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封鎖地域探索 Ⅰ

バージョンアップに伴う『ライオンハート』の同盟会議が開かれてから5日が過ぎた早朝。昨日の夜から降っていた雨は、未明には止んでおり、薄っすらと広がる雲からは頼りない日の出の光が差し込んでいる。


「眠い……」


朝に弱い真は欠伸をしながら呟いた。まだ頭がはっきりとしていない感じがする。


「もっとシャキっとしてよ。私たちのマスターなんだからさ。他のギルドの人達に笑われるよ」


寝ぼけた顔をしている真に美月が口を尖らせた。現在、王都グランエンドの入り口にある広場には大勢の人が集まっていた。それは、先のバージョンアップによって追加されたミッションをどこで受けることができるのかを探すため。


同時に追加されたヴァリア帝国領というところでミッションを受けるのだろうと推測されているので、まずはヴァリア帝国領を探さないといけない。そのための探索チームとして数多くのギルドが集まっている。


「いや……もっと太陽の光があったら、目が覚めるんだけどさ……。曇ってるから、脳が活性化しにくいんだよ……」


太陽の光を浴びることによって、人は一日の体内時計を調整することができる。朝起きて、まず太陽の光を浴びることで一日が始まるのだ。だが、夜明けとともに上がる太陽は雲に隠れてしまっている。


「太陽が出てたら眩しいって文句言うでしょ!」


「そ、そりゃ文句は言うけどさ……。眩しいから起きるんだよ……」


太陽が出てても出ていなくても真は朝に対して文句を言う。徹夜ならゲームで何度かしたことがあるので大丈夫なのだが、一度寝てしまうと寝起きが悪かった。


「眩しくなくても起きて!」


『フォーチュンキャット』だけで行動しているのならまだしも、今日は大勢のギルドと一緒に行動するのだ。こちらが遅れて周りに迷惑をかけるわけにはいかないので、ここはサブマスターの美月がしっかりとしなければならない。


「そもそもさぁ……早すぎるのよ……出発するのが」


もう一人いる眠そうな顔の華凛がぼやいた。華凛はいつも寝るのが早い割には起きるのが遅い。寝るのも起きるのも遅い真とはまた違う朝の弱さだった。


「華凛もちゃんと起きて!」


「大丈夫……起きてる……」


眠そうな声ではあるが、これでも華凛の中では一応起きていた。とはいえ、集合時間が夜明けと同時刻なので、集合時間に間に合うためには、夜明け前より1時間は早く起きないといけない。そのため、真も華凛もいつも以上に眠気が残っていた。


「二人とも相変わらず朝はだらしないわね!」


人一倍朝に強い翼が真と華凛に渇を入れる。翼は誰よりも早く起きて、しかも、起きた瞬間からテンションが高い。


「大丈夫だ、俺はちゃんと起きてる……」


真は大きく伸びをして、脳に酸素を送り込む。それでも眠いが、やらないよりは幾分マシだ。


そんな朝の何気ない会話をしていた時だった。聞き覚えのある声が真たちにかけられた。


「やあ、おはよう。そうしてると年相応に見えるね」


声をかけてきたのは『フレンドシップ』のサブマスター小林健だった。


「あっ!? 小林さん! 千尋さんも! お久しぶりです」


すぐに反応したのは翼だった。久々に会う『フレンドシップ』の二人に顔が明るくなる。


「久しぶりだな椎名翼。八神彩音も橘華凛も元気そうだな」


小林の隣にいる千尋も久々に会う面々に嬉しそうに挨拶をした。


「ええ、おかげ様で。今日は『フレンドシップ』の皆さんとも同行できるって聞いてて楽しみにしてたんですよ」


どちらかといえば朝には弱い彩音も、千尋と小林との再会にテンションが上がっていた。


「そうか、それは良かったんだが……。同行できると聞いて喜んでたのはうちの方が……なあ?」


千尋は少し苦い顔をしながら小林の方へと向く。


「ええ……。言わない方が良かったかもしれませんね……」


同じく困った顔で小林が言う。


「……ん? 何か問題があるのか?」


千尋と小林が言うことの意味が理解できず、真が訊き返した。美月達も同じように分かっていない顔をしていると――


「あ、あの! おはようございます! じ、自分は『フレンドシップ』の多田正人と言います!」


朝から鼻息の荒い男が真に声をかけてきた。バトルスタッフやローブを着ていることから、エンハンサーだろう。年齢は20歳から30歳といったところか。


「あ、ああ……おはよう……」


多田正人と名乗る男の鼻息の荒さに押されながら、真は返事をしていた。


「お、おはようごじゃい、ございます! 俺は鈴木です! 鈴木典孝! すすす、スナイパーです!」


そこにまた別の男が割って入ってきた。身長はあるが小太りの男だ。何やら興奮気味に真に挨拶をした。


「お、おはよう……」


鈴木典孝と名乗る男の圧で、真が一歩、二歩と下がる。そこに、また別の男性が来て――


「僕は、えっと、僕は――」


「おい! いい加減にしないか!」


続けて挨拶をしようとしてきた男に対して千尋が一喝した。その一言で後に控える男たちも一歩下がる。


「――ッ!?」


半ギレ状態の千尋に真や他の『フォーチュンキャット』のメンバーもたじろいでいた。


「ったく。どうしようもない連中だな……。蒼井真、すまない。彼らに悪気はないんだ。普段は真面目に『フレンドシップ』の活動をしているメンバーだ。大目に見てやってほしい」


千尋が申し訳なさそうに謝る。


「あ、ああ……うん……なんだ?」


訳が分からず、押されただけの真は状況を理解していない。呆気に取られているだけだ。他のメンバーを見てみると、美月も翼も彩音も真と同じような顔をしている。ただ、華凛だけは露骨に嫌そうな顔をしていた。


