狂戦士 Ⅳ
「…………」
真は管理者が説明の続きを始めるのを固唾をのんで待った。どうして自分は発狂したのか。それを聞かなくてはならないのだが、聞くことは怖かった。
発狂し暴れ回ったことに対する不安と恐怖もあるが、同時に今までにない程の高揚感を得たことを自覚しているからだ。それは、違法な薬物を使ってもここまではならないだろうというほど過剰な高揚感だった。
発狂している時のことはよく覚えている。理性がなんの役にも立たなかったことも覚えている。もし、また自分を抑えることができなくなってしまったら。自分はどれほど危険な人間なのか。管理者から説明を聞いた時に、真は自分自身を受け止めることができるだろうかという怖さがあった。
「まずはアンノウンスキルについて説明してやろう。この世界の元となったゲーム『world in birth online』にはなかったスキルだ。それはお前が言及したとおりだな」
真とは反対に管理者は落ち着いた口調で話をした。上からの目線は相変わらずだが、きちんと説明をしようという意思は伝わってくる。
「ああ……。あんな無茶苦茶なスキル、ゲームバランスもくそもねえよ……」
「その通りだな。アンノウンスキルはバランスなど考えてはいない。それ故に発動させるには特定の条件が必要になる」
「特定の条件……?」
「アンノウンスキル、ブラディメスクリーチャーはベルセルク専用のスキルだ。その効果は、お前が体験した通り、まさに狂気というものを純粋に昇華させたようなスキルだ」
「ベルセルク専用か……くそっ……。それなら紫藤さんも――他のベルセルクも俺と同じように発狂するかもしれないってことか!?」
真には一つの懸念があった。それはブラディメスクリーチャーが他の人も使えるのではないかということ。もし、真専用のスキルであるのならその心配はない。だが、管理者は『ベルセルク専用のスキル』と言った。
「それは無理だな」
「えっ……? 無理……? どういうことだ……?」
予想外に良い答えが返ってきて、逆に真は戸惑ってしまった。真以外に発狂するようなことがないのならそれに越したことはない。
「あんなものを発動させることができるベルセルクはお前しかいない」
「俺しかいない……? ブラディメスクリーチャーはベルセルク専用なんだろ? どうして俺しか発動させることができないんだ?」
「以前、お前が『なぜ自分が特別扱いなのか?』と聞いたことがあるのを覚えているか?」
「あ、ああ……。覚えてる……。確か、俺の適正が高かったからだろ……」
どれくらい前だったか。真が管理者と何度目かに会った時にした質問だ。真は、自分に前のゲームの能力が引き継がれているのは、前のゲームで最強の敵を最初に倒した報酬だと思っていたのだが、管理者はそのことをあっさりと否定した。代わりに出てきた本当の答えは、『真の適正が非常に高かったから』という単純な答えだった。
「そうだ。お前の適正は、他者が競えるレベルを遥かに超えているものだ。だから、私はお前を特別扱いしている。では、その適正とはどんな適正だと思う?」
管理者の表情が少しだけ変わった。それは不敵な笑みとでもいうのだろうか。今まで全くと言っていい程表情を変えなかった管理者なのだが、ここでほんのわずかだが表情が変わった。
「どんな適正って……、ゲームに対する適正だろ? 俺は他のゲームでも高い適正値を出してたって言ったのはお前だろう」
管理者の表情が少し変わったことに不安を覚えつつも、真は答えた。
「より具体的に答えろと言っている」
「具体的って……。要するに、ゲーム化した世界でも上手くゲームを進めることができる適正のことじゃないのか?」
「それはお前の持っている適正の一部分にすぎない。氷山の一角でしかない」
「それ以外に何があるって言うんだ? 単純にゲームの上手さが、このゲーム化した世界での強さに結び付いてるんじゃないのか?」
そもそも、適性を見出したのは管理者であって、真はその適正のことを何も知らされてはいない。ただ、適性があるとしか言われていないのだ。
「それもあると言っているだろう。だが、それだけでお前を選びはしない」
「だったら、どんな適正があったって言うんだ?」
「ベルセルクとしての適性だ」
「なっ……ベルセルクの……?」
管理者の答えに真の言葉が詰まった。ベルセルクとしての適性が高いとはどういうことなのか。現実の真の人生は狂戦士とは一切関係のない生活をしてきた。
「もっと正確に言うと、ベルセルクとの親和性。同調性。共感性といったところか」
「ま、待て……ッ!? 俺がベルセルクとの親和性があるって? 狂戦士に同調する? 共感する? そんなのあるわけねえだろ! 俺は普通の人間だ! 破壊衝動も破滅願望もない! 普通の人間だ!」
真は管理者の答えを受け入ることができずに声を荒げた。狂ったように暴れまわるどころか、殴り合いの喧嘩も小学校の時以来したことがない。
「お前個人だけなら、凶暴性も異常性もない。正常な人格を持った人間と言えるだろう」
「だったら――」
「だが、お前はベルセルクと合わさることで、強大なシナジー効果を発揮する。一種の化学反応のようなものと考えればお前にも理解できるだろう。それはもう乗数的どころの話ではない。爆発的な反応を起こすことができる。それがお前という存在であり、アンノウンスキルを発動させるのに必要な条件だ。つまり、2人の魔人と、疑似的とはいえ、無限ともいえるゾンビ達との戦いで、ようやくお前とベルセルクが完全に融合し、爆発的な反応を引き起こしたということだ」
真の言葉を遮って管理者が説明を続けた。真がこのゲーム化した世界でのベルセルクと一体化することによって起こる化学反応。それがアンノウンスキルの正体だった。
「俺が……ベルセルクの力を増幅させてるっていうことか……?」
