迷路 Ⅶ
1
「私、やるよ! き、気持ち悪いけど……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
美月が巨大芋虫をキッと睨む。直視できないほどの気色悪さだが、歯を食いしばって戦闘態勢を取る。
「美月の言う通りだ。思った以上に時間を取られてるからな、こんな奴に足止めされてる場合じゃないな」
基本的に虫は平気な真だが、ミミズや芋虫はまた別。成虫であれば、鎧を纏ったようなカッコ良さがあるが、幼虫はただ気持ち悪いだけ。翼でさえ巨大芋虫を前に躊躇しているくらいだ。
それでも、今までに数々のモンスターを倒してきてる。中には大群で襲い掛かってきた巨大蜘蛛までいた。その経験もあってか、女子たちは全員、戦う準備はできていた。
「行くぞ!」
<ソニックブレード>
真が号令と同時に遠距離攻撃スキルを発動させた。振り切った大剣から放たれるのは音速のカマイタチ。空気を切り裂く甲高い音を立てて巨大芋虫に斬りかかる。
「ィィィィィィーーーーーッ!!!」
ソニックブレードを受けた芋虫は金切り声を上げると、くねくねと体を左右に振った。この動きがまた気持ち悪さを助長してくる。
<クロスソニックブレード>
それでも真は続けて遠距離攻撃スキルを発動させた。ソニックブレードから派生する連続攻撃スキルの二段目。十字に斬った大剣から不可視の刃が飛んでいく。
<イーグルショット>
<アイスジャベリン>
<ウィンドブレス>
<ライト オブ ジャッジメント>
続けざまに美月達がスキルを発動させていく。だが、巨大芋虫はの標的は完全に真に固まっていた。巨大芋虫は他の人間には目もくれずに真を狙って突進してきた。
巨大芋虫は大きく口を開けて、真に噛みつこうとしてくる。
<スラッシュ>
真はその噛みつき攻撃をサイドステップで回避すると、そのまま流れるように踏み込んで袈裟斬りをおみまいした。
<シャープストライク>
間髪入れずに素早い二連撃を巨大芋虫の側面から入れると、巨大芋虫は体を捻って真の方へと頭を向けた。
<ルインブレード>
真はそこから退くことなく連続攻撃スキルの3段目を入れる。ルインブレードは出現した魔法陣ごと敵を切り裂いて、ダメージと共に防御力を低下させることができるスキルだ。
上体を大きく反らした巨大芋虫は、身体ごと地面に向かって頭を振り下ろしてきた。
真はそれを後方に飛んで回避。
「これで大人しくしてろ!」
<ソードディストラクション>
真は巨大芋虫に止めを刺すべく、高威力スキルを発動させる。ソードディストラクションは発動する際に跳躍する動作をする。そのため、真は巨大芋虫の目の前で飛ぶことになる。
その時だった、巨大芋虫は真の動きに反応し、顔を上げて真の方へと向く。
シューーーッ!!!
真が体ごと斜めに一回転して大剣を振り切ったのと同時、巨大芋虫は口から白い糸を放出した。
ソードディストラクションが放つ衝撃が空間ごと震撼させる。その圧倒的な暴力の前に巨大芋虫はなす術もなく、踏みつぶされる小さな虫と同じように、無力なまでに地面に伏した。
「うわっ、くっそ……」
ベトベトとした芋虫の糸を全身に浴びた真が毒づく。巨大芋虫を倒すことは簡単にできたが、最後の最後で嫌がらせのような攻撃を受けてしまった。気持ち悪い敵を前にして、早く終わらせたいという気持ちが油断を生んでしまった結果だ。
「真……うわ……」
戦闘が終わり、駆けよってきた美月達が一歩引き下がる。
「真、それ取れるの?」
全身べとべとまみれの真を見た翼が声をかける。見た目からも分かるように粘着性の強い糸が絡みついている。これを取るとなるとかなり手間がかかってしまうだろう。
「たぶん、効果時間が切れたら取れると思うけど……」
ゲームの中の敵が使ってきた粘着性の糸だ。効果は動きを制限するためのもの。そういうことであれば、現実の虫が吐いた糸と違い、その効果が発揮される時間には制限がある。一定時間が経過するとその効果がなくなるというものだ。
「どれくらいで、効果時間が切れるの?」
華凛は早く何とかしてあげたいという気持ちはあるのだが、如何せん巨大芋虫が吐いた糸だ。近寄るだけでも嫌なのに、それが吐き出した糸となるとさらに対処は困難になる。だから、見守る以外に方法はない。
「どれくらいかかるのかは分からないけど……。美月、ピュリフィケーションをかけてみてくれるか?」
近寄りにくくしている美月に真が声をかける。巨大芋虫が倒れている横で、粘着性の糸まみれの人間がいたら、近寄りにくいことは理解できるが、そこは我慢してもらわないといけない。
「う、うん。試してみるね……」
<ピュリフィケーション>
少し抵抗がありつつも、美月は真に近づいて状態異常を治すスキルを発動させた。ピュリフィケーションはビショップが使えるスキルで、毒や麻痺等の状態異常を引き起こす妨害スキルに対抗できるスキルだ。
一部の特殊なスキル以外はほとんど治癒してしまう万能スキルなのだが、果たして巨大芋虫が吐いた粘着糸を除去できるかどうかというのは、美月も疑問ではあった。
