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鍾乳洞 Ⅰ

真がデパートの地下へと続くはずのエスカレーターの前まで来た。その奥を覗いてみると、エスカレーターの階段は下の方まで続いているが、その先は完全に鍾乳洞になっているのが見えた。隣にある上に向かうエスカレーターはほとんどが鍾乳洞の石灰岩に浸食されていて、階段としての機能も果たせなくなっている。


「これって鍾乳洞よね……?」


後ろから美月が声をかけてきた。デパートの中に天然の鍾乳洞が入り込んできている風景は違和感以外に感じるものはない。


「鍾乳洞……だと思う」


真としても、デパートの中に鍾乳洞ができているなんてことは想定していないため、見たままを答えるしかない。天井からはツララのように石灰岩が垂れ下がっており、時折水滴が滴り落ちている鍾乳洞。


「そう……だよね」


雨水等に溶けた石灰質が長い年月をかけて蓄積してツララのような柱を形成している洞窟、鍾乳洞。デパートの中のどこに雨水等が染み出してくるのかは不明だが、事実目の前にあるのだから考えても仕方がない。


「こんなところに鍾乳洞の入口があるって話聞いたことあるか?」


ここ最近はキスクの街の周辺にしか行っていなかった真は現実世界の狩場の事情には疎かったため、美月に聞いてみた。


「私も聞いたことないよ」


「まぁ、確かにキスクの街からは結構離れた場所にあるし、デパートの中に入口があったら、外から分からない分、見つけにくいか」


「まだ、誰も来ていないダンジョンってことかな? バージョンアップで追加されたっていう新しいダンジョンとか」


何気ない美月の一言であったが、真はその言葉に反応を示した。


「それかもしれない! バージョンアップでグレイタル墓地に行けなくなってから、みんな色んな狩場に行くようになったけど、追加された新しいダンジョンの情報は聞いたことないよな」


「たしかにそうだよね。私もそんな話聞いたことないし」


真の人脈は狭いので、それほど情報収集能力が高いわけではないが、美月は『ストレングス』と仲の良かったギルドに知り合いがいる。その人達から新しいダンジョンが見つかったという話は聞いたことがなかった。


「もしかしたら、前からあるダンジョンなのかもしれないけど、それでも、ここで狩りをしていて、誰も来なかったことを考えると、やっぱり未踏のダンジョンってことは間違いないだろう」


「もう行く気みたいだけど、一応聞いておくね。どうするの?」


興味津々な顔つきで鍾乳洞の奥を覗き込んでいる真に美月が形だけの質問を投げかけた。


「そら、行ってみるだろ。ここには生活費を稼ぎに来たわけだから、何日も滞在しなくても済むかもしれないならそれに越したことはない」


稼ぎの効率が悪い現実世界の狩場は何日も滞在しないとまとまったお金を手に入れることができない。現実世界は建物の中に入ることができるので、野宿する必要はないにしても、店として機能している所が一つもないため、キスクの街に戻れないことはやはり不便であった。そこに、誰も来ていないダンジョンを見つけた。現実世界の狩場に比べて危険が伴う分、稼ぎの効率はダンジョンの方が格段に良い。


「そう言うと思ってた……」


顔も口調も鍾乳洞の中に行く気満々の真は分かりやすかった。そんな真を横目に美月がガラス張りの窓の外に目をやった。本降りになる前にデパートの中に入ったから気が付かなかったが、雨脚はかなり勢いを増している。しばらく止みそうもないので、早めに雨宿りをしておいて正解だったようだ。


「美月は行かないのか?」


少し躊躇いが見られる美月に真が少し心配そうに聞いてきた。


「私も行くよ。真がいれば大丈夫でしょ。それに……」


それに、自分は強くなるために真に付いてきた。ここで臆病風に吹かれて立ち止まっていてはいつまでたっても強くなれない。弱いままだとまた大切なものを失ってしまう。


「それに?」


「生活費以外も稼がないといけないでしょ」


「あぁ、そうだな。買わないといけない物も色々あるしな。それに、たまには贅沢もしたいしな」


「そういうこと」


「それじゃあ行ってみるか」


「うん」


真はエスカレーターの階段を下り始めた。後ろからは美月が付いてきている。ゴム製の手すりを持ちながら、動いていないエスカレーターを下りていく。上を見ると石灰岩の岩肌から突起物のように鍾乳石が無数に垂れ下がっている。


