緊急会議 Ⅱ
「大まかな方針はこれで決まりました。それでは、次の議題に移ります――今回のミッションの準備段階で一番問題になる案件です」
進行を務める時也が眼鏡の位置を修正しながら話を続けた。『一番問題になる案件』それを口にした時也は、珍しく少し悩んでいるようにも見える。
「先ほども説明した通り、今回のミッションではリヒター宰相の管轄の下、義勇軍として防衛戦に参加することとなります。センシアル王国の騎士団と共同作戦であるとはいえ、義勇軍として参加してもらう人数はかなりの数になります」
時也がそこまで言うと、ここにいる会議の参加者は察した。それは予想通りの反応だった。ここで総志が口を開く。
「今までのミッションで前線に立った経験のある者は当然として、後方支援に回っていた者も今回は戦場に出てもらうことになる」
総志の言葉に一部の幹部の顔が歪んだ。毎回ミッションに参加してはいるが、後方支援に徹していたギルドのマスター達だ。部隊は左翼を担当することになるのだが、部隊編成の話を聞いた時も、左翼側の部隊の支援をするものだと思っていた。
「すみません、いきなりそんなことを言われても困りますよ! うちはずっと後方支援をやってきたギルドです。それを今回は前線に立てと言われても無理があるでしょう?」
挙手することなく意見を言ってきたのはサマナーの男だった。どこかのギルドのマスターだろう。
「前線に立つということであれば、数カ月前の異界の扉騒ぎで魔人と戦っているはずだ。ミッションでなかったとしても経験という点で言えば問題ない」
総志がサマナーの男に返した。『ライオンハート』の同盟に加盟しているギルドは、王都に異界の扉が開いた事件の時に前線で戦っていた。当然、先ほど発言したサマナーの男もだ。
「いや、あれは緊急事態で、否応なしにそうなっただけでしょう? それだけで今回のミッションで戦場に立てというのは横暴すぎでは……」
「俺たちは最初からミッションに参加している。誰もがミッション未経験者の状態でな。お前たちは後方でミッションを見てきたうえに、異界の扉の事件も経験している」
「で、でも……『ライオンハート』は強い人たちが集まってるじゃないですか!? うちはそんなに戦力として大きくはないんですよ!」
「王都まで来れる実力と、異界の扉事件を生き残った実績がある。戦力としては十分だ! 今回は頭数がいる。少ない戦力同士が集まれば大きな戦力になる。それに、ミッションは世界を元に戻すための唯一の手掛かりだ。これは全員の問題だ。俺たちは前線に出て、お前たちが出なくていい根拠があるなら示せ」
「ぐっ……」
サマナーの男は黙ってしまった。『戦場に出るのは怖いから嫌です』と言える状況ではない。周りからも刺すような目線が集中している。
「安心しろ、そのための蒼井だ。さっきも言った通り、総合的な戦力は敵の左翼担当が一番高くなる」
総志のこの発言により、再び真の方へと視線が集まった。真は、勘弁してくれよといった表情で総志の方を見ている。
「どれだけ……何人集めてくればいいんですか?」
サマナーの男が再び口を開いた。
「数の指定はされていない。だが、できるだけ大勢だ。敵の戦力は万単位だ。王国騎士団も相応の数を用意しているが、戦力が多い方が生き残れる確率は上がる」
「それだったら、王国騎士団に任せておいても――」
「それはないだろ」
サマナーの男が言い終わる前に、話を遮ったのは真だった。ここで意見を言うつもりはなかったのだが、反射的に声が出てしまっていた。
「どれだけ王国騎士団に任せられるかについては、俺たちも考えていた。まだ結論は出ていないが、蒼井、お前の意見を聞かせろ」
総志に向いていた視線がまたもや真に集中した。そのことに居心地を悪くしているが、そんな些細なことを気にしていい空気でもない。
「えっとだな……。この世界はどこまでいってもゲームなんだ。ゲームである以上、プレイヤーが何もしなくても結果が出るなんてことはない。プレイヤーの行動がゲームの結果に反映されるように作ってあるんだ。だから、王国騎士団に全て任せていたら、何の結果も出せない……というより、負けが確定する……と思う……」
ここで言う“負け”とは即ち死を意味する。真は話をしている途中でそのことに気が付き、最後の方の言葉は言い淀んでいた。
「なるほどな……。蒼井、お前の考える“ゲームのプレイヤーの行動”とはどんなことだ?」
総志も真が言った言葉の意味は理解しているが、微塵の動揺も見せることなく質問をつづけた。
「単純に敵を倒すっていうことだけど、敵の殲滅か敵の大将を倒すことだろうな。そのどちらかが勝利条件になるんじゃないかって思う」
実際のゲームだったら。真はこれを考えながら話をしていた。ゲームの中でも中世の戦争を再現している物は多い。その場合、合戦が開始する際に勝利条件が示される。その条件が『敵の大将を倒せ』だったり、『敵を殲滅せよ』だったりするのだ。
「そうか……。万単位の敵を殲滅するとなるとかなり無理があるな。だったら、敵の大将を倒すことが優先か」
「俺もそう思う。もし、敵の殲滅が必要だったとしても、大将首は優先して取りにいかないと、敵の士気が高いまま戦い続けることになるからな」
