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満月の夜

        1



休憩を終えて、再び真達4人は鍾乳洞の中を歩き出した。休憩時間は十分とは言えないが、長居していても仕方がない。鍾乳洞を出て、より安全に休める場所で体を休めた方がいい。


道中では巨大ゲジゲジやマッドマンとも遭遇したが、問題になるようなこともなく順調に倒しながら帰路を進んでいった。特にマッドマンとの戦闘は一方的なものだった。遠距離攻撃を主体とするスナイパーとソーサラーによって動きの鈍いマッドマンは完全に封殺されていた。


美月も『ライト』という遠距離攻撃スキルがあるが、本職の遠距離アタッカーであるスナイパーとソーサラーにはまるで及ばない。まだアンデットが相手であれば、対アンデット特効が付いている『ライト』は攻撃スキルとしては優秀であるが、それでも、本職と同等かそれ以下のレベルである。


真は終始、止めを刺す役に徹していた。最初から真が攻撃をすればこの辺りのモンスターは一撃で葬れる。翼を何とか誤魔化したところなので、それはまずいため、遠距離攻撃でボロボロになったところに真が最後の一撃を入れるという演出をしていた。はっきり言って面倒くさい。


「この上が出口だ」


鍾乳洞の入口であるエスカレーターがあるところまで戻ってきて、指を指し案内する。


「やっと出口かぁ~、疲れた~」


翼の口から自然と疲労の声が漏れてきた。巨大ムカデに追いかけまわされる前からも鍾乳洞で狩りをしている。そして、その後も鍾乳洞の中を歩き続けてようやく地上に出るところまできた。疲れていて当然だろう。


「お疲れさま。今日は大変だったね」


翼の隣で美月が労いの言葉をかける。美月としても巨大ゲジゲジに精神をすり減らされているため、疲労はあったが、翼ほどではない。


「はい……ほんと、大変でした……」


そして、一番疲労している彩音が泣きそな声を出していた。肉体的にも精神的にも消耗しきっている。最後の力を振り絞って目の前の動かないエスカレーターの階段を上って行った。


デパートの一階に戻ってくると外はすでに日が傾いていた。朝から空を覆っていたどんよりとした雲はどこかに消えて、ビルとビルの間を縫うようにして赤い夕陽が南の窓から差し込んでいる。


「あ、デパートの中に出るんだね」


翼が少し驚いた表情で声を出してきた。


「翼たちはどこから入ってきたんだ?」


鍾乳洞の入口は少なくとも二カ所あることは分かっているため、真が質問をした。


「私たちは家電量販店の中から来たのよ」


「雲行きが怪しくなってきたので、早めに休憩をしようってことになったんです。そしたら、地下に続く階段が鍾乳洞の入口になってて……」


翼の話に彩音が説明を付け足していた。最後の方は言葉を濁しているように思えたため、真がそこに続いた。


「翼が迷わず入って行ったってとこか」


「はい……」


「えっ!? よく分かったわね?」


翼の行動を見てもいない真に正確に当てられて不思議そうな顔で声を上げた。


「分かるわ!」


「真も大して変わらないじゃない……」


真が突っ込んでいるところに美月が突っ込む。翼ほどではないだろうが、真も鍾乳洞を見つけた時には入る気満々でいた。


「俺はちゃんと美月に相談してから入ってたよ!」


翼と同じ扱いを受けたことに釈然としない真が抗議の声を上げる。まあ、言われてみれば美月に相談する以前に鍾乳洞の中に入ることを決めていたのは事実だが、一応美月とも相談という形を取っていたとは思う。


「そういうことになるのかしらね?」


「その話はいいだろ! とにかく、戻って来れたんだ。今日はもう日も暮れてきてるからここで休んでいこう」


美月の話にバツを悪くした真が話を変える。日も暮れているため夜を過ごす場所を決めることは必要なことなので、都合が悪い話をそらしたわけではないと言い聞かせる。


「そうですね。デパートですから、休憩所とか待合室があると思うので、今日はそこで休みましょう」


「それ、賛成ー!」


彩音の言葉に翼が元気よく返事をする。鍾乳洞の中のようなごつごつとした地面ではなく、クッションのある椅子に座れることが嬉しかった。もしかしたらソファーもあるかもしれない。


「こっちにフロアの見取り図があるわよ。えっと……あ、向こうに休憩所があるみたい」


エスカレーターの横に掲示されているフロアの見取り図を美月が発見し、休憩所を見つける。


「よし、まだ陽の光があるうちに移動だけしてしまおう」


真が皆に提案した。デパートはもう電気が来ていないため、夜になると完全に真っ暗になる。そうなると休憩所にたどり着くことも困難になるため、夕日が差し込んでいる間に移動してしまった方が良い。今の状況でも光源が傾いた陽の光しかないため、暗いところがあるが、それでも完全な闇夜よりは幾分マシである。



