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それぞれの朝

日が昇り、青白くぼやけた空気が徐々に鮮明になっていく。こんな世界になっても、朝には鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。南向きに設置されたデパートの大窓からは、清々しい朝の陽ざしが溢れんばかりに差し込んできている。


電気の無いデパートを自然の光が満たしていく。元々の設計なのだろう。電気の光がなくても陽の光だけでフロアに十分な光量がある。


真達が夜を過ごしたデパートの休憩所にも穏やかな日の光が満ちている。その光に真が目を覚ました。まだ眠い眼を少しだけこすって起き上がると、すでに美月と翼、彩音は起きていた。


「おはよう、真」


半分寝ぼけている真に美月が声をかけてきた。美月は昨夜、ほとんど寝ていないと思うが、表情はいつも通りで、夜半過ぎに見たような不安げな顔ではなかった。


「あぁ……おはよう……」


完全に目を覚まし切っていな真だが、昨夜の美月との会話を思い出す。今の美月は特段変わった様子はないが、それはそれで気になるところ。どうも、美月という少女は無理をして我慢するところがある。


「あ、真、おはよう」


翼は昨日と何も変わらない。直感で生きている翼も美月と同じような悩みを持っているのだろうか。会いたい誰かがいるのだろうか。いや、いるはずだ。真は美月との話を思い出したことで、ふとそんなことが頭をよぎった。


「おはようございます」


彩音が丁寧に挨拶をしてきた。当然のことながら、彩音も元の世界に戻りたいと思っているのだろう。だから、翼とともに行動をして協力しあっているのだと思う。


「……おはよう」


少し遅れて真が覇気のない挨拶を返す。


「ほら、真! シャキッとしなさい!」


翼が声を張って真の肩をバシッと叩く。


「うおっ! いてぇよ、分かった起きるよ」


上半身だけを起こしていた真だが、翼に肩を叩かれて、渋々立ち上がる。ぐっと伸びをして、体中に酸素を送り込んだ。これで、もう完全に目は覚めていた。


「ようやく起きたね」


美月がふふっと笑いながら真を見ていた。その顔から、真はあまり心配し過ぎなくても大丈夫なのかもしれないという気持ちも出てくる。


「あの、真さんも美月さんも昨日はありがとうございました」


真面目な彩音が改めて昨日の礼を言ってきた。


「二人ともありがとう。ほんとに助かったわ」


翼も彩音に続いて礼を言う。謝罪や礼に対しては律儀な性格をしていた。


「いいよ、そんなに畏まらなくても。偶然居合わせただけだし」


美月がそんな二人に両手を小さく振りながら返していた。


「まぁ、美月の言う通りだ。別に大したことはしてない。ムカデを斬っただけだしな」


巨大なムカデではあったが、真からしてみれば低レベルのモンスターの内に一匹。事実大したことをしたという認識はない。


「そっか、確かにムカデを斬っただけなんだよね……」


「いや、翼ちゃん!? 斬っただけってことは……。危なかったのは確かんだからね!」


翼の思いがけない発言に彩音が慌てる。助けてもらっておいてそれは失礼だろうとフォローを入れる。


「分かってるわよ。危ないところを助けてもらったことは感謝してる」


「無暗に弓を撃たないことも分かってるか?」


そもそもの原因は翼が巨大ムカデをちゃんと確認せずに弓で撃ったこと。一日経ったら忘れているんじゃないかと真が横槍を入れた。


「ちゃんと分かってるわよ! 昨日、宣誓もしてるんだからね!」


どうやら翼は覚えていたようだ。まあ、覚えているからと言っても脳筋が治るかどうかは怪しいところではあるが。


「私も聞いてたからね、その宣誓は」


美月も真と一緒になって翼をいじっていた。


「美月までもうっ! ――ところで、私と彩音は一旦キスクの街に戻ろうと思ってるけど、真と美月はどうするの?」


地下の鍾乳洞を見つける前から、翼と彩音は狩りは一旦終わって、キスクの街に戻って換金しようと考えていた。そこに鍾乳洞を見つけて、ムカデに追い回されて、真達と出会ったため、予定を一日伸ばすことになっていた。


「そうだな……俺たちは元々、しばらくこの辺りに滞在する予定をしてたからな。もう少し鍾乳洞で稼いでから戻ろうかと思うけど、美月はどうだ?」


鍾乳洞でマッドマンが落とす方解石がどれほどの値段になるかは分からない。かといって、一旦キスクの街に戻るのも半日近くかかるため面倒だ。それに、方解石はマッドマンを倒せば必ず手に入るというものではなく、むしろ手に入ることの方が確率としては少ない。


「鍾乳洞……」


美月の眉間に皺が寄っている。何か思い出したくないものを思い出しいてるような表情。大体何を思い出しているのかは察しがつく。


「巨大ゲジゲジか」


真が呟く。昨日、美月が散々苦労させられた相手。強いわけではないが、虫が苦手な美月からすれば目視するだけで精神的なダメージを負う。


「う、うん……」


「確かに、あれは気持ち悪いもんね」


翼が美月に同意してくる。だが、昨日はバスバスと巨大ゲジゲジ向かって弓を撃っている。


「でも、私あんなのに負けたくない! 大丈夫、やれるから!」


ぐっと拳に力を入れて美月が答えた。


「うん! その意気だよ!」


翼も美月の決意に同調する。


「いや、あの……そういうことなんですか……?」


熱の入れる方向に疑問を持った彩音が静かに突っ込むが、どうやら聞こえていないようだ。


「というわけだ。俺たちはもうしばらくここに残ることにするよ。翼も彩音もまたどこかで会ったら一緒に狩りをしよう」


真が翼と彩音に声をかける。偶然出会っただけの短い付き合いだったが、それでも別れるとなると感慨深いものがあった。


「は、はい。私なんか足手まといになるだけですが、また会えたらその時はよろしくお願いします」


「彩音は足でまといなんかにならないよ。昨日も十分活躍してたもん」


美月が自信のなさげな彩音を諭すようにして話しかけた。


「で、でも、実際には翼ちゃんの方が上手く戦えてるし、私はまだまだで……」


彩音の言う通り、翼の弓捌きは大したものだった。現実世界ではアーチェリー部だったこともあって、弓の扱いには長けている。弓のスキルもちゃんと使いこなせていた。そういうところは直感でやっている分、余計なことを考えないから上手く出来るのかもしれない。


「彩音! そんなこと言ってないで、あんたの方が年上なんだからしっかりしなさいよ!」


翼が情けないことを言っている彩音に喝を入れる。


「っちょ、お前、年上に対してその態度だったのかよ!?」


「いや、真もあまり人のこと言えないよ……」


真が今更ながらに翼に驚いているが、真にしても敬語を使うということで言えば、美月が言う通り、人のことを言えたものではない。


「わ、私は大丈夫です。その方が翼ちゃんらしくて良いと思います」


彩音の方としてはもう慣れたこと。特に問題はなかった。


「そういうことよ。――じゃあ、私たちはこれで、帰ることにするわね。色々と助けてくれてありがとう。できる限り借りを返せるようにするわね」


「ああ、期待しないで待ってるよ」


嵐のように現れ何かと騒がしかったが、ここで別れる。真と美月、翼と彩音。それぞれがそれぞれの道を持っている。


ビルのガラスが昇った太陽を眩しく反射している。誰もいないアスファルトの道路の上をキスクの街に向けて歩き出した翼と彩音を真と美月が見送った。








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