義勇軍 Ⅳ
ヴァリア帝国第二連隊を撃破したセンシアル王国騎士団は、自陣で隊列を整えると、隊長格の騎士が大声で勝鬨を上げ、盛大にラッパを吹きならした。
それに呼応するようにして、整列している騎士たちも武器を掲げ、大声を張り上げる。
そして、士気を高めた騎士団達は、設営した陣地はすべて放置したままに移動を開始した。
その後に続くようにしてい、千尋が率いる義勇軍も移動を開始する。目的はヴァリア帝国の中央主力部隊と戦っている『ライオンハート』とセンシアル王国騎士団の応援。
義勇軍の活躍もあって、ヴァリア帝国軍の左翼である第二連隊を素早く撃破できたことで、センシアル王国側はかなり有利な立場に立つことができている。
ヴァリア帝国軍の中央主力がどれくらいの力を持っているのかは分からないにしても、センシアル王国とヴァリア帝国はほぼ互角の戦力であるという前情報から推測すると、ヴァリア帝国第二連隊をほとんど無傷で壊滅させたことは非常に大きい。
とは言っても、悠長にしてもいられない。中央で戦っているセンシアル王国側が突破されてしまえば、形勢逆転なんていうこともあり得るからだ。
そのため、機動力に優れるセンシアル王国騎士団の騎馬兵が先行して応援に向かい、歩兵は走ってその後を追うこととなった。
義勇軍の先頭を走る千尋も、早く『ライオンハート』の応援に駆け付けたいという思いから、その足取りは心なしか速くなっていた。
(雨が降りそうだな……)
千尋が逸る気持ちを抑えながら空を見た。少し前から嫌な雲が出てきているとは思っていたが、ここに来て本格的に雨が降りそうな気配がしてきた。
空は部厚雲に覆われている。そのため、太陽の位置が分からない。体内時計では日が傾きだした頃だろうか。移動を開始してから数時間。目の前には現実世界のビル群が見えてきた。
「もうすぐ戦場に着くぞ! さっきのように楽な戦いにはならないはずだ。気を引き締めておけよ!」
千尋が大きく声を上げた。『ライオンハート』が担当するする戦場は現実世界の幹線道路がある地域。大きな道路とその両脇に立つビルが見えてきたということは、もうすぐ戦場に着くということだ。
先行しているセンシアル王国騎士団の騎馬兵たちはすでに戦場に到着しているだろう。そんなタイミングだった。
【メッセージが届きました】
義勇軍全員の脳内に声が響いた。
「止まれー!」
再び先頭の千尋が声を張り上げる。千尋の目の前にはレターのアイコンが浮かんでいた。先ほど、ヴァリア帝国第二連隊を倒した際にも同じようにメッセージが届いた。そのことを考えると、『ライオンハート』か『王龍』の方で戦いが決したということなのだろう。
(さすがにヴァリア帝国軍の中央主力を撃破するには早すぎるだろうな。時間的に考えて『王龍』の方か?)
