表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
315/419

本題 Ⅲ

「紹介しよう、元ヴァリア帝国魔道軍でかつて副官を務めたアーベル殿。そして、ロータギアの戦士、ミルア殿だ」


リヒターは真達に対して、新たに部屋に入ってきた二人の男女を紹介した。


「ご紹介いただきました、元ヴァリア帝国魔道軍でロズウェル様にお仕えしておりましたアーベルです。よろしくお願いいたします。副官と紹介されましたが、大それたことはしておりません。ただ、ロズウェル様のお手伝いをしていただけです」


アーベルと呼ばれた男がにこやかに挨拶をした。ミディアムの金髪で少し癖のある髪の毛。年は若い。見た目だけで判断すると20歳にはなっていないように見える。典型的な美形男子だった。持っている杖を見るにソーサラーだろう。


「ミルアだ」


対して、猫のような耳と尻尾を持つ獣人、ミルアと呼ばれた少女はその一言だけ。野性味のある茶色い髪の毛は、背中のあたりで乱雑に切られて、布で縛ってある。切れ長の目つきは鋭いが、綺麗な顔をした少女だ。肌の露出が多い軽装備と腰には二本の短剣を携えている。この少女はアサシンだ。


「この二人は?」


せっかちな姫子が早速質問をした。結局この二人はなぜここに呼ばれたのか。


「今から説明をする。少しは落ち着いて人の話を聞きたまえ!」


「あん?」


苛立った声で返してきたリヒターに対して、姫子は威嚇したように眉間に皺を寄せて睨む。真に一泡吹かされて、一旦大人しくなったリヒターだが、やはり確執は残っている。


「赤嶺さん……」


千尋が宥めるようにして姫子の肩に手を添える。そこで姫子は舌打ちしながらも目線をリヒターから外した。


「コホンッ……。こ、この二人について説明をする。静かに聞くように――この二人は、今回の任務で貴殿らと同行してもらう」


「今回の任務って、一緒にイルミナを倒しに行くってことですか?」


翼がふと疑問に思い口を開いた。てっきり『フォーチュンキャット』の5人だけで行くものと思っていたからだ。


「静かに聞くようにと言ったばかりだぞ! 最後まで人の話を聞け!」


「すみません……」


リヒターに怒られた翼が素直に謝る。体育会系の翼は、基本的に目上の人に対しては気を遣う。


「アーベル殿は先ほども言ったとおり、ロズウェル閣下の副官を務めた優秀なお方だ。当然、ヴァリア帝国の皇城内にも精通しており、有事の際に城から脱出する隠し通路も熟知しておられる。そして、ミルア殿はロータギアでも屈指の戦士。特に隠密行動を得意としている腕利きだ」


リヒターがここまで説明したところで、勘の良い者は今回の作戦の詳細が見えてきた。


真も黙って聞いているが、大体のことはこの時点で理解した。


「我らセンシアル王国騎士団とロズウェル閣下の魔道軍、そして、ロータギアのレジスタンスがヴァリア帝国と衝突している隙に、アーベル殿の案内でヴァリア帝国の皇城に潜入し、イルミナを討ってもらいたい」


リヒターが説明をすると、アーベルは軽く会釈をした。ミルアの方は微動だにしていない。ただ、真の方をじっと見ていた。


「リヒター様の説明の通り、今回の任務では私の腹心が重要な役割をさせていただきます。アーベルは若いですが、その能力は私が保証いたします。戦闘においても皆様の足を引っ張るような真似はしないとお約束します」


ロズウェルは微笑みながらそう補足した。一部謙遜しているところはあるが、その顔には自信が満ちている。


「今後の段取りについてだが、貴殿らにはヴァリア帝国の帝都イーリスベルクに潜入してもらう。後日、センシアル王国騎士団とヴァリア帝国軍が衝突を開始したら、レジスタンスが動き出し、帝都イーリスベルクへの攻撃を開始する。それが、作戦の合図だ。速やかにイルミナを討ってもらいたい」


リヒターが説明を再開した。真達は先にヴァリア帝国に潜入し、待機しせよとのことだ。


「センシアル王国騎士団をレジスタンスが帝都に攻め入るための陽動に見せかけて、レジスタンスも蒼井達の陽動になっているという作戦か。これならこちらの真意を敵に悟られる可能性は低いな」


総志にしては珍しくリヒターの作戦を褒めた。実際のところ、上手いやり方ではある。センシアル王国騎士団が陽動であると気が付いても、レジスタンスまで陽動だとは思わないだろう。


