迷路 Ⅱ
廊下を引き返し、角を右に曲がる。そこにはまた長い廊下があり、両脇にはいくつもの扉がある。扉は等間隔に並んでおり、廊下を挟んで左右対称の形をしている。
「一つずつ開けながら進んでいくぞ」
真が号令をかけた。やることは単純。扉を開けて中を確認する。逆にいえばそれしかできることがない。
ガチャ。最初に扉を開けたのは美月だった。1つ目の扉を開けて中を覗き込む。
「普通の部屋ね……」
そっと中を見てみると、ただの部屋だった。机と椅子。小さな棚があるだけの部屋。特に気になるようなところは見当たらない。
ガチャ。廊下を挟んで反対側の部屋を翼が確認する。
「ハズレね……何もないわ」
翼が開けた扉も普通の部屋だった。机と椅子と小さな棚があるだけ。一応王城の中にある物なので良い品であることは見て取れるが、それだけだ。
「ここもハズレだな。何もない部屋だ」
真も扉を開けてその先を確認するが、結果は美月や翼と同じ。特に何かあるわけでもない部屋。
彩音や華凛も同じように扉を開けてその先を確認して回るが、やはり結果は同じ。特徴のない部屋があるだけだった。
それでも、まだまだ調べる扉は残っている。今いる廊下のほんのさわりだけを調べたに過ぎない。
真達は黙々と扉を開けてはその先を確認していく。一つ一つ、扉を開けてハズレであることを確認していく。ハズレであるということもまた貴重な情報だ。複雑なパズルのピースを嵌めていくように、扉を開けていく。
そして、今いる、直線の廊下の3分の2ほどを確認し終わったところで、華凛が声を上げた。
「あった!」
その声に一同が反応した。すぐに華凛の元に駆け寄ってくる。
「何があった?」
一番近くにいた真が尋ねた。華凛が開けた扉は、コの字型になっている廊下の内側に位置する方。
「ほら見て、廊下。この先に続いてるよ」
そう言って、華凛が開けた扉の先を指す。そこには別の廊下があった。その廊下は数十メートル行ったところで曲がっていた。
「別の道か……」
真は少し悩んでいた。まだ確認していない扉はある。玄関を出てすぐの廊下に並ぶ扉もまだ手つかずだ。だが、見つけたルートを一度確認しておいた方が効率がいいのではないかとも思う。
「どうしたの?」
すぐに美月達も駆け寄ってきた。悩んでいる様子の真を見ながら、美月達も扉の先を確認する。
「行ってみる?」
そう言ったのは翼だった。何かあったのなら行ってみる。翼らしい考え方。
「どうするか……他の扉も気になるんだけどな」
真はまだ決めかねていた。結局のところ、この先がどうなっているのかは行ってみないことには分からない。
「この先を進んでみて、まだまだ先が長そうだったら一旦引き返したらどう?」
美月が真を見ながら言う。この先が気になるのは真だけではない。扉を開けた華凛も気になっている様子だった。当然、美月だって気にはなっている。
「そうするか。ある程度この先を確認しておいた方がいいかもな」
真は美月の案で進むことにした。他のメンバーも美月の提案に異存はなく、真の後に続いて歩き出した。
扉の先にあった廊下の内装も王城の本殿と同じようなものだ。とくに代わり映えはしない。十数メートル歩いた所で右に曲がる角に差し掛かる。一本道であるため、迷うこともない。しばらく進むとまた曲がり角に出くわした。今度は左に曲がっている。
分岐もないので、そんまま道なりに左へと曲がると、廊下はまた左へと曲がっていた。
真達はそのまま進み、左へと曲がった所で、数メートル先の正面に扉があった。
「開けてみるぞ」
真がそう言うと、美月達は無言で首肯した。少し入り組んだ廊下だったが、それほどの距離を移動したわけではない。まだ先を確認するべきだと判断していた。
ガチャ。真が扉を開けるとそこは何もない部屋だった。椅子も机も棚もない。大理石の床と絨毯だけ。ただ一点気になるところは、この部屋の奥にもう一つの扉があること。
