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混戦状態 Ⅱ

夜が明けてから何時間が経っただろうか。一夜明けたとしても、空の色は変わっていない。昨日のバージョンアップからずっと、紫紺色の不気味な空が覆っている。まるで巨大な蛇にまる飲みにされたかのような不安感と不快感がある。


どれだけ魔人を倒しても、また次の魔人が出現するため、王都グランエンドは今や恐怖と疲労、焦燥感が蔓延していた。


激戦区である王都の城門からは離れた場所でも魔人の出現は止まらず、際限なく湧いてくる魔人を放置するわけにはいかないため、こちらにも魔人討伐のための人員が回されていた。


最悪のパターンは王城前で戦っている本隊が、他の場所に出現した魔人に後ろから攻撃されることだ。


「椿姫さん! こっちに魔人が出ました!」


栗色をしたツーサイドアップの少女、七瀬咲良が大声で呼びかけた。咲良はギルド『ライオンハート』の中でも戦闘技術に優れたアサシンだ。15歳という年齢だが、その能力を評価されて、ギルド内では精鋭部隊に所属している。もちろん、精鋭部隊の中では最年少だ。


「また……!? 分かったすぐ行く!」


黒髪のボブカットをした和泉椿姫が辟易としながらも返事を返した。椿姫も咲良と同じく『ライオンハート』の精鋭部隊の一員だ。年齢は19歳と、精鋭部隊の中では咲良に次いで若い。だが、椿姫は戦闘能力だけでなく、状況判断能力にも優れており、最前線で活躍しきた兵だ。


(夜が明けったていうのに……これじゃあ、全然変わらないじゃない……)


椿姫は内心毒づきながら咲良の方へと駆け寄っていった。夜が明ければ、朝になれば、日の光が照らせば、もしかしたら、魔人の数も減っていくのではないという淡い期待を抱いていたのだが、まるで変化はない。


太陽が出たことで、気分的にも楽になるかとも思っていたが、紫紺色に染まった空から差し込む光は、王都を不気味な色に染めるだけ。これも、昨日から全く変わっていない。


「和泉椿姫、大丈夫か?」


長い黒髪をポニーテールに纏めたパラディンの女性が椿姫に声をかけた。表情は少ないが、凛とした顔つきが美しい女性だ。


「あっ、大丈夫です……。千尋さんの方が大変なのに……すみません、心配をかけまして……」


椿姫は疲労や焦りが顔に出てしまっていたのだと気が付いた。それを、このパラディンの女性、御影千尋が見ていたのだ。


「私は大丈夫だ。これくらいのことで音を上げていたら、『ライオンハート』の同盟などやってはいない」


千尋が少しだけ微笑んで返した。千尋は『フレンドシップ』というギルドのマスターだ。『フレンドシップ』の主な活動は、ゲーム化した世界に馴染めない人たちへの支援。他には、世界がゲーム化してから、姿を見なくなった幼児や老人、障害者の捜索なのだが、こちらは全く情報がないため頓挫している状態。


『フレンドシップ』の亡くなった前マスターの真辺信也と『ライオンハート』のマスター紫藤総志は親友だったこともあって、今でもこの二つのギルドは同盟として深い関係を維持している。


「そう言ってもらえると助かります……」


椿姫は少し困った笑顔で返した。千尋は普段から無表情な分、本当のところが読みにくい。不眠不休で夜通し戦い続けているのだから、今も相当疲れているはずだ。それを一切顔に出してはいない。椿姫はそのことに驚嘆していた。


ガキンッ!!!


ほどなくして、硬い物が金属とぶつかる音が聞こえてきた。


既に新手の魔人と交戦している音だ。ダークナイトの男が盾で魔人の牙を防いでいるところだった。


<アクスストライク>


ダークナイトの男は盾で魔人の牙をいなすと、片手斧を叩きつけた。アクスストライクはダークナイト基本スキルであり、連続攻撃スキルの起点となるスキルだ。


<ブラックアクス>


続けてダークナイトの男が片手斧を振る。ブラックアクスは連続攻撃スキルの二段目で、敵の命中率を下げる効果を持っている。


「アァイィィィィーーー!!!」


魔人も反撃を試みるが、命中精度が落ちているため、ダークナイトの男はこれを回避。


<ブラッドレイジ>


攻撃を外したことによって魔人に隙が生じる。それをダークナイトの男は見逃さない。連続攻撃スキルの3段目、ブラッドレイジを叩き込む。ブラッドレイジは攻撃と同時に敵の生命力を吸収し、攻撃者自身を回復するスキルだ。


からめ手に加え、攻撃と同時に自己回復をしてしまう、ダークナイトは一対一の戦いであれば、パラディンよりも優れている。


そこに咲良が音もなく魔人の背後に迫った。


<シャープエッジ>


ダークナイトに向かっている魔人の背中を咲良の短剣が刺さる。


<ベノムバイト>


咲良は間髪入れずに、二撃目を突き刺した。ベノムバイトはシャープエッジから派生する連続攻撃スキルの2段目。攻撃と同時に毒の効果を付与する。


<リーサルブロー>


一瞬光が瞬く。見えたのはそれだけ。咲良が放った連続攻撃スキルの3段目は、もはや肉眼では捉えることのできない速さにまで達していた。


リーサルブローはアサシンの連続攻撃スキルの3段目で、背後から攻撃をすれば必ずクリティカルヒットするという性質を持っているため、威力も大きい。アサシンの特徴として、背後から攻撃をすればクリティカルヒットするというスキルはいくつかある。リーサルブローもそういったスキルの一つだ。


ダークナイトが敵を惹きつけ、その隙にアサシンが背後から攻撃をする。盤石の連携が取れた安定した戦いぶりだが――


「小林さん後ろッ!」


椿姫が叫んだ。魔人の攻撃を受け止めていたダークナイトの男、小林健の背後から別の魔人が迫っていた。


ガキンッ!!!


