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鍾乳洞 Ⅲ

「真っ!」


「ああ、分かってる」


線路の上を這う巨大ムカデに向かって真が大剣を抜いて走り出した。巨大なムカデは全身の足を忙しなく動かして走っている。動きも早く、あと数秒で逃げる少女達に追いつくだろう。だが、その前に真が射程範囲内に入る。


<ソニックブレード>


振りかざした大剣から音速の刃が放たれ、巨大なムカデに向かって一直線に飛んでいく。


<クロス ソニックブレード>


更に切り返す刃で十字を斬るようにして真空のカマイタチを撃つ。ベルセルクの連続スキルであるクロス ソニックブレードはソニックブレードから派生する遠距離攻撃スキル。近接戦闘が専門のベルセルクにとっては貴重な遠距離攻撃スキルである。


「シャアアアアアアーーーーー!!!」


真の攻撃をまともに受けた巨大ムカデが雄叫びのような鳴き声を発し、よろめく。ダメージを受けて、大きく身体をくねらせた巨大ムカデはターゲットを二人の少女から攻撃を仕掛けてきた真に変更した。


真も再度走り出して、巨大ムカデに突撃していく。


「えっ!? なに?」


視界にすれ違う人影が見えて、逃げていた二人の少女の内の軽装鎧を着た一人が振り向いた。


「翼ちゃん! 早くっ!」


一緒に逃げていた一人が振り向いて急に速度を落としたため、もう一人のローブ姿の少女が慌てて声を上げた。今は振り向いている余裕など微塵もないはずだ。


「彩音、待ってっ!」


軽装鎧を纏った翼と呼ばれた少女が走りを止めて完全に振り返った。


「えっ!?」


全力で逃げている最中に、急に待てと言われて彩音は混乱した。今は一歩でも前に逃げないといけない状況のはずだ。それでも、待てと言われて、判断に迷いながらも振り返る。そこに見えたのは気の強そうな顔をしたショートカットの少女が巨大ムカデに大剣を振るっているところ。流れるような斬撃からまるで舞っているように鮮やかな連続攻撃を繰り出して巨大ムカデを圧倒している。


「二人ともこっちへ」


線路の上で息を切らしている二人の少女に美月が声をかけた。手を差し伸べてホームの上にいざなう。


「えっ!? で、でも、あの人だけじゃ無理よ! 助けなきゃ!」


翼が混乱しながら声を上げた。ホームの上から手を差し伸べてくれているのはこのまま逃げるためだということは分かる。だが、今、自分たちを逃がすために巨大ムカデと戦ってくれている人を見捨てていくことなどできない。


「大丈夫ですよ。もうすぐ終わると思います」


「そ、そんな、あんな大きなムカデ一人じゃ――」


彩音が『無理だ』と言いかけた時、真の大剣に斬り刻まれた巨大ムカデが仰け反って倒れていった。最早ピクリとも動く気配がない。


「ね、大丈夫でしょ」


ポカンと口を開けている二人の少女に対して美月が声をかけた。驚くのも無理はないことだが、今はそれよりも大事なことがある。


「怪我はありませんか? 念のために回復スキルをかけますね」


<ヒール>


美月は相手の返事を待たずに回復スキルを発動させた。青白く淡い光が傷ついた体を癒していく。ビショップの基本スキルであるヒール。ゲームでは、高レベルになるとさらに強力な回復スキルを使用できるようになるが、それでも再使用時間が短いヒールの使用頻度は高かった。


