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異界の扉 Ⅱ

真達はアドルフ宰相を置いて、まっすぐ玉座の間まで進んだ。


憤りを感じていないと言えば嘘になる。今までやってきたことはセンシアル王国がイルミナ・ワーロックを意のままに操るための準備。単なる私利私欲。反吐が出るようなくだらない計画。そのために死んでいった人がいる。


そんなことでもミッションとして追加された要素である以上はやらないという選択肢はない。もし、イルミナ・ワーロックを復活させて、センシアル王国が兵器として利用すると知らされていたとしても、やらざるを得ない。


ミッションを遂行する以外に、ゲームによって浸食された世界を元に戻す手掛かりはないのだから。


だから、余計に憤りを感じる。最初から選択肢など存在していない。


「……」


そんな思いを胸に、真は玉座の間へと続く扉の前で黙していた。高さは3メートルほどある白い扉。両開きの大きな扉には金で装飾がされている。以前に来たときは扉の両脇には白銀鎧の衛兵が立っていたのだが、どこに消えたのか、その衛兵の姿は見当たらない。


「……いいか? 入るぞ?」


呼吸を整えてから真が言う。否応なしに緊張感が高まる。この先に異界の扉がある。イルミナ・ワーロックもこの先にいるはずだ。真が肩越しに美月達を見ると、無言で頷いていた。


イルミナ・ワーロックの正体を聞かされていなければ、真もここまで緊張することはなかっただろう。だが、あの浄罪の聖人がイルミナ・ワーロックであると知らされた。遺骸となっても狂気を放つ存在。それが、復活して、これから対峙することになる。


いつも以上に緊張している真を見て、美月達の緊張も増していた。手にしている武器をギュッと握りしめて、真が扉に手をかけるのを待つ。


「……ふぅ」


一呼吸置いてから真は扉に手をかけた。重厚な白い扉。取っ手も意匠が凝らされた豪奢なもの。複雑な意匠だが、不思議と手に馴染む。まるで招かれているかのような気になるのだが、それが逆に不気味に思えてくる。食虫植物におびき寄せられる虫のような気分だ。


それでも、進まないといけない。真は意を決して扉を開けて、玉座の間に入る。


「うっ……!?」



真が思わず苦悶の声を漏らした。扉を開けた先、そこには異様な光景が広がっていたからだ。


まず目に入ってきたのは、玉座の前に積み上げられた死体の山。メイドや執事、衛兵達が無残な姿になって重なっている。王城の中に使用人や衛兵の姿がなかったのはここに集められてたからだろう。


その死体の山の前には5人の男女の後ろ姿があった。入り口の方へ背を向けて全員がある一方を見ている。


その目線の先は死体の山の上。そこには一冊の本が浮いていた。真はその本に見覚えがあった。イルミナの魔書だ。イルミナの魔書が中空に浮いた状態で開かれ、紫紺色の光を放っている。


「ひっ……!?」


後から入ってきた美月も悲鳴のような声を上げていた。目に飛び込んできた凄惨な光景に目を逸らしてしまう。それは、翼や彩音、華凛も同様だった。


「あらぁ? あなたたちだけ? 他にはいないの? もしかして、途中で死んじゃった?」


場違いなほど綺麗な声が玉座の間に響いた。声の主は死体の山の前にいた5人の中の一人。褐色の肌に銀色の髪と金色の瞳。豊満な肉体をした女性が振り返って真達に声をかけた。


それと同時に、女性の両脇を固めていた者も振り返って、真達の方を見る。


「なッ!?」


真は驚愕に言葉を失っていた。褐色の肌の女性の周りにいた者が全員仮面をつけていたからだ。能面のような鉄仮面から、舞踏会にでも出るかのような仮面等、様々な仮面をした者達。身なりもドレスや軍服、ローブに祭服とバラバラ。共通しているのは全員が長身であるということ。


「上級魔人……」


真は歯噛みしながら声を出した。特徴からして、褐色の肌の女性の両脇を固めているのは今まで戦ってきた上級魔人で間違いなかった。1人と戦うだけでも厄介な相手が4人もいる。


(……どうする? これだけの数からどうやって守り切る……?)


