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夕暮れまで

ギルド『ライオンハート』と『王龍』、そして『フォーチュンキャット』の幹部による極秘裏の報告会は昼過ぎには終わり、真と美月も帰路に着いていた。


風は優しく、雲はゆっくりと流れていく。昨日までの混乱が嘘のように穏やかな天気だ。魔人達との激闘がまるで一夜の悪夢だったかのように思えてくるほどに日差しは暖かい。


真はそんな王都の様子を見ながら歩いていた。王都グランエンドを動かしているのはNPC達だ。商業地区は普段通りに営業しているし、馬車の往来もいつも通りだ。


魔人との戦いで多くの犠牲を出したはずの王国騎士団の姿もちらほら見られる。新たに生み出されたNPCなのかどうかは分からないが、ゲームを成り立たせるために一定数のNPCが確保されるのだろう。


NPCの数が変わっていない反面、現実の人の姿はほとんど見かけない。異界の魔人を撃退したのが昨日の夜のことなので、それは当然のことだと言えた。


真も美月も『ライオンハート』からの呼び出しがなければ宿から出るつもりはなかったのだ。


「ねえ、真。ちょっとお茶していこうよ」


隣を歩く美月が声をかけてきた。その声はどこか軽く、機嫌の良い感じがした。


「うん? ああ、そうだな。俺たちだけ報告会に行ってきたんだし、ちょっとくらいはいいよな」


真は美月の疲労が気になっていたが、どうやらそれは取り越し苦労のようだった。ミノタウロスとの戦闘で攻撃をまともに受けたとも聞いていたが、やはりゲーム化した世界でのこと。肉体的なダメージは残っていない。


「ふふっ、そうしよう」


美月が微笑みながら真の顔を覗き込む。その可愛い微笑みを直視できずに真は少し顔を逸らした。


「何か良いことでもあったか?」


昨日の激戦を無事に終えたということで安堵するのは分かるが、今の美月の機嫌の良さはまた別のところにあるように思えた。その別のところが何なのかということは真には分からない。


「良いことはあるよ」


「そうなのか? 何があったんだ?」


「ふふふ、内緒」


「なんだそれ?」


美月の言っていることが分からない真は不思議そうな顔をしていた。昨日は迷路を彷徨い、魔人と戦ったので良いことなんてなかった。そうなると、今日何か良いことがあったということなのだが、『ライオンハート』と『王龍』との報告会をしただけ。全く持って思い当たることがない。


「なんだか真とこうして二人だけで街を歩くのって久々だよね」


相変わらず美月は嬉しそうにしている。ここ最近はミッションのために常に複数で行動していることが多かった。普段の生活をするためにも狩りをしなくてはならず、単独で動いて狩りをするのは効率が悪いため、そのことでも美月はギルドのメンバーと常に一緒に行動していることが多かった。


「そう言えばそうだな」


たまには真と美月の二人だけで行動することもあるのだが、ここ最近はほとんどなかったことを真が思い返す。


「うん。いつの間にか大きなギルドと一緒に行動することが多くなったからね。こうして二人だけで歩くのってほんとに久々な気がする」


「王都に来てからだな。紫藤さんと葉霧さんに声をかけられて『ライオンハート』との付き合いができたんだよな。あの時はチャラい男どもに絡まれたんだっけか」


真達が『ライオンハート』との繋がりができたのは、王都にあるレストラン『オウルハウス』でナンパしてきた男どもを総志が追い払ってくれたことがきっかけだ。ただ、最初から総志と時也は真を探していたので、ナンパしてきた男がいなかったとしても繋がりができたのだろう。


「そんなこともあったよね」


(全然気が付いてないのよね……まぁ、真らしいといえばそうか)


