本題 Ⅱ
ロズウェルの口調は静かだが、確たる力強さを秘めた声だった。生半可な気持ちで言っているのではない。祖国に対して刃を向ける覚悟を持って言葉を発している。
「お、おい、待ってくれ!? それってつまり、センシアルとヴァリアが全面戦争を始めるっていうとになるんじゃ……」
真が声を荒げながら言った。先の戦いでヴァリアからの侵攻があった。この件に関しては、センシアル側の防衛成功で終わっている。センシアル王国がヴァリア帝国に対して賠償金を請求して終結させれば、それで戦争は終わりということになるが、ロズウェルはセンシアル王国に寝返って反旗を翻すと言っている。つまりは、センシアル王国と協力して、本格的にヴァリア帝国を陥落させるということだ。
「ええ、その通りです……。ですから、私はセンシアル王国騎士団との繋がりの深い、リヒター卿に協力をお願いしました。センシアル王国騎士団とは、先の戦いで睨み合った仲です。リヒター様が間に入ってもらうことで調整をしてもらうことになりました」
ロズウェルの口調は相変わらず柔らかいものだった。だが、どこにも隙がない。
「いや、リヒター宰相がどういう立ち位置でもいいんだけど……。センシアルとヴァリアの全面戦争をするっていうことでいいんだな……?」
真が改めて聞き直した。さも当たり前のようにロズウェルが言うため、信じられないという気持ちがあったからだ。
「センシアル王国とヴァリア帝国の全面戦争に突中すると考えていただいて間違いありません。そのために私はダルク様とも手を取り、この場に来ています」
ロズウェルはそう言いながら、獣人の男、ダルクの方へと視線を向ける。それに対して、ダルクは無言で頷く。
「それで、そのダルクさんはどうしてこの戦争に加担しようと思ったんだ?」
姫子もダルクの方へと視線を向けた。獣人種族というのは王都グランエンドでも見かける種族だ。ゲーム化した世界の中では特に珍しいというものでもない。
「利害が一致したから。というこになります」
ダルクは端的に答えた。ロズウェルとは違い、口が上手い方ではないようだ。
「利害の一致?」
姫子が聞き直す。ダルクの口調はどこか沈痛の思いが籠っているように思えた。
「ええ、利害の一致です。我々、獣人種と呼ばれる種族はヴァリア帝国内では被差別種族として扱われております。住む場所も、仕事も全てヴァリア帝国によって決められた通りにしないといけない。ロータギアという国もヴァリア帝国の植民地として存続しているにすぎません。それでも何とか暮らしてきました。ですが、皇帝がブラドの代になってからは、税も重くなり、課された税を払えない者は見せしめのために広場に吊るされ、滅多打ちにされる。そんなことが日常になりました」
「酷い……」
ダルクの話に美月から声が漏れた。そんな美月に対してダルクは悲しそうに微笑むのみ。ダルクはそのまま話を続けた。
「耐えかねた我々もレジスタンスを結成しようという動きがありましたが、どこからともなくその情報は漏れ、レジスタンスの疑いがある者もない者も関係なく処刑されました。その一件以来、誰もヴァリア帝国に対して牙を剥こうとはしなかったのですが、先ほどもロズウェル殿が言った通り、現在、ブラドは乱心している。これはまたとない好機と見ています。再度、レジスタンスを結成し、地下でその牙を研いでいるところ。この動きも以前のブラドであれば、簡単に察知できたことでしょう。しかし、ブラドはレジスタンスに対して何ら対策を講じようとしてこない。この好機を逃すことはできないと考えました」
「ダルク殿、今の話だと、ヴァリア帝国の魔道将軍というのも貴方達の敵ということになりませんか?」
静かに話を聞いていた千尋が質問を投げかけた。ロズウェルはヴァリア帝国側の要人だ。ダルクからしてみれば、自分たちを苦しめてきた張本人と言っても過言ではない。
