迷路 Ⅲ
「探索を続けよう。まだ、見てない扉もいっぱいあるしな」
気を取り直して、真が皆に声をかけた。この迷路がどれだけの広さがあるのかは分からない、最悪の状況は迷って元の場所に戻ってこれなくなることだ。それを避けるためにも、手間ではあるが、全体像を把握するための作業をしないといけない。
「了解……。でも、やっぱり時間かかるわね……」
翼が煮え切らない返事をした。真の提案に納得はしているが、どうしても気になることがあった。
「そうね……。『ライオンハート』さんも『王龍』さんも動いてくれてるから大丈夫って言ってもね……」
美月もボソッと呟いた。真の提案は、要は『急がば回れ』ということだ。それは美月もよく理解している。焦って取り返しのつかないことになっては、異界の扉を閉じるどころの話ではなくなる。
「言いたいことは俺も分かるよ……。でも、優先すべきは確実性だと思うんだ。幸い、時間にはまだ余裕がある。それに、『ライオンハート』と『王龍』なら大丈夫だ」
真も外の様子が気になっていないわけではない。だが、今の自分たちの役割は、絶対に異界の扉を閉じること。
「私もそう思います。ただ、余裕はあるといっても、制限はあるので、ペースを上げて探索した方がいいと思いますよ」
これは彩音の意見。基本的には真の考えと同じだが、やはり時間制限は気になる。慎重になるのもいいが、ゆっくりしていられるわけではない。
「分かった。今は私達がやらないといけないことに集中する」
翼はそう言うと、まだ調べていない扉の方へと向かって行った。
「俺達も行こう」
「うん」
美月が返事をすると、彩音と華凛も残っている扉を調べに行った。
全員で残っている扉を片っ端から開けていく。開けた扉の向こうは、ほとんどがただの部屋。他と変わりない、机と椅子と棚が置いてあるだけの部屋だ。
それでも、どんどん、扉を開けては中を確認していく。幾つも並んでいる扉のどれかに正解のルートがあるはずだ。それを探して手当たり次第に扉を開けていく。
そうしているうち、残りの扉も10個ほどとなった。
もう慣れた手つきで真が扉に手をかける。何処かへと続くことを期待して。
ガチャ。
「あッ!?」
開いた扉の先を見た真が思わず声を上げた。扉の先に広がっていたのは美しい庭園だった。ぽかぽかとした陽光に照らされた、手入れの行き届いたバラの花壇が並んでいる。
「真君、何か見つけたの?」
近くにいた華凛が真に声をかけ、扉の先を覗き込んだ。
「うわ……凄い……」
続いてやってきた美月も、真が開いた扉の先に目をやった。モノクロームの石畳が敷かれた整った庭園。バラの花壇もすごいが、奇麗にカットされた植え込みが暖かな日の光を浴びて輝いている。
「これって……王城の庭園……だよね? っていうか、どこまで続いてるのよ?」
少し遅れて翼もやってくる。見えた景色は以前、王城に来た時に見た庭園に似ているが形が違うし、何よりも広さが違い過ぎる。見渡す限りの庭園が果てしなく続いているようだ。
「言われてみれば……そうだよね……。どれだけ広いのよ? 建物も見えないじゃない……」
華凛も単純に奇麗なだけではないことに気が付き、訝し気な顔になる。そもそも、王城の庭園は広いが、目の前にある庭園はそれの比ではない。少なくとも、王城の庭園は、城の外壁が見えていた。だが、この庭園の先には王城の外壁がまるで見えない。
「それだけじゃない……。この庭園はおかしい」
真は庭園ではなく上を見上げていた。
「それだけじゃないって、広さ以外にも何か気になるところ――あっ……!?」
美月は一瞬、真が何に気が付いたのか分からなかった。だが、真が庭園を見ずに空を見ていることから、美月も気が付くことになる。
「そうだ……。なんで青空なんだ? 外は暗い紫の空になってただろ? さらに言えば、時間はもう夜だ。昼間の晴れた空なんかあるわけないんだよ」
真達が王城にた着いた頃には日が沈もうとしていた。そこから、迷路になった王城を探索している。正確な時間は分からないにしても、夜であることは間違いない。