「そうだな。それなら、敵中央主力部隊は『ライオンハート』の精鋭部隊で大将の首を取りに行く。右翼は『王龍』で話をしてくれ。左翼は蒼井が敵大将を倒してくれ」
総志の作戦に『ライオンハート』と『王龍』は納得していた。だが、敵左翼担当のギルドの面々は動揺していた。『ライオンハート』の精鋭部隊は紫藤総志と共に最前線に立つ強者達だ。すでに英雄として人々に名声を轟かせている存在だ。その『ライオンハート』の精鋭部隊の戦力と個人である真が同列として扱われていることが理解できない。
「ああ、了解した」
真は総志の提案をあっさりと飲んだ。最初から予定していた通りとでも言いたげに、何の疑問も持っていない様子に敵左翼担当のギルドからは驚きの声が上がる。
「いい加減、蒼井の実力を把握しろ。いちいちそんな反応してたら、これから持たないぞ」
呆れた表情で言ったのは姫子だった。さっき、ドレッドノート何とかというドラゴンを真一人でも倒せる力を持っていると説明したばかりだ。
「いや、姫……あれは見てないと理解できないというか、見ても理解できませんよ……」
横から悟が口を挟んだ。そもそも姫子だって真の正確な力を把握しているわけではないのだ。
「お前もいちいちうるさい奴だな! 今は黙ってろ!」
悟の余計な言葉に姫子が苛立ちながら睨む。
「ふふぅ――すみません」
姫子からきつく睨まれた悟は嬉しそうに謝った。そのことが余計に姫子を苛立たせる。だが、これ以上言っても悟はご褒美だとか言うだけなので、姫子は我慢して会議に意識を向けた。
「この作戦に異論がある方はいますか?」
悟の茶番には目もくれず、時也は作戦の是非を問う。ざっと見渡しても意見を言う者はいない様子だった。
「異論はないようですね。では、本作戦の具体的な場所について説明します。今回のミッションにあたって宰相から地図をもらっています。この地図は複製可能なアイテムで、地図のアイコンを長押しすれば複製することができます」
時也が地図の説明を始めると、待機していた『ライオンハート』のメンバーが複製した地図を参加者に配り始めた。
「お配りした地図は、ギルドのメンバーにも配っておいてください。ちなみに、地図には3カ所印がしてあります。そこが戦場となる場所です。この場所は封鎖されていた現実世界があった場所です。おそらく、今回のバージョンアップで、その封鎖が解かれたものと思われます。何か質問はありますか?」
時也の説明を受けながら、真は配られた地図を見ていた。たしかに地図には3カ所印がしてあった。この印が戦場となる場所で間違いなさそうだ。真たちは敵の左翼を担当する。地図でいうと、センシアル王国を背にして右側から来る敵の迎撃ということだ。
「質問がないようですので、これからの段取りについて説明します。まず、ヴァリア帝国の侵攻は9日後になります。センシアル王国領内が戦場になり、場所は王都から馬車で約2日の距離にあります。各部隊の配置はそれほど離れた場所ではありませんが、数が多いので移動は各部隊が別々で動いてもらうことになります。集合時間は6日後の明朝。『ライオンハート』は王都の城門正面入り口。『王龍』と直属同盟は城門の西口。他は城門東口になります。我々義勇軍にはリヒター宰相が特別に馬車を用意するとのことです。質問はありますか?」
時也がてきぱきと説明を続ける。無駄なことは言わずに、必要な説明だけをする。
「ああ、横からすみません。『王龍』の刈谷ですが。今回のミッションは準備をする時間が非常に短いので、『王龍』と『ライオンハート』で物資を用意しています。明日の正午に物資を配布しますので、王城前広場に集まってください。以上です」
悟が補足説明をする。今回、配る物資は同盟の備蓄だ。普段から寄付を集めており、ミッションがない日々でもその準備を怠っていない。
「えっと、ちょっとズレた質問なんだけど……」
少し待ってから、他に手を上げる人がいないようなので、真が気になっていたことを聞こうと手を上げた。
「『フォーチュンキャット』の蒼井君。どうぞ」
時也が真の質問を受ける。
「あまりミッションには関係のない質問なんだけど……。どうして俺たちはリヒター宰相管轄の義勇軍なんだ? 今回の防衛戦は王国の軍である騎士団の役割だろ? なんで軍じゃなく内政からの要請なんだ?」
真は会議中、ずっとそのことが気になっていた。宰相は内政のトップだが、軍のトップではない。センシアル王国は国王を頂点とし、それ以下は内政、軍、議会の3つに権力が分散されている。だから、戦争に関して言えば軍である騎士団の管轄であり、その騎士団の下で戦場に行くのが普通だと思っていた。
「騎士団への配慮だそうだ」
質問に答えたのは総志だった。
「騎士団への配慮?」
「ああ、そうだ。ヴァリア帝国からの侵攻に対して王国騎士団だけでは対処しきれない恐れがある。だが、それを名誉ある騎士団が認めるわけにはいかない。そこで、リヒター宰相が義勇軍を組織して、勇敢な騎士団の役に立ちたいと志願したという形になったわけだ」
若干呆れ顔で総志が言うが、理解できないこともなかった。自衛隊に所属していた時には、相手の顔を立ててやるということも大事なことだった。
「そういうことか、面倒臭いことするな……」
国の存亡がかかっているのに名誉も何もないだろうと真は赤黒い髪をかき上げて嘆息した。