「そういうことだ。だが、この作戦は陽動だけではない。センシアル王国騎士団もロズウェル閣下の魔道軍もレジスタンスも本気でヴァリア帝国を落としに行く。こちらとしては、陽動として動くつもりはない。結果として陽動にもなるというだけのことだ」


リヒターが自身気に言った。何かと嫌なところを突いてくる総志だが、この作戦には素直に従うようだ。リヒターにとっては憎たらしい若造だが、こうして素直に認めるのであれば気分は良い。


「なるほどな。それならセンシアル王国騎士団の士気も下がらないということか。こちらは、あくまでセンシアルとヴァリアの戦争に便乗するだけということだからな」


「表向きにはセンシアル王国騎士団とロズウェル閣下の魔道軍とレジスタンスがヴァリア帝国を陥落させたということになる。貴殿らには悪いが、裏に徹してもらう――何か質問はあるか?」


大まかな説明を終えたリヒターが真達の方へと目を向けた。


「ねぇ、真……。これってさ、あの時に似てない……?」


美月が小声で真に言った。


「ああ、俺も気になってた……。確かに似た状況だ……」


真も小声で返す。美月が思っていることと真が思っていることは同じだった。


「ねえ、何? 似てるって何が?」


翼がグイッと体を寄せて話に入ってきた。真と美月は分かっているようだが、翼には何のことか見当もついていない。


「サリカとナジ……」


真が他の人に聞こえないように翼に耳打ちする。


「あッ!?」


翼が思わず声を上げてしまう。


「おいッ!」


真が小声で注意すると、翼がバツの悪そうな顔で周りを見渡した。だが、どうやらこのやり取りに誰も感心を持っていない様子。未成年者が落ち着きをなくしているというくらいにしか思われていない。


「その作戦には一つだけ懸念することがある」


この発言は総志だった。真達が何やらコソコソしているようだが、気にすることなく口を開いた。


「どういうことかね、シドウソウシ?」


先ほど、この作戦が優れていると言った傍から懸念があるという発言にリヒターの顔が強張る。


「アーベルという男が裏切らない保証はどこにある?」


笑顔を崩さないアーベルに向かって総志が言った。それは真と美月も懸念していたことだった。以前、シークレットミッションで浄罪の聖人の遺骸を持ってくる際に、タードカハルでの協力者がサリカという女性とナジという男性だった。


このうち、ナジは裏切り者で、内通者として敵であるアルター真教の教徒に情報が流れていたことがあった。


今回のミッションの協力者、アーベルとミルア。アーベルは元ヴァリア帝国の軍人。ナジもアルター教の教徒だった。シークレットミッションの時も男女2人の協力者。今回も男女2人。真達にしか知らされていないシークレットミッション。総志と姫子、千尋にしか通知されなかった今回のミッション。共通点は多い。


しかしながら、総志はシークレットミッションのことを知らない。真達がタードカハルで何かやらされたくらいにしか把握していない。


だから、総志は純粋に、今回の件のみでアーベルが裏切らないかを懸念したということだ。


「どういう意味だ、シドウソウシ! 無礼にもほどがあるぞ!」


当然のことながら、この総志の発言にはリヒターが噛みついた。


「そもそも、ロズウェルにとってヴァリアを落とす旨味はなんだ? お前はかなり頭が切れる。しかも野心家だ。その若さで将軍に上り詰めた能力もある。その地位を捨てる利点はなんだ? 力がある方に着くのが合理的ではないのか? だったら、イルミナに取り入って、ヴァリア帝国を一緒に裏から操作すればいい。部下のアーベルを使って、俺たちを騙し、イルミナへの手土産にしないという保証はどこにある?」


