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メッセージ Ⅰ

ヴァリア帝国の侵攻があってから、一カ月ほどが経過していた。


先の戦いで一番被害を被ったのは、最大規模のギルドである『ライオンハート』だ。最強のギルドであるからこそ、最も激戦となる敵の中央主力とぶつかるという作戦を取った。その結果、『ライオンハート』の中でも戦闘に特化した部隊の約半分を失うという結果になってしまった。


このことによって、現実世界での勢力図が変わることになる。戦闘力という点だけで言えば、第二勢力である『王龍』が『ライオンハート』を上回るようになったのだ。


『ライオンハート』と『王龍』の戦闘以外での勢力――情報収集能力や経済力、内務的なことをする人材などの組織力という点で言えば、『ライオンハート』の方が上なのだが、その組織力は、ミッションをやるための戦闘部隊のためにあると言ってもいい。


そのため、戦闘部隊の半分を失った『ライオンハート』は組織改編を余儀なくされる。


『ライオンハート』の中で一番大きく変わったのは、情報収集をするための部隊だ。『ライオンハート』の強さの半分は情報収集能力の高さど言われるほど情報収集には力を入れている。


情報収集部隊の主な活動は、ゲーム化した世界の各地を飛び回り、NMネームドモンスターを含む各地のモンスターの情報、ダンジョンの情報、各都市や地理的な情報などを集めて来ること。こういう活動をしていると、必然的にモンスターと戦う機会も多く、戦闘能力でいえば、ミッションをやるための戦闘部隊と遜色ないくらいの強さを持っている。


こういった特色を持っているため、情報収集部隊の中でも特にモンスターの情報を集めて来る部隊に所属する者が、失った5割の戦闘部隊の補充要因として編成されることになったのである。


『ライオンハート』は総合的な組織力を落とすことになったが、ミッションを遂行する上での戦力はなんとか維持できるようになった。


だが、前回のミッションでの『ライオンハート』の敗北というのは、外向きの影響力だけでなく、『ライオンハート』内部でも大きな影響を与えることになった。


自分たちが最強であると疑わなかった『ライオンハート』のメンバーの自信に揺らぎが生じ始めたのだ。


『ライオンハート』では、マスターである紫藤総志が最強であるという信奉は根強く、蒼井真のことを知る一部の幹部以外は、総志の強さに疑いを持つ者はいない。


そこに入ってきた『ライオンハート』の敗北という情報。しかも、『ライオンハート』が負けたヴァリア帝国中央主力を、応援に来た『王龍』が倒したという事実。このことが『ライオンハート』のメンバーに大きな衝撃を与えることになったのだ。


実際の話は、ヴァリア帝国中央主力を倒したのは真個人の力によるものなのだが、それが公に出ることはない。


その理由は単純なもので、真が総志の代わりになって、人々を導く光となるなど絶対に無理なことだから。それに、真もそんなこと絶対に嫌だと言う。


結果として、第二勢力である『王龍』が力を増すこととなった。『王龍』のギルドマスターである赤嶺姫子も人々を惹きつける力を持っていることも大きな要因だろう。


とはいえ、『王龍』は立ち位置を変えるつもりはない。これまで通り、『ライオンハート』と協力関係を維持しながら、ミッションの攻略に尽力する意向だ。


今、王都グランエンドにいる人たちはこの話題で持ちきりだ。『ライオンハート』と『王龍』のどちらが上かということで議論になり、喧嘩に発展することもある。特に、『ライオンハート』の出身地であるゴ・ダ砂漠出身者はこの手の議論に熱くなる傾向がある。


『ライオンハート』信仰とも揶揄されるくらい、紫藤総志を英雄視しているからである。


当然、そういった話は人が多く集まる場所で盛んに飛び交う。


これから昼食を摂ろうかという正午。晴れたり曇ったの外の天気と同じく、王都の大衆食堂を賑わせる話題も、あれこれと変わっていた。


「なあ、そういえばさ、『ライオンハート』の持ってる支配地域が狙われたらしいな」


テーブルに座って料理を待つ男が同席の男に話しかけた。テーブルに座っているのは3人の男。エンハンサーにアサシン、パラディンの3人組だ。


「らしいな。俺が知ってるのは『テンペスト』の残党が『ライオンハート』に喧嘩を売ったっていうことくらいなんだけど――お前って『ライオンハート』に知り合いいるよな? 何か聞いてる?」


