戦争を終えて
ヴァリア帝国からの突然の侵攻は、義勇軍の活躍によってセンシアル王国側の勝利という形で幕を閉じる。
今回のミッションは、戦争という言葉が重くのしかかっていた。戦争を経験したことのある者がいるわけもないが、学校教育によって、戦争の悲惨さというものは嫌というほど教えこまれてきた。
絶対に戦争は起こしてはならない。そう教わってきたことであり、それが正しいことであるとも理解していた。
その中での戦争への参加。ゲーム化した世界を元に戻すという目的と、戦争に参加するということの重圧。人々はこの葛藤に悩み、迷い、苦しんだ。
それでも現実世界の人達は立ち向かっていった。
今まで積極的にミッションに参加してこなかった人たちでも、王都グランエンドまで来ることができる実績がある。
それに、数カ月前の異界の扉事件。この時には、強制的とはいえ、前線に立って、異界の魔人と戦い、勝利し、生き残った経験がある。
その経歴に加え、『ライオンハート』の旗印があったからこそ、現実世界の人達はこのミッションをやり遂げることができたのだろう。
ヴァリア帝国からの侵攻を阻止した後、義勇軍もとい『ライオンハート』の同盟連合は束の間の休息の後、王都グランエンドへと帰還。
センシアル王国騎士団は凱旋パレードのようなことをしたようだが、義勇軍には無縁の話。王都のNPCは誰も義勇軍の活躍を知らない。
そのことに対して、不満を持つ者も少なくはないが、総志と姫子は無関心だった。それよりも、リヒター宰相に会って戦果を報告することの方が重要。
義勇軍を代表して、総志と姫子、それに時也と悟の4人でリヒター宰相に会いに行った。
この時点で、現実世界の人々にミッション終了の通知が送付された。長かった今回のミッションもこれで終わり――とはならない。
ゲームとしてのミッションは終わっても、『ライオンハート』の同盟としての仕事はまだ残っている。
それは、ミッション後の特別会議という名の反省会。
王都に帰還して、1日だけ休息をした後、同盟会議の参加者たちに臨時招集がかけられたのだ。
集められた場所はいつもの会議場。センシアル王城の前の広場に隣接する豪華ホテル『シャリオン』の一室だ。
集まったのは『ライオンハート』の同盟ギルドの幹部たち。歴戦の強者も多いメンバーなのだが、さすがに皆が疲れた表情をしている。
「皆様、ミッションが終わって間もない時期に集まっていただき、申し訳ありません。お疲れのところとは思いますが、只今より、臨時の同盟会議を開催いたします」
会議室の上座に座る時也が立ち上がり、頭を下げた。それに続いて、横に座る総志が立ち上がり口を開く。
「今回のミッションでは、同盟ギルド内でも多くの犠牲者が出た。特に我々『ライオンハート』は、ミッションに参加した部隊員の約半数に近い数の犠牲を強いられた。会議の前に、まずは今回のミッションで犠牲になった者達への哀悼の意を示し、1分間の黙祷をささげる」
一番多くの犠牲者を出したのは、敵の主力と戦った『ライオンハート』だ。その配慮のおかげで、他の同盟ギルドでは犠牲者の数は少なくて済んだ。特に、敵左翼を担当した、『その他の同盟』はほとんど犠牲者が出ていない。
「全員起立。黙祷」
総志の声とともに、会議室にいる全員が立ち上がり、静かに黙祷を捧げる。
真の脳裏には、道路に横たわった『ライオンハート』メンバーの死体が浮かんだ。どれだけ倒しても復活してくるゾンビの群れと上級魔人による強襲の犠牲になった人達だ。
もし、真が担当した戦闘区域に、その“イレギュラー”が存在していたら。真は大切な仲間を守り切ることができただろうか。真が発狂するに至るだけの数と強大さを持った敵から、美月達を守り切ることができただろうか。
「全員着席」
きっかり1分間の黙祷を終えて総志が合図を出す。真も目を開けて、意識を会議に戻す。
「さて、今回の特別会議の主な目的は情報共有です。今回のミッションは3つの部隊に分かれて遂行しました。各々が持つ情報をここで共有し、今後のミッションへの対策材料とさせていただきます。では、まず『フレンドシップ』から報告をお願いします」
黙祷を終えて、司会進行役の時也が会議を進める。
「はい。では、『フレンドシップ』からの報告をさせてもらいます」
立ち上がったのは『フレンドシップ』の小林だった。若干疲れた表情を見てはいるものの、そのまま報告を始めた。
「こちらの担当はヴァリア帝国左翼です。センシアル王国騎士団とヴァリア帝国兵の数はほぼ互角。お互いに1万といったところでした。そこに義勇軍が加わり、数の面ではセンシアル王国の方が有利という状況です。戦場となったのは、現実世界の河川。ここに架かった橋を占有した方が戦況を有利に進められるため、双方橋の上でぶつかることとなりました。そこに『フォーチュンキャット』の蒼井さんを投入することによって、橋の占有を取ることに成功。その後も蒼井さんには敵将を倒してもらうなどの活躍をしていただき、義勇軍の損害はほとんどないという結果で終えることができました」
端的にだが、要点をまとめて小林が報告をした。