『王龍』の方が片付いたのであれば、中央の応援に来るだろう。そうなればさらに戦況は有利になる。千尋は『王龍』の動きも含めて考えながらも、目の前に浮かぶレターのアイコンに手を添えた。
【ヴァリア帝国中央連隊がセンシアル王国軍を撃破しました】
「なッ!?」
想定外の内容に千尋が絶句してしまう。背筋に冷たい汗が流れる。思考が上手く回らない。
「千尋さん……」
「あっ……」
小林に声をかけられて、千尋がふと我に返った。青白い顔で回りを見渡してみると、メッセージを確認した者から動揺の声が聞こえてきた。
「まずは状況を整理しましょう……。今はここで待機した方がいいかと……」
小林が静かな声で言った。小林も動揺がないわけではない。信じられないような内容のメッセージにどうしていいか分からないでいる。だが、ここで取り乱してはかなり危険なことになりそうな予感があった。
「あ……、ああ、そうだな……。『フレンドシップ』のメンバーは義勇軍全体に待機の指示を出しに行ってくれ。それと、『フォーチュンキャット』のメンバーをここに連れてきてくれ」
千尋は近くにいた『フレンドシップ』のメンバーに指示を出した。これから義勇軍としてどう動くべきか。それを考えないといけない。
『フレンドシップ』のメンバーは千尋の指示に対してすぐに動いてくれた。そして、『フォーチュンキャット』のメンバーもすぐに見つかった。真が主戦力であることから、義勇軍の先頭集団にいたということが、すぐに見つかった要因だ。
「蒼井真……。急に呼び出してすまない……。もうメッセージは確認しているな?」
千尋らしからぬ弱気な声をしている。何とか落ち着きを取り戻してはいるが、やはり動揺は隠しきれていない。
「ああ、確認している……」
暗い表情で真が返事をした。
「率直な意見を聞かせてくれ……。このメッセージを見てどう考える?」
「……書いてある通りだと思う……。ヴァリア帝国軍の中央主力がセンシアル王国騎士団を倒した……。義勇軍として参加している『ライオンハート』の部隊も……」
苦し気な声で真が答える。真達がヴァリア帝国第二連隊を撃破した時のことを思い出す。ついさっきのことだ。敵は全滅していた。ということは、逆もまた然り。
「『ライオンハート』には、紫藤総志がいるのだぞ!? それがこの短時間で突破されたというのか!? あり得るのかそんなことが? センシアルとヴァリアの戦力は互角なのだぞ。だったら、『ライオンハート』がいるセンシアルの方が断然有利になるはずだろう?」
まくし立てるようにして千尋が言葉を並べる。
「千尋さん……」
小林が優しく声をかけた。
「すまない……。取り乱してしまったようだ……」
千尋が冷静さを取り戻すと、真に対して頭を垂れる。
「いや……いいんだ……」
真も千尋の心中は分かる。同じゴ・ダ砂漠の出身で、自分たちの英雄でもある『ライオンハート』が敗れたという知らせを聞いたのだから、取り乱してもおかしくはない。
「蒼井真……。もう一つ考えを聞かせてほしい。ヴァリア帝国中央連隊……。どれくらいの戦力があると思う?」
「それは俺も気になってた……。千尋さんが言ったように、センシアルとヴァリアの戦力は互角なんだ。それなら、義勇軍として『ライオンハート』が参加しているセンシアル側が有利になるはず。それなのに負けた。しかも、『王龍』側はまだ決着がついていない時間でだ。お互い中央に主力を集めているんだから、戦闘時間も一番長くなるはずなんだ……」
「ということは……」
ここで千尋も結論が出ていた。
「敵の中にイレギュラーがいる……」
真が口にした言葉は千尋が思っていた通りのものだった。
「そうなるよね……。僕たちが敵にやったことと同じことを、敵は中央で仕掛けてきたっていうことか……」
小林が苦い口調で言った。真がヴァリア帝国第二連隊に大きな風穴を開けたのと同じように、ヴァリア帝国軍も想定外の“何か”を中央に投入していたのだ。
「くそっ……。足元をすくわれたとはこのことだな……。いや、こちら側の怠慢と言った方が正確か……。蒼井真がいることの有利性ばかりに目が行ってしまっていた……」
自分たちの失態に千尋が歯噛みする。蒼井真という敵が予見できない戦力を投入する奇襲。センシアルとヴァリアが互角だと分かっているのだから、こちら側ができるということは、敵も同様の奇襲を仕掛けてくる可能性があると考えておかなくてはならなかったのだ。
「問題はその“イレギュラー”なんだけど……。蒼井君は何だと思う?」
今度は小林が質問をしてきた。小林も真が出した結論と同じ答えを出していたが、肝心の“イレギュラー”が何なのか見当がつかない。