「まだ奥があるみたいだな」
部屋の奥にある扉を見ながら真が呟いた。
「そうですね……。あの扉も確認しておいた方が良さそうですね」
彩音も奥の扉を見ながら口を開く。奥の扉の先はどうなっているのか。まだまだ、続きそうなら、それを確認してから引き返せばいい。
「ああ、そうしよう」
真は返事をすると、部屋の奥にある扉へと手をかけた。他の扉と同じく片開の扉。特に抵抗があるわけでもなく、すんなりと扉は開く。
その扉の先にあったのは、一つ前の部屋と同じく、特に何もない部屋。机も椅子も棚もない。唯一違うところはこの部屋の奥には扉がないこと。完全に行き止まりになっていた。
「何よ、行き止まりじゃないのよ」
翼が不満をもらした。何か手がかりがあるのではと期待していた所があった分、ハズレだったということに落胆する。
「仕方ない、戻るぞ」
ゲームだったら宝箱の一つでもありそうな部屋なのだが、そんな気の利いた物はなく、本当にただの行き止まり。真も残念だと思う気持ちはあるが、迷路なのだから、行き止まりがあって当然だとも思う。
「もう……折角見つけたのに……」
自分が見つけたルートがハズレだったことに、華凛も少し落胆気味だった。
「気にする必要ないわよ華凛。この道が違うっていうことが――」
美月が華凛をフォローしようとしている時だった。ゴゴゴゴッっと低い音と共に床が激しく揺れ出した。
「地震――」
真が思わず声を上げた瞬間。ガガガガガガーッ!!! と大理石の床が崩れだした。
「きゃあーーーッ!?」
突然崩れた足場と浮遊感に、誰のものとも分からない悲鳴が上がる。何が起こったのかは、すぐに全員の頭が理解をした。床が崩れて下に落下しているのだと。
ほんの数秒にも満たない落下時間だが、どこまで落ちるのか分からない状態では、異様に長く感じられる。
「痛たたた……」
尻もちをつきながら、美月の口から声が漏れる。辺りを見渡すと、美月と同じように尻もちをついている仲間の姿が見えた。
「くっそ……落とし穴かよ……」
真が毒づきながら上を見上げた。上の部屋の床全部が抜け落ちている。落下した距離は1階分だけ。高さにしたら3メートルほどか。
「そう……みたいですね……。でも、それほど高いところから落ちたわけではないですし……皆も無事のようですから……」
彩音が起き上がりながらそう言った。辺りにはガラガラと崩れ落ちた大理石の破片が散らばっている。それを横目に仲間の安否を確認していた。
「ごめん……私が、余計なところ見つけたせいで……」
真達が立ち上がる中、華凛はまだ項垂れていた。自分が見つけたルートのせいで仲間を落とし穴に落としてしまった。それが申し訳なく、何よりも悔しかった。
「大丈夫よ華凛。気にすることないよ。皆無事なわけだしさ」
翼が華凛の肩をそっと撫でる。翼もまさか床が崩れ落ちるなんて想像もしていなかったので、かなり驚かされたが、皆が無事なのは幸いだった。
「うん……」
華凛の返事は力がなかった。まだ顔を伏せたままだ。
「華凛、大丈夫だ。俺達は今、この迷路の全体像を把握しようとしてるんだ。あそこが落とし穴だったていうことが分かったのは貴重な情報だ」
真もそっと華凛の肩に手をやった。すると、華凛は真の方を向き、少しだけ照れくさそうに『うん』と頷く。
「大丈夫か? 行くぞ?」
「うん……。ごめん、大丈夫」
華凛は真の声掛けに対して顔を上げて立ち上がった。落とし穴に嵌ってしまったことは気落ちしているが、取りあえずのところは持ち直したように見える。
(私の千の言葉より、真の一言なんだよね、華凛は)
真の言葉でいとも簡単に立ち直った華凛を翼は面白そうに見ていた。翼の言葉は華凛にとっても意味のあるものだが、やはり真の言葉には敵わない。
真がどれだけ自覚しているかは翼にも分からないが、『フォーチュンキャット』にとって真は精神的支柱であることには違いない。