「少し違うな。お前とベルセルクが相互に影響しあっている結果だ」
「相互に影響してる……? 俺にもベルセルクが影響を及ぼしている……?」
「お前はまだ気が付いていなかったのか? 意外だな。お前一人の意思だけで今まで戦ってきたと思っているのか?」
「どういう意味だ?」
管理者の言葉に真が漠然とした不安を抱いた。不安の原因は分からないが、絶対に良くないことだということは分かる。
「お前のような普通の人間が、力を持っただけで強大な化け物に向かっていけるとでも? 本当にそう思うか? 周りの人間を見てみろ。恐怖と戦いながら、大勢の人間同士で力を合わせて、ようやく化け物と対峙することができる。お前は力を持っているから、一人でも戦えると思っているのだろうが、それは勘違いだ。今までに何度死にかけた? それでも、お前は化け物に向かって行った。力があるだけでは説明できない行動を取っているんだ」
「そ、それが、ベルセルクの影響によるものだって言うのか……!?」
真がこれまでの戦いのことを思い起こす。一撃で即死させられる攻撃を持った敵がいた。巨大なドラゴンもいた。難解な初見殺しをしてくる敵もいた。下手をすれば死んでいたこともある。運が悪ければ死んでいたこともある。真の代わりに犠牲になった人もいる。
そんな経験をしていても、真は自分一人で戦った方がいいだろうという考えをずっと持っていた。真が一人でヴァリア帝国の中央連隊へと向かって行ったのもそうだ。
「そういうことだ。お前のベルセルクに対する高い適正が、お前の性向にも影響を及ぼしている」
「お、俺がベルセルクを反映している……。あの、戦いの中で感じた渇きも、高揚感も、全てベルセルクの特性を反映しているからなのか!?」
「ああ、そうだ。お前の場合は、その適正が高すぎるせいで、特性を異常なまでに強く反映しているのだがな」
「だ、だったら、他の人はどうなんだ? 美月は? 翼は? 彩音は? 華凛は? 同じベルセルクの紫藤さんも、戦いを求めて行動しているっていうのか!?」
真の適性の高さ故に狂戦士という特性を強く反映していることには衝撃的だった。だが、自分のことの他にも気になることがある。
「お前ほどの適性者はいないと言っているだろう。紫藤総志という人間はベルセルクの適性は高い方だが、お前の足元にも及ばない。それでも、戦いを求める傾向は出るがな。不眠不休でも戦い続けることくらいはするさ」
「他は……? ギルドの皆はどうなんだ?」
真は総志の適性については理解した。やはり、適性の高さで、選んだ職の特性を反映する度合いも高くなる。だったら、他の仲間はどうなのか。
「お前のギルドの仲間か。さほど高い適正はない。お前の言う4人の中だったら、真田美月が一番適性が高いな。だが、安心しろ。あの娘はビショップだ。慈愛の傾向が強くなるというくらいだ。はっきり言って、狂っているのはベルセルクだけだ」
狂戦士なのだから、戦いに狂うのは当然の特性。同じようにビショップは慈愛の特性を持っている。
「ということは、他の職も同じか……。適性が高い人ほど、その職の特性が強く出てくる。パラディンだったら、皆を守るっていう特性ってことか……」
エンハンサーなら、皆の下支えになるような行動を取るということか。ソーサラーだと知的探求心といったところだろう。スナイパーはどうか。冷静に獲物を狙うという特性だとしたら、翼の適性はかなり低いということになる。
管理者の答えに、真は少し安心した。仲間が同じように狂ってしまう可能性はないということだ。
「お前以外の適性に関しては無視していいレベルだ。お前の次に適性の高い紫藤総志という人間でも、アンノウンスキルを発動させることは絶対に不可能だからな」
「そうか……それなら、いいんだけど……」
安心一つに大きな不安一つ。今後のミッションでは、また真がブラディメスクリーチャーを発動させることがあり得る。それが心に引っかかる。
「随分と話し込んでしまったな。今回はこれで終わりだ。また会える時を楽しみにしているぞ」
管理者はそう言うと、幹線道路の奥の方へと歩いて行った。真は管理者を見送ることはなく、じっと自分の手を見つめた。
この手が多くの敵を斬ってきた。これからも多くの敵と戦うことになるだろう。求めるがままにて敵を倒していくのだろうか。渇きはいつか満たされるのだろうか。この手が止まる時はあるのだろうか。これからどう行動するべきなのか。今まで通りに敵を倒していていいのだろうか。答えはまるで見つからない。
「ま、真……?」
「ッ!?」
少女の声に真がハッとなって顔を上げた。その声はよく知っている声だが、今までに聞いたことがないほど怯えた声をしている。
「真……なんだよね……? 真なんだよね……?」
「美月……!?」
顔を上げた真の目線の先には美月が佇んでいた。胸の前で握られた手は小刻みに震えている。青ざめた顔と怯えた目が真を見ている。
気が付くと周りには大勢のセンシアル王国騎士団がいた。ヴァリア帝国中央連隊のゾンビ達が急に倒れていったことで、形勢が逆転し、一気に畳みかけるようにして、突撃している最中だった。
管理者と別れたことによって、真が戻ってきたのだ。当然、管理者と会っていたという記憶は真にはない。管理者に会っていたという事実そのものが、管理者によって切り取れているからだ。
「押せー! ヴァリアを潰せー!」
「今が勝機だ! かかれー!」
「うおおおおーーー!!!」
センシアル王国騎士団が雄たけびを上げながら走っていく。その雑踏の中で、真と美月が見つめ合う。
(ど、どうして、美月がここに……? ま、まさか……、見られたのか……? 発狂した姿を……見られたのか……!?)
止まない雨が降り続く中、動揺する真の目と震える美月の目が交差する。