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一夜明けて

異界の扉を閉じてから一夜が過ぎた。魔人との戦いに参加した大勢の人は疲れ果てて路面で一夜を過ごしたほどだ。


今回の騒動では多くの犠牲者が出た。不意に襲われた者、魔人に囲まれた者、魔人との戦いの中で倒れた者。様々な理由で命を落としていった。


一体どれだけの犠牲者が出たのか。それを把握するために、『ライオンハート』と『王龍』を中心とした同盟で朝から慌ただしく動いている。


丸一日以上戦い続けたにも関わらず、一晩休んだだけで被害状況の調査を進められるのは、やはりゲーム化した世界の影響だろう。


そして、もう一つゲーム化した世界であることで、現実世界ではありえないようなスピードで回復しているのがNPC達だ。異界の魔人が王都グランエンドで暴れまわったことによって、王都で暮らすNPC達にも被害が出ていた。


それでも、異界の扉が閉じてから一夜明けると、NPC達は普段通りに行動をしている。各種店も通常営業だ。さすがに魔人の被害に関してはNPCも口々に話をしているが、不思議なことに店主がいなくなって開けられなくなったという店は見当たらない。


当然、王城前広場の傍にある豪奢なホテルも通常営業している。この王城前ホテルはギルド『ライオンハート』の御用達であり、大事な会議をする時にはこのホテルの会議室を使う。


一般的に解放されていない特別なホテルであるため、機密性に優れた場所だ。支配地域を2つ持っている『ライオンハート』はその名声だけでなく、財力からもこの王城前ホテルを使うことができるギルドとして認められているのである。


現在、王城前ホテルの会議室には6人の男女が集まっていた。『ライオンハート』のマスター紫藤総志とサブマスターの葉霧時也。『王龍』のマスター赤嶺姫子とサブマスターの刈谷悟。そして、『フォーチュンキャット』のマスター蒼井真とサブマスターの真田美月だ。


「早速だが王城であったことを報告してもらう」


会議室の上座に座る総志が真を見ながら口を開いた。6人で使うにはいささか大きなテーブルなのだが、これしかないため仕方がない。お互いの距離が離れすぎないように、3方をそれぞれのギルドの二人ずつで座り、上座の方へと寄っている。


「ああ……ちょっと色々ありすぎて、まだ整理がついてないんだが……」


真がどう報告していいものかと考える。真はこの日一日は何もしない、完全に休養のための日にしようと決めていた。宿に残してきた他のギルドメンバーも同じく、休養することになっていた。だが、午前中に『ライオンハート』からの遣いが来て、真と美月に急ぎ王城前のホテルに来るようにと言われ、疲れを押してこの会議室までやってきた。だから、何をどう報告するかということは一切考えていなかった。


「まず、異界の扉が開いた原因はなんだ?」


何をどう答えていいのか迷っている真に対して、総志が質問を投げた。


「あっ、それは、イルミナ・ワーロックだ。イルミナが異界の扉を開けたんだ」


「イルミナ・ワーロックって!? それって……ミッションで取りに行った本の持ち主じゃねえのか!?」


真の答えに驚いた声を上げたのは姫子だ。ミッションでイルミナの迷宮に挑んだ際に、古びた魔書を迷宮から持ち帰ってきた。


「ああ、そのイルミナだ」


「『そのイルミナだ』って……あいつは大昔のサマナーだろ?」


「その大昔のサマナーをアドルフ宰相が復活させたんだ」


「復活だぁ?」


姫子が眉間に皺を寄せながら言う。相変わらず敬語を使わない真のことは置いておいても、言っていることが突拍子もないことで理解が追い付かない。


「えっと……すみません。私が順を追って説明しますね」


雑な説明をしている真に代わり、美月が入ってきた。真は起きたことの整理ができていないというより、もっと他のことを考えているように見えた。おそらくイルミナが何をしようとしているのかということだろう。そのせいで説明が雑になっている。


「それじゃあ、真田さんから説明をお願いしようか」


悟が美月に説明をするように促した。悟は今の真の話にはついてきているように見える。これだけの情報で、いくらか推測を巡らしているのだろう。


「はい。それでは……。まず、ミッションのことなんですが、アドルフ宰相から『命の指輪』と『イルミナの魔書』を持ってくるように依頼されて、私たちはそのミッションを遂行しました」


美月は『浄罪の聖人の遺骸』のことは伏せて話をした。これはシークレットミッションとして『フォーチュンキャット』だけに内容を知らされたミッションだ。ここで話していいものかどうか判断ができない。それに、浄罪の聖人=イルミナ・ワーロックであることと、浄罪の聖人についてわざわざ説明をしなくても話の核心は変わらないという理由もあった。


「あの二つのミッションが今回の事件と関わっているのか!?」


時也が眼鏡の位置を修正しないがら呟く。この二つのミッションが今回の件と関連しているとは全く予想していなかったことだ。


「はい。アドルフ宰相はイルミナ・ワーロックのミイラに命の指輪を嵌めて、その肉体を復活させました。そして、イルミナの魔書を媒介にしてその魂を体に呼び戻したのです」


美月の報告を聞いて、一同が目を見開いていた。


「アドルフ宰相の目的は?」


総志が美月に質問した。その目には静かだが怒りが灯っている。どんな目的でミッションをやらされたのか。『ライオンハート』のナンバー3である剣崎晃生が死んだのも命を指輪を取りに行った時だ。


