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メッセージ Ⅲ

正午のバージョアンアップの後、すぐに真と美月が王城前広場に隣接するホテル『シャリオン』へと向かうと、着いた頃にはすでに人が集まっていた。


『ライオンハート』の同盟に加盟しているギルドは、バージョンアップがあった場合、特別な事情がない限りは、ギルドのマスターとサブマスターがホテル『シャリオン』に集合することになっている。


ベージュの大理石に、細かい裁縫が施された赤い絨毯が敷かれたシャリオンのロビー。見上げるほど高い天井には、キラキラと光るシャンデリアが客を迎えてくれる。


豪華絢爛にして上品、清楚なシャリオンのロビーは今回のバージョンアップの件で騒がしくなっていた。


シャリオンは王室御用達であり、センシアル王国から王城前広場に隣接して営業することを許可された格式高いホテルなのであるが、同時に『ライオンハート』の同盟の会議の場として利用されている。


それは、気軽に利用できるような料金設定のホテルではないことから、気密性という点では非常に優れていることが理由の一つだ。


また、支配地域を二つ持っている『ライオンハート』というギルドは、NPCからも一目置かれる存在になっているため、ホテル側も快く受け入れてくれている。


「あれ? 蒼井君、真田さん。来てたのか」


シャリオンに来たものの、どうしていいか分からないでいた真と美月に声をかけてきた男がいた。


「あ、小林さん。こんにちは」


「あ、どうも」


美月がまず挨拶を返し、続いて真が挨拶をする。


「ここに来てるっていうことは、メッセージは届いてないってことかな……?」


少し疑問を持ったような言い方で小林が訊いてきた。


「えっ!? あ、ああ。そうだけど……」


答えに迷いながらも真が返答をする。真の想定では今回のバージョンアップではシークレットミッションが発生しているはず。だったら、メッセージが届いているかどうかをこんなにあっさりと言ってしまってもいいものかどうか。


「ねえ、真、大丈夫なの? シークレットミッションがあるなら、もっと秘密にしておかないといけないんじゃないの……?」


周りに聞こえないように小声で美月が言う。美月も真と同じことを心配していた。シークレットの指定がされているミッションに関して、メッセージが来ているかどうかを堂々と尋ねるなど、普通はやらない行動だ。


「そ、そうだけど……。多分、小林さんはシークレットミッションのことを知らないんじゃないか……? 例えば、メッセージが届いた人を見かけただけとか……」


美月にだけ聞こえるように真が返した。頭の良い小林が、シークレットミッションの存在を知って、こんなにオープンに話をするはずがない。


「ん? 何か都合が悪いことでもあったかな?」


目の前でコソコソと内緒話をする真と美月に小林が声をかけた。小林自身は特に問題になるようなことを聞いたつもりはない。


「あっと、その……、『フレンドシップ』にもメッセージが届いてないから、小林さんもここに来たんだよな……?」


今度は真が小林に質問をする。小林は『ここに来てるっていうことは、メッセージは届いてないってことかな?』と言った。ということは、ここに来ている小林にもメッセージが届いていないということ。


前回のシークレットミッションはギルド単位でミッションが発生した。今回も同じなら、『フレンドシップ』全員にメッセージが届いてないから、小林がシャリオンに来ているということになる。


「『フレンドシップ』にもメッセージが届いてないって、どういうことだい? 僕にはメッセージが来てないけど、千尋さんはメッセージを受け取っているよ」


真が何を聞きたいのか今一つ小林には理解できなかったが、何かズレがあることだけは分かった。


「えっ!? 千尋さんにはメッセージが来てるのか!?」


真が思わず驚いて声を上げてしまった。それがすぐに失態だと気づくがもう遅い。この声は周りの誰かに聞かれているだろう。横にいる美月も心配そうな顔をしている。


「ああ、僕たちの中では千尋さんだけにメッセージが届いたんだよ」


真と美月の動揺とは正反対に、小林は落ち着いた口調で返答した。


「あの……、小林さん……。それを言っても大丈夫なんですか……?」


堪らず美月が口を挟んだ。千尋にメッセージが届いているという情報。もし、シークレットミッションなら、これはまずいのではないか。


「何も問題はないと思うけど……。ちょっと聞きたいんだけど、何を前提にして話をしてるんだい?」


これだけお互いの認識がズレているのだから、小林からは当然この疑問が出て来る。


「えっと……。俺たちも……えっと……その……分かってないんだけど……。あ、ああ。そうそう、メッセージが届いてない人が多い中で、千尋さんにメッセージが届いたっていう情報を出しても問題ないのかなって……」