真は周りを見ながら必死で考えていた。一度に襲ってこられたら美月達を守り抜くことは非常に難しい。魔人の攻撃は難解なものがある。ヴィルムにせよアルラヒトにせよ、初見殺しの攻撃を持っていた。ここにいる魔人も同様に初見殺しの攻撃を持っているだろう。


「あなた、私の話聞いてた? ここに来たのは他にいないのかって聞いたんだけど?」


褐色の肌の女性は真を睨みつけた。質問に答えない真に苛立っているようだった。


「俺たちだけだ……。こっちの質問にも答えろ。お前がイルミナ・ワーロックだな?」


褐色の肌の女性の威圧感に押されそうになりながらも、真は負けじと質問を返した。目の前の褐色の女性は、ミイラと化した遺骸とは全く違う美しい体つきだが、着ている僧衣とストラには見覚えがあった。あれは、浄罪の聖人が身に着けていた物だ。


「貴様ッ! 我が主に対して何たる口の利き方か!? 今すぐ八つ裂きにしてやろうか!」


声を荒げたのは上級魔人の一人だった。長身で法衣を着ている。付けている仮面はまっ平らな物。目も鼻も口も何もない、ただ白いだけの仮面だった。


「くっ……」


真は大剣を構えようとしたが思いとどまった。まだどうするか対策ができていない。ここで相手の挑発に乗るのは得策とは言えない。


「いいのよ、クオール。私をイルミナ・ワーロックだと思ってて、その口を利いたんだから。いい度胸をしているわね。そう、私がイルミナ・ワーロックよ――。それにしてもあなた、綺麗な顔してるわね。私のペットにしようかしら」


イルミナが真を舐めるように見る。まるで蛇が獲物を見るかのような目だ。


「あらぁ、主様ぁ。あちきも可愛いペットが欲しいでありんす」


真が何かを言う前に、割って入ってきたのは別の魔人だった。貴婦人のようなピンクのドレスにつば広の帽子。能面のような鉄仮面をした女性の魔人だ。


「こいつらは私が先に目を付けたんだから、ダメよシャンティ」


「そうでありんすか……それはほんに残念でござりんした」


シャンティと呼ばれた魔人が残念そうに項垂れた。


「さてと、あなたたち、私のペットになるなら生かしておいてあげるわよ。まぁ、私が飽きるまでだけど」


イルミナが気味の悪い笑顔を浮かべながら言う。


「……『はい、ペットにしてください』って言うとでも思ったか?」


最大限の警戒をしながら、真は強い口調で返した。ここで相手のペースに巻き込まれてしまっては、戦う前から不利になってしまう。それに、イルミナのペットになって待っているのは残虐な拷問だろう。イルミナが飽きるまで責め苦を味わわされて、飽きたら殺すということだ。答えなど最初から決まっている。


「そう言うと思ったわ。でも、ペットになるなら異界の扉を閉じるって言ったらどうする?」


イルミナは値踏みするように言ってきた。真達がここに来た理由など考えるまでもない。イルミナが開けた異界の扉を閉じに来たのだ。そのために戦うことも覚悟して来ていることは明白だ。


「……答えは同じだ。お前らを倒して、異界の扉も閉じる!」


イルミナの揺さぶりにも真は冷静に判断して返した。イルミナのペットになるという選択肢はありえない。戦うしかないが、美月達をどうやって守り抜くか、その対策はできていない。だからといって、時間を稼ぐ意味はない。刻一刻と異界の扉が開ききるまでの残り時間は消費されていっているし、時間を稼いだところで有効な打開策が見つかるとも思えない。


「あら、そうなの? その綺麗な顔がどんな風に歪むのか見てみたいのだけど……。まあ、いいわ。私のペットになりたかったらいつでも歓迎してあげるから」


「……?」


真はイルミナのものの言い方に違和感を感じていた。どこか真と認識がズレている。イルミナは『いつでも歓迎する』と言った。ここで戦うのにその言葉はおかしい。


「じゃあね、可愛いお嬢さんたち。生きてたらまた会いましょう」


「お、おい!? 逃げるのか!?」


イルミナの予想外の行動に真が声を上げた。ここで戦うと思っていたが、イルミナは去っていくようだ。しかも、異界の扉を守ろうともしない。イルミナの目的は異界の扉を完全に開くことではないのか。


「逃げる? それは違うわね。あなたの相手をしてあげられるほど暇じゃないの!」


逃げると言われて、心外だと言わんばかりにイルミナが返した。


「異界の扉を完全に開くことがお前の目的じゃないのか?」


「ああ、そのことを気にしてるの? それならもういいわよ。異界の扉を開いた目的は私の手駒になる上級魔人を呼び出すことだから。知能もない下級魔人を無限に呼んでも意味ないからね。あなたたちで閉じておいて頂戴」


