狂戦士 Ⅰ
死の直感。真は首が飛んだと思い、慌てて手を首に当てた。
(ある……)
真は手を首にやりつつ、逃げるようにして後退した。手に伝わる感触から首が繋がっていることは分かるし、急いで後退しても首は胴体に付いてきている。
真の首は間違いなく体と繋がっている。血が溢れているようなこともない。それは間違いない。間違いないと分かっているのだが、脳が死を感じ取った。そのせいで死が首に纏わりついて離れない。
真に死を感じ取らせた存在。その正体は斬られた時に分かった。こんなことができるのは一人しかいない。
(ゼール……。もう、復活したのか……)
ヴァリア帝国黒騎士団長のゼールという騎士だ。ザーザスに気を取られ過ぎてしまったことが原因で、ゼールの復活を見逃してしまっていた。
真の視界にはすぐさまゼールの姿が確認できた。今の一撃で仕留めたと思っているのだろうか、いや、ゾンビになった時点で思考はない。ただ、体が覚えているのだ。首を落として仕留めたということを。だから、ゼールは真の方を向いたままの姿勢でいる。
「くっそ……」
真は今頃になって首に痛みがあることを感じ取った。首を抑えたままゼールとザーザスを見る。少し離れたところにクオールがいる。そのクオールが声を上げた。
「小娘よ! このクオールの秘術を堪能させてやると言っただろう? よもやあのゾンビ一匹だけだとは思っておるまいな?」
「…………ッ」
真が無言のまま周りを見渡した。上級魔人二人にゼール。他にも倒してきた帝国兵のゾンビや黒騎士団のゾンビが立ち上がって続々と集まってきている。
「行け、我が眷属たちよ! 忌々しいその小娘を切り刻んでやれ!」
「がァアーーーー!!!」
クオールの号令と共にゾンビ達が一斉に真に向かって襲い掛かってきた。
<ソードディストラクション>
対する真は全力の範囲攻撃スキルを発動。荒ぶる衝撃が空間ごと震撼させて、襲い掛かってきたゾンビ達を蹂躙する。
ゾンビ達が激しい衝撃に吹き飛ばされる中、漆黒の鎧を着た一人のゾンビが飛び出してきた。
キンッ!
澄んだ金属音が戦場に鳴った。それはゼールの剣を真の大剣が受け止めた音だった。
(こいつには当たるわけないよな……)
カウンターのソードディストラクションで多くのゾンビを蹴散らすことに成功したが、一番厄介なゾンビは効果範囲の外にいた。そこから、一気に距離を詰めて剣を振ってきたのだ。
予測できていた展開だが、あまりにも剣技が研ぎ澄まされているため、分かっていても対処が困難な相手だ。
当然、注意すべき相手なのだが、他にも注意しないといけない敵がいる。真は視界の端に巨大な影を見つけて、咄嗟に後ろへと飛んだ。
数瞬の間を置いて、真の前の間に巨大なハルバートが振り下ろされた。アスファルトを叩く巨大なハルバートは鈍い音を轟かせる。
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたのかしら? 負け犬は負け犬らしく、無様に吠えなさいよ!」
ザーザスが癇に障る声を上げた。振り下ろされた巨大なハルバートをすぐさまその場に捨てると、ザーザスは無手のまま手を振り上げる。そのまま手を振り下げると同時、またもや巨大なハルバートが瞬時に出現した。
叩きつけるようにして振り下ろされた巨大なハルバートは一直線に真に向けられる。刃渡りだけでも人一人分くらいはあろうかという巨大なハルバートだ。そんなものは大きすぎて扱いきれないのだが、攻撃の動作中に一瞬で出現する巨大武器と、一発使い捨てにすることで、ザーザスはその巨大武器を手足の様に操っている。
「……」
最初は面食らた真だが、要は巨大モンスターの攻撃と変わらない。違うところがあるとすれば連続性が高いことくらい。複数の巨大モンスターを同時に相手していると思えば対処はできる。
次々と繰り出されるザーザスの攻撃を真は冷静に見極めながら回避していった。
「キィーッ!! いちいち苛立つ小娘ね! ちょこまかと鬱陶しい!」
攻撃を避けていく真に対してザーザスがヒステリックに声を上げた。
だが、実際にはザーザス攻撃は真にとって危険なものではある。対処できるからといって油断はできない。
それに、敵はそこら中にいる。真は完全に包囲されている状態だ。
都市部の幹線道路のど真ん中が戦場。複数の車線が行き交う現実世界の大きな道路。両脇に聳え立つコンクリートのビル群が並んでいる。無数にいる敵を前に、退路は戦う以外に残されていない。
「おらァー!」
<スラッシュ>
それでも、真は向かってくるゾンビ達を斬り伏せていった。元より真に退くなどという考えはない。そもそも真は時間稼ぎに来たのだが、いつの間にか敵を殲滅することに意識が切り替わっていた。
自ら捨て駒になるように突撃してくるヴァリア帝国の一般兵士ゾンビ達。その間にも攻撃を仕掛けて来る黒騎士団のゾンビ。思考は停止しているはずなのに、黒騎士団のゾンビは見事に連携を取って攻撃してくるため厄介だ。その中にゼールも混じるからさらに対処が困難になる。
