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黒の死人 Ⅲ

いつの間にか曇天からは雨が降り出し、幹線道路のアスファルトを冷たい雫が打っていた。


戦場となっている現実世界の幹線道路は、異様な光景に包まれていた。蠢くような大量のゾンビの群れと、それらを斬り裂く赤黒い髪のベルセルク。


ラウズから距離を離した真は再び漆黒鎧を纏った初老のゾンビ、帝国黒騎士団の長だった男、ゼールと相対していた。


シュンッ!!


ゼールが放った剣が空気を斬り裂き、真の首の皮一枚のところを掠めていく。


ゼールが使う剣は長剣であり、真の大剣ほど大きなものではないが、パラディンが使う片手剣と比べると大きい部類に入る剣だ。


そんな長物を使っているにも関わらず、空を斬る音はまるで細剣のように繊細で速い。今の攻撃にしても、真が一瞬でも反応が遅れていたら、首をやられていたところだ。


(こいつの剣は今までの敵とは全然違う……。まるで妥協がない……)


今まで真が戦った敵の中で、最高の戦闘技術を持っていたのは、アルター信教の上僧、ガドルだろう。変幻自在の攻撃に加えて、勝つためのならどんな手段でも選ばない、たとえ自分の命でも武器として使う戦いの狂信者。


ゼールの強さはガドルの対極にあった。剣のみで戦っている。ガドルのようにあらゆる手段を用いる多彩さや、不意打ちや虚をつく攻撃はしてこない。


ただ、真直ぐに剣を振ってくる。それだけのことなのだが、余計なものを一切そぎ落としたその技は、剣の極致にある。どこまでも単純であるがゆえに真も正面から受ける以外に手立てがない。


シュンッ!!


再びゼールの剣が空を斬る。狙いは先ほどと同じく真の首。それを真は寸前のところで状態を逸らして回避する。


ブンッ!


そこに別の黒騎士団のゾンビが剣を振り下ろしてきた。真は敵のど真ん中で戦っているため、ゼール以外のゾンビも次々と襲い掛かってくる。


真はその攻撃を半歩体をずらして回避すると、また別の黒騎士団のゾンビが剣を振りかざしてきた。この攻撃はゼールと同じく真の首を狙った攻撃。


だが、精度が段違いに低い。いや、実際には高精度の斬撃なのだが、ゼールの攻撃を受けていたせいで、真の基準が大きく上方に修正されていた。


真は頭を下げて、攻撃を回避すると同時、大剣を真横に大きく振った。


<ブレードストーム>


真は体ごと一回転させて周りのゾンビ達に向けて斬撃を放つ。真が放った斬撃の嵐は同心円状に広がって、その周囲をズタズタに引き裂いていく。


(……)


真はすぐさま周囲に目を向けた。今のブレードストームでかなりの数のゾンビを巻き込むことができた。真に攻撃を仕掛けてきた黒騎士団のゾンビも直撃を受けて倒れていく。


だが、ゼールの姿がどこにも見当たらない。


真は咄嗟に上を向いた。


キンッ!!!


(くっ……。だよな……)


ゼールは真のブレードストームを跳躍により回避し、落下を利用して剣を打ち付けてきた。それを真が何とか受け止める。金属同士がぶつかる綺麗な高音とは裏腹に、真の手に伝わる感触は巨大な鈍器がぶつかってきたかのように重い。


真はゼールの剣を押し返すと、いったん距離を取る。


(仕切り直しといきたいところだけど……)


ブンッ! ブンッ!


ブレードストームの効果範囲から逃れた黒騎士団のゾンビが真に群がって攻撃を仕掛けてきた。真はこれらの攻撃を冷静に見極めて回避すると、すぐさま反撃に転じてゾンビ達を撃退する。


真としてはゼールだけに集中したいところではあるが、如何せん敵の数が多いうえに完全に囲まれている。


しかも敵のゾンビは何度倒してもしばらくすると復活してしまう。ゾンビに噛まれてもゾンビにならないだけマシと言えばマシなのだろうが、戦いの終わりが見えない。


(黒騎士団も復活さえしなければ『ライオンハート』が勝って――!?)


ここで真はあることに気が付く。ヴァリア帝国の黒騎士団は大半がゾンビになっている。それは『ライオンハート』が黒騎士団を倒したからに他ならない。


――ッ!!