美月の機嫌が良い理由を真はまだ気が付いていなかった。それは真の様子を見れば一目瞭然。


美月はただ単に真と二人で街を歩くことができて嬉しかった。それとなく言っているのだが、この朴念仁は明後日の方向を向いている。それはそれで美月は可笑しく思えていた。


「ねえ、真。あの店に入らない?」


美月が一軒のカフェを見つけた。特に何の変哲もない普通の店だ。行商人などが一服するのに使う感じの店。


「いいよ。あそこにしよう」


真はちょっと休憩するだけなので、普通の店に入れればそれでいい。美月に促されるままに真は店の中に入って行った。


店内も特に何かあるわけではない。木の床とテーブルとイス。行商にらしきNPCが数人いるくらい。それほど繁盛している店ではなさそうだ。


とりあえず奥に空いている3人掛けの丸テーブルに座ることにした。


「メニューをどうぞ」


店員らしき中年の女性が木製のメニュー表を真と美月に渡す。ざっとメニューを見た限りでは、王都によく出回っている紅茶と焼き菓子くらいしかない。


「私も一杯もらおうか」


真の耳に聞いたことのある声が入ってきた。どこか現高なものの言い方をした少女の声だ。


ガタッ!


真はその声にハッとなり、思わず席を立っていた。


「そう警戒するな。私はお前と敵対するつもりはない」


「管理者……」


真の額から嫌な汗が流れた。空いているはずの席には一人の少女が座っていた。血のような赤い長髪に白いブラウスと紺色のスカート。その顔は現実離れしたように美しいが、表情がないためまるで人形のように見える。真の髪を長くして幼くした姿が管理者の姿だ。正確に言えば、管理者の姿を元に真のアバターが作られた。


目の前に座っている少女はこのゲーム化した世界の管理者だ。その管理者が突然真の前に現れた。


(やっぱり誰もいなくなってるな……)


真は警戒を解かずに周囲を見渡した。さっきまで真と話をしていた美月の姿はなく、メニューを持ってきた店員も、お茶を飲んでいた客もいなくなっている。


管理者が真と会う時には必ず、誰もいない空間に呼ばれる。それは、他の者に管理者の存在を教えないためでもある。


そして、管理者がいる空間に入った時だけ、真は管理者との記憶を取り戻す。管理者の説明では、管理者と会った事実を切り取っており、再会した時に切り取った事実を元に戻すということらしいのだが、真はまだそのことがよく理解できていない。


ただ、管理者と会っていたという事実を切り取ったとしても、切り口は残ってしまうため、そのことで真が変な行動を取っているように見られてしまうという欠点があった。


「いい加減座ったらどうだ?」


立ったまま周囲を気にしている真に管理者が声をかけた。


「…………」


真は管理者を見ながら無言で椅子に座った。


「警戒しなくてもいいと言っているだろう」


「……自分が何をしているのか分かってて言ってるのか?」


真の声には怒気が含まれていた。相手は敵対するつもりがないと言っているし、それは本当のことだろうと真も思っている。だが、この狂ったゲームの世界を作った張本人に心を許せるはずがない。


「それは十分に理解しているさ。この世界を管理しているのは私なのだからな」


管理者は表情を変えずに答えた。当然、真が言いたいことも理解をしている。理解をした上での回答だ。


「今回も大勢の人が犠牲になったんだぞ!」


「知っているさ。私はこの世界を管理していると言っただろ」


「何も感じないのか!」


「価値観の違いだ。だが、この世界で何人死のうが構わないというわけではない。殺戮がしたいわけではなないのでな」


「結局何がしたいんだ……?」


管理者が人類の抹殺を目論んでいるようなことはないと真は言いきれる。『殺戮がしたいわけではない』という管理者の言葉も本当だろう。そもそも、管理者が嘘をついたことはない。肝心なことを教えてくれないだけだ。


「何度も言わせるな。その時がくれば教えてやると言っているだろう」


同じ質問をしてくる真に対して、少し辟易とした声で管理者が答える。


「無暗に人を殺したいわけじゃないんだろ? そもそもお前は何者なんだ? 神が存在しないのなら、お前も人間なのか?」


興奮気味に真がまくし立てた。どれだけ怒鳴ろうが、大声を出そうが、管理者は一切動じることがないのは分かっているのだが、感情を抑えることはできなかった。


「それもいずれ教えてやると言っているだろう。同じことを何度も言わせるな――まぁ、そうだな。一つだけ答えてやろう。私はお前たちが定義する人間ではない」


「人間でもない……神でもない……」


人間が神と呼ぶものは空想から作り出した虚構の存在であると管理者が答えている。このゲーム化した世界には神が存在しているのだろうが、それはあくまでゲームとして作り出された物。神といってもNPCやモンスターと同じだ。ゲームの一部として作り出された存在にすぎない。


