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鍾乳洞 Ⅳ

真達4人は地下鉄のホームから階段を上り、改札口を出て、さっき通ったばかりの細い通路を戻った。平らな人工床からごつごつとした天然の地面に変わる。


戻ってくる最中にモンスターとの遭遇は少なく、順調に進むことができたため、透き通った青い泉のあるポイントには10分程ですんなりと戻ってくることができた。


「うわぁ! なにこれ! 奇麗!」


宝石のように深く透明な泉に思わず翼が声を出した。泉を見つけるなり、すぐに走り出して水面を覗き込んでいる。


「本当に、凄く奇麗です」


翼の後ろからついてきた彩音も自然の神秘に感動しているようで、両手を合わせて祈るようなポーズで泉に近づいていった。


「この辺りはモンスターも出ないんだ」


真がはしゃぐ二人を見ながら説明をする。天井に穴が空いているため、この場所は他と比べてほんのりと明るい。真はここを休憩ポイントと名付けていた。ゲームだとこの泉の水を飲んだらHPとMPが回復するパターンだ。


「ちょっと休憩していきましょうか。翼さんも彩音さんも、さっきの大ムカデから逃げてきて疲れてるでしょ?」


美月がこの場所での休憩を提案した。翼の方はまだ元気がありそうだったが、彩音の方は表情が疲れているのが見て取れたからだ。


「そうね。そうしてもらえると助かるわ。あと、私のことは呼び捨てで構わないわよ。彩音も‟さん”を付けなくてもいいわよね?」


「うん、私もそれでいいです」


「そっか、じゃあ、私のことも美月でいいわよ」


「俺のことも真でいい」


翼と彩音の関係は終始翼が引っ張っていく感じだった。おそらく、この調子で狩りをしていて、ムカデも撃ったのだろう。真と美月は見てはいないが容易に想像することができた。


「ねえ、真って男の人だよね?」


翼が腰を下ろして鍾乳石の壁に背を預けながら聞いてきた。


「ああ、そうだよ」


「えっ!? そうなんですか!?」


驚いて聞き返してきたのは彩音の方だった。


「いや、言動が男の子まんまだから分かるでしょ」


翼が冷静に突っ込んだ。確かに翼のいう通り、真の座り方一つを取っても、右足は片膝を立て、左足は放り出した形で座っている。周りの女子がちょこんと可愛らしく座っているのに対して、あまりにもガサツな座り方だ。


「翼って結構鋭いところあるんだね。私も最初は真のこと女の人だと思ったよ」


翼の意外な観察眼に美月が感心した。


「鋭っていうか、私も顔だけで判断しろって言われたら、分かんなかったかもしれないけど。話し方とか仕草が完全に男の人だからさ」


「案外見てるもんなんだな……」


だったら、巨大ムカデもちゃんと見てから撃つかどうか判断しろよ。と言いたくなったところを真がぐっと堪えた。最初から自分を男と判断してくれた数少ない人間を無下にはできない。