「それは俺も分からない……。ただ、単純な数の差ではないと思う。センシアルとヴァリアの戦力は互角だ。俺たちが戦った第二連隊っていうのも、センシアル王国騎士団と同じような数だったわけだし、『王龍』側がまだ終わっていないということを考えると、ヴァリアが中央連隊に戦力を一極集中させていることもないだろう」
「それじゃあ、特別有能な軍師がいるか、若しくは少数精鋭の強力な部隊とかがあるっていうことかな?」
「情報がなさ過ぎて分からないけど……。多分、そのどちらかだと思う。他に考えられるとしたら、強力な兵器を中央に持たせてるっていうことくらいか……」
「強力な兵器か……。センシアルとヴァリアが同等の国力なら、戦局を圧倒できるほどの差を持つ兵器っていうのはどうなんだろか……?」
「それは、まぁ……、可能性の話だから……」
小林の疑問は真も理解できるところがある。自分で『強力な兵器』と言ったものの、国力が互角なら、技術力も互角のはず。センシアル王国とヴァリア帝国の軍事技術は同等と考える方が自然だ。
「それともう一つ。敵の残存勢力だけど。僕はまだかなりの数が残ってると思うんだけど、どうかな?」
小林は、さらに別の質問をした。
「俺もそう思う。一番の激戦区なのに、『王龍』側よりも早く戦闘が終わってる……。ヴァリア帝国側にはかなりの戦力が残っていると見ていいと思う……」
苦虫を噛み潰したような表情で真が答えた。真達はヴァリア帝国第二連隊を圧倒したからこそ、短時間で戦闘が終わった。それに次いで、早く戦闘を終わらせたヴァリア帝国中央連隊。それはヴァリア帝国中央連隊がかなり有利に戦闘を進めたということに他ならない。
「千尋さん……。僕の考えを言っていいですか……?」
小林が改まって千尋に声をかけた。その顔を見るにかなり苦しそうだということが分かる。そして、それ以上に真剣であるということも。
「ああ、構わない。言ってくれ」
「撤退しましょう」
「なっ……何を言っているんだッ!?」
思いもよらない小林の提言に、千尋は言っていることの意味が一瞬理解できなかった。
「撤退しましょう! 敵はかなり危険です。このまま僕たちが行っても無駄に犠牲を出すだけです! 一度退いて敵の情報を探りましょう。でないと作戦が立てられません!」
「馬鹿なことを言うな! 『ライオンハート』はどうなる? 今から救助に行けば間に合うかもしれないのだぞ!」
敵が危険なのは千尋も重々理解している。だが、『ライオンハート』の安否が心配だ。このまま自分達の安全を優先して帰るなどできるわけがなかった。
「『ライオンハート』はもう全滅しているかもしれないんですよ? それなのに行くんですか? 何人の犠牲が出るか分かってるんですか?」
千尋が反対することは小林も分かっていたことだ。だが、自分の意見を曲げるわけにはいかない。敵の戦力が未知数なのだ。そこに突っ込んでいくのはあまりにも危険すぎる。
「な、なんだと!? 『ライオンハート』が全滅するわけがないだろう! あの紫藤総志がいるのだぞ! 絶対に生き残って救助を待っているはずだ!」
「その根拠がないから言っているんですよ!」
「メッセージには『センシアル王国騎士団が撃破された』としか書いていないだろう! 『ライオンハート』が全滅したとは書いてないぞ!」
「生き残りがいる可能性は否定しませんが、少なくとも、『ライオンハート』も負けたから、センシアル王国騎士団が撃破されたんですよ! 千尋さんが紫藤さんのことを信頼していることは僕もよく分かっています。ですが、この状況を考えてください! 僕たちの義勇軍は“その他の同盟”なんですよ! 『ライオンハート』を倒した相手に戦えますか?」
「あお――そ、それでも……」
千尋は『蒼井真がいるだろう』と言いそうになった。だが、逆に言えば、『ライオンハート』を倒したような敵と戦えるのも真しかいない。
「蒼井君のことを考えてましたよね? そうです。蒼井君しかいないんです。他の人は全員死ぬ可能性があるんですよ!」
小林は千尋が考えていることを見透かしていた。真なら何の問題はなく戦える。しかし、真はベルセルクだ。敵を倒すことは得意でも、守れる人はそれほど多くはない。そうなるとどれだけの犠牲が出るか分からない。
「…………」
千尋は睨みつけるようにして小林を見る。小林は一歩も退かずに千尋の目を見返している。
「だったら、俺一人だけで行けばいいんじゃないのか?」
そこにポツリと真が言った。男性にしては高い真の声は、緊迫した空気の中では小鳥の囀りのように聞こえただろう。