


「うん、それは分かってるんだけど……」


美月の表情は相変わらず暗かった。真の言っていることも改めて言われるまでもなく分かっていたことなのだろう。


「何にせよ、今は情報が足りない。バージョンアップの情報だけじゃ、どこに行っていいかも分からない」


「エル・アーシアっていう場所がどこにあるのか歩いて探す?」


「それしかないだろうな」


「そう……だよね……」


「そうだ、だから今日はもう何もせずに休もう。明日、動くかどうかも明日になってから決めればいい」


「……大丈夫。私は平気だから、明日からエル・アーシアがどこにあるのか探そう」


何かに踏ん切りをつけるようにして美月が深く呼吸をした後に応えた。


「いいのか?」


「うん、その代わりに今日はもう何もしないけどね」


美月が少しだけ表情を崩して返してきた。



        2



次の日、朝は晴れていたが、昼前には雲が空を覆いつくしていた。鉛のように重い灰色が空に広がっており、雨になるかもしれないという感じがしていた。


真と美月はどこにあるか分からない、エル・アーシアという地域を探すために曇天の下を歩いていた。だが、ただあてもなく歩くわけではない。ある程度の目星はつけている。バージョンアップがある前はキスクの街の周辺までしか行くことができず、その外に向かう道は封鎖されていた。具体的に言うと、キスクの街周辺から外れた現実世界の道路の先が通れなくなっているのだ。だから、バージョンアップでその道が開放された可能性が高い。とは言っても、封鎖されている道はいくつもあり、離れた場所にあるため、一つの道を確認するだけでもかなりの時間を要する。


どこが開放されているのか分からないので、取れる方法は限られている。一つは当たりをつけてその場所から探す方法。もう一つは近い順番に一つずつ虱潰しにしていく方法。情報が入ってくるまで何もせずに待っているという方法もあるが、それは考えていなかった。特に美月は行動することに対しての不安もあるが、何もしないことの方が我慢できないでいた。


真と美月が選んだ方法は、近いところから虱潰しに探していくこと。時間はかかるだろうが、当たりをつけることは博打要素が高いため、ここは堅実な方法でいくことにした。


封鎖されているところは道路に瓦礫が積み上げられているので一目でわかる。瓦礫を登っても途中で見えない壁に阻まれて先に進めない。


現実世界の封鎖された場所を数カ所回ったところで一日目は終了した。すでにギルド単位で動いているところもあり、エル・アーシアの探索をしている間にもギルドと思わしき集団に出くわしたこともある。そこで、お互いに情報交換をすることができるのは収穫であった。


「さすがに一日中歩きぱなしっていうのはきついな」


真がファミレスのソファーに腰かけて、疲れた声を出していた。いちいちキスクの街に戻っていては効率が悪いため、現実世界の方で泊まるために、食料を多めに持ってきている。


「ただ歩くだけっていうのも疲れるわね」


美月は向かい側の椅子に腰かけ、テーブルにうつ伏せになっている。雲を割って西から入ってくる夕日が眩しいが、疲れているのでそれどころではない。


「だな、景色も見慣れたものだし、特別面白い物もないし」


真はアイテム欄から干し肉を取り出してかじりだした。アイテムをゲームと同じようにして出し入れできるので、物理的な質量を考えなくて済むのは助かる。


「そうなのよね、飽きるのよね」


ゲーム化の影響で体力は増えているが、それでも無限にあるわけではない。朝から10時間以上歩いていればさすがに疲れる。だが、単純な疲労というのは余計なことを考えずに済むところが良いところかもしれない。美月の表情は肉体的に疲れ切っているが、精神的には昨日よりもいい顔をしている。


「明日も同じことをするんだけどな」


「それ、言わないで……」


美月が顔を上げて不平を漏らすように言ってきた。だが、夕日が直で当たり、すぐに顔を伏せる。


「あぁ、俺も自分で言ってて疲れたよ」


そんな一日の愚痴を言いながらも、日が沈むころには二人とも疲れて寝てしまった。


次の日も朝から雲が出ていた。昨日の夕方には雲の裂け目から太陽が覗いていたが、また雲が出ている。ただ昨日よりは雲が薄く、雨は降りそうになかった。


今日もやることは同じ。封鎖されている場所が開放されているかどうかを確認するため、現実世界の道を一つずつ確認していく。


朝から出発していた真と美月は2時間ほど歩いたところで、6車線ある大きな道路に来ていた。真っ直ぐに伸びた広い道路。道路の両脇には見上げるほど大きな商社ビルが立ち並んでいる。道路を行きかうのは多くの車ではなく、今は草食動物のようなモンスターが行き来をしている。


大きな道路の真ん中を堂々と歩くことは最初の頃は違和感を覚えていたが、今となってはもう何も思わない。ただ単に歩きやすい道。それでしかない。


更に歩くこと一時間以上。そろそろ封鎖されている場所に来てもいいはずだったが、封鎖を示す瓦礫は見えてこず、道はまだまだ先に延びている。


そのまま歩き続けることさらに1時間。空は相変わらずの曇り空。どんよりとした空の下は色を失くしたような世界になっているが、前方数百メートルの場所が陽の光で照らされているのが見えた。


「ねえ、真、あそこ」


美月が真の方を向いて声をかける。


「うん。あそこかもしれないな……」


歩く速度を少し上げて、太陽の光が差し込んでいる前方に向かって進んでいく。近づくにつれてどんどん見えてくる。


最初に気が付いた時は、太陽の光に照らされて明るくなっている程度にしか分からなかったが、見えてくるとその異常さが伝わってくる。


まず見えたのは、空の雲がある一線で奇麗に消えているということ。だから、その先は太陽の光が差し込んでいた。そして、全貌が見て取れるほどに近づいて分かったことは、道路が突然無くなり、その先には広大な渓谷が広がっているということ。


真と美月は道路が消えるすぐ手前まで来ていた。一歩でも先に進めばそこに道路はなく、土と草の大地が広がっている。そこは現実世界とゲーム化した世界の境界線。


唐突にアスファルトが無くなり、その先に広がっているのは、起伏の激しい大地とその大地を削るようにしてできたであろう、深い谷。そして、その場所が高地であることを示すように、雲が地面のすれすれに浮かんでいた。ここが新たなる大地、エル・アーシアであることは間違いなさそうだった。








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