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ヴァリア帝国領 Ⅰ

        1



アーベルとミルアが真達を訪ねてきた次の日。真は一人で王都グランエンドの街を歩いていた。


時刻は昼下がり、午後の日差しは暖かく、街の中も人が多く賑わう。真も昼食を終えてから、『フォーチュンキャット』のメンバーとは別行動を取っていた。


ただ、街の中に流れる空気は張り詰めたものがあった。普段からセンシアル王国騎士団は王都グランエンドの街中を警邏しているのだが、その数が増えている。


もうすぐヴァリア帝国との全面戦争を控えて、王都内での治安の維持に力を入れいるのだろうか。


真の頬を撫でる風も、温かさよりも、どこか緊張を感じるほどだ。だが、現実世界の人達や一般のNPC達は普段と変わらない。この空気の変化も感じているようには見えない。


単に真が意識しすぎているだけなのか。そんなこと考えながら、真は王都の中心地の裏通りに入っていく。


細い路地に入り、影が濃くなったことで、ひんやりとした空気が肌に張り付いてくる。


王都の中心地であっても、裏通りに入ってしまえば、流石に人通りは少ない。中心から少し離れただけで、真の靴が石畳を打つ音も聞こえてくるくらいに静かだ。


真はそのまま歩みを進めて一軒の店の扉を開いた。飾り気のない、古いレンガでできた小さなカフェだ。静かに開けた扉からは、キィっと軋む音がしている。


店主はいるが、真に対して何も声をかけてこない。ダークブラウンのカウンターで食器を拭いている。


真は気にせず店の奥に入っていく。


「来る頃だと思っていた」


店の奥のテーブルには二人の男が座っていた。一人は眼鏡をかけたビショップ、葉霧時也。そして、もう一人、この店、『トランクイル』の常連客である、ベルセルクの紫藤総志だ。真に声をかけたのは総志の方。


「蒼井君、何か飲むか?」


空いている席に座る真に時也が聞いた。


「いや、大丈夫だ。報告が終わればすぐに帰る」


「そうか。分かった、無理には勧めないさ」


時也は眼鏡の位置を直してから、自分のティーカップに手を伸ばす。


「それで、蒼井。報告があるのだろ?」


真と時也の会話もそこそこに、総志が報告を促してくる。総志は不要な会話はしない方だ。真もコミュニケーションが得意な方ではないので、そういう総志の態度には助かっているところがあった。


「ああ、今回のミッションのことだ。ヴァリアに潜入する段取りができた」


「そうか、続けろ」


総志は、真が潜入の段取りをつけてきたことを褒めるわけでも、感嘆するわけでもなく、無表情に話を続けるように言う。


「今、ヴァリア内はかなり混乱しているみたいだ。その状態をイルミナが放置している。アーベルの話だと、どうやらイルミナは意図的にヴァリア内の混乱を放置している節があるらしい。俺たちはそれを逆に利用する。反イルミナ派も自由に動いている状態で、ロズウェルの叔父さんが潜入を手伝ってくれるそうだ」


