義勇軍 Ⅱ
目まぐるしく変化する戦場の流れ。ヴァリア帝国軍が危険を冒してでも河川を渡ろうとしてくることに対して、センシアル王国騎士団もいち早く対応。いくら、橋の上を占有した方が有利と言えども、数の力で河川を渡られてしまえば挟み撃ちにされてしまう。
「戦線は維持しろー!」
「川を渡ってくる敵は仲間に任せろ!」
「こちらが有利だ! 我々は我々の役割を果たせ!」
橋の上でヴァリア帝国軍を食い止めているセンシアル王国の騎士団達が叫びを上げた。敵の動きは最前線の騎士団も把握している。仲間の騎士達を信じて自分たちの役割を全うするため全力を尽くする。
「かなり動きやすくなったな」
そんな騎士団の動きを見ながら真が辺りを見渡した。先ほどまでは橋の上はNPC達が密集していて、団子状態だったが、多くが河川の方へ移動したため、最前線まで行けるようになっていた。
「さてと、俺も自分の役割を果たすとするか」
真が最前線に目をやる。橋の上はかなりバラけたとはいえ、最前線は戦線を維持しているわけだから、NPC達が壁のようになっており、そこを抜ける隙間は見当たらない。
「うおおおおーーー!」
だが、真はお構いなしに走りだした。NPC達の壁に向かって一直線に駆けていく。
<ソードディストラクション>
最前線で戦っている騎士団達にぶつかるかという手前、真はスキルを発動させた。飛び上がり、体ごと斜めに一回転するようにして大剣を振る。そこから発せられるのは激烈な衝撃波。
まるで破壊という事象そのものが顕現したかのような衝撃は、橋の上の空間もろとも震撼させるほどだ。
「ぐああああーーーー!!」
「ぎゃああああーーー!!」
「がはっーー!?」
ベルセルクが持つ最強の範囲攻撃スキル、ソードディストラクション。それをまともに喰らったヴァリア帝国軍が断末魔の悲鳴を上げて吹き飛ばされていく。
ソードディストラクションが発動すると大きく跳躍するモーションがある。これはスキル発動と同時に自動的に体が動く仕様になになっているのだが、人を飛び越えられるほど跳躍できるかというと、それは微妙なところ。
「うあッ!?」
案の定、真の着地点にいた騎士団の一人にぶつかってしまう。
「ぐわっ!? な、なんだ!? ハッ……き、貴様ァ! 何をしている!」
延髄辺りから真のボディープレスを食らった一人の騎士団員が声を荒げた。いきなり発生した強烈な衝撃波とぶつかってきたベルセルク。何がどうなっているのか状況が把握できないでいた。
「あ、悪い」
真は一言だけ謝ると、すぐに立ち上がって前を向いた。目の前はソードディストラクションの範囲分だけ綺麗に敵がいなくなっていた。
真のスキルはゲームのものであるため、味方であるセンシアル王国騎士団には効果を及ぼさない。真の範囲攻撃の中にいたとしても、敵ではないため攻撃を受けたという判定はされないのである。
「これで、前に出れるな!」
真の一撃で最前線に壁として立ちはだかっていたヴァリア帝国軍に風穴どころか、大穴を開けることができた。
またNPCが殺到して壁になる前に真はアスファルトを強く蹴って飛び出した。
「怯むな! 押し返せ!」
「おおおおーー!!!」
ヴァリア帝国軍も何をされたのか理解していないが、戦い慣れているのだろう。パニックになることなく、崩れた戦線を立て直すために新たな兵力を投入してきた。
現実世界の橋の上という限られた空間に敵が押し寄せて来る。それは真にとっては好都合。
<イラプションブレイク>
武器を翳して突っ込んでくる敵の集団に対して、真はタイミングを合わせてスキルを発動させた。
真は跳躍し、落下の勢いをつけて大剣をアスファルトに叩きつけると、地面が割れ、ひびが四方八方に広がる。
次の瞬間、地面のひび割れから紅蓮の炎が溢れ出した。
「「「うあああああーーーー!!」」」
まるで大地の怒りが爆発したような激しい炎の噴出に、ヴァリア帝国軍は次々に飲み込まれていく。
ここは橋の上。イラプションブレイクの発動によってひびが入ったが、橋が崩れるようなことはなく、そのひび割れもすぐに消えてなくなる。いかに強力なスキルとはいえ、ゲーム上のスキル。現実世界に影響を与えることはない。
「何事だ!? 何が起きている!?」
ヴァリア帝国軍の方から困惑した声が聞こえてきた。突然戦線が崩れたたと思ったら、増援も一瞬のうちに蹴散らされた。一体何が戦場を動かしているのか。
「わ、分かりません!」
若い兵士が狼狽えた声を出している。目の前で起きたことは、空間を震撼させるほどの衝撃と巻き上がる紅蓮の炎。理解できるのはそれだけ。何がこの現象を引き起こしているのか全く想像もできなかった。
(今のうちに!)
