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黒の死人 Ⅳ

アスファルトを打つ雨が強くなってきた。重苦しい鉛色の空からは時折稲光が迸る。


つい先刻まで、ラウズという名の黒騎士だった男が起き上がり、真に向けて剣を構えた。その顔には血は通っておらず、目は虚ろで、どこを見ているのかも分からない。


意志もなく、思考もない。守るものも、戦う理由も、名誉も、誇りも、全て置いてきたような目。もうラウズには何も残っていなかった。


ただ、動く屍として、戦い続けるだけの操り人形と成り果ててしまった。


「ガァーーッ!!」


ラウズは徐に真に向かって突進してきた。その動きは生きていた頃と同じように、速く鋭い。剣を振る動作に迷いはなく、戦場で鍛え上げらえた実戦の剣技が真に襲い掛かる。


<スラッシュ>


真はラウズの攻撃に合わせて前に出た。踏み込みからの袈裟斬りは、ラウズが攻撃を終える前に身体を斬り裂いた。


「――ッ」


真は歯を食いしばってザーザスと呼ばれた魔人とクオールを睨みつけた。手に残った感触が呪いのように纏わりついている。


「ふふふ、酷いことするわね。容赦なく斬り捨てるなんてさ。『生きて帰れ』なんて叫んでたのはどこのどなただったかしらね?」


ザーザスは面白そうに言った。真とラウズのやり取りはザーザスも見ていたのだ。その時のやり取りを持ち出して、真の心を揺さぶりにくる。


「オカマとしゃべる趣味はねえよ。自分がやってることを理解してるなら、覚悟もできてるんだろうな?」


静かだが怒気を含んだ真の声が、雨の音に交じって二人の魔人を射抜く。


「またオカマ呼ばわり……ッ!? 私はね、あんたのみたいな女が大嫌いなのよ! どうせ自分のことを綺麗だとか思ってるんでしょ! そんな態度でも男の方から寄ってくるとか思ってるんでしょ! たまたま女に生まれただけの癖に! その顔だってたまたまなのよ! 運が良かっただけのことなのよ! あんたの実力でも才能でもなんでもないのよ!」


真の言葉に激怒したザーザスがまくし立てるようにして声を荒げた。真は男なので、ザーザスは完全に勘違いをしているのだが、真はそのことに触れない。触れる必要もない。これから倒す敵の誤解など解いたところで意味がない。


「くだらねえことをグダグダ言ってんじゃねえよ! このオカマ野郎!」


<レイジングストライク>


真はザーザスの言葉を無視してスキルを発動させた。まるで猛禽類が獲物に強襲するかのように、勢いよく飛び込んだ。


その狙いはクオール。


ザンッ! と鋭い音がした。金属鎧ごと斬り裂いた音だ。


「ッチ……」


真が思わず舌打ちをした。レイジングストライクの餌食になったのは、黒騎士団のゾンビだった。ザーザスを狙うと見せかけて、不意打ちでクオールを狙ったのだが、それを黒騎士団のゾンビが身代わりになった。


「戦いの駆け引きはできるようだな。ザーザス、こいつは侮るなよ。少なくとも、ここまで生きてこれた奴だ。油断すると足元をすくわれるぞ」


「言われなくても、私が足元をすくわれるようなことなんてないのよ!」


クオールの忠告聞いているのか聞いていないのか、ザーザスは真に向かって突撃してきた。だが、手には何も持っていない。ラウズを刺したランスは地面に放り捨ててある。


当然のことながら、5メートルはあろうかという巨大なランスは扱いにくいため、真との距離を考えれば、捨ててしまった方がいいというのは真にも分かる。


だが、無手で向かってくる理由が分からない。巨大な得物を使っているにも関わらず、実戦ではその武器を捨てる意味。真は何か不気味な感じがして、大きく横に飛んだ。


「ッ!?」


その直後、真の横を巨大なランスが高速で通り過ぎた。


(どこからこんなものがッ!?)


いつの間にか、ザーザスが巨大なランスを手にして真に向けて突き刺してきていた。真が避けたのはただの直感によるものだ。ザーザスが何をしようとしていたのかなど理解していない。ただ、これまでの戦いの経験からくる勘によって回避していた。


「避けるんじゃないわよ!」


ザーザスは手にした巨大なランスを捨てると、再度、真に向けて掌を突き出した。


「なにッ!?」


ザーザスの掌から巨大なランスが勢いよく突き出してきた。真はそれを咄嗟に避けるが、巨大すぎるランスは真の横腹を掠めていった。


その巨大なランスも、ザーザスは捨て去って、再度手を振りかぶった。


「やらせるか!」


突拍子もない攻撃だが、対応ができないわけではない。巨大なランス故、出し切るまでに時間がかかるのだ。僅かな時間なのだが、それは確実に隙となる。


「読めてるわよ」


ザーザスは振りかぶった右手からナタほどの大きさの刃物を出してきた。逆手に持った刃物を真に向けて振りかざす。


巨大な得物を見せれば、できる敵なら懐に飛び込んで来ようとする。それくらいのこと、ザーザスはお見通しだった。


ガキンッ! 真の大剣がザーザスの刃物を受け止めた。


ザーザスはすぐさま刃物を捨てると、空いている左手から大振りのダガーを出して真の顔目掛けて突き刺してきた。


「くっ……」


真はこれを上体を逸らすことで回避。だが、ザーザスは手を緩めることなく、空になった右手から、もう一つ大振りのナイフを出して攻撃をしてきた。


「ほらほらどうしたのよお嬢ちゃん! さっきまで勢いがないわよ!」


ザーザスは流れに乗って、次々と攻撃を繰り出してきた。左右に持った二つのナイフが、まるで独立した生き物のように、真に襲い掛かってくる。


(こいつ……戦闘特化の魔人か……)


