表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
270/419

バージョンアップ会議 Ⅰ

― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―


数カ月ぶりになる大音量での声に騒がしかった王都も緊張が走った。真達も固唾を飲んでメッセージを待っている。もはや昼食のメニューなど頭からなくなっている。


普段通りに動いているのはNPCだけ。現実世界の人達は時間が止まったかのように静まり返っていた。


【メッセージが届きました】


真の頭の中に直接声が響いた。バージョンアップや大事な告知がある時には必ず、メッセージが届く。今までに何度も経験していることなのだが、頭の中に直接声がするのは気持ち悪くて慣れない。


「見るぞ……」


真が美月達を見ながら呟いた。美月達はそれに対して無言で頷く。ギルド『フォーチュンキャット』の慣習で、バージョンアップがあった際の告知はまずマスターである真が内容を確認することなっていた。そうしようと決めたわけでないのだが、自然とこういう形になった。


そして、真が目の前に浮かぶレターのアイコンにそっと触れる。


【バージョンアップ案内。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。


 1 ヴァリア帝国領が追加されました。


 2 新たなミッションが追加されました】


「新しいエリアだと思うけど、『ヴァリア帝国領』っていうのが追加されたのと、ミッションが追加された……これだけだ」


相変わらずの無味乾燥な告知内容に真が訝し気な顔をしていた。嘘は書かれていないのだが、肝心の内容が何一つ分からない。まず、ヴァリア帝国領がどこにあるのかが分からないし、ミッションの内容も不明。


「よくあるバージョンアップって感じよね」


翼もメッセージの内容を確認しながら呟いた。


「そうだね……。結局のところ、どんな内容なのかは私たちが確かめないと分からないんだよね……」


メッセージの内容を見ながら美月も呟く。バージョンアップの告知の内容が薄いのはいつものこと。今回の内容も薄いし、今まであったバージョンアップの内容と同じようなものだ。


「でも、前回のバージョンアップみたいに、突然『異界の扉が開きました』って言われるよりはマシですよね……」


彩音が苦笑いを浮かべて言う。前回のバージョンアップは内容が意味不明な上に、時間制限も付いていた。それに加えて、何の前触れもなく異界の魔人が街中で暴れだすという無茶苦茶なものだった。それを思えば、今回のバージョンアップはまだ良心的と言えるだろうか。


「ほんと、ああいうのは止めてほしい……」


苦し気な表情で華凛が言った。真たちには華凛が苦し気に言う理由が分かっていた。華凛が真達と出会う前に、ドレッドノート アルアインという巨大なドラゴンが追加されたバージョンアップがあった。その時のバージョンアップも唐突なもので、何の前触れもなく現れた巨大なドラゴンに華凛の友達が蹂躙されたのだ。


「……兎に角、『ライオンハート』の同盟と合流しないとだな」


しばしの沈黙が流れたあと、真が気まずそうに口を開いた。華凛にとっては辛いことを思い出しているのは理解できるが、やらないといけないことはある。


「えっと、バージョンアップが実施された場合は王城前広場のホテルに集合することになったんだっけ?」


美月が真に問いかけるようにして言った。今まではバージョンアップが実施された際には、『ライオンハート』が主導で同盟のギルドを招集していた。


だが、前回のバージョンアップはまさに不測の事態であり、同盟のギルドを招集するのに難航してしまった。いきなり街中が戦場になるとは想定していなかったため、連携が上手くできなかったという経過を考慮し、バージョンアップが実施された際に自動参集される場所を設定したのだ。


「ああ、確かそうだったな。それで、バージョンアップの内容を見て、時間に余裕があるものなら、マスターとサブマスター、同盟会議に参加する幹部だけで集まる。前回みたいな緊急事態だったら、すぐに来れる人全員で集合する……だったはず」


