表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
281/419

開戦まで

ヴァリア帝国が侵攻してくる日まで残り8日の夕暮れ。真達は王都の中心地から外れた場所にある『ボヤージュ』という酒場に来ていた。


『ボヤージュ』は古い一軒の酒場で、建付けも悪くなった場末の酒場だ。建っている場所も目立たないところにあるため、客もほとんど来るような店ではないのだが、実のところ、それなりに繁盛している。


その理由はギルド『フレンドシップ』がたまり場として使っているから。逆に言えば、『フレンドシップ』のメンバー以外に『ボヤージュ』に来る客はいない。


そんな酒場には普段以上に人が溢れていた。原因は単純だった。『フォーチュンキャット』が来ているから。


『フォーチュンキャット』が『ボヤージュ』に来ることを知っていたのはマスターの千尋とサブマスターの小林だけなのだが、たまたま居合わせた『フレンドシップ』のメンバーが他のメンバーにも伝達して、あれよあれよという間に集まってきたということだ。


「いいか、お前たち。今日は大事な話をするんだ。『フォーチュンキャット』も遊びに来ているわけじゃないからな。そのところは弁えておけよ!」


奥のテーブルに腰かけている千尋が、周りでざわついている『フレンドシップ』のメンバーを睨んで言った。


千尋の一言でざわついていた『フレンドシップ』の若い男達は黙る。それを冷ややかな目で見ているのは、『フレンドシップ』の女性陣だ。


「ふぅ……。すまないな、うちの若い連中が。気を悪くしないでほしい」


千尋はこめかみを抑えながら謝罪した。それでも、5人の美少女ギルド『フォーチュンキャット』が来ているのだ。『フレンドシップ』の若手達が騒ぐ理由も分からなくもない。正確には4人の美少女と1人の美少女に見える男なのだが、それを説明したところで余計な騒ぎになるだけなので止めておく。


「あっ、いえ、そんな。私たちは大丈夫ですよ……」


苦笑いをしながら美月が返事をした。周りから異様に熱い視線を感じているため、本音を言えば居心地が悪い。特に華凛が露骨に嫌な顔をしているため、それに対しても気を遣う。


今、『ボヤージュ』の奥には、4人掛けのテーブルを二つ並べて、7人の男女が座っていた。『フォーチュンキャット』の5人と『フレンドシップ』のマスター、サブマスターの2人だ。


テーブルの上には水と煮豆が置いてある。『ボヤージュ』にはまともなメニューがないため、酒以外はほとんど客の持ち込みとなることが多い。そのため、真は店から出された煮豆には手を付けずに、持参した干し肉を齧っていた。


「それじゃあ、時間ももったいないから、会議を始めようか」


そう切り出しのたのは小林だった。


「あ、はい。お願いします」


それに対して美月が返事をする。


「それじゃあ、今回の会議の趣旨を説明するよ。敵の主力は『ライオンハート』が、右翼は『王龍』とその直属ギルドが担当する。残りの左翼は僕たち『ライオンハート』同盟のその他ギルドが担当するんだけど、普段から繋がりのあるギルド同士っていうわけでもないから、統率が取りにくいっていう問題がある。言葉は悪いけど烏合の衆になりかねない。だから、明後日に左翼担当のギルドが集まって作戦会議をすることになったんだけど、その場で無駄な時間を使いたくない。ということで、この場で作戦を決めてしまいたいんだ」


小林が『フォーチュンキャット』の5人を集めた理由を改めて説明した。先日の緊急同盟会議の時に各ギルドが集まって、担当の地域の作戦会議をすることになった。左翼担当の指揮は『フレンドシップ』のマスターである千尋が執ることになった。そして、裏では小林が、事前に『フォーチュンキャット』と話を詰めるために呼び出していたというわけだ。


「はい。分かりました」


美月が改めて返事をした。事前に会議の趣旨は聞いているので、確認のための返事だ。


「ありがとう。では、まず僕たちが考えている作戦を聞いてほしいんだけど。地図を見てもらえるかな。この場所は行ったことあるかい?」


小林が言う『この場所』とは、真達が担当することとなる戦場のことだ。敵軍の左翼を迎え撃つことになっている。


「まぁ、数回は行ったことがあるかな。封鎖されてたからあまり近寄ることは少なかったけど。どういう場所かは知ってる」


真が質問に答えた。効率のいい狩場を探して色々な場所に行っているため、今回担当することになった場所も知っている場所だった。


「そうか、それなら話が早くて助かるよ。地図にもあるとおり、ここは大きな川と現実世界の大橋がある場所だ。大橋を渡ろうとしても封鎖されてたから、先に進むことはできなかったんだけど、封鎖が解かれたようだね。その先はヴァリア帝国と繋がっているっていうことだろう」


小林もこの場所を知っていた。『フレンドシップ』の活動として、資金を稼ぐ必要がある。そのため、『フォーチュンキャット』以上に色々な場所に行って、効率のいい狩場を探し続けている。