「あ、ああ、ありがとう……」


「あの、すみません、ありがとうございます……」


呆気に取られながらも傷ついた体を回復してくれていることは素直にありがたかった。二人ともまだ状況を理解していないが、取りあえず助かったということだけは理解できた。


程なくして巨大ムカデを片付けて大剣を背負い直した真が線路の上を歩いて戻ってきた。見た目の上では怪我らしい怪我はしていない。


「二人とも大丈夫か?」


戻ってきた真が巨大ムカデに追われていた二人の少女に話しかけた。美月がヒールをかけてくれているのが見えたので、心配することはないと思う。


「え、ああ、うん、大丈夫……」


翼はまだ若干混乱が残っている様子であった。しどろもどろに返事をしている。


「あの、助けていただいて、ありがとうございます」


彩音が丁寧に頭を下げた。口調も穏やかで物腰も柔らかい。黒く長い髪の毛に眼鏡をかけている。見た目も口調もおっとりとした少女だった。


「あ、ありがとう……。私は椎名しいな つばさ、こっちは八神やがみ 彩音あやね。おかげで助かったわ、ほんとありがとう。もぅ、死ぬかと思ったわ」


肩まで伸ばした濃紺色のくせ毛が特徴的な翼も礼を言った。はきはきとした口調で、彩音とは対照的である。


「ああ、俺は蒼井真。ベルセルクだ」


「私は真田美月、ビショップをやってるの」


「あ、私はスナイパーね。彩音はソーサラー」


翼は落ち着きを取り戻したようで、気軽に話かけてきている。


「で、何だったんだ? あのムカデは?」


真が振り返ってムカデが横たわっていた場所に目をやる。すでにムカデの亡骸は消えてしまっているので、線路しかないところを見る。


「それは私の方が聞きたいわよ! びっくりしたわよ、撃ったらいきなり襲い掛かってくるんだもん!」


翼が不満気な表情で文句を言ってきた。まるで不当な扱いを受けたとでも言いたげな表情をしている。


「『撃ったら』って……?」


何を言ってるんだこいつは? という顔をしている真の横から美月が質問した。


「弓を撃ったらってこと。私スナイパーだし」


翼は手に弓を持っている。スナイパーは弓を使った物理遠距離攻撃スキルを得意とする職業。長いリーチを活かして、敵を近づけさせずに封殺するのが主な戦い方だ。


「うん、そういうことじゃない。何であんな大きいムカデに向かって弓を撃ったんだ?」


真の眉間に皺が寄っている。翼の言っていることが理解できないというよりは、何となくだが予想ができていたからこそ、眉間に皺が寄っている。


「いや、だって、何かいるって思ったから!」


「撃つなよ! それで!」


真が思わず声を上げた。こういう後先考えずに攻撃するタイプはたまにいる。所謂‟脳筋”というやつだ。


「あ、あの、それまで、順調に敵を倒せてたんです。翼ちゃんが撃ったのも、あの、そういう性格っていうのもありますけど、流れというか、あの、ほんとすみません」


彩音が翼のフォローに入って、代わりに謝った。しかし、今の翼の話を聞く限り、一番の被害者は彩音だ。たしかに、マッドマンのように動きの鈍いモンスター相手なら、遠距離攻撃主体であるスナイパーとソーサラーのコンビからしてみれば格好の相手だろう。調子に乗るのも分かる。


「それでも、あれだけ大きいんだから分かるだろ……」


「まぁ、真もさ、助かったんだからよしとしようよ、ね」


美月が真のフォローに入った。とは言いつつ、美月も翼の行動には呆れるばかりだ。


「撃っちゃったものは仕方ないじゃない! ――でも、そっちに迷惑をかけっちゃったのも確かだよね。それはごめんなさい」


翼の性格は非常に分かりやすかった。思ったことをはっきりと言うし、悪いと思ったら素直に謝る。脳筋ではあるが憎めないタイプだ。


「私の方からも、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


彩音も一緒になって謝る。彩音はどう考えても被害者なのだが、真面目な性格からだろうか、翼と一緒に行動をしているので、連帯責任を感じているようだった。


「うん、まぁ、気を付けてくれればそれでいいよ」


こうも素直に謝られると真としても許すしかない。直接的な被害も受けていないので、責めるわけにもいかない。


「ありがとう。それでさぁ、ついでなんだけど、出口まで一緒に行ってもらってもいい? 道に迷っちゃって」


翼がてへっと笑いながら真と美月にお願いをしてきた。思った通り神経は太いようだ。


「迷ったって、ここまでほとんど一本道だよ」


美月が今まで辿ってきた経路を思い出しながら話す。曲がりくねってはいたが、道が分かれているということはなかった。


「えっ? そうなんですか? でも、確かに何カ所か分かれ道がありましたよ? 走って逃げている時もたぶん分かれ道があったと思います……」


美月の言葉に彩音が疑問を浮かべた。どうも話が食い違っている。


「えっと、椎名さんと八神さんは、どっちの方向から来た?」


真が二人に質問をした。


「どっちって、逃げてきた方向からだけど。あ、それと、私のことは翼でいいわよ」


「ああ、分かった。それで、翼たちはこの鍾乳洞に来たのは何度目?」


「今日が初めてよ」


「そうか……俺たちもこの鍾乳洞に入ったのは今日が初めてなんだ」


真が少し考える。


「ねぇ、それってもしかして、入口が何カ所かあるってこと?」


隣の美月が話しかけてきた。


「だろうな。少なくとも二カ所は入口があるってことだ」


入口は最低でも真と美月が入って来た場所と翼と彩音が入ってきた場所がある。彩音の話では何カ所か分かれ道があったということなので、おそらく他の入口もあるはずだ。


「よし、それじゃあ、一旦戻ろうか。美月もそれでいいか?」


「いいわよ。一本道だからって、このまま二人だけで帰すわけにもいかないしね」


「一緒に行ってくれるの!? ありがとう!」


翼が表情を明るくして返事をした。あまり悩むタイプの性格ではないが、やはり大ムカデに追われたことは堪えていたのだろう。


「私たちのために、ありがとうございます」


彩音が再度、丁寧に頭を下げた。


「いいよ。それより、翼。無暗に弓を撃つんじゃないぞ!」


真が翼に釘を刺す。


「大丈夫よ。私、アーチェリー部だから!」


「違う! そういう話じゃない!」


真が釘を刺したのは確かだが、刺した場所は糠のようだった。






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