真の思案を遮るようにしてゼールの刺突が飛んできた。足音は全くなく、剣を放った音さえない。無音の剣技。


狙いは真の首。狙いが分かっていたとしても、速すぎるその剣技を回避するのは至難の技だ。それでも、真はゼールをしっかりと見て回避してみせた。


「なあ……、ゼールさん……。紫藤さんは強かっただろ?」


真の問いかけにゼールは答えない。無言のまま二撃目の剣を振ってくる。狙いはやはり真の首。これを真は体の位置を後ろにずらしてやり過ごした。


「生きてた頃のあんたはもっと強かったんだろうな……。それでも、紫藤さんはあんたに勝つことができたんだよな……。だから、あんたはゾンビになって今も戦ってる……」


ゼールは虚ろな目をしたまま、攻撃の手は緩めない。真の言葉は死人の耳には入らない。そんなことは真も分かっている。分かっているのだが、真は話を止めなかった。


「『ライオンハート』のマスターと帝国黒騎士団の団長の戦い……。見てみたかったよ……。どうだった? 楽しかったんじゃないのか?」


真は何となく、総志がゼールとの戦いを楽しいと感じていたのではないかと思った。真と同じベルセルクの総志。何度かミッションで一緒に戦ったことがあるから分かる。総志は真と同じ部類の人間だ。全然似ていないようでどこか似ているのだ。


「俺がこんなに楽しいって思ってるんだからさ。紫藤さんもゼールさんも楽しかったよな?」


ゼールは一歩踏み込んで袈裟斬りを放とうとしてきた。真はそれより一瞬だけ早く踏み込んだ。


<スラッシュ>


ほんの一瞬の差。先に踏み込んだ真がゼールを袈裟斬りにする。


<フラッシュブレード>


真は間髪入れずに横薙ぎの斬撃を放つ。まるで閃光が瞬いたような鋭い攻撃がゼールの体を斬り裂く。


「ゴァ……」


真の連撃を喰らったゼールは膝を付くと、そのまま前のめりで倒れた。


「…………」


真は無言のままゼールが倒れていく様を見た。結果として二撃で倒すことができたのだが、真からしてみれば、最初の一撃を入れるまでが果てしなく遠く感じられた。


(感傷に浸っている場合じゃない。早くネクロマンサーを見つけないと。時間が経過すればゼールが復活する!)


ここからが正念場。強敵であるゼールを倒したといっても相手は何度でも復活するゾンビだ。モタモタしていたら、復活したゼールとまた相対することになる。その前に何としてでもゾンビを生み出しているネクロマンサーを叩かないといけない。


「黒騎士団はネクロマンサーの護衛のはずだ。だったら近くに――ッ!?」


帝国黒騎士団は並みの集団ではなかった。ヴァリア帝国の中央連隊の切り札はこのゾンビ軍団だろう。だったら、その切り札の護衛を帝国黒騎士団が担っているはず。真はそう踏んで周囲を見渡した時だった。一つ異様な影を見つけた。


「あぁ、いたいた。ようやく見つけたわよぉ。ほんと、綺麗な顔しちゃってさぁ……。私の嫌いなタイプね!」


異様な影の方から声をかけてきた。オネエ口調が癪に障る不快な声だ。そいつは長身で軍服姿。顔には仮面舞踏会にでも出るのかというような派手な仮面を付け、その手には巨大なランスを縦にして持っている。


「ま、魔人……!? あの時の奴か!?」


真はその異様な姿に見覚えがあった。それは異界の扉を閉じるために、センシアル王城の玉座の間に行った時のことだ。


異界の扉を開いた主犯である、イルミナ・ワーロックの横にいた4人の魔人の内の1人。軍服に舞踏会に出るような仮面をした魔人の姿があったことを覚えていた。


「へぇ、あなた、私が魔人だっていうこと知ってるのね……。そういえばその顔どこかで見たことあるわね……。どこだったかしら?」


「センシアル王国の王城だ! 何しに出てきた!」


突然現れた魔人に、真は動揺しながらも情報を引き出すよう努める。


「ああ、そうそう、思い出したわぁ。あの時出てきた雑魚の内の一匹だったわね。ごめんないさいねぇ、私って雑魚に興味がないからいちいち覚えていないのよぉ」


「俺は何しに来たのかを聞いている!」


真は相手の挑発に乗るようなことはしなかった。できるだけ冷静になることを意識する。ただでさえ、異常な状況なのに、魔人まで現れたのだ。焦りやパニックは絶対に禁物だ。


「意外と落ち着いてるじゃないの。でも、それって、これが目に入っていないっていうことよね?」


魔人はどこか嘲笑気味に上を指さした。その指が示す方向。縦に構えた巨大なランスの上。そこにはランスに突き刺されたままの黒騎士団の死体があった。


「なッ!? ラ、ラウズ!?」


見上げた真の目に飛び込んできたのは、突きさされたままのラウズの死体だった。5メートルはあろうかという巨大なランスの先端に突き刺さったままのラウズは、魔人が現れた当初、位置が高すぎて真の視界の中に入っていなかったのだ。