「えっ!? ここって、屋外じゃないの?」
翼も庭園の異常さに気が付き、驚いた声を出している。広さだけに目がいってしまっていたが、真の言うことも不可解で気持ちが悪い。
「屋外は屋外だと思うけど……。たぶん、外の世界とここは別だと考えた方がいいだろうな」
「ま、真君……。その別ってどういう意味?」
まだ理解が追いついていない華凛が質問をする。屋外に出たが、外とは違うというのは意味が分からない。
「つまりだな、ここは外と連動してない場所だ。分かりやすく説明しにくいんだけど……。外とはまた別の世界、迷路専用の世界にいるっていうことだと思う」
現実世界に浸食してきたゲームの世界。そのゲームの世界から隔絶された迷路化された王城。これを理解しろという方が難しいとは真も思う。事実、華凛も翼も不可解だという顔をしている。
「真さん……。私はこの先が正解のルートだと思うんですが……」
彩音は真が言っていることを理解していた。理解した上で、この先が正解だという答えを出した。
「ああ、俺もそう思う……」
「えっ、待って! 彩音も真もどうしてこの先が正解だって思うの? この場所って絶対におかしいよね? それなのに正解なの?」
翼は納得いかずに声を上げた。この庭園がおかしいと言ったのは真だ。それを聞いた彩音も否定することなく正解だと思うと言っている。
「さっきまでいた室内とは別のエリアに出るんだ。先に進んでるから、場所だって変わるっていうことだ。それに、おかしいからこそ何かあるに決まってるだろ?」
一定の理屈はあるにしても、真がこの先を正解だと判断したのは、半分は勘によるもの。何かありそうと思ったということだ。
「まぁ、そう言われてみれば……そうだとは思うけど……」
まだ腑に落ちないところがある様子の翼だが、一応の納得はしたみたいで、それ以上は口を出そうとはしない。
「真さん、どうしますか? まだ調べてない扉もありますけど」
翼が納得した様子を見て、彩音が声をかけた。この先に進まないといけないというのは、真も彩音も同意見。だが、残り少ないとはいえ、調べていない扉はある。
「一応確認だけしておこう」
真は一旦、庭園の探索を保留し、残っている扉を確認しにいった。他のメンバーも同様に扉を確認して回る。残りの数も少なくなっていたため、確認作業はすぐに終わった。
「他には何もなしか……。予想通りだな」
再び、真達は庭園の入口に集まった。庭園以外に行ける場所がないことはこれで確認できた。
「ですね。何もないっていうことが分かったので、庭園に集中できますね……かなり、大変そうですが」
彩音が真の言葉に追従する。かなり広い庭園の探索は大変だろう。しかも、手がかりになるようなものが見えない。手がかりが多すぎるのも困るが、少なすぎるのも困る。
「どれだけ大変だろうと、行ってみるしかないでしょ」
気合を入れるように翼が言った。頭の理解が完全に追いついていない迷路。その中でできることは、分からないままでも進むことだけ。それだけが、唯一の回答だ。
「あぁ……。取りあえず、真っ直ぐ進んでみよう」
真が短く返事をすると、庭園の中を歩き始めた。他のメンバーも真に続いていく。整備された庭園の石畳の上を進んでいく。
晴れた天気に鮮やかなバラの赤。生命溢れる植え込みの緑。ゴミどころか落ち葉さえない石畳の道。見えるのはそれだけ。
花の蜜を求めて飛んできた蝶もいなければ、木陰で休む小鳥の囀りも聞こえない。髪を揺らす風すらもない、幾何学模様に作られた庭園。
(余計な物が一切ないな……)
真は庭園に足を踏み入れてからも違和感を感じていた。広すぎることと、青空が広がっていること以外にも感じていた違和感だ。その正体が分からなかったが、気が付いた。庭園を構成する必要最低限の物しかないのだ。
それから、30~40分ほど歩き続けただろうか。庭園の端はまだ見えない。広いことは分かっていたが、いったいどこまで続いているのか見当もつかない広さだ。
「どっちに行けばいいんだろう……?」
