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迷路 Ⅸ

アルラヒトの分身である絵画の部屋を出てから、かれこれ数時間が経過していた。


出口はもうすぐだろうと予測はしていたが、より一層複雑化してきた迷路に真達は悪戦苦闘していた。


「チッ……またか……」


真が舌打ちをして立ち止まる。やって来たのは絵画のある大部屋。部屋の奥に飾られている絵画はタキシードにシルクハットの立ち姿。顔にはピエロのような仮面を付けている。


(あいつが笑ってた理由がこれか……。くそっ……)


この部屋は数時間前に通り過ぎたアルラヒトの分身の絵画がある部屋だ。真達は先に進んでいるつもりでも、回り回ってこの大部屋に戻されていた。しかも戻されたのはこれが初めてではない、この数時間、大部屋に戻ってくることを繰り返していた。


真が大見えを切ってこの部屋を出る時に、アルラヒトの薄気味悪い笑い声が聞こえてきた。負け惜しみで笑ているのかとも思ったが、こうなることが分かっていて笑っていたということに気が付き、余計に腹が立ってくる。


救いなのはアルラヒトの分身がもぬけの殻になっているということだろう。ここに戻ってくる度にアルラヒトに声をかけられてのでは堪ったものではない。


それでも、戻ってくる度に歯噛みする思いであることには違いにない。それは、真だけでなく、他のメンバーも同じ思いだ。


「なんでここに戻ってくるのよ……」


疲れた声と共に翼が落胆する。ただでさえ徹夜した状態で複雑な迷路を行ったり来たりしているのだ。いい加減にしてほしいという気持ちが勝手に口から出てしまっていた。


「知らねえよ、そんなこと!」


真が吐き捨てるように言う。真はずっと迷路の中を先導してきた。方向感覚に優れていることもあるが、ギルドのマスターとしての責務、年長者であること、唯一の男性であることから、暗黙の了解で先導役をしてた。


だが、制限時間があるのに、何度も何度も同じ場所に戻されてきて、ストレスが溜まっているところに、翼の落胆した言葉は正直苛立ちを覚えた。


「そんな言い方しなくてもいいじゃない!」


真の乱暴な言い方に翼が反応した。真の声に苛立ちが含まれていることは一目瞭然だ。なんでそんな態度を向けられるのか納得がいかない。いや、理由は分かっている。この状況で苛立たない方がおかしい。だが、翼も頭では分かっていても気持ちが苛立ちを抑えきれなかった。


「俺は普段からこういう言い方だよ!」


「違うでしょ! そんな言い方してないでしょ!」


「違うことねえよ! 普段からこうだよ!」


「そんなに怒らないでよ! 皆だって疲れてるんだからさ! なんでそんな言い方になるわけ?」


「怒ってねえよ!」


「怒ってるじゃない!」


真と翼の水掛け論。不毛な言葉の争い。苛立ちからお互いが冷静に話をすることができていない状態になっている。


「ちょっと、二人ともやめてよ! こんな時に喧嘩しないでよ!」


堪らず美月が割り込んだ。こんな無意味なことで体力だけでなく、貴重な時間さえも消費してしまう。それだけではない。アルラヒトの絵画があった部屋を出てきた時には良い空気になっていたのに、わずか数時間でそれが潰れてしまったことが悲しくて仕方なかった。


「チッ……」


真が舌打ちをする。この舌打ちが状況を悪化させるものだということは真も理解していた。だが、無意識に舌打ちが出てしまい、それが余計に真の心情を揺らす。


「なによその舌打ちは! 美月が間に入ってくれたんでしょ!」


普段なら流すところだが、苛立ちが高まっているため、翼も反応しなくていいことに反応してしまっていた。


「翼、いいから。そのことはいいから」


美月が翼を宥める。一旦落ち着きを取り戻すかと思われた矢先、また振り出しに戻ってしまう。美月としても真が舌打ちしたことには納得がいかないが、今は二人を止めることの方が先決だ。


「良くないわよ! あんたね、美月がなんで入ってきたのか分かってるの?」


だが、翼は止まらない。言い争いを止めに来た美月に対しても悪態を付いた真が許せなかった。


「翼! 私はいいから! 気にしてないから!」


「気にしてないことないでしょ! 美月だって辛い――」


「翼ちゃんッ!」


割り込んできたのは彩音だった。普段は見せないような気強い声で翼の名前を叫ぶ。その目は完全に怒っている目をしていた。


「彩……音?」


あまり見ることのない彩音の姿に翼がたじろいでしまった。


「今のは真さんにも悪いところはあったけど、翼ちゃんは言ったらダメなことを言ったっていう自覚はある?」


彩音は真っ直ぐ翼の目を見て言う。


「言ったらいけないことって……。私は別に悪いことは言ってない――」


「『なんでここに戻ってくるの』って言ったでしょ?」


「え? うん……言ったけど……それがどうしたのよ? 戻ってきたから言っただけじゃない」


「迷路の中をずっと引っ張ってくれてたのは誰?」


「……真……だけど」


「じゃあさ、この広い迷路の中で、出口も分からないのに、ずっと私達を引っ張ってきてくれた真さんがいる前で『なんでここに戻ってくるの』って言ったらどんな気持ちになると思う?」