「実はだね、今回のタードカハルでの探索に『フォーチュンキャット』も来るっていうことを話したんだよね……。それで、新人の人達に、『フレンドシップ』の活動に『フォーチュンキャット』も参加したことがあるっていう話をしたんだ。そしたら、テンションが上がっちゃってさ。事前にはしゃぎすぎるなっていう注意はしてたんだけどね……。大人だから自制してくれると思ってたんだけど……。実物を目の当たりにして抑えられなかったんだろうね」


困った顔で小林が説明した。『フォーチュンキャット』は5人の美少女で構成されたギルドということで、ある意味有名なギルドだ。みんな何かと『フォーチュンキャット』に近づきたいと思っているのだが、如何せん『ライオンハート』と深いつながりがあるギルド。非常に大きな影響力を持っている紫藤総志が直々に会いに来るようなギルドが『フォーチュンキャット』だ。


しかも『王龍』の赤嶺姫子との関係も深いときている。そうなると、この二人を恐れて近づくことはできなくなる。だから、遠くから見ていることしかできない高嶺の花。ほとんど雲の上のアイドルのような存在になっていた。


そんなところに入ってきたのが『フレンドシップ』の活動に『フォーチュンキャット』が参加したことがあるという朗報。最近『フレンドシップ』に加入したばかりの新人はこの情報を初めて聞かされることになった。


これはもう、すでに繋がりができているということだ。紫藤総志や赤嶺姫子の影に怯える必要はない。なぜなら、すでに関係者だから。


そうして、朝からテンションの高い『フレンドシップ』の新人の男どもが真へ挨拶をしようと、鼻息を荒くしてきたのであった。当然、真が男だということは知らされていない。


「そう言われても……知らない人ばかりなんだけど……」


そんな裏事情を何も知らない真からすれば、意味が分からなかった。確かに、美月や華凛は美少女だし、翼も元気系の美少女だ。彩音も地顔は可愛いので、男としてテンションが上がるというのは分かる。それでも、ここまで興奮するほどのことだとは理解できなかった。


「ああ、そうだな。初対面の人に対する礼儀がなってないな。その点に関しては、タードカハルに向かう道中で、礼儀とは何かをたっぷりと叩き込むつもりだ!」


千尋はそう言いながら、キッと新人の男どもを睨みつける。その鋭い眼光に、『フレンドシップ』の新人たちは蛇に睨まれたカエルのように静かになった。


小林も新人たちの振る舞いにやれやれといった表情を浮かべている頃、よく通る男性の声が響き渡った。


「えー、皆様、本日は朝早くからお集まりいただきましてありがとうございます。私は『ライオンハート』で内務をしております、佐藤といいます。ただいまより、タードカハル行きの馬車に乗車していただきます。順番にギルドをお呼びいたしますので、呼ばれたギルドは速やかに移動してください」


声の主は『ライオンハート』の一員だった。年齢は30代といったところか。戦闘や探索による情報収集ではなく、事務的なことをやっている男性だ。『ライオンハート』だけでなく、『王龍』や他の大ギルドにはこういう内務的な仕事を担当する人も多い。本来のゲームではまずありえない職務だ。


真も声の主の方を見ると、いつの間にか多くの馬車が並んでいた。どれも一般的に見る馬車ばかりだが、これだけの数が集まると壮観である。


「では、『フォーチュンキャット』の皆さん、今手を上げている案内の方までお願いします」


佐藤が最初に呼んだのは、真達の『フォーチュンキャット』だった。


「お、俺たちから!?」


真はいきなり呼ばれたことに面を食らった。それは美月達も同様。5人しかいない少人数ギルドの『フォーチュンキャット』が最初に呼ばれるとは思っていなかったのだ。


「呼ばれたんですから、早く行きましょうか……」


彩音も若干驚きながらも、呼ばれたのであれば早く行かないと後続に迷惑がかかるので、移動を促す。


「そうだね。どの馬車に乗るのかは決められてるみたいだし。早く乗ってしまおう」


美月がそう言うと、すぐに動き出して、案内役のところまで歩いて行った。


人だかりをかき分けて手を上げている案内役の女性のところまでやって来ると、すぐに声をかけられた。


「おはようございます。『フォーチュンキャット』の皆様ですね。早速ですが、こちらへ来ていただけますか」


すると案内役の女性は柔らかい笑顔で別の場所に向かうことを示した。


「ん? ここで乗るんじゃないのか?」


真の顔に疑問符が浮かぶ。ここに集められた馬車のどれかに乗ると思っていたのだが、どうやら別のところに行くようだ。


「ええ、皆様には専用の馬車が用意してあります」


案内役の女性は微笑んだまま、真達を連れて歩き出した。真達はどこに連れていかれるのか疑問に思いながらも、黙ってそれに付いていく。


そして、集合場所から3~4分歩いた場所に辿り着くと、そこには一台の馬車が止まっていた。


「えっ!? マジか!? 嘘だろ!?」


真はその馬車を見て驚きに声を上げる。


「こ、これに乗るんですか……!?」


美月も驚いて素っ頓狂な声を上げていた。翼や彩音、華凛もどう反応していいか分からない顔をしている。


「はい。先ほども申し上げた通り、皆様には専用の馬車で移動していただきます」


期待通りの反応に、案内役の女性は面白そうにしている。


そこに用意されていたのは、3頭の馬に繋がった大きな馬車。黒い車体には金の装飾。窓には赤いカーテンが付けられている。軽く10人は乗れそうな大きさの豪華な馬車。外からだと内装を見ることはできないが、見なくても分かる。


『フォーチュンキャット』だけが別の場所に移動させられた理由はこれだった。それは特別待遇の『フォーチュンキャット』への配慮だった。


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