歩きながらも美月が不安げな声を上げる。今いる庭園は複雑な幾何学模様になっているため、道の分岐も多い。所々、高い植え込みがあるせいで、先を見通せない場所がいくつもある。
「この庭園も同じような景色が続いてるからな……。何か目印になるような場所があれば、そこを拠点にして、次の道を探したいんだよな……」
真が取りあえず、真っ直ぐ進もうと言ったのは、無暗に曲がって道が分からなくなることを防ぐためだ。ただ、それが正解の道であるかどうかは別の話。結局のところ、どっちに向かえばいいかなど分かっていない。
「ねえ、真……。この庭園もくまなく調べるつもり?」
横から翼が訊いた。庭園に入る前は、数多くの扉を全て確認してから、他に道がないことが分かり、庭園に足を踏み入れた。だったら、この庭園でも同じことをするのか。
「それな……俺も考えてたんだよ……。この庭園の隅々まで確認するとなると、流石に時間が足りるかどうか……。それらしい道を見つけたら、それに当りを付けて進むしかないんじゃないかって思う」
「まぁ、そうなるわよね……」
直線距離で数十分歩いているにも関わらず、まだ壁すら見えない。もしかしたら、この庭園を越えたらアルラヒトがいて、迷路化を解除することができるかもしれないが、それは分からない。
幾つも扉があった廊下は、確認する範囲が目に見えていた。だが、どこまで続いているか分からない庭園で同じことをするリスクは高い。当初の手法は早くも方向転換を余儀なくされた。
そこからも歩き続けること、十数分。どこまでも同じ景色が続くことに不安の色が濃くなり始めた時だった。
目線の先にある十字路の真ん中に山のような物が見えてきた。川底の泥を集めてきたような茶色がかった濃い灰色。陽の光に照らされて、どこか艶っぽく光っている。山の高さは3~4メートルほどか。
「なんだあれ?」
奇麗な庭園に似つかわしくない、山のような物に真が疑問符を浮かべる。色もお世辞にも奇麗とは言えない色だ。
「さぁ……」
美月も涅色の山の正体は分からない。まだ、距離はあるので、もう少し近づいてみないと何とも言えないところであった。
しかし、ようやく見つけた特徴のある物。ずっと同じ景色が続いていた庭園の中で、異色を放つ大きな物体。周りとは明らかに違う物。それは、真達が欲しかった手がかり。
何かあるかもしれないという期待から、真達はその山のような物体に近づいていく。
「――ッ!? 止まれ!」
気が急いていたせいもあったかもしれない。真はその山のような物体まで、あと10メートルもない距離で、ようやくその正体に気が付いた。注意をしていれば、もっと早くに気がついたはずだ。
「えっ!?」
急に声を上げた真に美月達が驚いて止まる。彩音と華凛は何事かと真の顔を見つめる。だが、翼は山のような物体の方に目を向けていた。真が何に気が付いたのかを翼も確かめたかったからだ。
「あッ!?」
そこで、翼も気が付いた。山のような物体の正体が何なのか。そして、すぐさま弓を構えて戦闘態勢を取る。
その山のようば物体はゆっくりと動き出した。沸き立つ雲のように、ムクムクと膨れ上がっていき、その形を表わしていく。
真がそれに気が付いたのは、ウロコが見えたからだ。光に照らされて見えにくくなっていたが、この距離になって光沢の正体がウロコであることに気が付いた。地上でウロコのある生物。巨大な蛇が蜷局を巻いているということに。
「ちょっ……っちょっと。あれ……何……?」
華凛が驚愕の声を上げる。華凛もそれが巨大な蛇だということには気が付いた。だが、実際にはそれだけではなかった。こんなものは見たことがない。
「お、おい。こいつ……」
真も予想外の姿に目を丸くしていた。巻いていた蜷局を解いて、形が明確になっていくにつれて、それがただの蛇でないことが露わになっていく。
それは、せり上がる様に、鎌首をもたげて真達を睥睨した。獲物を狙う、巨大ない蛇の頭。それが9つ。
「ヒドラ……!?」
山のような物の正体は、9つの首を持つ伝説上の怪物。ヒドラだった。