「えっ……!? それは……」


「真さんが悪いから戻されたっていう風に聞こえない? 私達は真さんに着いて来てるんだよ? 真さん頼りに進んでるんだよ? それを自覚してる?」


「えっと……」


「別に真さんが偉いとかそんなことは私も思ってない。けどさ、私達は仲間なんだよ? 皆で協力しないといけないんだよ? 翼ちゃんにとっては何気ない一言でも、聞く人によっては傷つくことだってあるんだよ? 仲間だったら余計にそのことを考えないといけないって思わない?」


「それは……」


見たことのない彩音の毅然とした態度に、翼はたじたじになっていた。いつもなら言い返すところだが、彩音の言ってることが完全に正しいということを理解しているため、何も言い返せない。


「思わないの?」


彩音は執拗に畳みかける。翼の口から彩音の言ってることが正しいと言わせようと迫ってくる。


「…………思う」


「だったら謝って!」


「えっ……!?」


「真さんに謝って!」


美月も華凛も彩音の言葉に飲まれて何も言えないでいた。当事者である真も口を挟めずにいる。


「…………」


ゆっくりとだが、翼が真の前に立つ。目線は合わせず顔も俯いている。真からは見えずらいが、翼の表情はばつの悪そうな顔ではあるものの、納得はしているものだった。


「あの……真……」


「あ……うん……」


彩音によって完全に空気が変わってしまったため、真としてもばつが悪い。真と翼の間に気まずい雰囲気が流れる。


「あの……その……ご、ごめんなさい! 私、そこまで深く考えてなくて。思ったことをそのまま口に出して。なんていうか、そんなつもりじゃなくて。だ、だから……ごめんなさい!」


翼はまくし立てるようにして謝罪の言葉を並べ、思いっきり頭を下げた。


「お、おう……」


その勢いに気圧されて、真も謝罪を受け入れていた。


「今度は真さんが謝ってください!」


翼の謝罪が終わったのも束の間。矢継ぎ早に真に対して、彩音が謝罪を要求した。


「俺が!?」


「当然です! 言い方っていうものがあります! あんな言い方されたら翼ちゃんが可愛そうです!」


キッパリと彩音が言い切った。第一としては翼が悪いとしても、それに対して悪態を付いた真も謝罪をしないといけない。


「俺もかよ……」


真は彩音を見ることができず回りを見た。美月は頷いており、華凛はじっと真の方を見ている。


「翼……、えっと……だな……。あれだ……。俺も悪かった……。言い方がきつかったと思う……」


真が翼に対して頭を下げる。彩音の言っていることが正論だということを真も納得せざるを得なかった。


「うん……いいよ。真だしね」


翼が照れくさそうに返した。


「なんだよそれ?」


真は翼の言った『真だしね』の意味がよく分からなかった。真だからそういうことを言っても仕方ないということだろうかという意味なのだろうかと。


「真、それはいいでしょ! 二人とも謝ったんだからさ、先に進もう。ね?」


また何か言い争いを始められては堪ったものではない。美月がすぐさま間に入って話を終わらせる。


「まぁ……そうだな」


真としても、これ以上意味のない口喧嘩をしたくはない。ここは美月の提案をあっさりと受け入れて先に進むということにした。


「進むにしてもさ、やっぱりまた戻ってくることは覚悟しておいた方がいいよね?」


さあこれから仕切り直しといところで、華凛が水を差してきた。華凛の性格上、空気を読むということが苦手、というよりも空気を読むということがどういうことなのかいまいち分かっていないため、こういうことを言ってしまう。


「そうだな。華凛の言ったことは大事なことだと思うし、その覚悟を持ったうえで進まないとダメなん――あっ、そうか……もしかしたら……」


真達は華凛の性格をよく知っているため、この発言でも問題はないのだが、そのことよりも真はあることを閃いていた。


「何か分かったの?」


美月が訊き返す。真は何かに気がついた様子だ。


「分かったっていうわけじゃないけどさ。俺達が今まで進んできたルートを思い返してたんだよ。そしたらさ、共通点を見つけたんだ」


「共通点?」


オウム返しに美月が言う。共通点と言われても何のことか分からずに他のメンバーの方に目を向けるが、彩音も翼も華凛も分かっていない様子だった。


「あまり意識してたわけじゃないけど、俺はこの部屋から離れる方向へと進んでたんだ。たぶん、アルラヒトの分身が出てきたことで、あいつから離れたいという気持ちがそうさせたんだと思う。その結果、元の部屋に戻されるっていうことを繰り返してる」


「うん……そうだね」


そう言われてみて、美月も今までのルートを思い返した。確かに真の言う通り、アルラヒトの分身がいた部屋から離れようとしていた。


「で、華凛が言った言葉だ。『戻ってくる覚悟』。今までと同じようにこの部屋から離れるルートではたぶんまた戻される。これは勘でしかないけど、行ってないルートとなると、部屋に戻ってくるような方向に進むルートしかない。できるだけ、この部屋の近くを進む方向で道を探してみたらどうかって思う」


「確証はあるの?」


これは翼が聞いた。真が言っていることの意味は分かるのだが、要は『押してダメなら引いてみな』ということだ。それは確たる証拠があってのことではない。


「ない。ただ、やってないことをやってみたらどうかっていうことだ」


迷いなく真が言い放った。翼が思った通りのことを真は考えていたようだ。


「ふふっ、まあ、そういうのは嫌いじゃないわよ。私は賛成! 皆は?」


呆れつつも感心したような声で翼が言うと、他の3人に目を向けた。


「私も賛成よ」


美月を皮切りに彩音も華凛も賛成の意を示し、今までと違った切り口で迷路を進むこととなった。



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