人間離れした動きから繰り出される魔人の攻撃に、堪らず真が後ろに飛んで間合いから逃れる。


ザーザスはこの行動を見越していたかのように、ナイフを捨てると、両手を大きく振りかぶった。


そして、その両手を振り下ろす直前、大きなシミターを出現させて、真に斬りかかった。


これを真が大剣で受け止める。ずんっと重い感触が手に伝わる。


ザーザスはシミターを捨てると、もう一度両手を上に掲げた。


「これならどうかしらね」


ザーザスはすぐさま両手を振り下ろした。その直後出現したのは巨大な両手斧。到底人間が扱えるサイズの物ではない大きさ。それをザーザスは軽々と振り下ろしてきた。


「ぐっ……」


真は慌てて後ろに下がった。巨大な両手斧はさすがに受け止めきれない。


鈍重な武器は威力が大きいが、重さのせいで再攻撃に時間がかかってしまう。本来であればここからが反撃のチャンスなのだが、真は前に出なかった。


案の定、ザーザスは巨大な両手斧から手を離すと、真に向けて掌を翳した。そこから出てきたのはスピア。最初に見たランスほどの大きさはないが、細長いスピアが高速で射出される。


真は半身になってスピアの刺突を回避。


(来るって分かってなかったら避けられなかったな……)


普段通り反撃に転じていたら、間違いなく今のスピアに貫かれていただろう。しかし、ザーザスは如何せん、手札を見せすぎたのだ。ただ、ザーザスからしてみれば、ここまで手の内を見せる前に、もっと早く仕留めているつもりだったのかもしれない。


真はここで反撃に転じた。敵の手の内は大体把握できた。まだ隠し玉があるかもしれないが、要するに、ザーザスの間合いは変幻自在ということだ。だったら、常にザーザスの間合いであるという前提で戦うしかない。


どこにいても敵の間合いなら、真は自分の間合いに入ることだけに専念すればいい。


「生意気なことしてんじゃないわよ!」


踏み込んできた真に対して、ザーザスが掌をかざした。そこから射出されたのは、先ほどと同じスピア。細く鋭い刃の先端が、真の向けて放たれる。


真は低い体勢からそれを回避。さらに踏み込んでから袈裟斬りを放った。


<スラッシュ>


ガキンッ! 


ザーザスは両手に出現させた片手斧を交差させるようにして真の大剣を受け止めた。


「この状態だったら武器を離すことはできないよな!」


ザーザスの強味は、重量のある武器でも、瞬時に出現させることによって、振りかぶるまでの時間を短縮できるところにある。魔人の腕力はかなり強いものなのだろうが、重量の重いものとなると、持ち上げるための時間はかかってしまうのだ。


それは攻撃面での話。防御面ではどうか。確かに武器を瞬時に出現させることができることは、防御面でも優秀な能力だ。だが、攻撃時ほどの汎用性はない。


「くっ……この……!?」


「おい、オカマ野郎。一つ答えろ。イルミナは何をしようとしている?」


ギリギリと鍔迫り合いをしながら、真はザーザスに問いかけた。


「ハァッ! あんたみたいな小娘に私が教えてあげるとでも思ってるの? あんた頭の方はお花畑でも咲いてるんじゃないの?」


ザーザスは嫌味ったらしく答えた。


「そうか……。イルミナが関与していることは間違いないんだな。最低限それだけは確認しておきたかった。お前の頭がお花畑で助かったよ!」


ザーザスはイルミナが何をしようとしているのか教えないと言った。それはイルミナが裏にいることの証言でもある。もし、真が『イルミナが関与しているのか?』と聞いていた場合に同じ答えを返されると判断に迷うところだった。だから、真は一歩先に踏み込んで、『何をしようとしている?』と聞いた。


「なぁッ!? ぐぐ……っ、ほんと生意気な女ね! どうせ今まで馬鹿な男にチヤホヤされてたんでしょ! 言っておくけど、あんたはブスだからね! 別に綺麗でもなければ、可愛くもない、ただのブスなんだからね!」


ザーザスは真の罠にかかったことに対する苛立ちが頂点に達し、嫉妬からくる暴言が止まらない。真からしてみれば、この顔は好きではない。むしろ、不細工の方が良かったとさえ思う。真は強さに憧れを持ってる。だから、身体が大きく強面の男になりたかった。今の見た目は真の理想の真逆を行っている。


「言いたいことはそれだけか? もっと言っていいんだぞ!」


だから、ザーザスの嫉妬からくる暴言など真にはなんの効果もない。真はこのまま押し切って倒してしまおうと考えていた矢先――


シュンッ!


空を斬る繊細な音が聞こえてきた。その時にはもう遅かった。真の首を一筋の剣閃が通りすぎた後だった。



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