そして、突然降ってくるザーザスの巨大武器攻撃。真はそれらを全て同時に捌かないといけない。
(なんとかしてクオールを倒さないと……)
ゾンビの群れに守られているクオールを倒せば、無限に復活してくるゾンビを止めることができるはず。根拠はないが、それに賭けるしかない方法がない。
だが、ゼールとザーザスがそれをさせない。真が他のゾンビ達を倒しても、ゼールとザーザスが攻撃を仕掛けて来ることで、ゾンビ達の復活までの時間を稼がれてしまう。
まさに一進一退の攻防が続く。
(これは俺にとってはまずい状況だな……)
魔人もゾンビ達もゲームの世界の存在は体力が無限にあるだろう。対して真は現実世界の人間。ゲーム化した世界では体力が増強されているとは言っても、限界はある。
このままこの状況が続けば、ジリ貧で真が負けることになってしまう。
真がどうにかクオールに辿り着ける方策を探している時だった。
「ザーザス! 何をモタモタしている! 小娘一匹ごときにどれだけ時間をかければ気が済むのだ!」
ザーザスがなかなか真を仕留めないことに対して、クオールが苛立ちを露にしながら最前線に出てきた。
「ちゃんと分かってるわよクオール。でもね、もっと甚振ってやらないと気が済まないの! 見てみなさいよ、この小娘。まだあんな憎たらしい目をしてるでしょ? まだまだ足りないのよ。いっぱい、いーっぱい甚振ってやるんだから!」
大量のゾンビの群れに囲まれていても、真の目は生き生きとしていた。どう考えても絶望的な状況であるにも関わらず、諦めの色がまるで出ていない。ザーザスはそれが気に食わなかった。
「貴様の趣味に付き合っている暇はない!」
「今からがいいところなんだから、そんなこと言わないの! この小娘は絶望の淵に追いやってやるんだから! それで、命乞いをさせるの。豚みたいにブヒブヒ鳴かせて命乞いをさせるの。それから殺すの!」
ザーザスが興奮気味に言葉を並べていく。散々虚仮にされた相手だ。ただで殺すわけにはいない。
だが、そんなザーザスの事情など真に知ったことではない。
「うおおおおーーー!!!」
クオールが前に出てきたことを好機と見て、他のゾンビ達を無視して、ゼールすらも無視して、クオールの方へと駆けだした。
「所詮小娘はこの程度か――スターブド コープス!」
向かってくる真に対して、クオールが両手を広げた。すると、クオールの目の前に大きな魔法陣出現。直径3メートルほどはあるだろうか。どす黒い色をした魔法陣がクオールの前の空間に出現した。
「ギギィィィィイイイーーーー!!!」
魔法陣から大量の死霊たちが溢れ出てきた。死霊達に下半身はなく、やせ細った身体と窪んだ眼球。飢餓に喘ぎ苦しむ声を上げながら、真に向かって一斉に襲い掛かってきた。
「なッ――!?」
視界を覆いつくすほどの死霊の群れに、真が驚愕の声を上げる。だが、駆け出していた真は急に止まれず、死霊の群れに正面から突っ込む形になってしまう。
死霊の群れは次々と真の体に噛みついていった。ゾンビと同じく思考は全くない。ただ生きた人間に食らいつくだけの存在。
真は必死に死霊の群れを振り払おうとするが、実体のない死霊たちを振り払うことはできない。ならばと、塊となった死霊の群れから出ようとするが、纏わりついて離れない。
それでも、敵の攻撃が永遠に続くことはない。いずれその効果時間は終わりを迎える。それまでできる限りに逃げ回るしかない。
シュンッ!
何とか死霊の群れから逃れようとしてる真の耳に、風を斬る音が聞こえた。それはこの日、何度か聞いた音だった。まるで細剣を素早く振ったような音。だが、実際に振られたのは、もっと大きな長剣。
「ぐっ――!?」
真の首をゼールの剣が斬った音だった。再び訪れる死の直感。脳がこの日二度目の死を感じ取った時だった――
ブォンーッ!!!
「――ッ!?」
刃幅だけでも1メートルはあろうかという超巨大剣が真の胴にめり込んだ。真はその強烈な衝撃と共に身体ごと大きく宙に舞った。
それはザーザスが振った超巨大剣だった。ゼールが真の首を斬ったことで、真の注意が完全にゼールに向いてしまっていた。そこを、ザーザスが狙い澄まして、超巨大剣を思いっきり振り切ったのだ。
「アハハハハー!! なんて馬鹿な小娘なのかしら! クオールがゾンビを操るだけだとでも思っていたのかしらね、この頭お花畑女は!」
可笑しくて堪らないとばかりに、ザーザスは声高らかに笑い声を上げた。
「ねえ、もっと甚振って遊びたいからさぁ、まだ死なないで頂戴――」
「……ッ!」
真は吹き飛ばされ、宙に舞いながらもギロリとザーザスを見た。その異様な目つきにザーザスの声が不意に止まってしまう。
「なッ……なに……ッ?」
何かは分からないが、ザーザスは戦慄を覚えていた。それは今までに経験したことがない類のものだった。分かることはただ一つだけ。得体のしれない何かに触れてしまったということだけだった。