イルミナはすでに異界の扉に興味はなかった。イルミナの目的は今いる4人の魔人を呼び出すこと。そのために異界の扉を開いた。


「異界の扉が完全に開いたら、閉じることができなくなって、下級魔人が無限に出てくるってことだな?」


真がイルミナの方を睨んで訊いた。制限時間を超過したらどうなってしまうのか。それはずっと気になっていたことだ。今のイルミナの発言にはその答えがあった。


「そういうことよ。私はどっちでもいいんだけど、あの醜い下級魔人がうじゃうじゃいるのはいい気分じゃないのよね。だから、あなたたちで閉じておいて」


「身勝手な……。まあいい。好都合だ」


余りにも自分勝手なイルミナの言動に怒りを覚えつつも、真としては助かった面が大きい。真一人だけならイルミナと4人の魔人を相手にできるが、美月達がいる分、犠牲が出ないとは言いきれない。正直言って命拾いしたところだった。


「シャンティ、お願いね」


「はい、主様」


イルミナに声をかけられたシャンティは右手を掲げると、突如空間に黒い穴が開いた。それは2メートルほどの楕円形の穴。


「あっ、そうそう。忘れるところだったわ。ここまで来たご褒美を用意してあるの。喜んでもらえると思うから受け取ってね」


イルミナは最後にそう言うと、微笑みながら空間に開いた黒い穴の中へと消えていった。それに続いて、4人の魔人たちも次々と空間に開いた穴の中へと入っていく。最後の魔人が入ったところで、空間に開いた穴は急速に小さくなって無くなった。


「き、消えた……? もういなくなったの?」


おどおどとした声で華凛が訊いた。異様な緊張感が漂っていたが、その原因となるイルミナと4人の魔人達は姿を消した。


「空間転移の能力か……。あのシャンティっていう魔人の能力だと思う」


真が質問に答えた。空間に穴を開けて、別の空間に出る。それがシャンティの能力だろう。


「真、今のうちに異界の扉を閉じよう!」


翼が口早に言う。イルミナと4人の魔人がいたせいで、碌に呼吸もできないほどの緊張があったが、ようやく解放された。


「でも、どうやって閉じたらいいんだろう?」


真が答える前に美月が疑問を呈した。異界の扉を見つけたはいいが、閉じ方が分からない。物理的な扉があって、それが開ているのなら、扉を閉めればいいのだが、目の前にあるのは死体の山とその上に浮かぶ魔書だけ。


「多分、あの魔書を破壊したらいいと思うんだが……ちょっと下がっていてくれ」


真がそう言いながら、魔書の方へと近づいて時だった。突然、死体の山が盛り上がると――


「キィアァァァァーーーーッ!!!」


奇声を発しながら、死体の山を割って出てきたのは爬虫類のような異形の怪物が5体。頭部はドラゴンのように口が出っ張り、鋭い牙を覗かせている。黄土色の体には全身血を浴びて赤くなっていた。


「やっぱりな……」


イルミナが言っていたご褒美とはこの5体の怪物のことを言っていたのだろう。素直に魔書を破壊させてはくれないことは容易に想像ができた。


真は落ち着いて大剣を構えると戦闘体勢に入った。


(こいつらならすぐに片付きそうだ!)


イルミナが用意した怪物なのだが、見た目はそれほど強そうには見えなかった。外にいる魔人より少し強いくらいというのが真の予想。普通であればそれなりに苦戦するだろうが、レベル100で最強装備のベルセルクの相手ではない。


時間も惜しいので、とっとと片付けようとしたが……。


(……? どうしてだ? まだ何かあるのか?)


真は怪物に向けてスキルを発動させることができなかった。ゲーム化した世界では演出が終わるまで戦闘を開始することができないことがある。それはゲームのイベントとして見る必要のあるもの、例えば、ボスが変身するシーンでは、変身中に攻撃を加えるという無粋なことができないようになっている。


今も真は怪物たちに向けてスキルを発動させることができないでいた。ということは、何か演出があってそれを待たないといけない可能性がある。では、何の演出があるのかと考えていると――


ゴゴゴゴゴゴゴッ!!


いきなり地響きがした。真の後方からは美月達の『きゃっ』という声が聞こえてくるのも束の間。死体の山が破裂したように吹き飛び、中から4~5メートルの大きな影が現れた。


死体の山から出てきたのは、青鈍色の巨大な怪物。のっぺりとした顔には魚類のような大きな口を持っており、全身は硬質化した鱗で覆われている。背中と腕には鰭のように何本もの長い棘があり、大きな手には鋭い爪が生えている。


「キョエェェェーーーーッ!!!」


その青鈍色の怪物は金切り声を上げるや否や、目の前にいるドラゴンの様な頭部をした怪物たちを手で掴むと、次々に丸のみにしていった。








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