「具体的には?」


「一旦、ロズウェルの叔父さんが持っている辺境の別荘に行く。そこからロズウェルの叔父さんの使用人としてヴァリア帝国内に潜入する手筈だ」


「混乱しているヴァリアの情勢からすれば、潜入は問題なさそうだな。作戦は分かった。それで、蒼井。お前は今回の件、ロズウェルとアーベルの二人を信用できると思うか?」


真の説明に満足した総志は、別の話題に変えてきた。


「信用はしていない。だけど、これはゲームだ。騙されることも含めてのミッションだと考えている。だから、信用はしないけど、提案には乗るつもりだ」


「なるほどな。そういう見方もあるか。裏切りを前提にミッションを進める。その裏切り行為も含めてミッションを成功させるということだな」


総志にしては珍しく、感心したような顔を浮かべている。とはいっても、表情はほとんど変わらない。微妙な変化にすぎない。


「有体に言えばそういうことだ」


「報告は以上か?」


「ああ、これだけだ」


「ご苦労だった。またお前に頼ることになるが、世界を元に戻すためだ。やってもらいたい。それと、たまにはここで一杯飲んでいけ。お前の仲間も一緒にな」


さらに総志にしては珍しく優しい言葉が出てきた。


「あ、ああっと、ここは紫藤さんがいるから、皆を連れてくるのはちょっとだな……」


そんな優しい言葉に対して、真は言いづらそうにしている。心苦しいともいえるだろうか。兎に角、何と言えばいいか分からない。適当に『そうさせてもらう』と言えばそれでよかったのだが、総志が優しい言葉をかけるなんて、思ってもいなかったことだ。正直に迷いを出してしまった。


「どうした? 何か問題があるのか?」


「いや、問題っていうほどのことは……」


真が総志から目線を外して言い淀む。


「皆、総志が怖いから来れないんだ」


時也が眼鏡の位置を直しながら言い放った。そして、ティーカップに手を伸ばす。


「俺が怖い? 何故だ?」


時也の言っていることが理解できず、総志が聞き返した。


「その威圧感だ。こうして総志に会いに来れる人間など、そうそういない。赤嶺さんと刈谷さん。御影さんと小林さん、それに蒼井君くらいのものだ」


「俺は威圧などしていないが?」


「総志にそのつもりがなくても、真田さん達にとっては怖いんだ」


「これほど甘やかしているというのにか?」


「「えっ……?」」


真と時也が同時に声を出した。総志が高圧的な態度を取っているつもりがないのは分かっていたことだが、甘やかしていたとはまるで思ってもいなかった。


(いやいやいやいや、あれだけ厳しく言ってて、この人は甘やかしてるつもりなのか!?)


真は、この人は何を言っているんだ? という顔で総志を見る。美月は会議の場で総志に意見することがあるが、かなりビクビクしながら言ってるし、その美月に対して、総志は容赦なく反論する。あの翼ですら、総志には意見をしないくらいだ。華凛に至っては完全に拒否している。