「さてと……あっちか」
真が周囲を見渡すとすぐに扉を見つけることができた。今いる場所は地下の一室。上の階の内装と打って変わって、周りを石材で囲まれた殺風景な部屋だ。飾り気も何もない。
部屋の中に一つだけある扉を開いて、真達が外に出る。そこから見えるのは地下通路。灰色の石材で囲まれた地味な構造だ。
特に何かあるわけでもない地下を真達が歩いていく。カツカツと靴が床を叩く音だけが響いている。地下なので上の階に比べたら薄暗いが、ゲーム化した世界の地下だ。光源がなくても視界はなくならない。
途中で何度か曲がり角があったが、一本道だ。迷う要素はどこにもなく、ただ道なりに進んでいくだけ。
「結構続いてるな」
そんな真の声が地下に木霊した。ただの一本道なのだが、道が何度も曲がっているせいで、先が見通せない。どこまで続いているのか分からない。
「直線距離だとそこまで長くないと思うけど、曲がりくねってるからね。余計な距離を歩かされるわよね」
美月のうんざりとした声も木霊した。落とし穴の先に、曲がりくねった地下道。ただ、歩かされるだけの地味な嫌がらせだ。
とはいえ、やることは一つだけしかない。一本道なのだから、そこを進むしかない。もしかしたら、分かれ道がないだけ良心的と見た方がいいのかもしれない。
そんなことを言いながらも真達は地下道を進んでいく。
やがて、見えてきたのは一つの扉だった。道を塞ぐようにしてある正面の扉。ここまで来るのに結構な距離を歩かされた。これ以上、地下を彷徨わされることがないようにと祈りながら、真が扉を開けた。
「よし、上に行く階段だ!」
扉の先にあったのは階段。1階分の階段だ。見上げた階段の先には扉が見えている。地下を抜けられることが分かり、真が思わず声を上げた。
「この階段……どこに出るんでしょう?」
彩音がボソッと呟いた。だが、その疑問はもっともだ。1階に戻ることは確かだとしても、元いた場所に戻れるかどうかは分からない。
「それは……。行ってみるしかないんだけどな……。もしかしたら、さっきの落とし穴に落ちることが正解のルートっていう可能性もあるよ」
「そうなの……?」
真の発言が気になり、華凛が聞き返す。もしかしたら、自分が見つけた落とし穴が正解かもしれない。
「いや、まだ分からないけど……」
あくまで可能性の話。真がやってきたゲームの中でも難易度の高いものだと、落とし穴に落ちないと先に進めない物があったというだけ。
では、このゲーム化した世界の迷路はどうなのか。結局のところ、行って確かめるしか方法はない。
1階分の階段を上り、真が扉に手をかける。他の扉と同じようにあっさりと扉が開くと、その先には王城内部の廊下が続いていた。両脇はただの壁が続いていて、扉は見当たらない。真っ直ぐ伸びた廊下。それが数百メートル続いている。
「あっ……これ、もしかして……」
あることに気が付いた真が足早に廊下を歩き出した。他のメンバーも真の後について行く。美月や彩音も表情から察するに真と同じことを考えているようだった。
しばらく歩いていくと、廊下は右に曲がっていた。もう分かっているというように真が廊下を曲がると、また廊下が続いていた。その廊下の両脇には幾つもの扉が見える。
真は近くにある扉には脇目も振れず、ある扉を目指していった。
「たしか、この扉だよな?」
「うん。そうだと思う」
真の問いに美月が答える。そして、真がその扉を開くと、また廊下が見えた。数十メートル行った先が右に曲がっている廊下。
「あの下に行く階段は、落とし穴の順路だったのか」
ここまで来れば真は確信を持って言える。長い廊下を行った先にあった、下に続く階段。探索を後回しにしたその階段は、正解のルートではなく、落とし穴に落ちた際に、順路に戻ってくるためのものだった。