そう言ったのはアサシンの男だ。反対側に座っているパラディンの男に問いかける。


「まぁ、細かい話までは知らないけど――最近、『ライオンハート』が力を落としてるっていう噂あるだろ? それを真に受けた『テンペスト』の残党がリベンジしようとして、返り討ちにされたっていう話みたいだ」


「はあ、馬鹿だねえ~。力を落としたって言っても相手は『ライオンハート』だぜ。ってか、『テンペスト』なんて、もう完全に消滅したと思ってたけど、まだいたんだな」


呆れ顔でエンハンサーの男が言う。たかが『テンペスト』の残党ごときが獅子に敵うわけがない。


「『テンペスト』の幹部は全員死んだらしいけど、末端の雑魚どもがまだいるみたいな話だな。まぁ、そんな末端の雑魚だから、頭の方も雑魚なんだけどな。『ライオンハート』に勝てるとでも思ったらしい」


鼻で笑いながらパラディンの男が返事をした。それを聞いてエンハンサーの男とアサシンの男も笑う。


昼時の大衆食堂には大勢の人がいるため、自然と声も大きくなってしまう。3人の男たちが話している内容も、その声の大きさから、隣の席にいる5人の少女達の耳に入ってきていた。


「『テンペスト』って、まだいたんだね」


そう呟いたのはシルバーグレイの長い髪をした少女、橘華凛だった。ハーフ特有の綺麗な顔をした美少女なのだが、空気を読むということが苦手なところがある。


だから、ふと思ったことをつい口にしてしまうところがあった。


「……そうみたいですね」


八神彩音が苦い顔で返事をした。黒髪のロングストレートで眼鏡をかけている彩音は、地味な印象があるが、地顔は美少女。少し印象を変えるだけでかなり化ける素質を持っている。


「…………」


真田美月はその会話を聞いてはいるのだが、黙り込んでしまっていた。茶色いミドルロングの髪とあどけなさの残る可愛い顔は、笑うとその可愛さが一層引き立つのだが、今は暗い表情をしている。


「ん……?」


何か不味いことを言ってしまったのか。場の空気の意味が分からない華凛が助けを求めるように椎名翼の方を見た。


「まぁ、あれだね……。『テンペスト』のことはさ、忘れちゃいけないんだろうけど……。ここですることではないん……だろうね……」


翼は癖のある紺色の髪を掻きながら言った。普段は快活な美少女である翼も『テンペスト』の話題となると苦い思い出がある。だが、一番苦しい思い出があるのは美月と真だろう。この二人がいる前で『テンペスト』の話題は出しにくい。


「あっ……ごめん……。私、また……」


状況を理解した華凛がバツの悪そうな顔をした。『テンペスト』との一件のことを忘れたわけではないが、真と美月が直接『テンペスト』の幹部と話をした時の詳しい内容は教えてもらっていなかった。


それでも、あの時に真辺信也が殺されたことは知っているし、真と美月がその現場にいたことも知っている。触れたくないことであるのは考えれば分かることなのに、口が勝手に滑ってしまっていた。


「あ、華凛。いいんだ……。それに『テンペスト』の情報は知っておいた方がいいだろうしな。あいつらまだいたんだな」


落ち込んでいる華凛に対して赤黒いショートカットの少女がフォローを入れた。気の強そうな顔だが、非常に綺麗な顔で、誰が見ても美少女なのだが、実際は蒼井真という名の男だ。そんな綺麗な顔も、今は困った顔をしている。こういう空気は真も苦手だった。


「そ、そうだよ華凛。私もちゃんと受け止めないといけないことだから……。それに、真も言った通り、『テンペスト』は警戒しておかないといけないしさ、その情報は知っておくべきだよ」