「ええ、そうよ。っていうかさ、この子の名前ラウズっていうのね。初めて知ったわ」


「てめぇ……味方じゃないのかよ……!?」


ゾンビ達の群れの中から出てきたとうことは当然、魔人はゾンビ側についているということだろう。戦っている様子もない。


「ええ、私はこの子の味方よ。でもね、この子がさぁ、勝手に帰ろうとしたのよね……。それってさ、いけないことだと思わない?」


「…………」


真は何も答えなかった。魔人に対して憤慨するところではあるが、あからさまに挑発してきている。それに乗るのは愚策でしかない。


「あら? だんまり? つまらなわね」


魔人は面白くなさそうに溜息をついた。


「…………」


真は返事をしないまま、周りを見渡していた。ゾンビ達は静かに武器を構えているだけ。魔人が現れてから、真に対して攻撃を仕掛けてこなくなっている。ということは……。


(こいつの出現はゲームのイベントっていうことか……)


ゲームによって浸食された世界のNPCは、演出として敵との会話イベントがある時には邪魔をしてこない。逆に現実世界の人間も、ゲームのイベントであれば、邪魔をすることができなくなる。


「まだ黙ったままなのね……。せっかくお土産にあなたと気持ちを通わせたラウズちゃんだっけ? を持って来てあげたっていうのに……。冷たい子ねあんたって」


ギリッ……。真の歯噛みする音がした。挑発に乗ってはいけないことは分かっているのだが、我慢にも限界がある。


(敵同士で殺し合いはできないシステムのはずだ……。なのにこいつはラウズを殺しやがった……。これもイベントっていうことか……? ラウズは俺が倒さなかったから、魔人に殺されたっていうのか……? 絶対に死ぬことが決まっていたっていうのか……?)


ゲーム化した世界では原則として味方同士が同士討ちすることはできない。たとえ、見た目上で攻撃が当たっていたとしても、味方の攻撃は攻撃として判定されないのだ。


だが、この魔人は味方であるはずのラウズを殺している。すなわち、魔人がラウズを殺してプレイヤーの前に持ってくるというイベントが確約されていたということなのだ。真が『生きて帰れ』と言ったことも、ゲーム側からしたら想定していた言葉ということになる。


「クソオカマ野郎が……!」


挑発に乗るつもりなどなかったのだが、ラウズが死ぬと確定していたことに気が付いた真は思わず声が出てしまっていた。


「オ、オカマ……!? オカマ!? オカマ野郎ですってッ!? 私に向かってそんな汚い言葉を使うなんて! なんて野蛮な小娘なのかしら! こんな失礼な小娘なんだったら、もう優しくしてあげる必要なんてないわね! 私にそんな汚い言葉を使ったことを後悔させてあげるわ!」


真の一言にキレた魔人は巨大なランスを下に下げると、ラウズの死体をアスファルトの地面に放り出した。


「クオールお願い!」


魔人は苛立ちながらも後方に向けて声をかけた。


(クオール……!?)


魔人が言った『クオール』とう単語。真はその単語に聞きおぼえがあった。何カ月か前に聞いたことがある単語だ。たしか、それは名前だったと記憶している。


「騒がしいぞ、ザーザス! 癇に障る声を上げるな!」


ゾンビの群れの中からクオールと呼ばれた者が現れた。着ているのは法衣。顔は真っ白の仮面をつけている。目も鼻も口も何もない、まっ平らな白い仮面だ。


「クオール!? あの時の魔人がもう一人だと!?」


真は驚愕していた。クオールは異界の扉を開いたイルミナ・ワーロックと一緒にいた魔人の一人だ。ただでさえ厄介な上級魔人が同時に二人も現れた。


「むっ……。貴様あの時の小娘か! まだ生きていたとはな、しぶとい奴だ。まあいいだろう。あの時のイルミナ様への非礼をここで贖ってもらおうか!」


クオールはそういうと、アスファルトに横たわるラウズの死体に向けて掌を翳した。すると、たちまちのうちにラウズの死体を中心とした魔法陣が出現した。


「なッ!? まさか、こいつがッ!?」


真はさらに驚愕することになる。ラウズの死体を囲んでいる魔法陣がどす黒い光を放つと、死んでいたはずのラウズがゆっくりと起き上がりだした。


「さあ、小娘よ。堪能させてやろう。この死霊王クオールの秘術をな!」



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