口早に総志が言った。総志は最初からロズウェルを信用していない。口が上手く、人当たりも良い。こういう奴は平気で人を裏切ることがある。


「ハハハ、そう来ましたか。なるほど、シドウソウシ様の言う通りですね。私が祖国のためにイルミナを倒したいというのはただの詭弁であると、そう仰りたいのですね?」


ロズウェルは微塵も動揺せずに笑って返事をした。こういう疑いをかけられることは、もとより想定済みであるかのように落ち着いている。


「ああ、そうだ。お前にとってこの戦争で得る利益はなんだ? ただ未来のないヴァリア帝国から逃げて、助かりたいというだけで動くような奴には見えないのでな」


「そうですか。初対面なのによく見ている方ですね。感服いたします」


ロズウェルは否定しなかった。総志が言っていることが正しいと認めるような言い方で返している。


「能書きはいい。お前にとっての利益はなんだ?」


総志はロズウェルの会話に付き合うつもりはない。納得のいく答えがなければ、ロズウェルとは協力できない。


「ヴァリア帝国を陥落させた後の傀儡政権を任せてもらうんですよ」


「傀儡政権だと?」


ロズウェルの回答に総志が訊き返した。ロズウェルの表情は笑顔のままだ。


「そう、傀儡政権です。ヴァリア帝国を陥落させた後、センシアル王国の支配下に入ります。ただ、ヴァリア帝国というのは広大な国。幾つもの植民地を持っています。レジスタンスとして協力してもらうロータギアは開放しますが、その他の植民地はそのままセンシアル王国へと権利が移ります。ただでさえ、戦争で混乱したヴァリア帝国です。センシアル王国だけで統治しきれるものではありません。そこで、出来上がるのが新たな統治機構です。センシアル王国の傀儡政権ではありますが、ある程度の自治を認めてもらい、崩れたヴァリアの国としての基盤を取り戻す。その政権の座に就くのが私。という筋書きです」


「ヴァリアの復興を名目にセンシアルの庇護に入り、傀儡として国を運営する。大きな発展は望めないが、イルミナによって滅ぼされるくらいなら、傀儡になったとしても、美味い蜜を吸わせてもらう方が得ということか」


ロズウェルの真意を聞いて総志が納得したように返事をした。さっきからそうだが、ロズウェルは正直に言うところは、怖気ずくことなく正直に言い切る。かなりの度胸と頭の良さがなければできない芸当だ。若くして将軍になったというのも頷ける。


「仰る通りです。それに、ヴァリアの魔道将軍と比べても、センシアル王国の新たな傀儡政権のトップというのは決して悪いものではありません。私にもセンシアル王国にとっても、利益のあることですから」


「国民にとって旨味はなにもないだろうがな」


総志が嫌味も込めて言い返した。結局、ロズウェルは個人の利益しか見ていない。傀儡国家となった国民はどんな扱いを受けるのか。


「それに関しては心配いりません。ブラド皇帝は圧政者です。今のヴァリア帝国の発展は、帝国民を酷使して出来上がったもの。センシアル王国の傀儡国家になった方が、精神的にも肉体的にも楽な生活を送れます。ただ、発展とていう点ではセンシアル王国に吸い上げられますけどね」


悪びれもせずロズウェルが言う。だが、実際にはそうなのだ。ブラド皇帝という恐怖政治によって、強制的に発展させられたのが今のヴァリア帝国だ。徹底した合理主義により、発展したヴァリア帝国だが、国民の不満というのはかなり高かった。


「ロータギアも何らかの利益を受けるのだな?」


ずっと黙ってりるダルクに対して、総志が目を向ける。


「レジスタンスとして参加するのです。命を懸けた分、相応の利益はもらう権利があります」


静かにダルクが答えた。植民地からの解放されるというだけで、ロータギアにとっては相当な利益だ。他の植民地は開放されないにしても、センシアル王国の植民地であれば、ブラドの時よりマシになる。


「ということだ。納得してもらえたのなら、本日の会議はこれで終わるが、どうかね?」


最後にリヒターが全員に問うた。これに対して誰も反論する者はいなかった。


「では、納得がいただけたようなので、これで会議を終了する。後日、アーベル殿とミルア殿がアオイマコトの所へ行くことになっている。ヴァリア帝国への潜入の詳細はその時に相談してくれ。以上だ」


こうして、今回のミッションの内容が明らかになった。


大儀としては、イルミナによって破滅に向かうヴァリア帝国を救うための戦争ということになるのだろうか。それでも、結局はヴァリア帝国は滅び、センシアル王国の傀儡国家が誕生する。つまるところ、センシアル王国とロズウェルが美味いところを取る。ロータギアは協力する見返りとして植民地から解放される。他の植民地は開放されない。


このままイルミナがヴァリア帝国を支配してしまば、凄惨な殺戮が横行する、地獄のような帝国に成り果ててしまうことを考えると、センシアル王国とロズウェルが美味しい思いをする方が幾分マシなのだろう。


真は釈然としないところが残りつつも、そう納得させてセンシアル王城を出ていった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