義勇軍 Ⅰ
12日前に届いたメッセージから計算すると、今日がヴァリア帝国からの侵攻が開始される日だ。朝からの天気は晴れているが、西の空には嫌な雲が出ている。午後には天候が変わるかもしれない。
戦場となるのは河川を挟んだ地域。大きな河川には鉄とコンクリートで固められた現実世界の大橋が架かっている。センシアル王国軍と義勇軍はその大橋の前に陣取って、対岸からくるヴァリア帝国の侵攻を待っていた。
センシアル王国騎士団も義勇軍もすでに整列している状態。センシアル王国騎士団が前に出ており、義勇軍はその横の若干後方に待機するという布陣だ。
敵が来たら、まずはセンシアル王国騎士団が突撃する。これは作戦というより、一番槍の名誉をセンシアル王国騎士団が持っていくというだけのこと。NPCからは、騎士団が敵と衝突したらすぐに義勇軍が応援に行くようにと言われている。
主戦場となるのは大橋の上だろう。川を渡ってくる帝国兵がいるかもしれないが、川に足を取られている兵士など、遠距離攻撃スキルんの的でしかない。
そういった戦場の地形を考慮して、騎兵の数は少ない。現実世界の大きな橋といっても、騎馬兵が縦横無尽に動きまれるほどの広さはないからだ。
(現実世界のことに触れられないくせに、こういう準備だけはきっちり現実世界の地形に合わせてるんだよな……。それか、橋っていうことは認識してるのか? ゲームの世界でも橋はあるからな)
義勇軍の先頭に並んでいる真が、センシアル王国騎士団の編成を見ながら独り言ちた。NPCが橋のことを理解していても、鉄骨やコンクリートのことは触れられないのかもしれない。そんなことを思っていると、その橋の向こうから騎士団の斥候が戻ってきた。
「伝令ー! 伝令ー! ヴァリア帝国軍を発見、その数約1万! 間もなく対岸に到着いたします!」
斥候が伝えた情報をNPC達がすぐさま伝達していく。ヴァリア帝国軍の数は約1万とのこと。敵右翼担当のセンシアル王国騎士団の数も約1万。それに義勇軍を加えた数がいる。
「いよいよか……」
真が大橋の向こう側を見つめる。NPCが伝える敵の登場に、義勇軍内でも否応なしに緊張が高まっていく。
「…………」
美月達も口を真横に閉じて、真と同じ方角を向いている。手にした武器をギュッと握りしめる。
沈黙の中をビューっと強い風が吹いた。草原の草が風に吹かれて飛んでいく。
「来た……!」
真が静かに口を開いた。河川の向こう側にはヴァリア帝国軍と思わしき兵士達が隊列を組んで現れた。その数は斥候の情報通り約1万ほど。遠くからは分かりにくいが歩兵が多いか。
「…………」
それ以上は誰も口を開かない。黙したまま合図の時を待つ。千尋も小林もじっと対岸を見つめたままだ。
静寂が場を支配する。心臓がバクバクと鳴っている。服が擦れる音ですらうるさいと思えるほど。息をすることすら忘れてしまっているのかというくらいに誰も口を開かない。
そんな静寂は一瞬のうちに砕け散ることになった。
プァーーーーッ!!!
ヴァリア帝国側が進軍のラッパを鳴らしたのだ。その音に義勇軍側の体がビクっと反応する。対照的にセンシアル王国騎士団は声を張り上げた。
「突撃開始ーーッ!!!」
「「「おおおおおーーーーッ!!!」」」
センシアル王国側はパラディンとダークナイトを中心とした重装備の騎士団を先頭に大橋へと駆けていく。それに続いてスナイパーを中心とした軽装備の騎士団と支援担当のエンハンサーを中心とした騎士団、ソーサラー、サマナーが中心の魔導士の騎士団が続き、ビショップを中心とした治癒担当の騎士団は最後尾からの援護だ。
「私たちも行くぞ!」
センシアル王国騎士団に遅れながらも千尋が声を張り上げた。
「「「はい!」」」
緊張しながらもはっきりとした返事が返ってきた。前日までは非常に暗いムードが漂っており、士気にも関わると思われていたが、弱音を吐いてはいられない。自分たちには世界を元に戻すという目的がある。
今までミッションの裏方だった者達だが、志は皆同じだ。ここで怯んでいては、世界はこのまま変わることはない。それをよく理解している。
「前線担当は私に続け! 他は河川を渡ってくる敵の殲滅だ!」
再度、千尋が声を上げると、剣を翳して走り出した。
「「「うおおおおーーーー!!」」」
義勇軍もここまで来たらやるしかない。自分たちを鼓舞するかのように雄たけびを上げながら、駆け出していった。
「蒼井真、お前がこの戦いの鍵だ! 頼んだぞ!」
千尋が走りながら横にいる真に声をかけた。
「ああ、了解した!」
真がしっかりとした口調で答える。義勇軍の作戦の中心は真が大橋に単騎特攻して、敵を蹴散らすこと。『フレンドシップ』と『フォーチュンキャット』のメンバーは真が漏らした敵を殲滅する役割だ。
この戦場では橋を占有した方が圧倒的に有利。だから、そこに真を投入する。
センシアル王国騎士団約1万とヴァリア帝国軍約1万。現実世界の大きな橋とはいってもその全てが橋の上で戦うということはできない。
お互いの第一波が大橋の上でぶつかると途端に団子状態になった。
「うおおおおーーー」