「おっ!?」
青く淡い光が真を包み込むと、全身に絡みついていた巨大芋虫の糸はみるみるうちに溶けてなくなっていく。その様子に真も思わず声を出していた。
「良かった、取れた……」
「ありとう美月。助かったよ」
ピュリフィケーションによってあっさりと糸が取れたことで真も一安心した。粘着性の糸が取れなかったら、このまま魔人とも戦う羽目になっていたのだ。
「それじゃあ、先に進みませんか。ここに長居するのはちょっと……」
巨大芋虫の死骸から目をそらしつつ彩音が言ってきた。できれば、二度と見たくない容姿だ。早くこの場から立ち去ってしまいたい。
「翼、どう進む?」
真が翼に訊いた。彩音の言う通り、こんな気持ちの悪いモンスターがいる場所にいつまでもいたくない。
「真っ直ぐ」
迷いなく翼が答えた。今いる場所は庭園の中にある十字路。この十字路のどれかが正解となる道だ。間違った道を選んでしまうと、今いる場所に戻されてしまう。
「OK、真っ直ぐだな」
翼が真っ直ぐ進むと答えたことに対して、全員がそれに従って進むこととした。この十字路は勘で進む以外に手はない。もしからしたら、正解の道が分かるヒントが隠されているのかもしれないが、あるかどうか分からない物を探すのは合理的とは言えず、翼の勘を頼りにする方法を選んでいた。
とはいえ、翼の勘の的中率は高い方だろう。最初の十字路は二択を当て、次の十字路は一回外したものの、二回目で正解を当てている。
それは偶然でしかないものなのだが、どの道勘で行くしかないのだ。偶然を引き寄せることができることが重要なのである。
2
巨大芋虫がいた十字路を真っ直ぐ進むこと約1時間。今までのパターンであれば、もうすぐ答えが分かる。この道が不正解であれば、再び巨大芋虫のいた十字路に戻される。
だが、歩いていていも巨大芋虫の死骸も、他のモンスターの姿も見えてこない。
「…………」
不信に思いつつも真はそのまま歩き続ける。何か別の道に入ってしまったのか。今までのパターンと違うことにどうしても不安が顔を覗かせてしまう。
それは、他のメンバーも同じだった。正解なのか不正解なのか分からないままに進む。進むことが正しいのかさえも分からなくなってきた時だった。
「あっ!?」
真が思わず声を上げた。
「あっ!?」
すぐさま翼も声を上げる。目の良い真と翼が他のメンバーよりも一早くそれに気が付いた。
「何か見つけたの?」
美月が真と翼に訊いた。二人とも顔は明るい。ということは、見つけた物は巨大芋虫の死骸ではなく、別の何かということだろう。美月もその表情から期待を持っていた。
「出口だ! 出口があった!」
「えッ!? ホントに!?」
真の言葉を聞いて華凛も思わず訊き返していた。広い庭園を彷徨っていたが、ようやく出口が見えたということだ。
「急ぎましょう!」
翼は逸る気持ちを押さえながらも足取りは早くなっていた。この庭園だけで、どれだけの時間を使ったことか。制限時間にはまだ余裕があるにしても、無駄に時間を使うと、外で戦っている『ライオンハート』や『王龍』の人達の負担が増えていく一方なのだ。
真達は急ぎ足になりながらも庭園の石畳を進んでいく。もう、美月や彩音、華凛の目にも王城の壁が見えており、その壁に付けられている扉の形がはっきりと見えていた。
庭園の終わり、王城の本殿へと続くであろう扉の前に来て、真は一旦立ち止まった。
「……もしかしたら、この扉の先で魔人と戦うことになるかもしれない」
真は心を落ち着かせるように静かに言った。王城を迷路に変えた魔人、迷いの魔人アルラヒト。アルラヒトはいずれ戦うことになると宣言していた。それは、アルラヒトが作った迷路を突破した先でのことだろうと真は考えていた。
「強い……ですよね?」
少し不安げに彩音が口を開く。
「ヴィルムと同じ系統の敵だと思う……。何をしてくるかは予想できない……」
真はイルミナの迷宮の最奥で戦ったヴィルムという敵のことを思い出していた。アルラヒトと似ているところがある敵だった。ヴィルムもおそらく魔人の一人だったのだろう。普通のモンスターと違い、戦闘技術を持っていて、さらには全く予測できない攻撃を仕掛けてきた難敵だ。
「大丈夫……。戦うしかないんだから……覚悟はできてる」
神妙な面持ちで美月が言う。その言葉は全員が身に沁みて感じていることだ。何が待っていようと立ち止まることは許されない。
「開けるぞ」
真はそういうと、ゆっくりと王城の本殿へと続く扉を開いた。
しっかりとした建てつけの扉は引っかかることなく開いていく。その先には――
「嘘だろ……」
真の口から力なく声が漏れる。
扉の向こうにあった景色は、王城の本殿の豪奢な内装をした廊下。長く長く伸びていく廊下にはいくつもの分かれ道が見えた。一見しただけでもかなりの広さがあることが分かる。
無限ループのある庭園を抜けた先には、魔人が待ち構えているようなことはなく、絵に描いたような迷路が広がっていた。