「兵器として……利用するためだと……」


総志の目に気圧されながらも美月は答えた。おそらく、総志は美月の報告を聞いた時点でほとんど分かっていたのだう。アドルフがイルミナ・ワーロックを復活させて何をしようとしていたのかということを。


総志からギリッと歯噛みする音が聞こえた。予想通りの答えに何とか理性を保とうと踏ん張っているのが分かる。


その様子に姫子ですら声を出すことができずにいた。


「真田さん、続けて」


若干怯えている美月に悟が報告の続きを促す。怒りに震えている総志が怖いということは理解できるが、優先すべきことは事実の確認だ。


「あ、はい……すみません……。それで、その……アドルフ宰相は、イルミナ・ワーロックを復活させたんですけども、操ることができずに……王城にいた人たちが大勢殺されました……」


美月は王城に入る時に見た兵士の死体を、玉座の間に積み上げられた死体の山を思い出した。イルミナ・ワーロックも同じ人間であるはずなのに、どうしてあんな残虐な行為をして平然としていられるのか。それが全く理解できなかった。


「…………それで、イルミナは何にをするために異界の扉を開いた?」


総志は静かに息を吐いた後、美月への質問を続けた。まだ怒りは収まっていないが、大事なことは怒りを爆発させることではない。事実を正確に把握することだ。


「それは……」


総志が睨むようにして美月を見ている。何か答えないといけないのだろうが、美月にはイルミナが何をしようとして異界の扉を開いたのかが分かっていなかった。


「それは、まだ分からない」


美月の代わりに答えたのは真だった。総志に対して苦手意識を持っている美月と違い、真は総志を対等だと思っている。


「分からないだと?」


「一応分かっていることは、イルミナが手駒になる上級魔人を呼び寄せるために異界の扉を開いたっていうことだけだ。俺たちが異界の扉に辿り着いた時には、もう上級魔人は召喚されていた。イルミナが上級魔人を呼んで何をしようとしているのかは全く分からない。聞き出す前に魔人と一緒に逃げていった」


「蒼井君、上級魔人っていうのは?」


この質問は悟からだった。イルミナ復活に関連するミッションで仲間を失っていない『王龍』の方が、犠牲の出ている『ライオンハート』より冷静に話を聞くことができていた。


「王都中で暴れていたのが下級魔人だ。上級魔人ていうのは知性があって特殊な能力も持ってる。イルミナの迷宮で戦ったヴィルムもおそらく上級魔人だ。下級魔人とは段違いに強い相手だ」


「あのヴィルムが……。なるほど、あれが上級魔人だとしたら、確かに手駒としては有用か……」


悟がイルミナの迷宮での死闘を思い起こす。ほとんど真が倒してくれた相手なのだが、非常に分かりにくい攻撃を仕掛けてきていた。一歩間違えれば、真も死んでいたかもしれないような攻撃もあったくらいだ。


「蒼井、イルミナが呼び出した上級魔人は全部で何人だ? そのうち、特殊能力が分かっている奴はいるか?」


少し冷静さを取り戻した総志が、さらに質問をした。


「ああ、上級魔人は全部で5人呼び出された。その内の1人は倒した。そいつの能力は王城を巨大な迷路に変えることと、攻撃を反射する能力も持ってた。残り4人の内、分かっている能力は一つだけだ。おそらく空間転移能力だと思う。その能力でイルミナと4人の魔人はどこかに消えていった」


「王城を巨大な迷路に変える……!? なんだその能力は?」


姫子は真の報告を聞いて、遊んでいるのかという風に聞こえた。イルミナの迷宮で戦ったヴィルムの能力も不可解なものだったが、今回現れた魔人の能力というのも不可解極まりない。


「言葉で言っても分かりにくいと思うけど、とにかくそういう能力なんだ。その能力のせいで俺たちは二十数時間の間、王城の中を彷徨うことになったんだ」


「二十数時間……!? 王城をそんな巨大な迷路にしたのか……!?」


報告を聞いた時也が信じられないという表情をしている。


「厄介なことに広範囲に影響を及ぼす能力を持った魔人もいるということですね……。蒼井君たちがこれだけ時間を要したというのもこれで理解ができますね……」


悟が時也に共感するように言った。ただ、幸いなのはその巨大な迷路を作り出す魔人は真が倒したということだ。とはいえ、他にも悪趣味な能力を持っている魔人はいるだろう。


「なるほどな。大体のことは分かった……。今後のミッションはイルミナや魔人との戦いになると思っておいた方がいいだろう。蒼井の話を聞く限りでは、より一層危険度が増したということだ。現段階で、上級魔人のことは同盟幹部にしか伝えない。余計な不安を煽らないように、情報の管理は徹底してくれ。特に『フォーチュンキャット』は注意をしてくれ」


総志が全体を見渡すようにして言い、最後に真の方を見た。


「特にって……。俺たちはそんな――」


「お前達は直接上級魔人と接触をしている。情報の密度で言えば一番大きい。その情報を持っているのが、同盟の幹部ではない者達だ。ギルド外に上級魔人の情報が漏れないように徹底してくれ」


真が最後まで言い切る前に総志が割り込んできた。


「あっ……そうだな。分かった」


話の途中で割り込まれたが、総志の言いたいことは納得がいくことだ。重要な情報を持っているのが未成年者となれば、情報の管理をより厳重にしないといけない。


こうして異界の扉に関する報告会は終了した。今回の件で、誰もがセンシアル王国に対しての不信感がつのった。だが、ミッションをやる以外に世界を元に戻す手掛かりはない。それならば、アドルフの反吐が出るような陰謀も、世界を元に戻すためと割り切るしかなかった。





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