数カ月前に開かれた同盟会議の内容を思い出しながら真が返事をした。若干うろ覚えのところがあるが、間違いはないはず。


「ということは、今回のバージョンアップだと、真と美月の二人であの王城前広場の豪華なホテル……えっと、名前なんだっけ?」


「ホテル『シャリオン』な」


ホテルの名前が出てこず、唸る翼に真が答えた。


「あっ、そうそう。『シャリオン』! で、その『シャリオン』には真と美月が行って、私たちは留守番しておけばいいのよね?」


「そういうことになるな」


今回のバージョンアップの内容を見ると、今のところ時間制限は付けられていない。ミッションがどこで受けることができるのかも分からず、ヴァリア帝国領の場所もこれから探さないといけない。そのため、時間の猶予はあると見ていいだろう。


ということは、今回のバージョンアップで自動参集されるのは、マスターとサブマスター、それに同盟会議に参加するギルド幹部だけということになる。『フォーチュンキャット』でいうと、マスターの真とサブマスターの美月だ。他のギルドは幹部も自動参集されるのだが、5人しかいない『フォーチュンキャット』からは2人だけの参集となる。


「いいなぁ……2人で豪華ホテル……」


華凛が羨ましそうに呟いた。


「別に遊びに行くわけじゃないからな。バージョンアップの会議だからな」


華凛の呟きを聞いた真が反論した。同盟会議は長いし、周りからは色んな目で見られるしで真としては行きたくない会議だ。しかも、『フォーチュンキャット』で普段の同盟会議に参加するのは真一人だけだ。バージョンアップという特別な事象があるから、サブマスターの美月も同行する。


「えッ!? 違ッ!? 違うって……何がって……!? ななな、なんでもないから!」


無意識に呟いてしまった言葉を聞かれて華凛が顔を真っ赤にして動揺した。真は勘違いをしているようだが、華凛が言ったのは『真君と二人っきりで』行けるということが羨ましかったのだ。


「いや、本当にあの会議は疲れるんだからな」


華凛が何を動揺しているのか真には分からなかったが、遊びに行くわけではないということは理解してもらいたい。


「う、うん。わ、分かってる……。分かってるから!」


真が勘違いをしてくれていることに華凛は感謝をしながら、何とかこの話題を終わらせようと必死になる。


「本当に分かってるのか……?」


なぜ華凛が必死にこの話題を終わらそうとしているのかは真には分からないが、あの苦労をちゃんと理解してほしいところではある。


「大丈夫よ真。華凛だって会議が疲れることくらい分かってるから。それより、早く『シャリオン』に行かないと。ね?」


美月が朴念仁を諭すようにして言う。今はそんなことよりもバージョンアップへの対策を考える方が先決だ。それに、美月としても、真と2人きりで行動できるのは嬉しい。


「まぁ、別に気にしてないけどさ――とりあえず『シャリオン』に行くか」


『シャリオン』は豪華ホテルだから、会議だとしても行きたいという気持ちは真も理解できなくはない。それに、美月が言うように今はバージョンアップの対策が優先だし、華凛を責める気もない。


「うん――それじゃあ、私たちはこれから会議に行ってくるから」


席を立った美月が残りのメンバーに声をかけた。


「すみません、大変な役割押し付けてしまって……」


彩音が申し訳なさそうに言う。ギルドを作った当初は、マスターもサブマスターも形だけのものだったが、『ライオンハート』の同盟に参加してからは実質的な責務が発生するようになった。特に真は慣れない会議に参加して大変そうなのは目に見えていた。


「いいのよ。私こういうの結構好きな方だから」


美月が微笑みながら答える。大人が集まる会議は緊張するし、出て来る意見も高校生の美月からすればレベルが高いものばかりだ。だからこそ、同盟会議で出てくる本質を突いた議論は非常に勉強になる。


「真、美月、悪いけど任せるわね」


「大丈夫、任せておいて」


翼の言葉に美月が返事をすると、真と美月はそのまま店を出て会議の場所である王城前広場にあるホテル『シャリオン』へと向けて出発した。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