「何か問題点はありましたか?」
そこに時也が質問をする。
「特にありません。蒼井さんがいたことで、敵は瓦解することになりました。そこからは勢いにのったセンシアル王国騎士団が敵を殲滅するまでに、そう時間はかかりませんでした」
ヴァリア帝国にとってイレギュラーな存在。それが真だ。単独で万の兵を壊滅させうるだけの力を持った戦士など想定できるわけがない。
「そうですか。ありがとうございます。続いて、『王龍』より報告をお願いします」
「はい。それでは『王龍』からの報告をさせていただきます」
そう言って立ち上がったのは悟だった。普段のふざけた物言いではなく、完全に会議モードに入っている。
「『王龍』はヴァリア帝国右翼を担当しました。敵戦力としては、先ほど『フレンドシップ』さんからの報告と同じく、約1万の敵に対して、我々義勇軍とセンシアル王国騎士団1万の戦いです。戦場はゲーム化した世界の平原。地形としては戦いやすい地形だったんですが、その分、策を弄するということが難しく、正面からぶつかる他ないという状況でした。開戦当初はほぼ互角といったところで進みましたが、センシアル王国側には義勇軍がいるということで、徐々に戦況が傾きだし、ダメ押しとなったのは、左翼側の義勇軍が援軍として来てくれたことです。ただ、それでも犠牲は出ており、義勇軍全体の1割強が戦死する結果となりました」
センシアル王国騎士団の損耗はそれ以上に大きいのだが、『王龍』及びその直轄ギルドは、コル・シアン森林で当初からミッションを遂行してきた歴戦の強者たちだ。練度も左翼を担当したその他の同盟連合よりも高い。それなのに1割強の人が戦死する結果となってしまった。
「何か問題点はありましたか?」
『フレンドシップ』時と同じく、時也が質問をした。
「問題点は一つですね。戦争に慣れていない。これに尽きます。モンスターとの戦いと違って、敵の知能は我々と同等です。戦場となった地形が平原ということもあり、正面からぶつかる以外にどういう作戦を取るべきなのか、ということが分かっていない。初めての経験で積み上げがないために犠牲者が出たというのが『王龍』の見解です」
「なるほど。よく分かります。その点については今後の会議の議題とさせていただくことにします。それでは、最後に『ライオンハート』からの報告をさせていただきます」
司会の時也が立ち上がり、ヴァリア帝国中央主力との戦いについて口を開いた。平静を装ってはいるが、その顔からは沈痛な思いが伝わってくる。
「我々『ライオンハート』の担当は、ヴァリア帝国中央主力です。戦場は現実世界のビルに囲まれた幹線道路。戦力としては、センシアル、ヴァリア共に2万といったところ。そこに『ライオンハート』が加わるという形です」
ここまでは一気に説明をした。時也はここで心を落ち着かせるために一度だけ大きく息を吸い込み吐き出すと、話を続けた。
「敵にはヴァリア帝国黒騎士団を名乗る精鋭部隊が配置されていました。相当な手練れ集団で、特にゼールと名乗った黒騎士団の長はこちらの紫藤でも苦戦するほどの強さを持っていました……」
一旦時也の報告が止まる。そのことに対して誰も口を挟まず、じっと時也が続きを語りだすのを待った。
10秒くらいしてからだろうか、時也が再び口を開いた。
「そこで問題が2つ発生しました。1つは倒した敵がゾンビとして復活してきたことです。先ほど説明した、黒騎士団も復活し、ゼールという騎士も復活しました。この時点で、戦局が傾き、センシアル側が押され始めます」
ただでさえ苦戦を強いられた黒騎士団がゾンビとなって再び襲い掛かってくる。しかも、その技量は衰えることなく、生きていた頃と同等の強さでだ。苦労して倒したゼールも同じく襲い掛かってきたことで、『ライオンハート』にも多くの犠牲者を出す結果となった。
「2つ目の問題点は、敵の中に上級魔人がいたことです。上級魔人については、以前の会議で説明したとおり、異界の扉が開いた時に、イルミナ・ワーロックというサマナーが呼び寄せた5人魔人のことです。うち一人は蒼井君が倒していて、残り4人の内の一人と接敵することなりました。この魔人の能力は、端的に言えば規格外に大きな武器を振り回すというもの。常軌を逸した攻撃になす術もなくやられたというのが結論です。上級魔人の存在に我々は撤退を決断。ビルの中へと避難しましたが、今回参加した『ライオンハート』の部隊の半数近くを失う結果となりました……」
最大規模を誇るギルド『ライオンハート』はミッションなどで戦闘を専門に行う部隊がある。マスターである総志が率いる精鋭部隊の第一部隊。それに準ずる第二部隊。一般的な戦闘部隊である第三部隊の3つだ。他のメンバーは各地に散らばって情報を収集したり、内務をしたり、寄付金を集めたりと、役割は多岐に渡る。
「葉霧の報告に補足させてもらうが、上級魔人は実際には2人来ていた。一人は巨大武器を振り回す戦闘屋の魔人。もう一人はゾンビを作り出していた魔術師タイプの魔人だ。この二人の上級魔人のせいで、『ライオンハート』は大きな損害を受け、センシアルの騎士団は壊滅させられた。そのことはメッセージで全員に知らされた通りだ」