地下一階分を下りるとそこから先は完全に鍾乳洞になっていた。地下の鍾乳洞の中であるが、真っ暗闇ではなく、ゲーム化した場所の特徴で、光源がなくても視界が確保されている。


「凄いね、本物の鍾乳洞だよ」


美月が周りを見ながら感心したように声を上げた。


「俺、鍾乳洞の中に入るのって初めてだよ」


「そうなんだ。私は一度、旅行に行った時に鍾乳洞の中に入ったんだけどね、ここよりも小さかったと思うよ」


鍾乳洞の入口は小さかったが、中に入ってみると、かなり大きな空間が広がっていた。入口にあった鍾乳石よりももっと大きな鍾乳石が天井と地面を繋いで一本の太い柱のようになっている。その柱が壁にはいくつもある。いったいどれほどの年月を経ればこれほど大きな鍾乳石になるのだろうか。真には想像もつかなかった。


「美月、ちょっと待って」


真が一緒に歩いている美月を静止した。


「どうしたの?」


「何かいる……」


真は前方に注意を集中し、背負った大剣を手に握り、構えた。真の目の前には黄土色をした石灰岩の地面がある。一見して何もないただの岩場のように見えるが、よく見てみると、黄土色の地面が波打っているのが分かった。


真が慎重に波打つ地面に近づいていくと、その波は次第に大きくなっていき、隆起を始めた。もりもりと膨れ上がるようにして沸き上がった黄土色の地面はやがて人間の大人ほどの高さにまで大きくなると、そこで形を変え始めた。


「マッドマン!?」


湧き上がってきた黄土色の泥は人の形に姿を変えて真の前に立ちふさがった。マッドマンとは、地面から生えるようにして泥が人の形になったモンスター。ゲームでは主に洞窟の中で見られる。


「えっ!? 何? モンスターなの?」


ゲームをやっていない美月にとってはマッドマンは初めて見るようなものだろう。いきなり、泥が人の形になったことに驚いている。


「ああ、たぶんマッドマンだと思う。モンスターだが、ただの土くれ人形だ。大したことはない」


マッドマンはゴーレム並みに足が遅いが、ゴーレムよりは柔らかいというのがゲームの中では常である。だが、マッドマンの強さは個体の強さではなく、無限に沸いて出てくること。集団で襲ってくるような組織力はないが、倒しても倒しても新たに出てくるしつこさがその強みだった。


だが、一度に出現するマッドマンの量はあまり多くはない。無限に沸いて出てくると言っても、倒したマッドマンが土くれに帰り、その土くれが新たなマッドマンとして再生するだけで、母数が増えるわけではない。早い話が、大して強くない雑魚の一種だ。


<スラッシュ>


マッドマンと真の距離は2~3mといったところ。スキルを発動させ、真はその距離を一気に踏み込んで、マッドマンの肩から脇腹にかけて大剣で袈裟斬りにした。


マッドマンは動きが鈍いため、簡単に先制攻撃を入れることができた。真の大剣を正面から喰らったマッドマンはそれで、体が崩れ落ち、簡単に土くれに戻って行った。


マッドマンだった土くれからは白く光る靄が沸き立っている。これはモンスターがアイテムをドロップしたということで、この靄に手をかざすとドロップしたアイテムを入手することができる。


早速、真は靄に手をかざしてみた。


『方解石』


マッドマンからドロップしたアイテムは方解石だった。石灰岩を主成分とする石材で大理石と呼ばれる物だ。


「美月、こいつ方解石を落とすぞ! もしかしたら儲かるかもしれない!」


「方解石って大理石のことだよね? それなら結構いい値になるかもしれないね!」


元々、効率の悪い狩場で数を狩って何とか儲けにしようと考えてやって来たところで、誰も知らないダンジョンを発見した。長丁場を覚悟していたが、思わぬ収穫を得ることができそうだった。



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