「ついでに言うと、『ライオンハート』が担当する場所には幹線道路があるな。『王龍』の担当はただの草原だったと思う」


千尋が地図を見ながら補足した。地図にはしっかりと現実世界の橋や道路が描かれている。NPCは現実世界のことに触れられないが、地図には描きこまれていた。当然、この地図をNPCに見せたところで、現実世界のことを言及することはできない。あくまで現実世界の人間が使う地図として存在しているアイテムだ。


「それで、地図を見る限りだと、僕たちはこの川を挟んで敵と対峙する形になると思われる。当然、敵の方も橋があるなら、それを渡ろうとしてくるだろう。大きな橋だから、かなりの数が橋を渡ってくることになる」


小林の話を真達は真剣な顔で聞いている。小林は一瞬だけ真の目を見た後、話を続けた。


「そこでなんだけど、敵左翼の主力が橋を渡ってくると想定して、蒼井君を先頭にして迎え撃とうと思っているんだけど」


本来であれば、防御力の高いパラディンやダークナイトが先頭に立って防衛ラインを築くのがセオリーだ。しかも、千尋は姫子に次ぐ実力と言われるパラディンであり、小林も『ライオンハート』の精鋭部隊に劣らない実力を持っているダークナイトだ。


そんな二人が揃っていて、真に先頭で戦ってくれと言っているのだ。


「そ、そんなこと真に……ッ!?」


美月は途中で言葉が止まった。そんな危ない役割を真にやらせるわけにはいかない。そう言いたかったのだが、言葉を飲み込んだ。実力を考えれば、千尋や小林が先頭に立つよりもよっぽど安全だと分かる。


「いや、僕たちも最前線には立つつもりだよ。それでも、作戦の中心はやっぱり蒼井君だなんだよ。橋を渡ってくる主力を蒼井君に蹴散らしてもらう。僕たちは蒼井君が漏らした敵を叩く。川を渡ってきた敵の迎撃の部隊も用意するっていうのが、今考えている作戦なんだ」


「真君が前に出るなら、それで話は終わりでしょ? 他の人が出る幕なんてないわよ」


小林の話を聞きつつ、華凛が呟いた。真は華凛の目の前で巨大なドラゴンを倒して見せた。しかも一人でだ。ヴァリア帝国の軍がどれだけのものかは知らないが、真の力をもってすれば雑魚の集団でしかない、というのが華凛の考え。


「華凛……。お前、たまに凄い無茶振りするよな……」


苦い顔をしながら真が言う。一応褒めてくれているのだとは思うが、人前で持ち上げられるのは何との複雑な気分になる。


「えっ!? む、無茶振り……!? いや、違う、私は真君の凄さを……、ええッ!? いや、そういうことじゃ、そういうことじゃなくて!?」


隣に真が座っているにも関わらず、つい本音で真を自慢してしまったことに華凛の顔が真っ赤になった。無意識で出てしまった声だけに恥ずかしくて堪らない。


「いや、まあ、いいんだけどな。実際に俺が前に出ることは考えてたことだしさ」


華凛にとって救いなのは、朴念仁にはその真意が伝わらないということ。『自分の好きな人はこんなに凄いのだぞ』、と言われたことを真はまるで気づいていなかった。


「蒼井真もそのつもりでいるなら、こちらとしても助かる」


そんなやり取りの中、千尋が冷静に謝意のを述べる。


「紫藤さんも言ってただろ。左翼は俺が前に出るって最初から決まってたことなんだよ。俺もそれに納得してるし、問題はない」


真は緊急会議の時から前に出るという想定でいた。総志は明言していなかったが、『左翼が一番楽』と言った言葉の中には、真が先頭に立つということも含まれっていると解釈していた。


「それでも、一番危険な役割をやってもらうわけだからさ、礼を言わせてほしい。それと、さっき面白いものも見せてもらったし」


小林が礼を言うとともに、顔を真っ赤にしている華凛の方を見て笑った。


「――ッ!」


小林が何を思っているのか察した華凛がキッと睨み返すと、小林は何食わぬ顔で目を逸らした。その様子に美月や翼、彩音は苦笑いをするだけ。真は無茶振りのくだりが面白かったのかと、見当違いのことを思うのみ。


「話を戻すぞ。蒼井真の配置はこれで決まった。次は残りの『フォーチュンキャット』のメンバーの配置だ。残りも全員橋で戦ってもらう。担当は後方からの支援と攻撃。蒼井真が漏らした敵の殲滅だ。八神彩音は範囲攻撃スキルで敵にダメージを。橘華凛はシルフィードで敵の動きを妨害してくれ。椎名翼は倒せそうな敵から各個撃破。真田美月は盾役の回復に専念。NPCも戦いに参加しているが無視していい」


緩みかけた空気を千尋が引き締めるようにして話をした。


「分かりました……。その配置で問題ありません」


気を引き締めなおして美月が応える。千尋が示した内容は理にかなったものだ。反対するようなことはなかった。


その後、細かい打ち合わせをして、この日の事前会議は終わった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