時也の報告に続いて総志が話をした。『ライオンハート』の敗北という、想定外の事態に『王龍』側でもパニックが起きたくらいだ。
「この上級魔人は蒼井が倒してくれた。その後に『王龍』の応援が来てくれて、今回のミッションを成功させることができた。だが、問題は残っている。今回出てきた上級魔人の他にまだ二人の上級魔人とその召喚主であるイルミナ・ワーロックがいるということだ。蒼井、今回の件、イルミナ・ワーロックが絡んでいるということで間違いないな?」
「ああ、俺が直接魔人に確認した。今回のヴァリアの侵攻には間違いなくイルミナ・ワーロックが絡んでいる。だた、何をしようとしているのかまでは分からない」
総志の質問に真が答えた。イルミナ・ワーロックが絡んでいることは上級魔人ザーザスが口を滑らせてくれたことだ。
「聞いての通りだ。イルミナ・ワーロックはヴァリア帝国側に付いている。今回の戦争の結果で見限るかどうかは分からないが、再び侵攻を企ててくるという可能性もある。今後の同盟の方針としては、このイルミナ・ワーロック及び魔人への対策を練る必要がある。そこで、まずはイルミナ・ワーロックと魔人の情報を集めることを優先課題としたい。イルミナ・ワーロックについては、ダードカハルで伝説のサマナーと呼ばれていた人物だ。ダードカハルに行けば、魔人のことも含めて何か情報を掴めるかもしれない。今後の方針については以上だ。何か質問はあるか?」
総志が会議室全体を見渡して方針を伝えた。どれだけの情報を集めることができるか分からないが、少しでも情報が欲しい。
「えっと……。ちょっとだけ……」
バツの悪そうな顔で真が手を上げた。それは後ろめたいことがあるから。
「蒼井か、何か気になることでもあるのか?」
「気になるっていうほどのことじゃないけど……。その、イルミナ・ワーロックについて補足説明をさせてもらおうかと……」
「そうか。イルミナ・ワーロックについては、直接ミッションでイルミナの迷宮に行ったお前達が詳しいからな」
以前のミッションでイルミナが作った迷宮に魔書を取りに行くという内容のものがあり、真はその探索に参加している。その時には総志は不参加だったため、真からの情報というのはありがたい。
「イルミナ・ワーロックっていうのは伝説のサマナーって言われてるけど、もう一つの名前があるんだ……」
「もう一つの名前……だと?」
初めて聞く情報に総志の眉間に皺が寄った。
「タードカハルで信仰されているアルター教っていう宗教あるんだけど、そこでイルミナ・ワーロックは浄罪の聖人って呼ばれいてる。それと同時に、アルター教の宗派の一つにアルター真教っていう、非常に排他的な危険思想があって、その宗派ができるきっかけになったのも、イルミナ・ワーロックだ……」
真はそこまで話をして冷や汗が出てきていた。
「蒼井、なぜそのことを今まで黙っていた?」
総志の声に怒りが籠っている。当然のことながら、そんな重要な情報を今まで黙っていたことに対する怒りだ。周りからも真に非難の視線が集中する。
「いや……あの……。説明はできない……。ただ分かってほしいのは、話していいかどうか判断ができなかったから……」
ただでさえ注目を集めるのが苦手な真に対して、突き刺すような目が集まる。
「どういうことだ蒼井!? そんな大事なことを話していいかどうか分からないわけねえだろうが! 知ってることは全部話さないでどうするっていうんだよ!」
話を聞いていた姫子が声を荒げた。それも当然と言えば当然。この情報があったからといって、今回のミッションに影響はなかっただろうが、イルミナ・ワーロックに関する情報は、イルミナの行動を予測するための重要な材料になる。だから、黙っている理由はない。
「あ……その……、理由は話せない……ていうより、話していいかどうか判断できない……」
「はぁ? だから、なんで話していいか判断できないんだよ? それを言えって言ってんだよ!」
「いや、だから、それが判断できないから話せないって言ってるんだけども……」
真が浄罪の聖人について知ったのはシークレットミッションを受けたから。真達『フォーチュンキャット』にしか発生しなかったシークレットミッションの内容を話していいかどうか判断できない。
「蒼井、話さなかったのではなく、話していいかどうか判断できなかった。ということだな?」
「あ、ああ……。そういうことだ……」
総志がじっと真の目を見つめる。威嚇されているようにも思える目だ。真は対等と思っていた人物だが、やはり、人間的な力量では総志の方が上だ。
「そうか……。お前が判断できないということなら仕方ない。イルミナ・ワーロックと浄罪の聖人及びアルター教については、こちらで調査させてもらうこととする。異議はないな?」
総志は一定レベルで納得したようだが、姫子はまだ釈然としていない。それでも、総志がこの話を預かると言うのであれば、姫子もこれ以上口出しするつもりはない。
こうして、臨時的に開かれた会議は閉会することとなった。