       2



時刻は夜半過ぎ。電気の無くなった街を照らすのは月の光しかない。それでも、今日は満月であるため闇に慣れた目にはそこそこの光量があった。


デパートの休憩所は出入り口のすぐ近くに設置されており、休憩所にある大きな窓ガラスから満月の光が差し込んでいた。


真は何となしに目が覚めていた。翼と彩音は規則正しい寝息を立てている。よほど疲れていたのだろう、まるで起きる気配がない。だが、美月の姿が見当たらなかった。


一人でこんな夜中にどこかに行くことはないだろうとは思いながらも、辺りを見渡して美月の姿を探す。すると、休憩所を出たところに人影があるのが見えた。薄くぼんやりとした影。


寝ている翼と彩音を起こさないようにして真が立ち上がり、休憩所から出ると、デパートの出入り口のところで美月が座っているのが見えた。


「眠れないのか?」


真が膝を抱えて座っている美月に声をかけた。


「あっ、うん、ちょっとね。考え事をしてたら眠れなくなって……」


少し苦い笑顔で美月が返事をしてきた。


「考え事って?」


あまりいい顔でない美月にちょっとだけ不安を感じた真が聞いてみた。


「うん……。真もさ、同じこと考えてるかもしれないけどね……いつまでこんな生活が続くんだろうって……。私ね、早くこんな世界を元に戻したいって思って、マール村のミッションにも参加したんだけどね。でも、まだ世界は元に戻ってなくて……。家族もどこに行ったのか分からなくて……。今日も生活費を稼ぐために鍾乳洞の中に行ったけど、本当にやらないといけないことはそんなことじゃなくて、でも、何をしたらいいか分からなくて……」


「考えてたら眠れなくなった」


「うん……。真はさ、どうしたらいいと思う?」


「……どうしたらいいかって言われても、たぶんだけど、与えられたことをやっていくしかないんじゃないかな。また、バージョンアップでミッションが出されるかもしれない。そしたら、そのミッションをやっていくしかないんだと思う……」


「そうしたら、家族に会えるのかな?」


「……分からない。ただ、他に手がかりになりそうなものはないよ」


「そう……だよね。私はさ、一人っ子で、兄弟はいないんだけど、お父さんとお母さんのことが心配で、お父さんとお母さんは私のことを心配してると思うし……おばあちゃんは入院中だけど、どうなったんだろうって考えると不安で、でも、病院の中に人はいないし……」


ゲームが世界を浸食し始めてからもう3カ月近くになる。少しずつではあるが、この世界の生活にも慣れてきたところだが、依然として離れ離れになった人達に会う方法が分からない。その中で不思議なのが入院患者や重度障害者、高い要介護認定を受けている高齢者に乳幼児の存在。そういった人々をこの世界で見たことがない。比較的元気な老人は見かけるし、ゲーム化の影響で体力を持っているため生活することができている。子供にしてもある程度の大きさに育った子供は見かけるが、自立して生活することができない人を見かけることはなかった。


「今は、この世界で生きることを考える他ないよ……」


「でも、そんなこと言ったって家族がどうなったのか分からないままじゃない! 真だって家族とか友達のこととか心配だからミッションをやったんでしょ?」


美月にしては珍しく口調が荒くなっている。マール村のミッションは真が一人で達成したのだと美月は確信を持っていた。真がはぐらかしていたので、そのことについて言及しなかったが、焦りからくる苛立ちのせいだろう、思わず口にしてしまう。


「俺は……」


真の言葉が止まった。真が中学の時に父母が離婚して以来、母と二人で生活をしてきた。高校は中退し、ずっとゲームをして生活をしていた。そのことについて母親は何も言わなかった。それ以外のことについても母と話すことはほとんどなかった。だから、美月に家族のために危険を冒してまでミッションをやったのだろうと言われて言葉が詰まった。母親のことを憎んでいるわけではない。だが、何も言わない母に対して自分はどうしたいのだろうか。


「ごめん……。真だって、不安だよね……」


そう言って美月が抱えて座っている膝の間に顔を埋めた。自分の苛立ちで真に当たったことに自己嫌悪する。


「いや、いいんだ……。俺は母親と二人暮らしで、中学校の時に両親が離婚したんだけど……。母親はなんていうか、何でもできる人なんだ。それこそ、親父なんて必要ないくらいに、自分一人で立っていられる人で……。だから、心配ないってことはないんだろうけど、俺よりよっぽどしっかりしてる」


真の中には蟠りのようにもやもやとしたものがある。それは母親に対する感情なのかどうかは分からない。自分がマール村のミッションをやったのも母親のことを考えてのことかどうかは何とも言えない。ただ、あの時は美月のことも考えて行動した。美月はこれからもミッションがあればやろうとするだろう。それは美月だけではなく、他の人も同じ思いを持っているからこそ、危険だと分かっていてもミッションをやったのだ。なら、自分はこれからどうするのだろうか……。


「それでも、心配だよね……。ごめんね、私のことばっかり言っちゃって……」


「いいよ……気にしなくて大丈夫だ。それより、もう寝よう。このまま朝まで起きてるつもりじゃないだろ?」


「うん……。真……」


「なんだ?」


「ありがとう……話を聞いてくれて」


「ああ、お安い御用だ」


満月の光が照らす夜の街。本来ならばこの時間でもビルには電飾の明かりが灯されて、満月の光など目もくれなかっただろう。今は、無機質なコンクリートのビルが満月の光に照らされている。





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