「言いたいことは分かります。当然のことながらレジスタンス内でも反発がありました。ですが、まずはブラドを打倒すことが先決。そのためには飲み込まないといけないこともある、ということです」
ダルクとしても内に秘めた思いはあるだろう。それでも、ロータギアの未来のために、かつて自分たちを苦しめたヴァリア帝国の貴族と手を取ることも厭わない。獣人国家の代表として、個人の感情よりも、優先すべきことを選択したのだ。
「なるほど、お考えはよく分かりました」
千尋はダルクの言葉で納得し引き下がる。
「これで貴殿らにも大まかな流れは理解できたと思う」
続いてリヒターが口を開いた。真に一泡吹かされたにしてはまだ上から目線でものを言っている。
「ああ、ヴァリアの魔道将軍が裏切ったことも、ロータギアがレジスタンスを再結成したことも理解できた。センシアルもこれに乗じてヴァリアを潰す算段ということだな。それで、蒼井達に何をさせるつもりだ? 義勇軍を募るわけでもないのだろ?」
総志がリヒターに向かって言った。リヒターは何もヴァリア帝国を救おうとも、可哀そうな獣人国家を助けようとしているわけでもない。隣国にセンシアルと同等の国力がある帝国があって、それを潰せる機会がやってきたから、漁夫の利を得ようというだけのことだ。
ただ、それならなぜ再度義勇軍を結成しないのか。たった5人だけ連れて来させる理由がまだ不明だ。
「今回の戦いに義勇軍は必要ない。ロズウェル魔道将軍率いるヴァリア帝国魔道軍とロータギアのレジスタンス、それにセンシアル王国騎士団を加えれば、先の戦いに敗れたヴァリア帝国軍に遅れをとるようなことはないが……」
「イルミナか」
「そうだ……。イルミナという女は未知数だ。ヴァリア帝国の魔道軍を持ってしても、その陰謀を阻むことはできなかった。この女をがいる限り、どこでどんな手を打たれるかも分からない……。言ってしまえば、唯一の危険分子だ。そこで、ヴァリア帝国との決戦の際、貴殿らには別動隊として、ヴァリア皇城に潜入し、イルミナを討ってもらいたい」
ここぞとばかりに、リヒターが力の入った弁を述べる。
「つまり、センシアルやレジスタンス、ヴァリアの魔道軍も陽動にして、少人数の特殊部隊による、イルミナの暗殺をしてこいということだな?」
総志がリヒターから目線を外さずに言い放った。オブラートに包むようなことは一切しない。
「語弊のある言い方は止めたまえ! 我らセンシアル王国騎士団がレジスタンスを支援して悪しきヴァリア帝国を打倒すことに違いはないのだ! ロズウェル閣下も身を裂かれる思いで祖国に刃を向けるのだぞ! 全ては狂った皇帝ブラドと影に潜む悪、イルミナを討ち、平和を取り戻すための戦いなのだ!」
棘のある総志の言い方に対してリヒターが反発した。本当は『若造が調子に乗るなよ』と言って摘まみだしたいところだが、それを言える立場ではないことが腹立たしい。権力に屈しない奴がこれほど厄介なものだとはリヒターも誤算だった。
「綺麗に言い繕ったつもりだろうが、要するにヴァリア帝国からロータギアを開放した英雄としてセンシアル王国騎士団を祭り上げたいのだろ? ついでに言えば、占領後のヴァリア帝国に対してもセンシアル王国騎士団の影響は強くなる。そのためには、義勇軍が出しゃばるとは困るとハッキリ言ったらどうだ? 実際はイルミナが怖いが、義勇軍を出さない理由はそこだろ? 俺たちが表立って活躍すると邪魔になるんだろ?」
総志が口調を強くして言った。今回の件で、なぜ義勇軍を結成しないのか。それが気になっていた。リヒターは戦力が足りているからだと言ったが、その反面、イルミナの存在を恐れている。おそらく前の宰相であるアドルフからも話を聞かされているのだろう。
だったら、最初から義勇軍を再度結成し、義勇軍の別動隊として真達を選任すればいいこと。だが、それをしなかった。それは、ヴァリア帝国との決戦の場で義勇軍が大活躍すると、義勇軍の影響力が強くなり、相対的にセンシアル王国騎士団の影響力が低下するためだ。