「それでも、翼ちゃん、よく真さんが男だって分かったよね。私なら間違ってたらどうしようって思って聞けないかも……」


大人しい彩音の性格からしたら、間違って失礼なことを言ってしまったらどうしようという考えが先にくるのだろう。まぁ、それが正しいことではあるが。


「私って思ったことをすぐ言う方だからさ。でも、間違ってたらちゃんと謝るよ」


「翼って言葉だけじゃなくて、思ったことはすぐに行動するだろ?」


真が半眼になって翼の方を見る。


「うん、まぁ、そうかな。私って直感で生きてるから」


「でしょうね……」


「そうなんです……」


美月がため息交じりに呟き、続いて彩音が半ば諦めたような表情で応える。


「ちょ、ちょっと、確かにムカデを撃ったのは私だけど、もう過ぎたことじゃない! こうして生きてるんだからさ!」


過ぎたことをいちいち気にしない翼は不当に文句を言われているかのように抗議をした。


「確かに、ムカデのことは謝ったし、礼も言ってるけどさぁ……何て言うか、彩音の苦労が想像できるよ」


真が憐れみにも似た目で彩音の方を見る。


「はい……おかげで鍛えられました……。でも、何だかんだ言っても、翼ちゃんも頼りになるところありますし、私達これでも運は良い方なんですよ」


「こうして生きてるんだから、運だけじゃなくて彩音も実力があるんだと思うよ」


美月が疲れた表情の彩音に何とかフォローを入れる。


「そうだよ! 彩音も自信を持ってさ!」


翼も一緒になって励ましてきた。だが……


「お前は反省しろ!」


彩音の苦労の原因は翼であることは明白だ。知らなくても真と美月は確信が持てる。


「うっ……。もう、分かったわよ! 無暗に弓を撃つことをしないように誓います!」


翼が右手を上に上げて宣誓のポーズを取った。大きなその声が鍾乳洞の中に響く。空洞内の音響効果は抜群だった。


「よろしい」


翼の決意に真が頷く。


「私も聞いたからね。彩音もこれで安心できるよね」


美月も翼の姿を見て微笑んでいる。


「はい、ありがとうございます」


彩音の表情が少し和らいだ。危なっかしい翼が無暗に弓を撃たないと誓ってくれただけで、若干心が安らぐ。


「えっ、ちょっと、何よ彩音まで!」


「正当な言い分だろ!」


裏切り者だとでも言いたげな翼に真が突っ込んだ。


「そ、そうだけどさ……彩音だって実力はあるんだから、もっとガンガン行ってもいいと思うのよね」


不満の残る翼が口を尖らせている。だが、危険の原因を作った張本人であることは分かっているためこれ以上は言えない。


「そ、そんなことないよ。真さんに比べたら、私なんて全然駄目で……」


じっくりと観察したわけではないが、必死で逃げてきた巨大ムカデをあっという間に真が倒した。正確に言うと、じっくりと観察する時間もないほど呆気なく真が巨大ムカデを倒した。


「確かに、真って凄いよね! 気が付いた時にはもうムカデを倒しちゃってるんだもんね!」


翼が美月に声をかけられている間に真がムカデを倒していた。その時は何が起こったのか理解できなかったほどである。


「えっと……それはね……」


美月がどう答えていいか分からないでいた。真が異常なまでに強いことは美月も知っている。どれだけ強いかと聞かれたら分からないが、並の強さではないことは分かっていた。それを真が隠していることも理解している。


「あ、ああ、あのムカデ弱かったんだよ」


苦し紛れに真が答えた。10m以上はあるだろう大きさのムカデが弱いわけがない。


「えっ!? そうだったの? あれ弱かったんだ!」


だが、翼は信じたようだ。真が男だと分かる観察眼を持っているが、思ったことを言ったり、すぐ行動したりする性格から、おそらく真っ直ぐで純粋なのだろう。直感で動いているだけで、嘘を見破れるというわけではなかった。


「いや、あの、えっ……?」


彩音としては腑に落ちない。だが、そのことについて言及する度胸もない。助けてもらっているわけだから、その相手を追求するような真似はできない。


「見た目だけが大きくて、大したことはない奴だったんだよ。あ、でも他のモンスターは見た目通りだから、無暗に手を出すなよ!」


翼が噓を信じたことで真がさらに説明を追加してきた。これで言いくるめて終わらせようという意図がある。


「分かってるわよ! さっき誓ったばっかりでしょ! でも、よくあんな大きな奴が弱いって分かったわよね? 真ってここに来たの初めてなんでしょ? 知らずに突っ込んでいったんだったら凄い度胸よ。それこそ私のこと言ってられないじゃない」


翼が相変わらず思ったことをそのまま口にする。


「えっ? ああ、それはだな……」


思わぬカウンターを受けて真が狼狽する。目が泳いで真っ直ぐ翼の方を見ていない。


「ここの途中で同じ大ムカデを倒したのよ!」


美月が慌ててフォローを入れた。


「そ、そうそう。一回倒したことがあるんだよ。あ、でも、あれだからな、弱いって言っても結構強いからな、今後は手を出すなよ!」


美月のフォローに真が乗っかる。言っていることは支離滅裂な感じがするが、これで誤魔化すしかない。それに、弱いと思ってまた手を出されたら危ない。


「弱いのか強いのかどっちなのよ?」


翼が率直な疑問を呈してくる。当然の疑問ではあるが、真からすれば『そんなこと分かってるよ!』と言いたいところだが、それは抑える。


「あ、あれだ、倒せたけど危ないやつなんだよ! だから手を出したら危ないんだよ!」


「そうなの?」


「そ、そうだよ翼ちゃん! 真さんの言う通りだよ。危ないのには手を出さないようにしないと。さっき誓ったばかりじゃない!」


彩音が真と美月に乗っかってきた。彩音は頭がいいのだろう。真のことは何となく感づいているような気配であったが、それ以上に賢い。その場で何が賢明な判断であるのかを選択することができている。この場で最も賢明な判断は、真の力について追及することなく、翼を丸め込んで、さらにはさっきのムカデが危険であると分からせること。


「うん、そうだね。分かった。そうする」


翼の性格によってピンチに陥った彩音だったが、今はこの翼の性格で助かったと思えて、胸をなでおろした。





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