真は今が好機と見ていた。続けざまに放った強烈な範囲スキルによって、さすがのヴァリア帝国軍も混乱している様子が見て取れた。
そこに真が単騎特攻する。
「うおおおーーーー!」
<レイジングストライク>
真は一人の兵士に狙いを定めてスキルを発動させた。レイジングストライクは離れた位置にいる敵に対して、一気に距離を詰めることができるスキルだ。
猛禽類が獲物に襲い掛かるような強襲で真が兵士に肉薄して斬りつける。その一撃を食らった兵士はそのままアスファルトの上に倒れこんだ。
「な、なんだ……こいつは!?」
ヴァリア帝国軍内に動揺が走った。突っ込んできたのはセンシアル王国騎士団ではなく、一介のベルセルク。しかも一人だけ。
「何をしている! ベルセルク一人くらい早く片付けろ!」
ヴァリア帝国軍の一人が怒鳴り声をあげた。装備からするに隊長だろう。普段ならこんな単騎特攻してくる馬鹿はすぐに始末されて終わりなのだが、異常な事態にヴァリア帝国の兵士達は動くことができずにいた。
「は、は――」
<ブレードストーム>
ヴァリア帝国兵士が『はい』と返事しようとした時、真は範囲攻撃スキルを発動させた。体ごと一回転させて、大剣を振る。
「ぐがーーーーーー!?」
真が放ったスキルにより、解放された斬撃が嵐のようにまき散らされた。同心円状に広がった斬撃がヴァリア帝国兵をずたずたに斬り裂いていく。
ブレードストームはベルセルクが持つ範囲攻撃スキルの中では一番効果範囲が広い。その反面、攻撃力が落ちるというデメリットもあるのだが、最強装備をしたレベル100のベルセルクが放ったとなれば話は別。敵のど真ん中で放ったブレードストームは、橋の上にいるヴァリア帝国軍を一気に瓦解させていった。
「ば、ばばば、化け物だー!?」
橋の戦線を崩壊させた原因が何であるのか。ここでようやくヴァリア帝国軍は気が付くことになった。それはたった一人のベルセルクの仕業だったことに。
「あ、あり得ない……」
ヴァリア帝国軍内に戦慄が走る。およそまともな結論ではない。たった一人のベルセルクが自軍の戦線を崩壊させたのだ。しかも、そのベルセルクはどう見ても未成年。恐ろしい程綺麗な顔をした少女だったのだ。
そこに迫りくるのはセンシアル王国騎士団。真が切り開いた敵陣に遅れを取るまいと突っ込んできている。ヴァリア帝国軍が本来想定していた敵だ。
「突撃―! 敵を殲滅しろー!」
センシアル王国騎士団の斬り込み隊長が雄叫びのような声を上げながら突進してきた。
「おおおおおおーーーー!!」
「蹴散らせーーーー!!」
「勝利を我ら騎士団の元にー!」
士気が高まった騎士団たちが怒涛の如く突撃していく。形成は完全にセンシアル王国側に向いている。もはやヴァリア帝国軍が橋の上をどうにかできる状況にはなかった。
「戦えー! 命ある限り戦えー! 撤退は許可されていない! 戦えー!」
この状態でもヴァリア帝国軍は退かなかった。完全に負け戦だと分かっているはずなのだが、武器を取り、眼前のセンシアル王国騎士団へと向かていく。
橋の上に残っているヴァリア帝国軍の中には重装備の歩兵はいない。前線に立って敵の攻撃を受け止める兵士は、全て真の攻撃を受けてしまったからだ。
残されたのは弓兵と魔道兵、それに支援兵。後方からの攻撃と援護を得意とする者達だ。その本領を発揮するためには前線を維持してくれる重装備の歩兵が必要不可欠。
対するセンシアル王国騎士団は万全の状態。まるで被害を受けていない。
「逃げるなー! 逃げた者は家族もろとも死罪となることを忘れるな!」
この状態でも撤退しようとしないヴァリア帝国軍の隊長が叫んだ。その声は剣戟の音に交じりながらも、真の耳へと届いていた。
「なっ……なんだよ、それ……」
敵が叫んだ言葉に真が憤りを感じていた。ヴァリア帝国軍がなぜ撤退しないのか。その理由が分かった。死ぬと分かっていても家族のためには死ぬしか選択しがないということが。
敵は不当な侵攻をしてきている。それに対して正当な防衛をする。理屈では真が正しいことをしていることは分かっているのだが、余りにも理不尽な敵の事情に複雑な思いがあった。