「そ、そんなことは――」
「お前は王国騎士団との繋がりが強いそうだな。王立武具管理所に新たな王国騎士団制の武具が揃えられたのも、お前の口利きと聞いている。それ自体は単に宰相と騎士団が友好関係にあるというアピールでしかないだろうがな。ただ、お前が王国騎士団に肩入れしていることは知っている」
「私とセンシアル王国騎士団が友好関係にあるのは、同じセンシアル王国を守る者として当然の――」
「リヒター様、いいではないですか」
「ロ、ロズウェル閣下……!?」
リヒターの弁明を止めたのはロズウェルだった。そのことにリヒターは驚きを隠せないでいる。
「シドウソウシ様はお見通しということです。ですが、それが何か問題でもありますか? 先の戦い、義勇軍の方にも多くの犠牲者が出たと聞いております。私はヴァリア帝国中央連隊におりましたから、そのあたりの報告を受けているのですよ。まぁ、途中で戦線離脱していますがね」
ロズウェルのこの発言に総志の目がピクリと動いた。その反応を見ながらロズウェルは続ける。
「義勇軍はあくまでリヒター宰相が組織した軍隊。センシアル王国を守る義務もありません。先ほど、アオイマコト様が『センシアルとヴァリアの全面戦争になるのでは』と危惧されておりましたが、つまるところ、戦争に参加することには消極的なのでしょう? だったら、義勇軍を組織しないでも済む、リヒター様の案はそちらにとっても都合の良い話だと思いますが?」
ロズウェルの表情は涼しいままだ。だが、その言葉には剣のような鋭さがある。
「あたしらには、この話を断るっていう選択肢もあるんだけど?」
横から姫子が言ってきた。ロズウェルという男の本性が垣間見れた。やはりこいつは一筋縄ではいかない。
「イルミナを放置していいと?」
「……ッチ」
ロズウェルの一言で姫子が黙らされる。イルミナを放置するということは、ヴァリア帝国だけの問題ではない。いずれイルミナという厄災はセンシアルにも飛び火する。そうなれば、センシアル王国領で生活している者達にも影響が出てくる。そのことがロズウェルには分かっていた。
「分かった。この話を受けよう」
返事をしたのは総志だった。どの道、ミッションである以上、断るという選択肢はない。それでも、裏があるのであれば、事前に暴いておきたい。それに、『ライオンハート』が先の戦いで被った被害が大きいことも事実だ。そのあたりを捉われて有利な方へと運ばれたことは癪に障るが、我慢するしかない。
「ありがとうございます。そう言っていただけると思っていましたよ」
ロズウェルが人懐っこい笑顔で答える。ただ、その笑顔をそのままの意味で受けることはできない。
「話はついたようだな。それでは、具体的な作戦について、これから話をさせてもらう。その前に、貴殿らに会ってもらいたい人物がいる。呼んでくるから少し待っていろ」
ロズウェルの助け舟で難を逃れたリヒターが、さっそく話を進めた。センシアル王国騎士団との癒着につてい、これ以上探られる前に具体的な話に入りたいという思いが見て取れた。
「リヒター宰相、私が呼んできます」
そう言ったのはダルクだ。非常に重要な話をしているため、侍女も部屋から追い出しているので、雑用をするにしても、この部屋に呼ばれた誰かがやらないといけない。
「そうですか、それでは頼みましたよ」
リヒターが返事をすると、ダルクは部屋の外へと出ていった。リヒターの言う、真達に会ってもらいたい人物を連れてくるためだ。
(会ってもらいたい人物? 元帝国魔道将軍と獣人国家の代表以外に、まだ会う必要がある人がいるのか?)
真が疑問符を浮かべながらダルクを見送る。今回のミッションの要人はロズウェルとダルクで間違いないだろう。この二人以上に重要な人物がいるとは思えない。
その人物は近くで待機していたようで、ダルクは1分も立たないうちに部屋へと戻ってきた。
そして、ダルクが連れて来た人物は2人。ローブ姿の男性と獣人の少女だった。