シークレットミッションがあるという前提で話をしていた真と美月だが、それを言うわけにはいかない。咄嗟に出した言い訳だが、やはり苦しい。


「うん。だから、問題ないと思うよ。千尋さんが受け取ったメッセージの内容も『新しいミッションが追加されました』っていうことだけだし」


「えっ!? そうなの……か?」


小林は問題ないと言っているが、真はまだ判断しかねていた。本人に届いたメッセージは本人にしか確認できない。千尋が『新しいミッションが追加されました』としか言っていなかったら、“シークレット”の指定が付いてるかどうか判断できない。


「他には何も書いてなかったそうだよ。これだけの内容しかないのに、なんで他の人にはメッセージが届いてないんだって、千尋さんもぼやいてたしね」


「ところで、その千尋さんはどこに?」


名前は出てきてるが、千尋の姿は見えない。そのことに疑問を持った美月が訪ねた。


「ああ、メッセージを見た後すぐにリヒター宰相の遣いが来たんだよ。それで、千尋さんに王城へ来てくれって言われたから、そのまま王城へ行ったよ。馬車が用意してあったから、とっくに王城には着いてると思う」


「ッ!? リ、リヒター宰相の遣いが来た……!?」


真が驚いて声が裏返っていた。真がシークレットミッションを受けた時にも、センシアル王国から遣いの衛兵が迎えに来た。丁度シャリオンの会議室で『ライオンハート』の同盟会議をしていた時のことだ。その時は、真以外の人は衛兵の姿も見えず、声も聞こえていなかった。そのせいで変な目で見られたのを覚えている。


だが、小林の話だとメッセージを受け取っていない、もっと言えば、ミッションを受けていない小林に、ミッションを受けた千尋を迎えに来たリヒター宰相の遣いが見えていたし、声も聞こえていたということになる。


「美月、ちょっといいか……」


真は美月に声をかけて、再び内緒話を始めた。


「もしかしたら、俺の前提が間違ってたかもしれない。多分だけど、今回のバージョンアップではシークレットミッションは発生してないと思う」


「うん、私もそんな気がする」


コソコソと話をしている真と美月に対して、小林は何も言わずにそっとしておくことにした。何か思い違いをしているのかもしれないが、余り突っ込んで訊かない方がいいと判断したのだ。


「あっと、小林さん、悪い。もう少し詳しい話を聞かせてもらってもいいか?」


真はシークレットミッションではないと判断し、もっと深く話を聞くことにした。


「もっと詳しくって言われてもね……。今話したこと以上のことはないよ。結局、『フレンドシップ』の中でメッセージが届いたのは千尋さんだけだしね。今回のミッションはギルドマスターだけに発生するものかなって思ってたんだ。だから、蒼井君がここにいることに驚いたんだけどね」


「そうか……。でも、ギルドマスターだけにメッセージが届いたっていうのはどうなんだろう? 俺以外にもギルドマスターをしている人の顔も見かけるけど……」


真が改めて周りを見渡した。真との交流は全くないギルドばかりだが、『ライオンハート』の同盟会議に出ているので、誰がどこのギルドマスターであるかは知っている。見た限りでは、『フレンドシップ』以外のギルドは全てマスターとサブマスターが来ているようだ。


「でも、『王龍』の赤嶺さんの姿は見えないよね。とは言っても、刈谷さんの姿も見えないから、まだ着いてないだけかもしれないけど……」


「言われてみれば、確かに『王龍』の姿はないな。メッセージが届く可能性が高いのは『ライオンハート』と『王龍』だろうし。小林さんの話からすると、リヒター宰相の遣いが来た可能性もあるな」


「うん、そうなんだけど、やっぱり、僕にとっては蒼井君にメッセージが届いてないってことが不思議なんだよね。同盟の最終兵器の蒼井君にメッセージが届かないで、千尋さんにメッセージが届いた理由っていうのが思い当たらない」


「いや、そんな、最終兵器って……。それは『ライオンハート』の同盟内での話だろ? ゲーム側からしたら、俺は5人しかいない極小ギルドのマスターでしかないよ。『フレンドシップ』の方が規模は大きいし」


「その理屈で言うなら、僕たちよりも規模の大きなギルドのマスターがここにいる理由は説明できないよ?」


別に小林は上げ足を取るつもりはないのだが、周りを見ながら矛盾点を突く。


「そうだけどさ……。どういう法則でメッセージが届いてるのかは小林さんも分かってないだろ?」


結局のところ確定している情報は、千尋にはメッセージが届き、他にメッセージが届いた人の情報はないということだけ。まだまだ、情報が足りない。


「蒼井君の言う通りなんだけどね。僕の推測では蒼井君もリヒター宰相に呼ばれたと思ってたんだけど、ハズレだったしね。どういう法則でメッセージが届いてるのかは今のところ見当もつかない――って、言ってる傍から丁度いい人が出てきたよ」


小林は話の途中でロビーの奥の方を指した。そこには――


「皆様、バージョンアップに伴う緊急会議に集まっていただきありがとうございます」


現れたのは『ライオンハート』のサブマスター、葉霧時也だった。




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