「蹴散らせーー!!」
「怯むなー! 押せー!」
大橋の上ではNPC達の怒号が飛び交う。センシアル王国騎士団とヴァリア帝国軍は完全に拮抗していた。大橋の中心でぶつかった双方が、まるで定規で線を引いたように、くっきりとしたラインを形成した。
「くそ……近づけないな……」
真が舌打ち交じりに言う。大橋の上は、余りにもNPCの数が多すぎて渋滞になっており、最前線に近づくことができなくなっていた。想定外の状況。真が最前線に立てないのであれば、義勇軍の作戦は成り立たない。
「千尋さん、どうします? 川を渡りますか?」
同じく最前線に近づけない小林が隣にいる千尋に指示を請う。
「そうするしか……いや、待て。動きがある!?」
一旦戻ろうかと思った矢先、NPC達が声を上げながら動き出したのが見えた。
「戻れー! 河原を死守しろー! 戻れー!」
「おおおおーー!!!」
騎士団の隊長格だろうか、大声を上げながら部下を率いて戻っていく。
「河原を死守?」
NPCが言った言葉を反芻しながら、真が河原の方へと目を向ける。センシアル王国側の河原は義勇軍が布陣を敷いている。その反対側に目を向けると、ヴァリア帝国軍が河川を渡ろうとしてきているのが見えた。
「敵が!? 橋の占有を諦めたのか!?」
小林も状況の変化に気が付いた。
「いや、そうじゃないと思う。敵も俺たちと同じ状況になってるはずだ。最前線だけが戦っていて、後続は何もできない状況なんだろう。俺たちは守る側だからそれでもいいけど、攻める方からしたら、突破する目途が立たない。だから、前線に立てない兵を河川に回してきたんだ」
真が状況を分析した。橋の上を占有した方が有利なのは変わらないが、渋滞になっているため、何もできない兵士ができてしまう。攻め手からすればそれは大きな損失だ。それなら、前線を保てる兵力だけを残して、遊ばせている兵力は河川を渡らせた方がいい。それでも、河川を渡る兵にとってはかなり危険な作戦ではある。
「なるほど。敵は早々に作戦を切り替えてきたということか。状況をよく理解しているな。センシアル王国騎士団も素早く敵の動きに対応している」
千尋も状況を把握できた。様子を見ている限り、真が言っていることで正解だろう。
「千尋さん、僕たちも河原の方へ行きますか?」
小林が橋の上からヴァリア帝国軍の動きを見る。センシアル王国騎士団も河原へと駆け付けているが、このままでは義勇軍の負担が大きくなる。
「ああ、そうしよう。だが、蒼井真は当初の予定通り、単騎特攻してもらう」
「えッ!? 真を残して行くんですか!?」
千尋の回答に声を上げたのは美月だった。今の話を聞いていて、てっきり『フォーチュンキャット』も全員義勇軍の応援に回るものだと思っていたのだ。
「そうだ。センシアル王国騎士団もヴァリア帝国軍も橋の上から移動している。残るのは前線を維持する兵力だけだ。ということは、橋の上の渋滞は解消されるということだ。そこに蒼井真を突っ込ませるとどうなると思う?」
「その時点で、橋の占有を取れると思います……」
答えは明白だったため、美月はすぐに答えたが、真一人だけを残すというのは腑に落ちないところがある。
「そういうことだ。真田美月が心配する気持ちも分からんでもないが、ここは蒼井真を信じてやってくれ。ここで、素早く橋の占有を取れれば、一気に敵を包囲できる」
「でも……真一人だけ残すっていうのは……」
真がヴァリア帝国軍に特攻したくらいで死ぬことはないのは美月も分かっている。だが、そういうことが問題なのではない。自分の見えないところで真が一人で戦いに行くのが納得いかないのだ。
「真田さん。敵はね、蒼井君の存在を知らない。だから、橋の上を手薄にしても、センシアル王国も同じ状況なんだから大丈夫だと思ってるんだよ。そこに蒼井君が突撃して、速攻で橋を占有してしまえば敵は瓦解する。そうなれば義勇軍の負担は大幅に減少させることができるんだよ。ここは蒼井君に任せてくれないかな?」
小林が宥めるように言う。美月が何を考えているのか小林には分かっていたが、それを認めるわけにはいかない。そこで出してきたのが義勇軍の負担。戦いを早く終わらせればそれだけ犠牲者の数は減らせる。
「……それは。……分かりました」
渋々だが美月は納得するしかなかった。義勇軍のことを引き合いに出されると自分の我儘を通すことはできなくなる。美月が納得をした以上は翼も彩音も華凛も口を出すことはしない。
「というわけだ。蒼井君、負担をかけて悪いけど頼まれてくれないかな?」
「俺は大丈夫だ。元から単騎で特攻する予定だったんだからな」
美月の心配をよそに真は平然と答えた。真としては、美月達を危険な最前線に置いておくより、河原に回ってもらった方が安全だ。真がすぐに橋の上のヴァリア帝国軍を蹴散らせば、あとはセンシアル王国騎士団だけでもヴァリア帝国軍を殲滅することができるだろう。
「よし! 蒼井真以外は全員戻って河川を渡ってくる敵の殲滅に回るぞ!」
千尋が号令を出すと『フレンドシップ』と真を除く『フォーチュンキャット』は橋を戻っていった。