暗い顔を見せてしまった美月も責任を感じて華凛のフォローに回った。


「そうですよね。『ライオンハート』さんが『テンペスト』を蹴散らしてくれたっていう情報ですし、どちらかといえば歓迎したい情報ですもんね」


重くなった場の空気を何とかできそうな雰囲気に彩音も乗っかってきた。今から楽しいランチタイムだ。重い空気の中で食事はしたくない。


「彩音の言うことも一理あるわね。私たちは当事者なんだから知っておく必要もあるだろうし、目を逸らしちゃ駄目なんだよね」


そう言う翼の声のトーンは低かった。目を逸らしてはいけない事実。翼が思っていることは、真が『テンペスト』の幹部を皆殺しにしようとしたこと。実際には皆殺しにする一歩手前で止めたということだが、真の攻撃の後に総志が『テンペスト』の幹部を皆殺しにしている。『テンペスト』の幹部が皆殺しにされたきっかけを作ったのは真だ。この事実を彩音と華凛は知らない。


「う、うん。だから、華凛さんもそんなに気を落とさないで――あ、ほら、料理来ましたよ」


翼の声のトーンが若干気になりつつも、彩音は話題を料理の方へと向けた。持って来られて料理は、真が注文した羊のロースト。


「真ってさ、ほんと同じものばっかり食べてるわよね……。よく飽きないわね……。そんなに羊が好きなの?」


話題を変えたかった美月が少し大げさな感じで言った。とはいえ、野菜もちゃんと食べないといけないのに、真は肉ばかり注文することに呆れたというのも本音。携帯用の食料もほとんどが干し肉だ。


「ここで一番美味いのが羊のローストなんだから、それを注文してるだけだろ。飽きるも何も、美味いものを食べてるだけだぞ」


何となく馬鹿にされたような気がして真が反論した。


「いや、真君、他の料理注文したことないでしょ?」


華凛が思わずツッコミを入れた。一番美味しい料理と言うのであれば、当然、他のメニューも全て食べた結論ということになるのだが、真がこの大衆食堂で羊のロースト以外のものを注文したところは見たことがない。


「わ、分かるんだよ! メニューを見たらどれが一番美味いのか、俺には分かるんだよ!」


痛いところを突かれて真が反撃をしようとするも、言っていて無茶苦茶なことだと真自身も思っていた。


「真君ってさ、もっと色々な物を食べたいとか思わないの? 私だったら、色んな料理を少しずつたべてみたいって思うけどな」


真がいつも同じものをばかリ食べているのは華凛も不思議だった。


「これが美味いんだから、それでよくないか?」


真としても色々なものを食べてみたいという気持ちはあるのだが、大して好きでもないものまで試しに食べようとは思わない。


「そういうところって、真らしいというかなんと言うか……。私も色々なものを一口ずつ食べてみたいって思うよ」


美月が呆れ顔で言う。要するに好きな物しか食べないということなのだ。真は食べ物に対して拘りがないわけではないのに、色々なものを試そうということはしない。嫌いっていうほどでもないのに、好きではないものには一切手を付けようとしない。


そんな話をしている時だった。大衆食堂の喧騒を割って入るようにして空から大音量の声が聞こえてきた。


― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―


その声に騒がしかった大衆食堂が一瞬で静まり返った。時間が止まったかのように、全員が動かずに声に注目している。


― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。 ―


空からの声はそれで終わった。


真達もお互いの顔を見ている。全員が真剣な目つきだ。これから来るバージョンアップの内容を記したメッセージを緊張しながら待つ。


「…………」


空から大音量でバージョンアップの知らせが来たら、すぐにその内容が書かれたメッセージが届く。頭の中で直接声がして、メッセージが届いたことを知らせてくれる。


「…………」


バージョンアップの内容は非常に漠然としたもので、詳しい内容はほとんど分からないことが多いのだが、中には危機的な状況がすぐそこまで迫っていることを知らせるものもあった。以前、王都グランエンドを襲った、異界の扉事件なんかがその最たる例だろう。


「…………」


だから、皆固唾を飲んでメッセージが来るのを待つ。いつもなら、とっくにメッセージが届いている頃間だ。


そして、メッセージを待つこと1分ほど。まだメッセージは来ていない。周りは少しずつだが騒がしくなりだしている。


「…………ん?」


さらに1分が経過した頃に真が疑問の声を上げた。だんだんと周りの声も大きくなっている。


「メッセージが来ないんだが……」


痺れを切らした真が口を開いた。




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