「……ん?」


総志が疑問符を浮かべる。総志自身は本当に甘い対応をしているつもりだった。自衛隊に所属していたせいだろうか、自分の上官はもっと厳しかった。と、総志は思っている。


「えっと……、じゃあ、俺はこれで……」


しばしの沈黙が流れた後、どうしていいか分からない真は、この場から逃げることを選択し、『トランクイル』を出ていった。



        2



総志へヴァリア帝国潜入作戦の報告をしてから翌々日。朝靄の中からゆっくりと陽が昇ってくると、王都グランエンドが目を覚ましだす。


小鳥は囀り、NPC達は朝食の準備を始める。徐々に街全体が動き始める時間に、来訪者は現れた。


コンコンコンコン


「おはようございます。アオイマコト様!」


真達が宿泊している宿の部屋。その部屋の外から、朝に似合う爽やかな声が聞こえてきた。


「真、呼ばれてるわよ」


日の出とともに起きていた翼が真に声をかけた。


「うぅ~ん」


ベッドに包まったままの真から呻き声のような声が聞こえてきた。眠りは浅くなったようだが、まだ覚めてはいない。


コンコンコンコン


「アオイマコト様! お迎えにあがりました!」


部屋の外からは爽やかな声が響いている。清々しい朝の風のような声だ。


「真、とりあえず部屋に入れるわよ?」


再び翼が真の方へと声をかける。


「うぅん……」


どう聞いても起きている声には聞こえない真の返事。


「どうぞ、真はまだ寝てますけど」


翼は構わず部屋の扉を開けた。そこには声の主であるアーベルと獣人の少女ミルアが立っていた。


「ありがとうございます。それでは、中に入らせていただきますね」


春の朝日のような笑顔でアーベルが礼を言った。対照的に、隣のミルアは無言のまま部屋の中に入ってくる。


「あっ、おはようございます……。すみません……寝起きで……」


そう言ったのは彩音だった。同時に起きた美月も同様に挨拶をする。


まだ寝ているのは真と華凛だけ。


「アオイマコト様、起きてください。お迎えに上がりましたよ」


アーベルは一直線に真の寝ているベッドまで行くと、グイッと顔を近づけて真を起こそうとした。


「ブッ!?」


その光景に彩音が悶絶した。反射的を鼻を押さえる。今度こそ鼻血が出たと思ったからだ。だが、実際には鼻血はでていない。もしも、世界がゲーム化していなければ、おそらく確実に鼻血を噴出していただろう。


「んっ……。って、おわッ!? 何してんだお前ッ!?」


目が覚めた真は、至近距離までアーベルの顔が近づいていることに気が付き、驚き跳ね起きた。


「あ、お目覚めになりましたか?」


アーベルが清涼感たっぷりの笑顔で言う。


「ああ、起きた! 起きたからそれ以上近づいてくんな!」


滑らかな動きで近づいてこようとしているアーベルに対して真が牽制する。横目で彩音の方を見ると、案の定、目を輝かせて悶えている。


「……」


そこに、ミルアが無音で真の懐まで潜りこんできた。


クンクン


3日前の夜と同じように、ミルアが真の首筋に顔を近づけて匂いを嗅いだ。


「大丈夫だ、マコトからは起きてる匂いがする」


「見たら分かるでしょーッ!」


これには美月が大声を出した。その声で華凛も起きるほどだ。


「私は立ったままでも寝れるぞ。いつでも戦えるようにな」


若干ドヤ顔でミルアが反論した。


「普通に会話してたでしょ! 匂わなくても起きてるわよ!」


朝っぱらから大声を出したせいで、美月は完全に目が覚めていた。


「おい、ミツキ。戦うのはまだ先だ、今からそんなに奮い立っていては、もたないぞ」


「誰のせいだと思ってんよーッ!」


再び美月が叫ぶ。初対面の時はそれほど思わなかったが、このミルアという獣人の少女の行動は常識からズレている。王都にいる獣人はもっと人間社会の常識を持っているのに、ミルアはかなり動物に近い行動をする。


「美月もそのへんにしておいて、アーベルさんとミルアが迎えに来たんだから、とっとと出発の支度するわよ」


落ち着いた様子の翼は自身の支度をしながら言った。


「なんで、翼は冷静なのよ……」


納得がいかない表情で美月が膨れる。


「いや、だって、匂いを嗅ぐだけの話でしょ? 獣人の人達はそうやって相手のことを知るんだからさ、仕方ないじゃない」


「うわ、なんか翼が大人なこと言ってる……。すっごい違和感……」


こちらも完全に起きた華凛が信じられないという顔で言った。あの翼が、客観的な目線で、かつ、相手の文化や習慣なども考慮した発言をしていることに驚きを隠せない。


「あんたも、相変わらず思ったこと言うわよね……。もう、いいから、さっさと支度して! アーベルさんとミルアが迎えに来てるでしょ!」


失礼なことを言われて、納得のいかない翼だが、ここで反論ている場合ではない。アーベルとミルアを待たせている状態だ。


「いくらなんでも、早すぎるだろ……」


一応起きているものの、まだ眠気が残っている真が愚痴をこぼした。もう一度ベッドの中に入りたいという衝動はあるが、そんなことをしたら、アーベルがどう動くか。それが怖い。


「朝に迎えに来ると言ったぞ」


ミルアが真の方をじっと見ている。ミルアからしてみれば、約束通り迎えに来ただけのことだ。


「いや、まあ、そうなんだけどさ……」


ミルアの常識について、どうこう言っても仕方がないだろう。ただ、アーベルは、早すぎると思わなかったのか? という疑問は残るが、早朝からあの爽やかさだ。アーベルも問題はなかったのだろう。


とりあえず、これ以上、朝から疲れることはしたくない真は、素直に支度することに決めた。





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