(答えてはくれないが、選択肢を削れる分ヒントにはなるか……)


管理者が全てを答えてくれるのはいつのことなのか。おそらくもっとミッションをクリアしていかないといけないのだろう。だが、管理者が答えると言っているのだから、いつか必ずその答えを教えてくれることになる。


「さてと、そろそろ時間だ。次に会う時にはもっと有用な質問をしろ。では、またの再会を楽しみにしているぞ」


管理者はそう言うと静かに席を立った。唐突に表れて唐突に消えるのが管理者だ。


「待て! まだ聞きたいことはある! イルミナは何をしようとしているんだ?」


真としては管理者と会う時間というのはプレッシャーなので早く終わってほしいところはあるが、この世界の全てを知っているのは管理者しかいない。できるだけ重要な情報を引き出したい。


「それはお前自身で確かめろ」


当然のことながら管理者は答えてくれなかった。


「くそ……」


ここで、イルミナが何をしようとしているのか教えてもらったとしても、管理者の空間から出ればその記憶は、管理者と会っていたという事実とともに切り取られてしまう。だが、切り口が残ることでヒントも残る。そのヒントを頼りに向かう方向を決めることもできるのだが、管理者はそんなことをしてくれるわけがなかった。


「どうしたの……?」


メニュー表を見ながら毒づく真を見て、美月が声をかけてきた。さっきまで真も機嫌が良かったのだが、突然怒り出したように見えた。


「えっ……!? 何が……?」


美月の質問の意味が分からずに真がきょとんとした顔で聞き返した。


「何がって……。何か怒ってるみたいだったから……」


「怒ってる……? 俺が?」


「うん……」


少し不安そうに美月が真の顔を見る。今は怒っているようには見えないが、さっき『くそ』と言って怒っていた。


「いや……別に怒ることなんてないけどな……」


なぜ美月が真に対して怒っているのかと聞いたのか。その理由は真にも思い当たることがあった。真は確かに『くそ』と呟いた。それは真自身も自覚しているのだが、『くそ』と呟いた原因が分からない。何か怒るようなことがあったのは確かなのだが、それが何なのかが記憶にない。美月と街を歩いてからカフェに入ってメニューを見ただけだ。どこにも怒る要素はなかった。


「真がさ……こういう風になるのって、何回かあるよね……」


「あ……うん、そうだな……」


美月が言う『こういう風になる』というのは、真自身が自分の行動を理解できなくなっているようなことだ。何を根拠として行動したのか、意見を言っているのかを真自身が分からなくなってしまうことがあった。直前の行動ですら何が原因なのか分からなくなってしまうことまである。


「それってさ、ミッションが終わった直後のことが多いよね……」


「たしかに……そうかもな……」


「今回もさ、昨日の夜に異界の扉を閉じたばかりだし……。ごめんね真……」


「ん? どうした?」


「真がこんな風になるのって……真にばかり負担をかけてるから……だと思う……」


美月は俯きながら言う。その顔は今にも泣きそうな顔をしていた。


「いや、それはないぞ!」


真はすぐさま言い切った。真自身も理由が分からず驚いたり、根拠が分からないけど何故か確信を持って意見したりすることには不安を持っていたが、その原因がミッションの負担ではないことは確実だった。


「本当に……?」


美月はまだ泣きそうな顔をしているが、顔を上げて真の方を見た。


「ああ、本当だ。ミッションの負担が原因だというのは絶対にない」


ここで真は自分の言葉に引っかかった。ミッションの“負担”は原因ではないと言い切れるのだが、その根拠は分からない。しかし、ミッション自体は真の症状に関係しているのではないかと思える。当然、その根拠も分からない。


(分からないが、美月を心配させない方が優先だな)


どれだけ考えたところで答えは出てこない。だったら美月に余計な心配をさせないことを考えた方が建設的だ。真は普段通りに振舞えるように、このことは一旦頭の中から追い出すことにした。


「うん……分かった。真がそう言うなら信じる」


真が自信を持って言っていることで美月も安心したのか、表情も明るくなった。


そして、その後の真の努力の甲斐もあってか、普段通りに振舞うことができ、久々の二人きりの時間を楽しむことができた。


それは、ギルドの仲間が待つ宿に戻る、夕暮れまでのひと時だった。





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