「小林さんらしくないな、少し疲れてきたか?」


間一髪、千尋が魔人の攻撃を盾で防いだ。


「……助かりました、千尋さん」


小林は、今相手をしている魔人から目を離さず返事をした。少し冷や汗をかいたが、千尋が来てくれたのでもう問題はない。


「先にこっちを片付けますよ!」


<バトルソング>


椿姫はそう言うやいなや、味方の攻撃力を上げるフィールドを展開した。エンハンサーのスキル、バトルソングは使用者を中心に効果範囲が広がるため、その効果を前衛が受けるためには、エンハンサーも前に出ないといけない。敵に近づくことになり、危険を伴うスキルなのだが、椿姫は率先して前に出てきた。


<ストロングアタック>


しかも、椿姫は攻撃もする。エンハンサーの武器であるスタッフで、小林に襲い掛かっている魔人に向けて強打を食らわせた。


<シューティングスター>


止まることなく椿姫が攻撃を繰り出す。不可視の衝撃が魔人の頭上からぶつかる。シューティングスターはストロングアタックから派生する連続攻撃スキルの2段目。


<ブルクラッシュ>


さらに椿姫がスタッフを振りかざす。連続攻撃スキルの3段目が発動すると、何か大きな物が衝突したような衝撃が魔人を襲った。


咲良と小林も負けじと猛攻をかけていく。からめ手を得意とするダークナイトが魔人を弱らせ、手数と攻撃力に優れるアサシンが止めどなく攻撃を加える。


苛烈な攻撃に晒され続けた結果、魔人は一矢報いることもできずに地面に倒れ込んだ。


「次!」


椿姫が叫ぶと休むことなく、今度は千尋が受け持っている魔人へと攻撃を目標を変える。


椿姫が攻撃の合間に回復スキルをかけながらも、攻撃を繰り返し、千尋と小林も懸命に攻撃を続ける。この場で一番の火力を持つ咲良は背後から的確に致命傷を与えていくと、この魔人もなす術なく地面に倒れることとなった。


「この辺りは粗方片付きました……?」


咲良が辺りを見渡しながら呟いた。取りあえず、今見える範囲に魔人の姿はない。


「また、すぐに出てくるわよ……」


ため息交じりに椿姫が答えた。激戦区の王都城門前に比べれば、城門から離れている今の場所は魔人の数は少ない方だった。だから、魔人の討伐を4人でやらされているとも言える。ただ、魔人の数が激戦区に比べて少ないというだけで、いくらでも沸いて出てくる魔人との戦いは止まることを知らない。


そのため、仮にでも魔人を一掃できたこの瞬間は、貴重な貴重な束の間の休息だった。


「蒼井真がさっさと異界の扉と閉じないのが悪いのよ……」


咲良が不満を漏らす。ただでさえ、咲良は真のことが気に入らない。咲良がいくら慕っても振り向きもしてくれない総志が、真のことを手放しで認めている。まだ、真が男だということが唯一の救いなのだが、最初に真を見た時は、そのあまりに奇麗な顔立ちから完全に女性だと思い込んでいた。その時に感じた危機感は今でも忘れられないほどだ。


「蒼井君か……。蒼井君だったら、この魔人……。どれくらいで倒せるんだろうね……」


椿姫の頭にふと真の戦う姿がよぎった。巨大な敵を前にして、怯むことなく正面から斬り合う姿はまさに狂戦士。


総志ですら、あっさりと真の方が強いと認めるくらいに、その強さは別次元のレベルだ。


『ライオンハート』の精鋭部隊の二人と、名うてのパラディンとダークナイトの4人で戦っても、魔人を1体倒すのにも手間取っている。


では、真ならどうなのか。


「蒼井真だったら秒殺するだろうな」


千尋も真の戦いぶりを思い出しながら口を開いた。かつて、アンデットと化した巨人族の海賊団を真が蹴散らしたことがある。その時に千尋も同行しており、真が戦っているところを見ていたが、意味不明の強さだったことを覚えている。


「『ライオンハート』さんの第二部隊の人が言ってたんですが、5体の魔人を一撃で倒したそうですね」


小林が耳にした通りのことを話す。最初にその話を聞いた時は信じられないという思いだったが、真の強さの一端を知っている小林はすぐに考えを改めた。真ならあり得ることだと。


「…………」


咲良は口が半開きになったまま何も言えない。真の強さを知らなければ、『絶対に嘘だ』と言い切れるくらいの与太話だが、真の強さを少しでも知っているだけに、本当のことだと分かってしまう。


「はぁ…………、溜息しか出ませんね」


椿姫が吐き出すように言った。自分たちがこれだけ苦労している相手だというのに、真は一撃で5体も倒すという。さらに言えば、真はその時、本気を出していたのだろか? という疑問。椿姫は、真が魔人5体を一撃で倒した時、まだ本気で戦ってはいなかったのではないかと思っていた。


そんな雑談をする時間もすぐに終わりを迎える。千尋が視界の端に人影を見つけたからだ。そこには――


「性懲りもなく、また来たか……。休憩時間は終わりだ。蒼井真はここにはいない、魔人どもは私達で片づけるぞ!」


千尋が声を上げると椿姫と咲良、小林が気を張り直した。千尋が見ている目線の先を追うと、そこには新たに3体の魔人が現れていた。



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